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新学期

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新学期、私たちは、ものすごい噂になっていた。

原因は、あの花火大会。
気づかない間に目撃されていたようで、及川くんが見知らぬ女の子を連れて仲良さそうに歩いていたと、夏休みの間に噂が広まっていたらしい。

しかも2学期に学校に来てみたら、それが、"見知らぬ女の子"ではなく、学年一終わってる女子で有名だった私だと発覚したことが、さらに噂を広げていた。

「いやー、予想はしていたけど、ここまでとは…。さすがだねぇ、楓音ちゃん」

当の本人は私のせいかのように、他人事な感心をしている。しかし、相手がこの人でなければ、ここまで噂されることはなかったに違いない。

しかも、噂というのは怖いもので、抱きあっていたとか、キスをしていたとか、そんな尾びれまで付いているようだった。

「まぁ、彼女だって説明する手間も省けたし、上出来でしょ」

「及川くん…、もしかしてこうなるのわかってて花火大会誘った…?」

「ここまでとは思わなかったけど、まぁ、普通うわさにはなるよね」

悪びれる様子もなく、にこっと笑う。
ホントに、この人は…

一学期まで、男の子とは無縁な地味な女子として過ごしていた私には、そんな普通な感覚はなかったのだった。

「もう、クラスでも男子からは好奇の目で見られてる気がするし、女の子たちもよそよそしいし、居づらいったら…」

「何を今さら。ガリ勉少女だったときも似たような扱いうけてたじゃん」

え…

あー、確かに…?
言われてみれば、そうかも…?

「元々孤高の存在だっただけに、女子たちも安易に嫌がらせに走りにくいってとこが、楓音ちゃんのラクなとこだよねぇ」

感心するように、及川くんは腕組みをして頷いていた。

「つーか、俺のせいみたいな態度でいるけど、変身後の楓音ちゃん、男子たちの間で噂になってるから」

「は…?」

「これからはボーっとしてると危ないから。ちゃんとしててね」

そう言うと、私の頭を軽くポンポンと叩いて、及川くんは自分のクラスに戻っていった。

ボーっとしてると危ないとは、どういうことなのか。ボーっとなんてしてないんだけど。

「なんか、予備校ではのんきに 早野可愛くなったなーって思ってたけど…、大変だな」

自分の席に戻ると隣の席の鈴木くんがそう話し掛けてきた。

鈴木くんは学校でも予備校でも同じクラスで、私が学年一終わってると言われてたころから、他の女の子と変わらず接してくれる唯一といってもいい男の子だった。

「あー、ね。はは」

「まぁ、好きに言わせておけばいいよな。外見が変わったって、早野は早野だし」

「あ、ありがとう」

「なんかあったら予備校仲間ってことでいつでも言えよ。相談乗るからさ」

そう言って、鈴木くんは明るく笑った。

鈴木くんって、なんていい人なんだろう…
こういう人と普通に恋愛していたら、こんな事態にはならなかったのだろうか。

いや、そもそも学年一終わってる女子だったわけだから、恋愛に縁はなかったよね。


一ヶ月後。
相変わらず噂は収束せずに、あちらこちらで花を咲かせていた。

というのも、ここ一ヶ月にあった水泳大会やら体育祭やらで、及川くんがこれでもかというほどに活躍し、再度女子の心をがっちり掴んだせいに違いなかった。

「少しはおとなしくしててくれればいいのに…」

「何言ってんの。相変わらずクールな楓音ちゃんの心を掴もうと頑張った結果でしょうが」

「また適当なこと言って…」

「ところで楓音ちゃん、もうすぐ中間テストだね」

「あっ!」

「またゲーム、する?」

「する!」

即答していた。
今度こそ、勝つのだ。そして、この不本意な関係を終わりにする。

「じゃあ、楓音ちゃんが勝ったら」

「別れる!」

「うわ、即答でソレって、凹むな…。じゃあ、俺が勝ったら、キスね」

「へ…っ!?」

「それくらい賭けないと面白くないでしょ。それに、勝つんでしょ?」

「う、うん…」

「じゃあ、問題ないんじゃない?」

そう言って、及川くんは微笑んだ。

負けたら、ファースト・キス…
ううん、今度は勝つもの。

「わかった。じゃあ、この条件で」

「オッケー」

その会話を、まさか鈴木くんが聞いていたなんて、この時は気がつかなかった。
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