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~元に戻った美桜の生活編 Chapter2~

~美桜が頑張り過ぎた結果~

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兄に美桜の部屋まで案内された原さんと峰岸君。

原さんがベッドの布団をめくり、峰岸君が美桜を優しく降ろす。
その間に兄はお湯を沸かし、二人分の飲み物を用意する為にリビングにいた。

原さんと峰岸君の二人はベッド脇の床に腰を下ろし美桜の寝顔を見て、無事に美桜を家まで連れてくる事が出来た事、美桜の顔色が先程とは違い少し赤みがある健康的な色をしているのに安堵する。

二人分の飲み物を持って兄は美桜の部屋に入ってきた。
二人に飲み物が入ったコップを渡し、美桜を連れてきた事にお礼を伝え、美桜の勉強机の椅子に腰掛けてどんな様子だったのか聞く。

峰岸君が初日からの違和感の事と今回の倒れた事の経緯を説明した。
兄は美桜の自主練のメニューを事前に見ていた事もあり納得したような顔をした。

「…納得しているような顔されてますが…何か知っているのですか…。先ほども『やっぱり』と言っていましたね。」
美桜の顔を見ながら美桜の兄に説明をしていた峰岸君が、美桜の兄の方を向き説明を終えると、納得したような顔をしているので美桜の兄に問いかける。
珍しく峰岸君の表情は怒りを含んでいた。

恐らく、何も出来なかった自分自身と何か知っていたのなら誰よりも一番近くにいる家族が早めに何か出来たのではないかと言う怒りだ。

兄も美桜のオーバーワークに気付いたのはつい先ほどの事だと説明した。
家族の誰一人として、美桜の行動は微塵みじんも気づけなかった。
大会前日に兄が美桜に掛けた言葉、それが予兆だったのではないかと、兄はもう少し気にかけるべきだったと後悔の念に浸った。
美桜の兄の帰ってきた言葉に峰岸君の表情から怒りが消え、ただ静かに、無言で美桜に顔を向け直した。
原さんは静かに二人の話を聞いていた。

しばらくその場の三人が無言でいると、美桜が目を覚ました。
その様子に椅子に腰かけていた兄が美桜に駆け寄り、ベッド脇に座り原さん達と美桜の顔を覗き込む。

「…えっと…タクシーに乗ったところまでは覚えているのですが…」
「…家のお前のベッドだ。…こいつが姫抱っこして連れて来てくれた。様子はどうだ…具合とか…痛いところとか、ないか。」
目が覚めた美桜は現状を把握しようと記憶を思い起こす。
そんな美桜に兄はちょっと不服そうに峰岸君を指しながら説明し、体調の様子を聞く。

美桜は体を起こしお姫様抱っこされたのを恥ずかしく思い顔を赤らめ峰岸君にお礼を伝え、原さんや峰岸君に家まで連れて来てくれた事に謝罪とお礼を伝えた。
兄の問いにも答える。

「…大丈夫、どこも痛いところないし…体調もさっきよりはましだよ。」
「…そうか。…早くに気づいてやれず、悪かった…。お前、だいぶ無理してたんだろ…自主練のメニュー…落ちてたの見ちまった…。それにお前の友達にも自主練のメニューの事伝えた…。」
「…カバンの中にないと思ってたら。…拾ってくれてた事…ありがとう。」

「美桜ちゃん、ごめんね…。美桜ちゃんの様子がおかしいの気づいてたのに…何も出来ずに…何も言えずに…。」
「一ノ瀬さん…僕も…ごめん…。初日から様子がおかしかったのに…何も出来なかった…。彼氏失格だね。」
兄や原さん、峰岸君の表情は曇り、美桜に謝罪を伝える。

その事に美桜は慌てて否定する。
誰にも言わず気づかれたくなくて秘かに無理をしていたのは自分の責任だと。
誰も悪くはないのだと。
美桜は誰にも心配や迷惑を掛けたくなくて黙っていたのだが、結果としてこんなにも皆に心配も迷惑もかけた事に肩を落とし表情が沈む。

そんな美桜に兄は頭をなでる。
「迷惑は思ってない。…心配くらいはする…一応、お前の兄だからな。だが、今後はこんな無茶はするな…。……頼む。それと…お前は嫌かもしれないが…こんな思いするくらいなら…もう少し頼ってほしい…」
「…うん…ごめんなさい…。雅君達も…ごめんなさい…ありがとうございました。」

美桜の言葉に三人はやっと穏やかな表情を浮かべた。
兄は飲み物持ってくると言って部屋を出ていった。

その間、美桜と原さん達は会話をして過ごしていた。
三人が会話をしてゆっくり過ごしていると、兄が飲み物を持って戻ってきた。
美桜にコップを渡し、再びベッド脇に腰を下ろした。
美桜はゆっくりコップを口元に持っていき一口だけ口に含みほっと息を吐く。

甘い味が口の中に広がり心が温まり安心する味だ。
兄が持ってきた飲み物はココアだった。
試合や自主練で疲れている美桜の体を気遣い作ったものだった。

「ココア…ちょうど甘いものが欲しかったの…ありがとう、かなめお兄ちゃん。」
「んなっ…おまっ…なんで今更名前呼びなんだよ!」

美桜は兄の気遣いを感じ取り嬉しくなってお礼を伝え、優しい笑顔を浮かべ幾年かぶりに名前で呼ぶ。
兄、かなめは美桜の突然の久方ぶりの名前呼びに赤面した。

仲睦まじい兄妹の様子に原さんや峰岸君はほっこりするが、原さんが一つ疑問を美桜に問う。

「美桜ちゃん、一つ聞いてもいい?さっきからちょっと引っかかってるんだけど…。私達と話す時は敬語だけど、お兄さんと話す時は敬語なしだよね。」
「そういえば、そうですね…。えぇっと、きっかけは…なんでしたっけ…。」

原さんの疑問に考える美桜だが、話し方を分けている理由を思い出せずにいると兄が俯きながら静かに話に入ってきた。
「…それ…俺のせいだ…。俺が…美桜にきつく当たっている頃…家の中では話さない事が多かったから特に何も言わなかったが…家の外では他人行儀でいろと言ったから…。それで家の外では敬語で話すようになったんだ。……悪かった…。」

兄の言葉にそういえばそうだったと美桜は思い出し、もう口ぐせみたいなものだから気にしないでと兄に伝える。

その話を聞いていた峰岸君の表情はまた少し険しくなる。
だがその表情はその場にいる皆が気付ないような微かなものだった。

美桜達が話していると、玄関のドアが開閉する音が大きく聞こえ、美桜の部屋まで慌ててるような複数の足音が近づいてきた。

勢いよく美桜の部屋のドアが開き兄から連絡を受けた父と母が息を切らしながら入ってきた。
峰岸君と兄は座っていた場所を少し開け、母は美桜に駆け寄りその空いた場所から美桜を抱きしめた。

父は兄に連絡をくれた事のお礼を伝えた。
仕事を切りあげ、会場に向かっていたが連絡を受けてすぐに家に向かった事、家の前で母と合流した事を兄に伝えた。
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