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最後の異世界生活~カノン編~

~カノンの調べ~

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チャリティーコンサートへの参加申し込みを済ませたカノンは、一度皆のいる所へ戻った。
コンサートが開演し、空いている席にともに座り他の出演者の演奏を聞いていた。

今回出演する人数は、カノンを含めて六組いる。
順番決めはくじ引きとなり、カノンは最後に出演が決まった。

出演者の演奏は、舞台上に設置されている楽器を使って独奏する組もあれば、四人のカルテットの組もあり、使っている楽器もヴァイオリンやフルートなど様々だ。

中には歌声だけで出演する者もおり、多種多様なコンサートとなっている。

カノンが周りを見渡すと、音楽の心地よさにうたた寝する者もいれば、穏やかな表情で聞き入っている者、頭や体を音楽に合わせてゆっくり揺らしている者もいる。

「(音楽の力…本当に様々ですわ。
わたくしは、ダンスの時にしか聞かないものでしたが…こういう見せ方もありますのね。

この施設も…病院ですが、堅苦しくなく、病院というのを忘れてしまいそうになります。

それに、以前こちらに来た時に頂いたパンフレットもとても参考になります。

温かみのあるお部屋があったり、本人の好きな物…例えば、アイドルやアニメのグッズで埋め尽くす部屋があったり…部屋の工夫だけではなく、建物の後ろには大きな畑があり、誰でもいつでもお花やお野菜を植えられるのですよね。

温かい空間、自然との触れ合い、温かい料理に温かい人達、そして音楽…。

国に戻ってからのお仕事の取り組み…だんだんと固まってきましたわ。

とても勉強になります。
この世界にこれて…本当に良かったですわ。)」

カノンが周りを見渡し、演奏を聞き入りながら物思いにふけっていると、三組目の演奏が終わり、後半に向けて、小休憩が挟まれた。

それまで静かだったその場がお手洗いに行く者や、次の出演の準備のために席を立つ者達で騒がしくなった。

カノンが自分の出演の事を考えていると、カノンの隣に座っていた原さんに声を掛けられた。

「ねぇね、カノンちゃんはどうしてこの場所や、コンサートがあるのを知っていたの?
さっき会った院長先生がオーディションもやったって言っていたけど、そんなのいつの間にしていたの?」

「この場所やコンサートを知ったのは、期末テストの前にショッピングモールに行った時に見かけた広告で知ったのですわ。

療養施設の取り組み方の参考になればと思ったのですが、当たりでしたわ。
この施設の考え方や取り組み方…とても勉強になります。

オーディションは、日曜日にしていましたので部活の後の時間に受けたのですわ。
その時に場所の確認や、施設内を少しだけ拝見させて頂きましたの。」

「そうだったんだぁ。」

「それにしても、カノンさん、だいぶ忙しかったんじゃないのかい。
空手尽くしの日々に、ピアノの練習にオーディション…帰りが遅くなる事も度々あったけど、いろいろしていたから連絡の時間も遅かったんだね。」

カノンと原さんが話していると、カノンの斜め前の席に座っていたとおるが少し体をカノンに向け、二人の話に入ってきた。

「たしかに忙しかったですが…とおるお父様が迎えに来て下さった事もあり、時間や体力に余裕はありました。
ご協力、感謝致します。」

「どういたしまして。」

「にしても…そんだけ動いて、よく体壊さなかったな。」

「元々スケジュールで動くお嬢様だもの。そりゃぁ、自己管理もお手の物よ。
ね、カノンちゃん。」

とおるに引き続き、かなめゆいも話に加わった。

「程々に頑張りました。皆さんの心配するお顔は見たくありませんもの。」

「カノンさんは、やっぱり優しいね。」

「…わたくしは…頂いたものをお返ししたいだけですわ。
優しいと思ってくださるのなら…それは、雅君やいのりちゃん、ゆいお母様やとおるお父様、かなめさんが…皆さんが優しいからですわ。」

峰岸君も話に加わり、カノンは皆を見ながら感謝を伝え、微笑んだ。

「そろそろ休憩が終わってしまいますわ。
出番の為に待機場所に行って参ります。
……皆さんに届くように…精一杯、演奏致します。」

カノンは席を立ち、皆に笑顔を向け、待機場所に行くため、その場を後にした。

休憩が終わり、席を立っていたものが続々と席に戻り、少し落ち着きを取り戻したところで、次の演者が舞台に立ち、挨拶をしたのちに演奏を始めた。

カノンは待機場所で他の組の演奏を聞きながら、自分の出番が来るのを緊張しながら待っていた。

「(わたくしの演奏…喜んでくれるといいのですが…。
慣れているはずのピアノの演奏をするというのに、こんなに緊張しているなんて…。
ですが…届くように…頑張りますわ。)」

カノンが緊張と戦いながら出番を待つ事十数分。
五組目が終わり、いよいよ最後、カノンの出番だ。

前の演者が舞台上から挨拶を終え、その場があけたのを確認したカノン。
カノンは緊張の足取りで舞台に立ち、舞台前の観客席に挨拶を済まし、ピアノの前の椅子に座り、鍵盤に手を置いて深呼吸を一つして演奏を始めた。

最初は静かな曲調から始まり、段々と激しさを増し、また静かな曲調。
次に明るめのポップな曲調になり、少しだけ激しく険しい曲調からの転調ののちに、優しく緩やかな曲調、少しだけクラシックのカノンのアレンジを入れ、曲を終えた。

カノンが無我夢中でしていた演奏を終えると、当たりは静まり返り、拍手も何も起こらない事に不安を感じ、座っていた椅子から立ち上がり、不安な表情で観客席にお辞儀した。

カノンが顔を上げてから数秒後、観客達がハッとした様子になり、席から立ち拍手喝采が沸き起こった。

カノンは目の前の様子の変わりように驚きを隠せずにおり、観客席をまじまじと見ると、涙を拭っている人の姿があちこちで見受けられた。

カノンはいまだに疑問に思いながらも再度お辞儀をし、舞台から降りると、院長先生の風音かざねさんや原さん達が駆け寄って来た。

「お疲れ様でした。
あなたの曲調…オーディションの時から思っていたのだけど、こう…心に響くものがあるわ。

あなたの演奏に聞き入る人が多くて、私も聞き入っていたのだけど、演奏が終わってからも余韻が抜けなくて、拍手が遅くなってしまったわ。
きっと、皆さん同じ気持ちだったと思うの。

演奏…激しかったり優しかったり…楽しそうに明るかったり、穏やかだったり…まるで人生を表しているようね。
そして励ましてくれるような転調とラスト…とても素晴らしかったです。
あなたを演者として招いて良かったわ。」

風音かざねさんの言葉にカノンは、恥ずかしそうに笑顔を見せ、お礼を伝えた。
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