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第23話 にぶちん
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「はー、日サロは落ち着くわー」
茶々が住んでいる龍ヶ崎には日焼けサロンがない。
日焼けサロンは、隣の牛久市まで行かなければない。
茶々は、褐色の肌を維持するため、週に2回くらいは日焼けサロンに通っている。
今日もおじいちゃんから借りたひろちゃん号に乗って日焼けサロンへやってきた。
「萌、ごめんね、これから紫外線浴びるから奥に避難して」
〝分かったわ〟
そう言い残して萌は茶々の口からにゅるりと喉を通って胃の中に落ちていった。
茶々に寄生している萌という名前の寄生虫は、学名をシムオフンニ、和名を萌色孤虫といい、強い紫外線が苦手だ。
強い紫外線を直接照射されると死んでしまう。
だから、茶々が日焼けサロンでマシンに入るときは、なるべく紫外線が届かないように身体の深いところに避難しなければならない。
萌が胃の中に落ちたのを感じた茶々は、服を脱いで全裸になった。
ベッド型のタンニングマシンにお金を投入して仰向けに横たわる。
マシンのファンの音だけが響く空間にいると、不思議なほど落ち着ける。
タイマーの残りが半分くらいになったところでうつ伏せに体勢を変えた。
「背中のドラゴンがものすごく光ってるんだろうな」
UVインクで彫った背中のドラゴンが紫外線に反応して光っているはずだ。
だが、残念なことに自分でその様子を見ることができない。
今度、龍生に一緒に来てもらって写真を撮ってもらおう。
でも、そんなことをされたら盛ってしまうかも。
そんなことを考えていたら、あっという間にタンニングが終わってしまった。
「今日は終わるの早かったな」
妄想に耽ると時間が経つのを忘れる。
「萌、終わったわよ」
萌に日焼けの終わりを告げる。
〝終わった? お疲れさま〟
「萌も避難お疲れさまでした」
〝きれいに焼けた?〟
「よく焦げたわ」
〝おいしそうね〟
「食べる?」
〝いいの? また事故るわよ〟
「それはダメ」
茶々が苦笑した。
「でも、ちょっと食べて欲しいの……」
茶々が脚をもじもじさせながら恥ずかしそうに言った。
〝もー、しょうがないわね。龍生君にしてもらいなさいよ〟
「龍ちゃんと萌とでは、なんか違うのよ」
〝どう違うの?〟
「うーん、それがよく分からないんだけど、なにかが違うの」
〝そういうものなのね〟
「そう、そういうものなのよ」
茶々は、萌から微量の媚液をもらった。
下腹部がじんわりと暖かくなる、ほどよい快感だった。
適温のカイロを当てられているようだった。
これなら運転の妨げになることはない。
茶々は、上機嫌のままひろちゃん号を運転して帰宅した。
「たまには情報収集でもすっか」
食事とシャワーを済ませ、部屋に戻った茶々は、煙草に火を着けてパソコンの前に座った。
茶々が言った情報収集というのは、アンダーグラウンドな連中が集まる掲示板の巡回のことだ。
そこは、アンダーグラウンド気取りの甘い奴らではなく、本当にヤバい連中が集まるところだ。
クラックしたサーバーの深い階層に隠されているから、まず普通の人には存在すら知ることができない。
万一、見つけることができても、中途半端なスキルで覗きに来ようものなら、本人に関する情報を根こそぎ抜き取られるトラップが仕掛けられている。
茶々は、ホワイトハッカーに転身してから、しばらく振りのアクセスになる。
念のためサーバーの構成やトラップに変化がないかを細心の注意でリサーチした。
「変わってねえな」
なぜか懐かしく、嬉しくなった。
自分の古巣に戻ったような感じだ。
茶々は、掲示板を遡り自分が逮捕された頃からの発言を追った。
ヌルデバが逮捕されたらしいという噂話が盛んに交わされていた。
「ああ、そうだよ。逮捕されたんだよ」
茶々は、苦笑しながら独り言を言った。
もちろん一番の盛り上がりはニクシロンの逮捕だった。
