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第28話 雄んなの子登場
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瑞希は、富永との対決に向けて肌の手入れに余念がない。
「乾燥させないようにしなくちゃね」
毎日、「洗顔」(洗浄)、「化粧水」(保湿)、「美容液」(新陳代謝)、「クリーム」(保護)でのスキンケアを欠かさない。
化粧をした日は、洗顔の前にクレンジングで化粧をよく落とす。
「なんだ瑞希、最近ずいぶん顔がぷるんぷるんじゃないか」
美月は、学校のトイレの個室で友達のペニスをおいしそうにしゃぶっている。
その美月の頬を友達が軽くつついた。
「うん。文化祭でみんなの前に女装で出るんだもん。きれいな肌にしておかないと」
確かに嘘ではない。
「本当は富永さんとの勝負のためなんだけどね」
これは富永との密約なので友達にも言えない。
学校で女子と秘密を共有するのは、これが初めてだ。
瑞希は、富永と自分が特別な関係になったような不思議な感情を抱いた。
女子と秘密を共有するというのが、これほどまでに甘美な感情を沸き立たせるものとは思ってもみなかった。
「お、いきそう」
友達が美月の頭を押さえつけた。
友達のペニスが美月の喉を突く。
「うー、うー」
美月が苦しそうに呻き声を上げる。
このとき、瑞希は喉を開いてペニスを受け入れているので、それほど苦しくはない。
ペニスを飲み込むのも慣れた。
「いくぞ!」
喉の奥のペニスがぐっと太さを増した。
「!」
喉より奥、食道に精液が注ぎ込まれた。
注がれた精液は、飲み込む必要もなく胃に落ちていく。
「今日も乱暴だね」
ペニスを吐き出した美月がにっこりと笑顔を見せる。
「悪い。ついやっちゃうんだ」
「いいよ。ボクは乱暴にされるのも好きだから」
美月は、本当に嬉しそうな顔で尿道に残った精液を吸い出している。
「はい、今日もおいしかったです」
すっかりきれいに舐め尽くされたペニスを両手で捧げ持ち、尿道口にキスをした。
「気持ちよかったぞ。ありがとな」
友達は、自分が満足すると、さっさとズボンを上げて個室を出て行ってしまった。
瑞希は、この使い捨てられる瞬間がたまらなく好きだ。
「美人対決なんだけど、今度の土曜日なんてどう?」
授業中、隣の富永からノートの切れ端が回ってきた。
「土曜日…… バイトあったかな」
瑞希は、机の下でこっそりとスマホでスケジュールを確認した。
「今度の土曜日なら大丈夫だよ」
ノートの切れ端に返事を書いて戻す。
「……」
富永が横目で瑞希を見て小さく頷いた。
瑞希も富永に合わせてこくりと顎を引く。
「対決はいいけど、どこでやるんだろう?」
自分が女装するには着替えや化粧をする場所が必要だ。
富永と二人でそれができる場所が思いつかない。
「ラブホなら問題なくできる……」
「いやいや、富永さんとラブホはダメだ」
瑞希は小さく頭を振った。
「カラオケ?」
「そこで富永さんの着替えは無理だ」
「富永さんの家?」
「なに図々しいこと言ってんだ」
「俺の家?」
「めっちゃ警戒されるに決まってる」
瑞希は対決場所をピックアップしては自分で突っ込みを入れた。
「場所がないじゃん」
瑞希が途方に暮れた。
「?」
富永が瑞希の肘をつついた。
瑞希が富永を見ると、その手にはまたノートの切れ端が握られていた。
「ん」
富永がノートの切れ端を差し出す。
「ん」
瑞希が受け取る。
「土曜日、うちにおいでよ。うちで着替えとかするといいよ」
ノートの切れ端には、そう書かれていた。
