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  ドアが勢いよく開き、後ろから駈けてくる足音が近付くと、ドゴッと重く鈍い音が響いた。



 「い゛でっ!!!」

「何してんの?本当、どうしようもない、女たらしだよね」



  稀瑠空……?

  この間の天使のような彼が、悪魔のような顔でチャラ男の背中に鮮やかに回し蹴りをしていた。



「痛いって、稀瑠空!酷くねぇ?」

「あ゛ん?浮気しといて、よく開き直れるよね?」

「浮気じゃないって!俺の祖先はイタリアの血が入ってるの!だから、可愛い子を見たらナンパとか口説くのは、息を吸うのと同じ事なんだってェ!」

「絢斗はアメリカのクォーターでしょ?何言ってるの?一回死ねば?」

「だから、俺じゃなくて、血が悪いんだってぇ!!!」

「へぇー、血に意志があるんだ。だったら、地面に血が落ちたら、その都度、絢斗は痛くて仕方ないんだぁ?大変な体質だね」

「そっ、俺って可愛そうな体質なんだよ」

「…………そんな呪われた血、全身から抜いちゃった方がいいよね……」



  苛立ってる稀瑠空は毛を逆立てた猫みたいにシャーっと男の顔を引っ掻き始めた。男は庇うように腕で顔を覆うけど、シャツの袖を折った所から出てる剥き出しのスラリとした腕が今度は攻撃を受けている。



「痛いっ!!!痛い、稀瑠空!マジで痛いし、顔はやめろってェ!!!ていうか腕も痛ェから、落ち着けよ!!!稀瑠空の事、一番に愛してるから信じてってェ!」

「そう……で、二番は誰?この間の、ミス白鷹高の女?」

「その子とは、とっくに手を切ったよ!」

「やっぱり、関係あったんだっ!!!」

「い゛ぃ゛っ!!!」



  ガリガリと爪で引っ掻き続ける稀瑠空に必死に言い訳してるけど、ますます稀瑠空を怒らせて男は酷い目にあっている。



  さっきまで悔しかった山崎の事なんか完全に吹き飛んで、二人のコントみたいなやり取りをポカンと見ていた。



「あっ……ユズ先輩、ごめんなさい……このクズ男は星名絢斗(ほしな けんと)。めちゃくちゃ失礼でタメ口だけど、2年だから。ユズ先輩、こんな奴、思いっきりぶん殴っていいよ」

「……まぁ、図々しいし、馴れ馴れしくてムカつくけど……一応、助けてくれたし……」

「それはいいの、こいつの今回の役目だから。それなのに、ユズ先輩に変な事して……ふざけんなよ!くそヤリチン!」



  稀瑠空は思いっきり、絢斗の鳩尾に肘鉄を食らわせていた。



「ぐはっ……きる!死ぬって!俺、マジで死ぬよォ!!!」



  絢斗は腹を押さえながら縮こまり、口をパクパクさせながら絞り出すような声で訴えている。



「ぶはっ!ははは……」



「ユズ先輩?」

「柚希ちゃん?」

「いや……綺麗な顔した稀瑠空が“ヤリチン”とか言うの、すげー似合わないと思ってさ」

「だよねっ!稀瑠空はそういう言葉使っちゃダメだよォ」

「はぁ?誰が言わせてんだよ……ふざけんな!」

「なんか、この間とキャラが違うな……」

「あ、俺芸能人だから、事務所の人が考えた稀瑠空を常に演じてるだけ。地の性格はこんなだよ」

「あぁ……だから、轟の前では“僕”だったんだ」

「そう。偶像(しょうひん)としての稀瑠空ね」

「俺の前では心も身体も許してるから、こんなに狂暴なんだぜェ」

「100回くらい死ねよ、タコ!」

「……二人って付き合ってんの?」

「…………そう。……本当俺、なんでこんな奴、好きになったんだろ……」

「稀瑠空から俺に惚れたんだもんなァ、ははっ」

「うるさい、黙れよ」

「稀瑠空、そろそろ落ち着けって。いい加減、俺の事許してあげなよォ。それに、早く柚希ちゃんを連れて行かなくちゃ」

「すごいね……それ、絢斗が言うんだ……まあ、時間もなくなっちゃうし、今日はこれで止めてあげるよ。許しはしないけどね」



  さっきまで喧嘩していた二人は冷静さを取り戻し、綺麗な顔で俺をじっと見つめた。



  絢斗の事を改めて見たけど、クォーターって言ってただけあって、背が高く手足が長くてスタイルがすごく良かった。肌も白くどこか日本人離れした美形で、アッシュグレイの髪とブルーグレーの目が神秘的だ。

  稀瑠空と絢斗の二人が並ぶと、美の共演て感じですごく似合っていて、美術館の彫刻や絵画で二人の作品がありそうなくらい美しかった。



「柚希ちゃん、俺についてきてェ。迷わないように俺と手を繋いでいこォ」



  絢斗がウィンクしながら俺に差し出してきた手を、稀瑠空がチョップで叩き落とした。絢斗は痛そうにしながら、「きる、痛いってェ~」とヘラヘラとしていた。



「絢斗の事は信じなくて良いけど、俺の事は信じてついてきてね」



  ほとんど面識がない二人だけど、人見知りの俺の心にスッと入ってきた二人を、何故だか信じたいって思った。

  それに、二人の雰囲気は陽キャですごくキラキラしてて余裕があって、人を騙すような姑息で小さい人間には思えなかった。









「着いたよ、ユズ先輩」



  暫く歩いて二人に連れて来られた、突き当たりの陽当たりの良い角部屋。
  そのドアの上の室名札には、中学に入ってからの3年間、何度も見た事がある文字が並んでいた。



  ドアが開かれた、その先にはーーー






「いらっしゃい、柚希。ようこそ、生徒会へ」



  俺が恋い焦がれている愛しい生徒会長が、椅子に座って微笑んでいた。


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