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美川さんの事務所
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雑居ビルの三階にある『幸せの運び屋』のドアの前にわたしは立つ。
口から息をゆっくり吐きそして、鼻から息を吸う。心を落ち着かせたわたしはインターフォンに手を伸ばしチャイムを押した。
「はい」と美川さんの声が部屋の中から聞こえてきた。
そして、ドアがガチャリと開かれた。
「あ、愛可さんじゃないですか? おはようございます。従業員なんだから勝手に入ってきていいですよ」
そう言って美川さんはわたしを睨む。のではなくて笑っているのかな?
と、それよりも……。
「美川さんおはようございます。あの……その格好は何ですか?」
わたしは美川さんを指差した。
「はい? その格好とは?」
美川さんは首を傾げてわたしの顔をじっと見る。
「その紫色の割烹着はどうしたんですか?」
だって、美川さんは紫色の割烹着をしっかり着込んでいるのだから。
「あ、この割烹着似合っていますか?」
美川さんは紫色の割烹着の袖を摘まみながら言った。
「あ、はい……えっと似合っていますけどどうして着ているんですか?」
わたしは、美川さんの割烹着姿をマジマジと眺めてしまった。
「それは愛可さんが紫色の割烹着が似合うと言うので購入しました」
美川さんはそう言ってわたしをギロリと睨んだ。
なんだかよく分からないけれど紫色の割烹着が輝いて見えた。
「さて、今日のお仕事なんですが」
美川さんは事務所の調理もできる給湯室からサーターアンダギーが盛られたお皿とさんぴん茶の注がれたグラスをお盆に載せ、会議室の扉を開き入ってきた。
それと同時にサーターアンダギーの甘い香りがふわりと漂ってきた。
「はい、あ、サーターアンダギー美味しそうですね」
「愛可さんに好評でしたのでまた作ってみました」
そう言いながら美川さんはわたしの目の前にサーターアンダギーの盛られたお皿とさんぴん茶が注がれたグラスを置いた。
「いただきま~す」
わたしはサーターアンダギーに手を伸ばし、かぶりついた。すると、黒糖の優しい甘さが口の中にふわりと広がった。
「美味しい~黒糖味ですね。控えめな甘さですが黒糖が口の中に広がってなんだか癒されますよ~」
わたしは仕事のことも忘れてサーターアンダギーを堪能した。
「あははっ、喜んでもらえて嬉しいですよ」
美川さんもサーターアンダギーを口に運び食べた。
そして、今日もサーターアンダギーを食べるなり怖い表情が柔らかくなり幸せそうな表情に変わった。
「さてさて仕事の本題に入りたいと思います」
美川さんは幸せそうな顔からギロリと怖い顔に戻り口の周りについたサーターアンダギーの食べかすを紫色の割烹着の袖で拭いながら言った。
もちろん仕事の話も気になるけれど美川さんの紫色の割烹着に目が行ってしまうのだった。
「愛可さんどうかしましたか?」
「いえ……何でもありません」
「では仕事の話に戻らせていただきます」
わたしは、鞄の中からノートと筆記用具を取り出し話を聞く態勢を作る。
「まあ、仕事の説明をするよりも実際に現場に向かった方が話が早いですね」
「……現場ですか」
「はい、まあ簡単に言うと沖縄そばが美味しい食堂に行ってもらいます。その食堂で沖縄そばを笑顔で食べてくださいね」
「……はい」
わたしは返事をしながらノートに『食堂で沖縄そばを笑顔で食べる』と書いた。
うーん。食堂で沖縄そばを食べるだけでは終わらない気がする。きっと何かがあるのだろう。けれど、沖縄の相場から考えるとかなり高い時給千五百円なのだから文句は言えないかな。
「と言うことなので行きましょうか。今日は同行しますよ」
美川さんはそう言って立ち上がり鞄を肩にかけた。
「はい、愛可さん何でしょうか? 質問がありますか?」
美川さんは真顔で聞いてくる。
「あ、いえ……その……美川さん」
「どうしたんですか? ハッキリ言ってくださいよ」
「言いにくいのですが紫色の割烹着を着たまま出かけるのでしょうか?」
「はい? 紫色の割烹着ですか? あ、えっ?」
美川さんは慌てた様子になった。
「はい。紫色の割烹着を着たままですよね?」
「あ、えっ? こ、これは最新ファッション……いえ違いますね」
そうなのだ。美川さんは紫色の割烹着を着たまま鞄を肩にかけているのだった。
「やっぱり紫色の割烹着を着ていることを忘れていたんですね」
わたしは口元に手を当てて笑った。だってなんだか面白いのだから。
「ちょっと愛可さん笑わないでくださいよ!」
美川さんはギロリとわたしを睨み紫色の割烹着を脱いだ。ちょっと顔が赤くなっている。睨みながらどうやら照れているようだ。
「美川さんって面白い人ですね」
わたしはクスクスと笑ってしまった。
「ふん! 面白いですか? 俺ってば笑われてる……まあいいや。では気を取り直して仕事場に向かいますよ」
美川さんはドアを開け部屋を出た。
「はい!」
わたしもその後に続く。どんな仕事が待っているのだろうかドキドキしてきた。
口から息をゆっくり吐きそして、鼻から息を吸う。心を落ち着かせたわたしはインターフォンに手を伸ばしチャイムを押した。
「はい」と美川さんの声が部屋の中から聞こえてきた。
そして、ドアがガチャリと開かれた。
「あ、愛可さんじゃないですか? おはようございます。従業員なんだから勝手に入ってきていいですよ」
そう言って美川さんはわたしを睨む。のではなくて笑っているのかな?