瑞希の心臓が大きく鳴った。
「まさか富永さんから家に来いって言われるとは思わなかったな」
瑞希は高鳴る鼓動を抑えながら、どう返事をすべきか思案した。
付き合ってもいない、ただメイド姿を見せ合う約束をしただけの関係だ。
それなのに、いきなり女子の家に上がり込んでいいものか。
家の人になんて挨拶をすればいいのか。
「それはまずくない?」
散々考えた挙げ句出てきた返事がこれだ。
瑞希は、自分の語彙力のなさに嫌気が差した。
瑞希の返事を受け取った富永が更に返事を書いて戻してきた。
「まずかったら誘ってないから」
道理だ。
瑞希は納得するしかなかった。
「でも、俺がどんな男か知らないのに、家に上げて心配じゃないの?」
「こっちは瑞希君の秘密を握ってるんだよ。変なことできる?」
「できないね」
二人が目を合わせて同時に頷いた。
瑞希にしても、今は男の娘の環の方が生身の女性より好きで、富永に対する特別な感情は湧かない。
だから富永の家にあがっても、絶対になにもないと断言できる。
「ママも瑞希君に挨拶したいんだって」
富永から意外なメモが届いた。
「お母さん、俺のこと知ってるの?」
「当たり前じゃない。クラスメイトなんだよ?」
「あ、そうか」
瑞希が頭を掻いた。
「母さん、今度の土曜日、富永さんの家で女装することになった」
瑞希が母親の隣に座り、こてんと頭を母親の肩にもたれた。
「へー、よく家に呼んでくれたわね。ていうか、なんでくっついてるのよ」
母親がもじもじした。
「俺の女装趣味が富永さんに知られてるから、変なことはできないだろうって」
話しながら瑞希の手は、ごく自然に母親の股間に乗せられた。
「ちょっと、やめなさいよ」
「母さんのちんちん握ってると落ち着くから」
「なっ、それって……」
母親が顔を真っ赤にして動揺した。
「いつも母さんが父さんに言ってること」
瑞希が涼しい顔で暴露した。
「なんで知ってんのよー」
「さあ」
瑞希がとぼけた。
「ま、しょ、しょうがないわね。握るだけにしてよね」
「はーい」
「私の男で遊ばないでよね、まったく」
「いいじゃん、減るもんじゃないんだし」
「むしろ大きくなるわよ。バカ!」
母親が苦笑した。
「と、とにかく、他人様のお宅にお邪魔するんだから、手土産を持っていきなさいよ」
「え、そういうものなの?」
「あんた、そんなことも知らないの? まあ、初めてじゃ知らないのも当然よね。そういうものだから覚えておきなさい」
「うん、分かった」
いつの間にか、瑞希の手は直に母親のペニスを撫で回していた。
土曜日。
決戦の日を迎えた。
「メイド服、よし」
「インナー、よし」
「コルセット、よし」
「化粧ポーチ、よし」
「ウイッグ、よし」
「ウイッグネット、よし」
瑞希は、キャリーケースの中身を指差しながら最終点検した。
「あー、パンプス!」
瑞希が大声を上げた。
慌てて5センチヒールの黒いパンプスをビニール袋に入れて、キャリーケースにしまう。
もっと高いヒールでもうまく歩けるようになったが、メイドがハイヒールだと不自然なので低めのヒールに抑えた。
瑞希はパンプスをキャリーに詰め込んで蓋を閉めた。
「あ、待てよ」
瑞希が荷造りの手を止めて時計を見た。
「まだ時間あるな」
瑞希は独り言を呟いて一度閉めたキャリーを開けた。
キャリーの中から化粧ポーチとインナーを取り出す。
「まだ時間があるから化粧とインナーだけやっていっちゃおう」
瑞希は全裸になると純白のショーツと揃いのブラジャーを着けた。
「うーん、相変わらずの貧乳」
ドレッサーの鏡に写る自分の胸を両手で覆いながら苦笑した。
