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バスは来ない
食堂
しおりを挟むみんな席に着いていた。
本日の夕食は、ご飯、納豆、卵焼き、野菜炒めに具沢山の味噌汁だった。シンプルな料理だ。
「みなさん、食料が少し心配なので、シンプルな料理ですみません。野菜は裏庭にビニールハウスがあるので安心してください。ただ肉類とか魚等が少なくなってきて申し訳ないです」
里見さんはそう言って頭を下げた。
「とんでもないですよ。こんな緊急事態なんですから、ご飯が食べられるだけでも幸せですよ」
みんなが里見さんに、
「そうです、そうですよ」と言った。
本当にそうだなとわたしも思う。
夕食の時間は和やかに過ぎていった。こうしていると、降り積もる雪も里美も大浴場であった出来事もその全てが現実離れして見える。
だけど、雪が降り積もっているのも現実であるし、わたしが里美を見たのも本当のことであり、大浴場で太郎と一緒に見た現象も間違いなく事実である。
こんな状況でもお腹は空き、野菜炒めもパクパク食べた。まだこうしてご飯を食べられることは元気が残っている証拠なのかなと思った。
「ねえ、みんな。この洋館には何かいると思う?」
わたしは突然みんなに聞いてみたくなった。一人で抱え込んでいると辛くて、辛くて堪えられない状況になってきているのだ。
「またまた、未央ちゃんの幽霊話が始まった。と、言っても俺も今回は大浴場での怖い体験をしているから何か居るのかもしれないとは思ったりするけれど」
太郎はコーヒーを飲みながら言った。
他のみんなは実際には見ていないからだろうか微妙な表情をしている。
「ねえ、未央ちゃん。未央ちゃんは小さい頃から幽霊話が好きだったよね? だけど人一倍怖がりで自分で話してやめてーなんて言ってたよね」
春花ちゃんはふふっと口元に手を当てて笑った。
え、なんのこと?
「それは、わたしじゃない。里美だよ……」
そう、それはわたしじゃない。里美だ。みんなの記憶もわたしと里美がごちゃ混ぜになっているのだろうか。
「さ、里美ちゃんだった……」
何故だか春花ちゃんの話し方が変だ。
そして、食堂の空気が重々しくなっているように感じられるのは気のせいなのだろうか?
「里美だったよ」
わたしはもう一度言った。
「そう、だったかしら? そうだったかもね」と春花ちゃんは言った。
「そうだった、そうだったよ~」
重々しい空気をはね飛ばすかのように、花音ちゃんがおちゃらけた調子で言った。
「だぞ、春花ちゃん。未央ちゃんと里美を間違えたら駄目だぞ~って俺も間違えていたけど」
太郎も明るい調子で笑っている。
「本当だね。未央ちゃんと里美ちゃん似てるから間違えてしまったね。ごめーん」
春花ちゃんは小さく掌を胸の近くで重ねて、えへへっと笑った。
「いいのよ。気にしないでね」
わたしも笑って返した。
だけど、さっきの重々しく感じられたや空気やみんなの表情はやっぱり変だなとは思う。
「さあさあ、みんな楽しい話をしようよ」
すみれが明るい声で言った。
「そうだよ。そうだよ」
京香ちゃんも続いて言った。
「里見さんの作る料理って本当に美味しいですよね」
すみれが里見さんの料理を褒めた。なんだか無理矢理話をすり変えられた気もするけれど、わたしの憂鬱な幽霊話をいつまでもしてしんみりするのも嫌だから、まあいいか。
だけど、みんな、この洋館に何かがいるかについては答えていないではないか。
「ありがとうございます。わたしの生き甲斐は料理で皆さんに喜んで頂くことなんですから」
里見さんは嬉しそうに笑った。
いいな、楽しい生き甲斐があるなんて。
羨ましい。
美味しいご飯を食べている瞬間は里美のことなど少しは忘れて幸せな気分に浸ることも出来る。やっぱり、里見さんは凄いな。
そういえば、里見さんの苗字は偶然にもあの子里美と同じだ。なんでまた同じ名前なのよ。まったくもう。それにしても偶然が今回の旅では多いような気がする。
偶然、この洋館に来て、偶然昔の同級生と再会。あまりにも偶然が偶然を呼びすぎではないのかな。
デザートのリンゴを里見さんが剥いてくれて食べた。リンゴも甘味がほんのりして美味しかった。
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