ニクシロンの逮捕後は、掲示板が静かになっている。
やはりニクシロン逮捕がクラッカー界に与えた影響は大きかったようだ。
「あ? なんか見覚えがあんぞ、このフレーズ」
掲示板に書きこまれた、とあるフレーズが茶々の目に留まった。
「バカって言ったら自分がバーカ」
そのフレーズは、雑談の中で使われていた。
「どこで見たんだっけかな?」
茶々は、思い出せなかった。
「ま、いっか」
物事を深く考えないのが茶々の長所であり短所でもある。
ニクシロンが逮捕されて以降、とりたてて目新しい情報は見つからなかった。
茶々は、掲示板からログアウトした。
「バカって言ったら自分がバカ」
この言葉がなぜか心に引っかかって、その晩はなかなか寝られなかった。
翌朝、目を覚ました茶々は、鏡の中の自分を見て愕然とした。
「ヒグマ級の隈だなこりゃ」
寝不足で目の下にがっつり隈ができていた。
元々、褐色の肌なので色白の人ほど目立ちはしないが、不健康に黒くなるので気になってしまう。
「あたしは健全さがウリなんだぞ」
茶々は、ひとりでぶつぶつ言いながら学校に行く支度をした。
「ちゃーちゃん寝不足!ダメだよ、ちっちゃい子はしっかり寝ないと」
学校の玄関で待ち伏せして捕まえた龍生に、会うなり速攻で説教された。
「てめー、この野郎、ちっちゃい子とか言ってんじゃねえぞ!」
茶々が激怒した。
「あははは、だってちっちゃいじゃん」
龍生は、茶々にぼかすか殴られながら大笑いしている。
「幸せ……」
茶々は、龍生を殴りながらも、からかわれたことが嬉しくて顔がにやけてしまった。
龍生のからかいやいじめには愛がある。
だから腹が立たないし、逆に嬉しくもなる。
「とにかくだ、人の身体的欠陥とかを笑うんじゃねえ」
茶々がふにゃふにゃの顔で叱った。
「欠陥じゃないよ個性だよ」
龍生がニコニコしながら切り返した。
「うるせえ、だから頭いいやつは嫌いなんだよ。あ、違う。嫌いだけど好き……えーい、わけ分かんねえ。バカー!」
茶々が混乱した。
「あ、バカって言ったら自分がバカなんだよ」
龍生が茶々のおでこを指でつついた。
「ホームルーム始まんぞ」
茶々が龍生の指をつかんで走り出した。
「まさか龍ちゃんじゃねえよな」
朝、玄関で龍生と交わした会話が気になり授業に身が入らなかった。
もし龍生があの掲示板で発言をした本人だとしても、それは全然構わない。
自分と同じ穴の狢だったというだけのことだ。
しかし、茶々は何かが引っかかって心のざわつきを抑えられなかった。
「あれは、自分が知っている人間に違いない。そして、それは何かよくないことを暗示している」
そんな直感というか、漠然とした不安のようなものだ。
その後、茶々は、あの掲示板のことを思い出すことも少なくなり、いつしか記憶の奥に消えていった。
そして4月になり、茶々は、留年ギリギリの成績で3年に進級した。
もちろん龍生は余裕だ。
「龍ちゃん、大学決めた?」
昼休みの別館屋上で萌を手のひらに乗せて遊びながら茶々が龍生に進路を尋ねた。
「決めたよ」
龍生が即答した。
「お、決めたんだ。どこだ」
「知りたい?」
龍生がじらした。
「知りたい」
茶々が素直に応じた。
「千葉大」
「医学部か?」
「違うよ」
「違うの? お前が千葉大受けるっていったら医学部くらいしかないだろ。他の学部じゃ楽勝すぎて滑り止めじゃんかよ」
茶々が小首をかしげた。
「俺は偏差値で選んだんじゃないんだ。やりたいことがあるから千葉大にしたんだよ」
龍生の目に迷いは感じられなかった。
「能書きはいいから教えろよ」
「なんだよ、ちょっとくらいかっこつけさせてよ」
龍生が苦笑した。
「わかったわかった。やりたいことがあるから千葉大を選んだんだな。えらいえらい。これでいいか?」
茶々が思い切りバカにした態度でほめた。
「すっげーむかつく」
龍生が大笑いして喜んだ。
「で、なに学部?」
「園芸学部」
「は?」
「園芸学部」
「マジ? なんで?」
茶々が凶悪な目を丸くした。
「農業を産業として高度化させて、ハイパー百姓になる」
「そのために、ちゃーちゃんのコンピューターのスキルが必要なんだ」