貧乳と言いながら、女性ホルモンや外科的な手段で乳房を大きくしたいとは思っていない。
「どうせなら服も女の子になっちゃえ」
瑞希は、下着姿のままウオークインクローゼットに入っていった。
「どれにしようかな」
いつの間にか女性ものの服の方が多くなってしまった。
「やっぱりメス化してるのかなあ……」
最近は、自分の性自認が揺らいでいる。
揺らいでいるというより分からなくなっている。
「初めてお邪魔する家だし、お母さんにも会うんだから、おとなしめなワンピースが無難だよね」
ワンピースも数が増えたので、どれを選ぶか迷ってしまう。
瑞希は、取っ替え引っ替え鏡の前でワンピースを当てる。
「あ!」
瑞希はぽんと手を叩いた。
「あるじゃん、あるじゃん。最適なのが」
クローゼットの一番奥の方からビニールのカバーがかけられた衣装を引っ張り出した。
「これしかないでしょ」
瑞希は満足そうに微笑んだ。
「買っておいてよかった」
着る機会はないと思っていた衣装だった。
瑞希は、鼻歌交じりにコルセットをお腹に巻きつけ、きつく締め上げた。
「苦しい……」
言葉と裏腹に瑞希の目はうっとりとしている。
「ちょっとはウエストができたよね」
鏡の前で身体を左右にひねってウエストを確かめる。
もともと華奢な体つきだ。
コルセットで締め上げると、スレンダーな女性並みのウエストは作れる。
「とは言うもののね……」
瑞希の目は両肩に向いている。
肩幅の広さや関節のゴツさは、いかんともしがたい。
「ま、ここが男の娘らしさってことで」
悩んでもどうしようもないことは、そういうものだと思って受け入れてしまうのがいい。
女装を始めてから学んだことだ。
「まずはブラウス」
ブラウスは、なんの変哲もないありふれたものだ。
両袖を通して前身頃のボタンを閉める。
「次はスカートだね」
瑞希は、ハンガーからプリーツスカートを取り出した。
「よいっと」
スカートに足を通し、ウエストのフックを掛けファスナーを上げる。
コルセットで作ったウエストに合わせると、スカートは瑞希の膝上10センチくらいになった。
「思ったより短いよ。階段の上り下りに気をつけないとパンツ見えちゃうな」
鏡に後ろ姿を写し、上体をひねって後ろを振り返る。
「こんなスカートを毎日履いて電車に乗ってるんだから女子は大変だ」
着てみて初めて分かる女性の苦労だ。
瑞希は、チェストから一分丈のスパッツを出してショーツの上に穿き、ガードを固めた。
次に、ハンガーに掛かっているリボンを手に取り、ブラウスの首に回してフックを掛けた。
「よし、これで化粧しよ」
ハンガーに掛かったままのブレザーをベッドに放り投げ、ドレッサーの前に座る。
「ちょっと待ってよ」
瑞希が首をひねった。
「この服で化粧はリアリティに欠けるよね。よし、すっぴんにリップだけでいこう」
一度ベッドに放り投げたブレザーを取り上げてブラウスの上に羽織る。
ブレザーは、ウエストが軽く絞られており、ボタンを締めるとウエストにフィットして女性らしい曲線を作り上げる。
最後に淡いピンクのリップクリームをふっくらとした唇に塗ってできあがりだ。
リップを塗っただけでもずいぶん血色がよく見えるようになる。
「ボク、かわいいじゃん」
鏡の中の同級生がにっこりと笑う。
「あ、そうだ」
何かを思い出した瑞希は、スマホに手を伸ばした。
「俺、女装すると『ボクっ娘』になるから、今のうちに言っておくね」
「そうなんだ。瑞希君は男の娘なんだね」
「まあそういうことかな」
「早く瑞希君の男の娘を見たいよ」
「今から行くよ」
「待ってるね」
