陽のあたる場所【加筆訂正中】

たまゆらりん

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「おかえり。気分転換に外の空気吸いたくて。それより……上履き、どうしたの?」

「……生徒指導の山崎につかまって……だらだらと…説教されてて……急いで帰ろうって、焦ってたから…上履き、履き変えるの忘れてた………陽人…遅くなって、ごめん……」



  本当に柚希は嘘が下手だ。
  嘘を吐く時はいつも目を逸らして、考えながらゆっくりと喋る。手をギュッと握って、固く拳を作るのも、嘘の時の仕草だ。
  本人は無意識でやってるけど、なんとなく覚えてしまった。

  柚希が山崎に目をつけられているのは知っている。
  中学の登校初日から、茶色の地毛を注意されていた。髪を染めてピアスをしてからは、顔を合わせる度にネチネチと説教されていた。

  確か、山崎は今日から3日間出張って、職員室のホワイトボードに書いてあった。だから、今日は学校に来ていない。



「全然平気。山崎の説教長いからね。俺は待ってる間、適当に食べちゃったけど、柚希はお腹空いたんじゃない?何か食べる?」

「腹減ってないから…大丈夫……」

「元気ないよ…何か嫌な事あった?」

「……説教長かったから、疲れただけ…だから、なんでもねぇから……気にするなよ。……それより、汗かいたから、シャワー浴びてくる」

「わかった。じゃ、部屋で待ってる」



  無理して見せないようにしてるけど……
  顔はずっと俯いたままだし、表情も声のトーンも心なしか暗い感じだ。



  レイプされた後、少しずつ心が回復していたのに……

  また、あいつのせいで逆戻りだ。



  本当に、許せない……



  自分の中にあの時と同じように、どす黒い感情が湧き上がる。

  それと同時に、また柚希を守る事が出来なかった自分の不甲斐なさに、憤りを感じた。



  ーー絶対に、二度と……柚希をこんな目にあわせない……


 
  落ち着け。冷静になれ。
  負の感情に飲み込まれちゃ、ダメだ。
  どうやったら、柚希を救えるか……

  ただ闇雲に動いても、またあの時みたいにやられるだけだ。

  子供の俺一人の力で、何処までできるか。
  何ができるんだろうか。
  どうやったら、あの柊に対抗できるのか。
  冷静に、客観的に考えるんだ。
    


  目を瞑り、深呼吸をして、心を落ち着かせる。
  どす黒い感情や怒りを糧に、自分を奮い起こした。






  それはそうと……

  柚希がいつになってもシャワーから戻って来ない。
  カラスの行水だから、いつもめちゃくちゃ早いのに。
  あんな感じだったし、ちょっと心配だ。
  少しだけ、様子を見に行くか。

  立ち上がると、階段を下りて浴室へ向かった。










  浴室からはザーザーと、シャワーの音が聞こえた。



  『柚希』ーーー

  そう、声を掛けようと思った時、水音に混じって微かに何かが聞こえた。



「……………うぅっ………ひっ………ぅぐ…………」



  鼻を啜り声を圧し殺して、泣いているのがわかった。



「柚希ーーー!」



  考えるより先に体が動いてた。
  気付いたら、ドアを開けて片手で抱き締めていた。

  腕の中で小さな身体は震えていた。
  何度も擦って洗ったのだろう……
  白い肌は痛々しい程、真っ赤になっていた。



「……まだ…ちゃんと……洗えてないから………」



  ーーこんなになるまで、洗ってるのに……また、自分を汚いって、思い込んでいる……



「……もう、綺麗だよ。大丈夫だから。一緒に、上に行こう」

  

  柚希は黙ったまま、頷いた。

  濡れた身体をバスタオルで優しく覆った。
  片手しか使えないから時間がかかったけど……
  焦って力が入らないように、優しく痛くないように、気を付けながらふんわりと拭いた。

  その間、柚希はただじっと、静かに動かないでいた。

  着替えが終わり、一言も話さないまま、2階の部屋へと二人で向かった。









  部屋に入ってドアを閉め、いつもみたいに並んでベッドへ腰をかけた。
  少しの間、沈黙が続いた。



  柚希が今日の事、隠し通したい事はわかっていた。
  本当は、そっとしてあげるのが、優しさなんだって事も。

  でも、もう俺も気持ちがぐちゃぐちゃで……



  限界だったーーー



  こんなに傷付いてる柚希を見て、黙っていられなかった。






「柚希……この間の男に、また酷い事されたんだね?」



  返事はない。
  頷きもしない。
  ただ、大きな瞳が不安そうに揺れていた。

  悲しそうで辛そうな柚希の顔を見てると、
  胸が締め付けられて、すごく苦しくて……



  思うより先に、柚希を抱き寄せていた。



「俺……頼りないかもしれないけど……柚希の事、守るから……絶対、守るから。……だから、一人で抱え込まないで……」

「はる…と……」

「柚希が……すごく大切だから………傷付いてる所見て…何も出来ないのが、本当に悔しい……ほんの少しでいいから……俺の事、頼ってよ………」



  柚希から返事はなかった。

  ただ、俺の胸元に顔を押し付け、小さく泣いていたのだけはわかった。



  二人の間に、沈黙が流れる。






  俺に力があったならーーー



  柚希を安全で平和な場所に、連れ出せたのに。
  この時ほど、早く大人になりたいって思った事はない。

  守りたい……
  悪いもの全てから
  柚希を傷付ける悪意から
  
  もし、安全で平和な場所へ行けたなら、柚希に『好き』って伝えたい。

  関係が壊れる事とか
  世間体とか
  何にも考えずに

  好きだって言えたなら、どんなに楽だろう……









  沈黙を破るように
  宙をさまよっていた柚希の腕が
  俺の背中にまわされた。

  小さな手が縋るように、
  Tシャツの布をクシャリと掴んだ。






「…………リハビリ……してほしい………最後まで…して…ほしい……」



  静寂の中に、小さな声が響きわたった。


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