龍生が力強く目標を披露した。
「なんかかっこいいけどよ、龍ちゃんち農家じゃないだろ?」
龍生の家は、ごく普通のサラリーマンだ。
農業とは無縁の生活だと思っていた。
「それに、なんで龍ちゃんの農業にあたしのスキルが必要になるんだよ?」
茶々は、案外鈍い女だ。
「で、ちゃーちゃんは進路決まったの?」
龍生は、そこそこ思い切った進路の教え方をしたのに茶々にまったく響かなかったことを落胆しつつ、今度は茶々の進路を尋ねた。
「あたしか? ああ、決まったな。今」
茶々がさらりと答えた。
「どこ、どこ?」
龍生が身を乗り出した。
「ちょっと待て」
茶々が萌を首に開いた穴に戻した。
「偶然なんだけど、あたしも千葉大なんだよ」
茶々がニコニコしながら龍生を見た。
「へー! すごい偶然」
龍生がナチュラルに喜んだ。
二人ともそこそこ鈍い。
「学部は?」
龍生が鼻息を荒くした。
「知りたいか?」
「うん」
「じゃあ、そこに土下座してお願いしろ」
茶々が、屋上の床を顎で指した。
「わかった!」
龍生は、ためらうことなく茶々の前に土下座した。
「学部を教えてください」
龍生は、両手を床について、額を着けた。
「いや、あの、ほんとに土下座しないでよ。ごめん、冗談だったの」
茶々が恐縮して謝った。
「え? そうだったの?」
顔を上げた龍生が笑った。
「龍ちゃん、プライドとかないの?」
茶々がふにゃふにゃの目になった。
「ない。ちゃーちゃんに対しては全くないね」
龍生が茶々の隣に座り直しながら、きっぱりと宣言した。
「変な奴」
これ以上ないくらいふにゃふにゃの顔で茶々が毒づいた。
「園芸学部よ、あたしも」
茶々が頬を赤らめた。
「同じだね! でも、今の成績じゃ厳しいよ」
龍生が進路指導の先生になった。
「分かってる。勉強する」
龍生と離れたくなくて、今の高校入試合格を勝ち取った。
中学校の担任からは奇跡と言われた。
千葉大園芸学部なら自分でもなんとかなるはずだ。
今度も奇跡を起こしてやる。
茶々は決意した。
「でも、なんで龍ちゃんが農業なんだろう?」
このにぶちんが。
茶々が住んでいる龍ヶ崎には日焼けサロンがない。
日焼けサロンは、隣の牛久市まで行かなければない。
茶々は、褐色の肌を維持するため、週に2回くらいは日焼けサロンに通っている。
今日もおじいちゃんから借りたひろちゃん号に乗って日焼けサロンへやってきた。
「萌、ごめんね、これから紫外線浴びるから奥に避難して」
〝分かったわ〟
そう言い残して萌は茶々の口からにゅるりと喉を通って胃の中に落ちていった。
茶々に寄生している萌という名前の寄生虫は、学名をシムオフンニ、和名を萌色孤虫といい、強い紫外線が苦手だ。
強い紫外線を直接照射されると死んでしまう。
だから、茶々が日焼けサロンでマシンに入るときは、なるべく紫外線が届かないように身体の深いところに避難しなければならない。
萌が胃の中に落ちたのを感じた茶々は、服を脱いで全裸になった。
ベッド型のタンニングマシンにお金を投入して仰向けに横たわる。
マシンのファンの音だけが響く空間にいると、不思議なほど落ち着ける。
タイマーの残りが半分くらいになったところでうつ伏せに体勢を変えた。
「背中のドラゴンがものすごく光ってるんだろうな」
UVインクで彫った背中のドラゴンが紫外線に反応して光っているはずだ。
だが、残念なことに自分でその様子を見ることができない。
今度、龍生に一緒に来てもらって写真を撮ってもらおう。
でも、そんなことをされたら盛ってしまうかも。
そんなことを考えていたら、あっという間にタンニングが終わってしまった。
「今日は終わるの早かったな」
妄想に耽ると時間が経つのを忘れる。
「萌、終わったわよ」
萌に日焼けの終わりを告げる。
〝終わった? お疲れさま〟
「萌も避難お疲れさまでした」
〝きれいに焼けた?〟
「よく焦げたわ」
〝おいしそうね〟
「食べる?」
〝いいの? また事故るわよ〟
「それはダメ」
茶々が苦笑した。
「でも、ちょっと食べて欲しいの……」