瑞希は、普段通学で履いているローファーをつっかけ、キャリーケースを転がして家を出た。
駅の階段では、スカートを手で押さえるという仕草が自然と出た。
「女子はホントに大変だな」
いつもは考えることもない女性の苦労が分かるというのも女装のいいところだと思った。
「ここか」
瑞希の目の前には、立派な戸建住宅が鎮座している。
「でかい……」
瑞希は建物の全体を見上げてため息をついた。
門柱に「富永」と表札が掲げられていることから、間違ってはない。
「誰?」
目の前の家から聞き覚えのある女性の声がした。
声が聞こえた方角からして二階からのようだ。
瑞希は声のした方を見上げた。
「あ、富永さん」
声の主は、今日美人対決をする相手の富永だった。
「え? もしかして、瑞希君?」
富永は声が裏返ってしまった。
「うん」
瑞希が軽く右手を上げて挨拶をした。
「びっくりしたよ。今日、学校の子が来る予定なんてなかったのに、制服を着た子が立ってるんだもん」
「あはは。びっくりさせてごめん」
「いま玄関開けたから上がって、上がって」
富永が言うのと同時に玄関の鍵が開くような音が聞こえた。
「リモコン式なんだ、すげえなあ」
瑞希は、門を開け長いアプローチを歩いて玄関の前に進んだ。
「お邪魔します……」
恐る恐る玄関のドアを開けて隙間から顔を出す。
「なにやってんのよ。入りなさいよ」
二階に通じる階段の上から富永が笑いながら下りてきた。
富永は、白いゆったりとしたTシャツとだぶだぶの短パンというラフなスタイルだ。
学校で見慣れているエレガントな制服姿とは対照的なルーズさだ。
「あ……」
富永が階段を下りてくる途中、足を進めた拍子に短パンの隙間からパンツが見えてしまった。
瑞希は、見てはいけないものを見てしまったような気がして、慌てて目をそらした。
「あっ、見たな! スケベ」
富永に気づかれてしまった。
「ご、ごめんなさい。見るつもりはなかったんだけど……」
「あはは、いいよ気にしないで。見えたのなんてパンツでしょ。中身を見られたわけじゃないんだから全然オッケーだよ」
富永は平然としている。
「そういうものなの?」
「そうじゃないの?」
「わかんない」
「私も」
玄関で二人が笑った。
「あ、ごめん、ママに挨拶してってくれる?」
富永が申し訳なさそうに手を合わせた。
「うん、いいよ。そのつもりで来てるから。あ、でも女装で来ちゃった!」
瑞希は、今さら服装の選択を誤ったことに気づいた。
「どうしよう……」
着替えはメイド服しかない。
男に戻る服を持って来なかったのは失敗だった。
瑞希は、自分の姿を見ながらオロオロした。
「それでいいわよ」
「えっ?!」
瑞希が驚いて顔を上げた。
目の前に富永の母親が立っていた。
声をかけたのは母親だった。
「今日は瑞希君の女装が見られるって聞いてたから楽しみにしてたのよ。こんなにすぐに見られてラッキーだわ」
母親が手を叩いて喜んでいる。
「なんか、化粧もしてないすっぴんでごめんなさい」
瑞希がぺこりと頭を下げた。
「いいのよ。だって制服でしょ。変に化粧するよりらしくていいわよ」
「ありがとうございます。あ、これ、両親から預かってきました」
瑞希は、母親から託された手土産を富永の母親に差し出した。
「あら、ありがとう。さ、上がって。あとはよろしくね」
手土産を受け取った母親が富永に目配せして奥の部屋に戻っていった。
「なんかよくわかんないんだけど、ママは瑞希君のファンなんだって。瑞希君、ネットでなんかやってる?」
富永が肩をすくめた。
「オーマイ……」
瑞希は表情を変えずに悲観した。
「ここにもボクのファンがいたのかよ……」