と、それよりも……。
「美川さんおはようございます。あの……その格好は何ですか?」
わたしは美川さんを指差した。
「はい? その格好とは?」
美川さんは首を傾げてわたしの顔をじっと見る。
「その紫色の割烹着はどうしたんですか?」
だって、美川さんは紫色の割烹着をしっかり着込んでいるのだから。
「あ、この割烹着似合っていますか?」
美川さんは紫色の割烹着の袖を摘まみながら言った。
「あ、はい……えっと似合っていますけどどうして着ているんですか?」
わたしは、美川さんの割烹着姿をマジマジと眺めてしまった。
「それは愛可さんが紫色の割烹着が似合うと言うので購入しました」
美川さんはそう言ってわたしをギロリと睨んだ。
なんだかよく分からないけれど紫色の割烹着が輝いて見えた。
「さて、今日のお仕事なんですが」
美川さんは事務所の調理もできる給湯室からサーターアンダギーが盛られたお皿とさんぴん茶の注がれたグラスをお盆に載せ、会議室の扉を開き入ってきた。
それと同時にサーターアンダギーの甘い香りがふわりと漂ってきた。
「はい、あ、サーターアンダギー美味しそうですね」
「愛可さんに好評でしたのでまた作ってみました」
そう言いながら美川さんはわたしの目の前にサーターアンダギーの盛られたお皿とさんぴん茶が注がれたグラスを置いた。
「いただきま~す」
わたしはサーターアンダギーに手を伸ばし、かぶりついた。すると、黒糖の優しい甘さが口の中にふわりと広がった。
「美味しい~黒糖味ですね。控えめな甘さですが黒糖が口の中に広がってなんだか癒されますよ~」
わたしは仕事のことも忘れてサーターアンダギーを堪能した。
「あははっ、喜んでもらえて嬉しいですよ」
美川さんもサーターアンダギーを口に運び食べた。
そして、今日もサーターアンダギーを食べるなり怖い表情が柔らかくなり幸せそうな表情に変わった。
「さてさて仕事の本題に入りたいと思います」
美川さんは幸せそうな顔からギロリと怖い顔に戻り口の周りについたサーターアンダギーの食べかすを紫色の割烹着の袖で拭いながら言った。
もちろん仕事の話も気になるけれど美川さんの紫色の割烹着に目が行ってしまうのだった。
「愛可さんどうかしましたか?」
「いえ……何でもありません」
「では仕事の話に戻らせていただきます」
わたしは、鞄の中からノートと筆記用具を取り出し話を聞く態勢を作る。
「まあ、仕事の説明をするよりも実際に現場に向かった方が話が早いですね」
「……現場ですか」
「はい、まあ簡単に言うと沖縄そばが美味しい食堂に行ってもらいます。その食堂で沖縄そばを笑顔で食べてくださいね」
「……はい」
わたしは返事をしながらノートに『食堂で沖縄そばを笑顔で食べる』と書いた。
うーん。食堂で沖縄そばを食べるだけでは終わらない気がする。きっと何かがあるのだろう。けれど、沖縄の相場から考えるとかなり高い時給千五百円なのだから文句は言えないかな。
「と言うことなので行きましょうか。今日は同行しますよ」
美川さんはそう言って立ち上がり鞄を肩にかけた。
「はい、愛可さん何でしょうか? 質問がありますか?」
美川さんは真顔で聞いてくる。
「あ、いえ……その……美川さん」
「どうしたんですか? ハッキリ言ってくださいよ」
「言いにくいのですが紫色の割烹着を着たまま出かけるのでしょうか?」
「はい? 紫色の割烹着ですか? あ、えっ?」
美川さんは慌てた様子になった。
「はい。紫色の割烹着を着たままですよね?」
「あ、えっ? こ、これは最新ファッション……いえ違いますね」
そうなのだ。美川さんは紫色の割烹着を着たまま鞄を肩にかけているのだった。
「やっぱり紫色の割烹着を着ていることを忘れていたんですね」
わたしは口元に手を当てて笑った。だってなんだか面白いのだから。
「ちょっと愛可さん笑わないでくださいよ!」
美川さんはギロリとわたしを睨み紫色の割烹着を脱いだ。ちょっと顔が赤くなっている。睨みながらどうやら照れているようだ。
「美川さんって面白い人ですね」
わたしはクスクスと笑ってしまった。
「ふん! 面白いですか? 俺ってば笑われてる……まあいいや。では気を取り直して仕事場に向かいますよ」
美川さんはドアを開け部屋を出た。
「はい!」
わたしもその後に続く。どんな仕事が待っているのだろうかドキドキしてきた。
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