茶々が脚をもじもじさせながら恥ずかしそうに言った。
〝もー、しょうがないわね。龍生君にしてもらいなさいよ〟
「龍ちゃんと萌とでは、なんか違うのよ」
〝どう違うの?〟
「うーん、それがよく分からないんだけど、なにかが違うの」
〝そういうものなのね〟
「そう、そういうものなのよ」
茶々は、萌から微量の媚液をもらった。
下腹部がじんわりと暖かくなる、ほどよい快感だった。
適温のカイロを当てられているようだった。
これなら運転の妨げになることはない。
茶々は、上機嫌のままひろちゃん号を運転して帰宅した。
「たまには情報収集でもすっか」
食事とシャワーを済ませ、部屋に戻った茶々は、煙草に火を着けてパソコンの前に座った。
茶々が言った情報収集というのは、アンダーグラウンドな連中が集まる掲示板の巡回のことだ。
そこは、アンダーグラウンド気取りの甘い奴らではなく、本当にヤバい連中が集まるところだ。
クラックしたサーバーの深い階層に隠されているから、まず普通の人には存在すら知ることができない。
万一、見つけることができても、中途半端なスキルで覗きに来ようものなら、本人に関する情報を根こそぎ抜き取られるトラップが仕掛けられている。
茶々は、ホワイトハッカーに転身してから、しばらく振りのアクセスになる。
念のためサーバーの構成やトラップに変化がないかを細心の注意でリサーチした。
「変わってねえな」
なぜか懐かしく、嬉しくなった。
自分の古巣に戻ったような感じだ。
茶々は、掲示板を遡り自分が逮捕された頃からの発言を追った。
ヌルデバが逮捕されたらしいという噂話が盛んに交わされていた。
「ああ、そうだよ。逮捕されたんだよ」
茶々は、苦笑しながら独り言を言った。
もちろん一番の盛り上がりはニクシロンの逮捕だった。
ニクシロンの逮捕後は、掲示板が静かになっている。
やはりニクシロン逮捕がクラッカー界に与えた影響は大きかったようだ。
「あ? なんか見覚えがあんぞ、このフレーズ」
掲示板に書きこまれた、とあるフレーズが茶々の目に留まった。
「バカって言ったら自分がバーカ」
そのフレーズは、雑談の中で使われていた。
「どこで見たんだっけかな?」
茶々は、思い出せなかった。
「ま、いっか」
物事を深く考えないのが茶々の長所であり短所でもある。
ニクシロンが逮捕されて以降、とりたてて目新しい情報は見つからなかった。
茶々は、掲示板からログアウトした。
「バカって言ったら自分がバカ」
この言葉がなぜか心に引っかかって、その晩はなかなか寝られなかった。
翌朝、目を覚ました茶々は、鏡の中の自分を見て愕然とした。
「ヒグマ級の隈だなこりゃ」
寝不足で目の下にがっつり隈ができていた。
元々、褐色の肌なので色白の人ほど目立ちはしないが、不健康に黒くなるので気になってしまう。
「あたしは健全さがウリなんだぞ」
茶々は、ひとりでぶつぶつ言いながら学校に行く支度をした。
「ちゃーちゃん寝不足!ダメだよ、ちっちゃい子はしっかり寝ないと」
学校の玄関で待ち伏せして捕まえた龍生に、会うなり速攻で説教された。
「てめー、この野郎、ちっちゃい子とか言ってんじゃねえぞ!」
茶々が激怒した。
「あははは、だってちっちゃいじゃん」
龍生は、茶々にぼかすか殴られながら大笑いしている。
「幸せ……」
茶々は、龍生を殴りながらも、からかわれたことが嬉しくて顔がにやけてしまった。
龍生のからかいやいじめには愛がある。
だから腹が立たないし、逆に嬉しくもなる。
「とにかくだ、人の身体的欠陥とかを笑うんじゃねえ」
茶々がふにゃふにゃの顔で叱った。
「欠陥じゃないよ個性だよ」
龍生がニコニコしながら切り返した。
「うるせえ、だから頭いいやつは嫌いなんだよ。あ、違う。嫌いだけど好き……えーい、わけ分かんねえ。バカー!」
茶々が混乱した。
「あ、バカって言ったら自分がバカなんだよ」
龍生が茶々のおでこを指でつついた。
「ホームルーム始まんぞ」
茶々が龍生の指をつかんで走り出した。
「まさか龍ちゃんじゃねえよな」
朝、玄関で龍生と交わした会話が気になり授業に身が入らなかった。