「しかも同級生のお母さんとか、最低の最悪じゃん」
「てことはだよ、富永さんも美月のことを知ってるのか?」
瑞希は一目散に逃げ帰りたくなった。
「いや、ふ、普通にSNSは使ってるけど、それだけだよ」
言葉に動揺が現れている。
「そうだよね。なんでママが瑞希君のファンになったりするんだろう?」
富永が首を傾げた。
その表情から、富永は本当に美月の存在を知らないようだった。
「上がって」
「うん」
富永に促されるまま、ローファーを脱いでスリッパに履き替える。
「こっちこっち」
富永は瑞希の手を取った。
「え?! え?!」
瑞希は、いきなり手を握られて動揺した。
「あ、あはは、ごめんね。他意はないよ」
富永が屈託なく笑った。
富永は異性との距離感が近いのかもしれない。
それならもっと浮いた話が出てもよさそうなものを、そういった話はとんと耳にしない。
「ここが私の部屋」
通されたのは12畳くらいはありそうな広い洋間だった。
「広い部屋だねえ」
瑞希がため息をついた。
部屋は広かったが、瑞希が想像していたような女の子らしい装飾や小物類はほとんどなく、むしろ自分の部屋を見ているような感じがするくらい雑然としていた。
「もっとデコデコしてると思った?」
「そうだね。ちょっと意外」
「あはは。分かる。普通そう思うよね。あ、そうだ、着替えは隣の部屋でして。私はここで着替えるから」
「でさ、両方が着替え終わったら、瑞希君がこっちの部屋に来てよ」
「分かった」
瑞希は、富永の案内で隣の部屋に移動した。
隣の部屋は、特に使われていないのか、荷物もなくがらんとしていた。
「二人目の子供部屋にするつもりだったらしいんだけど、今のところ私ひとりなんで」
富永が部屋について説明した。
「じゃあ、着替え終わったらメッセージちょうだい」
「うん」
富永が自分の部屋に戻っていった。
富永が部屋からいなくなると、瑞希はキャリーを開けて化粧ポーチとメイド服を出した。
瑞希は、着てきた制服を脱ぎ、メイド服に着替えた。
メイド服のスカートをふわっと広げると、ぺたんと床に座り込んだ。
化粧ポーチから手鏡を出して、脚を広げて床に立てる。
「遊びだけど一応対決だから、濃い目にしとこうかな」
化粧ポーチからがらがらと化粧品を床に撒いた。
「できた」
瑞希は、手鏡に映る自分の顔に満足した。
いつもはエロさを追求するのだが、今回は一般向けの総選挙なのでかわいらしさと清楚さを表現したつもりだ。
「うちの中だから靴はやめておこうかな」
一度出したパンプスをキャリーにしまい、スリッパを履く。
「こっちは用意できたよ」
準備が整ったのを富永に知らせた。
「富永さん、どんなメイドさんになるんだろう。元がいいから負けちゃうかもしれないな」
瑞希としては、負けても悔しい勝負ではない。
女子とかわいさで勝負できることが楽しい。
「ごめん、もうちょっと待って」
富永は、まだ準備できていないようだ。
「いいよ。用意できたら教えて」
そうは言ったものの、若干落ち着かない瑞希は、部屋の中をうろうろと歩きまわる。
「お待たせ!」
富永からメッセージが来た。
瑞希は部屋を出ると、富永がメイド姿で待っているであろう隣の部屋のドアを3回ノックした。
「どうぞ」
「あれっ?」
部屋の中から聞こえた返事に違和感を感じた。
それまでの富永の声ではなかった。
「この短い時間で声変わりした?」
「そんなわけないよね」
瑞希は、自問自答しながら富永の部屋のドアノブをひねった。
自分の部屋より重厚な質感のドアが音もなく開く。
「え?!」
瑞希が声をあげた。
「やられた」
瑞希は苦笑しながら部屋に入る。
