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バスは来ない

部屋に戻りたくない

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部屋に戻りたくはないな。もう少しここでゆっくりとしていたい。今、『部屋』と考えただけで、ゾクゾクしてきた。

だって、また里美が部屋の扉を開けたら、わたしはどうしたらいいの?

嫌な鼓動がしてきた。ゾワゾワゾワゾワと体の奥からじわじわじわじわと……。

考えると考えるだけおかしくなりそうだ。


ああ、気持ちが悪くなってきた。嫌な汗もかいてきた。じわりじわりと里美がわたしを追いつめているのかもしれない。

里美がわたしを苦しめる。

  
「未央ちゃん、未央ちゃん……」

「え、?」

「リンゴがテーブルの上に落ちているよ」

すみれの声に反応して、テーブルの上を確認すると、リンゴがころりんと転がっていた。

「あ、……。落としてた」

「絶対に未央ちゃん変だよ、どうしてしまったの?」

すみれが呆れた顔でわたしを見る。

本当ならばここから逃げ出して、部屋に帰りたいけれど、部屋に戻るとさらに恐ろしい。どうすることもできない。

「えへへっ」わたしは曖昧な笑顔を作る。

「やっぱり、未央ちゃん早く寝た方がいいよ」

やっぱりこう言われるよね。

  
「あ、あのすみれ、お願いがあるの。すみれの部屋にお泊まりしてもいいかな?」

「え、!!」

すみれは一瞬びっくりした表情になったけれど、すぐに、「いいよ」と言ってくれた。

「すみれ、ありがとう。さっき幽霊を見た気がしたの。だから少し怖くて、あ、でも夢かもしれないけれど……」

夢だとは思っていないけれど、幽霊というか里美を見たんだけど、なんだか上手く言葉が見つからない。

  
リンゴの甘さと酸っぱさを口の中に残し、すみれの部屋に行く。すみれは、「じゃあ、おいでよ」と快くわたしを部屋に招き入れてくれた。

すみれの部屋もわたしの部屋と似たような造りだった。わたしは、部屋から掛け布団を持ってきてソファーで寝ることにした。

すると、すみれが、

「未央ちゃん、何やってるのよ。このベッド大きいから二人で寝れるよ。わたしも未央ちゃんも細身だから大丈夫、一緒に寝よう」

すみれは優しい。

有り難くベッドで一緒に眠らせてもらうことにした。

  
「ねえ、久しぶりじゃない?  同じ部屋で寝泊まりするのなんて」

すみれは、パジャマに着替えながら笑顔で話す。すみれのパジャマは猫さんの柄がちりばめられていて可愛い。

「だよね、高校の修学旅行以来かな?」

「あの頃は楽しかったよね」

「そうだね」

「枕投げしたよね。そしたら先生がやって来て、こらーって凄い剣幕で怒っていたよね」

すみれの瞳は高校時代を眺めている。

「そうだね。それで、今度は先生が来たら寝たふりをして楽しかったね」

忘れかけていたけれど楽しい時代があったね。

それから暫くの間、わたしとすみれは楽しい思い出話に花をさかせた。

  悩みはたくさんあったけれど、難しいことはあまり考えなくても良かった学生時代。あの頃が懐かしくてあの頃に戻りたい。

すみれと懐かしい話をたくさんして、笑いあった。

気がつくとすみれは話疲れたのか、スヤスヤと寝息をたてていた。

もう、人が話している途中で寝るなんて、すみれ酷いぞとわたしは心の中で呟いた。

だけど、すみれ、ありがとう。すみれのお陰で、心がずいぶん穏やかになったよ。

さあ、わたしもそろそろ眠ろうかな。

電気を消して、がさごそと布団に入る。すみれは、う~んと言って寝返りを打つ。

おやすみなさい。
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