もし龍生があの掲示板で発言をした本人だとしても、それは全然構わない。
自分と同じ穴の狢だったというだけのことだ。
しかし、茶々は何かが引っかかって心のざわつきを抑えられなかった。
「あれは、自分が知っている人間に違いない。そして、それは何かよくないことを暗示している」
そんな直感というか、漠然とした不安のようなものだ。
その後、茶々は、あの掲示板のことを思い出すことも少なくなり、いつしか記憶の奥に消えていった。
そして4月になり、茶々は、留年ギリギリの成績で3年に進級した。
もちろん龍生は余裕だ。
「龍ちゃん、大学決めた?」
昼休みの別館屋上で萌を手のひらに乗せて遊びながら茶々が龍生に進路を尋ねた。
「決めたよ」
龍生が即答した。
「お、決めたんだ。どこだ」
「知りたい?」
龍生がじらした。
「知りたい」
茶々が素直に応じた。
「千葉大」
「医学部か?」
「違うよ」
「違うの? お前が千葉大受けるっていったら医学部くらいしかないだろ。他の学部じゃ楽勝すぎて滑り止めじゃんかよ」
茶々が小首をかしげた。
「俺は偏差値で選んだんじゃないんだ。やりたいことがあるから千葉大にしたんだよ」
龍生の目に迷いは感じられなかった。
「能書きはいいから教えろよ」
「なんだよ、ちょっとくらいかっこつけさせてよ」
龍生が苦笑した。
「わかったわかった。やりたいことがあるから千葉大を選んだんだな。えらいえらい。これでいいか?」
茶々が思い切りバカにした態度でほめた。
「すっげーむかつく」
龍生が大笑いして喜んだ。
「で、なに学部?」
「園芸学部」
「は?」
「園芸学部」
「マジ? なんで?」
茶々が凶悪な目を丸くした。
「農業を産業として高度化させて、ハイパー百姓になる」
「そのために、ちゃーちゃんのコンピューターのスキルが必要なんだ」
龍生が力強く目標を披露した。
「なんかかっこいいけどよ、龍ちゃんち農家じゃないだろ?」
龍生の家は、ごく普通のサラリーマンだ。
農業とは無縁の生活だと思っていた。
「それに、なんで龍ちゃんの農業にあたしのスキルが必要になるんだよ?」
茶々は、案外鈍い女だ。
「で、ちゃーちゃんは進路決まったの?」
龍生は、そこそこ思い切った進路の教え方をしたのに茶々にまったく響かなかったことを落胆しつつ、今度は茶々の進路を尋ねた。
「あたしか? ああ、決まったな。今」
茶々がさらりと答えた。
「どこ、どこ?」
龍生が身を乗り出した。
「ちょっと待て」
茶々が萌を首に開いた穴に戻した。
「偶然なんだけど、あたしも千葉大なんだよ」
茶々がニコニコしながら龍生を見た。
「へー! すごい偶然」
龍生がナチュラルに喜んだ。
二人ともそこそこ鈍い。
「学部は?」
龍生が鼻息を荒くした。
「知りたいか?」
「うん」
「じゃあ、そこに土下座してお願いしろ」
茶々が、屋上の床を顎で指した。
「わかった!」
龍生は、ためらうことなく茶々の前に土下座した。
「学部を教えてください」
龍生は、両手を床について、額を着けた。
「いや、あの、ほんとに土下座しないでよ。ごめん、冗談だったの」
茶々が恐縮して謝った。
「え? そうだったの?」
顔を上げた龍生が笑った。
「龍ちゃん、プライドとかないの?」
茶々がふにゃふにゃの目になった。
「ない。ちゃーちゃんに対しては全くないね」
龍生が茶々の隣に座り直しながら、きっぱりと宣言した。
「変な奴」
これ以上ないくらいふにゃふにゃの顔で茶々が毒づいた。
「園芸学部よ、あたしも」
茶々が頬を赤らめた。
「同じだね! でも、今の成績じゃ厳しいよ」
龍生が進路指導の先生になった。
「分かってる。勉強する」
龍生と離れたくなくて、今の高校入試合格を勝ち取った。
中学校の担任からは奇跡と言われた。
千葉大園芸学部なら自分でもなんとかなるはずだ。
今度も奇跡を起こしてやる。
茶々は決意した。
「でも、なんで龍ちゃんが農業なんだろう?」
このにぶちんが。
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