富永の部屋では、かわいいメイドさんが待っているものと思っていた。
しかし、そこにいたのは執事だったのだ。
ブラックスーツに銀鼠のベストを合わせたスリーピス。
真っ白なウイングカラーのシャツに黒いクロスタイ。
クロスタイを留める真珠のピンがアクセントになっている。
髪もきっちりとなでつけられ、後ろで一つに束ねている。
どこから見ても凛々しい執事だ。
富永は、元々瑞希より背が高い。
これで二人が並んだら犯罪級に美しい組み合わせになるに違いない。
「はい、ボクの趣味はこれでしたー」
富永が立礼して低い声で笑う。
「富永さんもボクっ娘だったんだ」
「そうだよ。でも、娘じゃない、雄んなの子」
「ん? 富永さん、いい匂いがする」
瑞希が鼻をひくつかせた。
「あ、この香り、好きなんだ。メンズもののコロンなんだ」
「うん、好きかも。きつくない、ふわっと香ってくるのがまたいいね」
「嬉しいこと言ってくれるね」
富永が相好を崩した。
「メイド喫茶もこれで?」
「そうしようと思ってる」
「ボクと組んだら無敵だね」
「男女がひっくり返ってるけどな」
「あのさ、富永さん」
瑞希が遠慮がちに富永を呼んだ。
「なに?」
富永が瑞希を見下ろす。
「かっこいいね」
瑞希が頬を染めた。
「え、ありがとう。瑞希君もめちゃくちゃかわいいよ」
「えー、嬉しいなあ。でさ、嫌じゃなかったら、ボクのこと瑞希って呼び捨てにしてくれない?」
瑞希が上目遣いに富永を見つめた。
富永の耳が赤くなる。
「み、瑞希」
「なーに?」
瑞希が小首を傾げた。
「めっちゃドキドキする!」
富永が胸に手を当てて足踏みした。
「文化祭、楽しみだね」
「そうだな」
男女が逆転した執事とメイドが見つめあって微笑んだ。
「乾燥させないようにしなくちゃね」
毎日、「洗顔」(洗浄)、「化粧水」(保湿)、「美容液」(新陳代謝)、「クリーム」(保護)でのスキンケアを欠かさない。
化粧をした日は、洗顔の前にクレンジングで化粧をよく落とす。
「なんだ瑞希、最近ずいぶん顔がぷるんぷるんじゃないか」
美月は、学校のトイレの個室で友達のペニスをおいしそうにしゃぶっている。
その美月の頬を友達が軽くつついた。
「うん。文化祭でみんなの前に女装で出るんだもん。きれいな肌にしておかないと」
確かに嘘ではない。
「本当は富永さんとの勝負のためなんだけどね」
これは富永との密約なので友達にも言えない。
学校で女子と秘密を共有するのは、これが初めてだ。
瑞希は、富永と自分が特別な関係になったような不思議な感情を抱いた。
女子と秘密を共有するというのが、これほどまでに甘美な感情を沸き立たせるものとは思ってもみなかった。
「お、いきそう」
友達が美月の頭を押さえつけた。
友達のペニスが美月の喉を突く。
「うー、うー」
美月が苦しそうに呻き声を上げる。
このとき、瑞希は喉を開いてペニスを受け入れているので、それほど苦しくはない。
ペニスを飲み込むのも慣れた。
「いくぞ!」
喉の奥のペニスがぐっと太さを増した。
「!」
喉より奥、食道に精液が注ぎ込まれた。
注がれた精液は、飲み込む必要もなく胃に落ちていく。
「今日も乱暴だね」
ペニスを吐き出した美月がにっこりと笑顔を見せる。
「悪い。ついやっちゃうんだ」
「いいよ。ボクは乱暴にされるのも好きだから」
美月は、本当に嬉しそうな顔で尿道に残った精液を吸い出している。
「はい、今日もおいしかったです」
すっかりきれいに舐め尽くされたペニスを両手で捧げ持ち、尿道口にキスをした。
「気持ちよかったぞ。ありがとな」
