空に走る

涼月

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一緒に走ろう

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 パパが亡くなってから、葵は走るのをやめてしまった。
 パパが一緒でなければ楽しくなかったから。

 でも、パパから教えてもらったことは葵の中でちゃんと生きていて、別に練習しなくても足が速くて、小学校の時は運動会でリレーの選手になることもあった。


 葵はこの春、中学生になった。
 親友の香織が一緒に陸上部に入ろうと誘ってくれたけれど、やっぱり断って帰宅部に。

 中学生になったら、かけっこの選手になって一緒に走ろうと約束したパパはもういない。
 一人で走ってもつまらない。
 パパが一緒でないから走りたくない。
 そんな気持ちを変えることはできなかった。


 亡くなった後も、葵の誕生日にはパパからのバースデーカードが届いていた。
 パパは葵が100歳になるまでのバースデーカードを書いて、ママに預けておいたのだ。
 
 毎年、カードと写真が一枚入った封筒を開ける。
 写真には、もちろん、パパとママと葵が三人で一緒に写っている。パパもママも楽しそうに、嬉しそうに笑っている。小学校1年生の夏の誕生日からだから、すでに6回誕生日を迎えた。
 三人一緒の写真の中で、葵だけが大きくなっていく。赤ちゃんの頃から順番に、次に1歳、2歳…。
 葵は大きくなっているのに、写真の中のパパとママはあまり変わっていない。時が止まっているように見えて、それがとても寂しかった。
 
 葵はもう、中学生。ママの身長も超えてしまった。ママの髪には、少しだけど白髪も見えてきたのに、パパだけ若いまま。
 
 パパからのバースデーカードと写真は、大切にダッフィーのお菓子の缶の中にしまっているけれど、見ると悲しくなってしまうので、あまり開けてみることは無かった。

 そして、中学1年の夏、葵は13歳の誕生日を迎えた。
 
 いつものように、パパからのバースデーカードを開く。中には6歳の葵の写真が。
 来年は、どんな写真になるんだろう…。
 パパは葵が7歳になる直前に亡くなってしまった。だから、来年の写真はもう無いはずだ。そう思うと、カードをもらった喜びよりも悲しみの方が大きくて、葵はすぐにしまおうとした。
 
 その時、写真の裏に、大きく油性ペンで書かれた文字があることに気づいた。
 こんなの今まで気づかなかった!
 葵は裏に返してよく見てみる。
「う」
 何度見ても、ひらがなの「う」に見える。
 一体なんなんだろう?
 今までの写真にも、こんな文字が書いてあったのかな?
 葵は慌ててダッフィーの缶を開けると、今までもらったバースデーカードの封筒を全部開ける。
 写真を出して裏返してみると、あった!
 最初の年が「いっ」2年生の時が、「しょ」3年生の写真には「に」、4年生は「は」5年生は「し」6年生は「ろ」
 そして、今日の写真は、「う」


 ―――いっしょにはしろう―――


「パパったら、なんでこんなまどろっこしいことするのよ。」
 葵は声を挙げてわんわん泣いた。子どもの頃のように。ぼろぼろと涙が溢れ出る。

 つかさパパは、中学生の葵に届くように、一生懸命仕掛けを作っていたに違いない。
 遊び心溢れるパパだった。いつでもニコニコ前向きだった。
 そんなパパは、娘へのメッセージも、パズルのように作ってくれたのだと気づいた。

 一緒に走ろう! 
 中学生になったら、葵がかけっこの選手になったら。

 また一緒に走ろう!


 次の日、葵は陸上部に入部することにした。

「やったー。毎日一緒に帰れるねー」

 香織は屈託の無い笑顔を見せて喜んでくれた。

 夏から走り始める葵に、顧問の先生も先輩も気を配って心配してくれたが、パパと一緒に走りたくてしかたない葵にとっては、暑さなんて気にならなかった。

 もう一度、パパと一緒に走るんだ!


「雨降ってきたから、一度撤収!」

 先輩の声にはっとわれに返ると、空からキラキラと雨粒が落ちてきていた。

「お天気雨!」
 
 あの時のように、光る雨をダイヤモンドと言えるほど、葵はもう純粋な子どもではないけれど、やっぱり見上げて見つめた虹の橋は、天国へ続いていて欲しいと願ってしまう。

 天国は綺麗で幸せなところ…そう言っていたパパは、きっと天国からこの橋を駆け下りて来てくれているに違いない。

 もう一度

 一緒に走ろう!

 今度は一緒に、空に向かって走りだそう!


             完

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