友達は、自分が満足すると、さっさとズボンを上げて個室を出て行ってしまった。
瑞希は、この使い捨てられる瞬間がたまらなく好きだ。
「美人対決なんだけど、今度の土曜日なんてどう?」
授業中、隣の富永からノートの切れ端が回ってきた。
「土曜日…… バイトあったかな」
瑞希は、机の下でこっそりとスマホでスケジュールを確認した。
「今度の土曜日なら大丈夫だよ」
ノートの切れ端に返事を書いて戻す。
「……」
富永が横目で瑞希を見て小さく頷いた。
瑞希も富永に合わせてこくりと顎を引く。
「対決はいいけど、どこでやるんだろう?」
自分が女装するには着替えや化粧をする場所が必要だ。
富永と二人でそれができる場所が思いつかない。
「ラブホなら問題なくできる……」
「いやいや、富永さんとラブホはダメだ」
瑞希は小さく頭を振った。
「カラオケ?」
「そこで富永さんの着替えは無理だ」
「富永さんの家?」
「なに図々しいこと言ってんだ」
「俺の家?」
「めっちゃ警戒されるに決まってる」
瑞希は対決場所をピックアップしては自分で突っ込みを入れた。
「場所がないじゃん」
瑞希が途方に暮れた。
「?」
富永が瑞希の肘をつついた。
瑞希が富永を見ると、その手にはまたノートの切れ端が握られていた。
「ん」
富永がノートの切れ端を差し出す。
「ん」
瑞希が受け取る。
「土曜日、うちにおいでよ。うちで着替えとかするといいよ」
ノートの切れ端には、そう書かれていた。
瑞希の心臓が大きく鳴った。
「まさか富永さんから家に来いって言われるとは思わなかったな」
瑞希は高鳴る鼓動を抑えながら、どう返事をすべきか思案した。
付き合ってもいない、ただメイド姿を見せ合う約束をしただけの関係だ。
それなのに、いきなり女子の家に上がり込んでいいものか。
家の人になんて挨拶をすればいいのか。
「それはまずくない?」
散々考えた挙げ句出てきた返事がこれだ。
瑞希は、自分の語彙力のなさに嫌気が差した。
瑞希の返事を受け取った富永が更に返事を書いて戻してきた。
「まずかったら誘ってないから」
道理だ。
瑞希は納得するしかなかった。
「でも、俺がどんな男か知らないのに、家に上げて心配じゃないの?」
「こっちは瑞希君の秘密を握ってるんだよ。変なことできる?」
「できないね」
二人が目を合わせて同時に頷いた。
瑞希にしても、今は男の娘の環の方が生身の女性より好きで、富永に対する特別な感情は湧かない。
だから富永の家にあがっても、絶対になにもないと断言できる。
「ママも瑞希君に挨拶したいんだって」
富永から意外なメモが届いた。
「お母さん、俺のこと知ってるの?」
「当たり前じゃない。クラスメイトなんだよ?」
「あ、そうか」
瑞希が頭を掻いた。
「母さん、今度の土曜日、富永さんの家で女装することになった」
瑞希が母親の隣に座り、こてんと頭を母親の肩にもたれた。
「へー、よく家に呼んでくれたわね。ていうか、なんでくっついてるのよ」
母親がもじもじした。
「俺の女装趣味が富永さんに知られてるから、変なことはできないだろうって」
話しながら瑞希の手は、ごく自然に母親の股間に乗せられた。
「ちょっと、やめなさいよ」
「母さんのちんちん握ってると落ち着くから」
「なっ、それって……」
母親が顔を真っ赤にして動揺した。
「いつも母さんが父さんに言ってること」
瑞希が涼しい顔で暴露した。
「なんで知ってんのよー」
「さあ」
瑞希がとぼけた。
「ま、しょ、しょうがないわね。握るだけにしてよね」
「はーい」
「私の男で遊ばないでよね、まったく」
「いいじゃん、減るもんじゃないんだし」
「むしろ大きくなるわよ。バカ!」
母親が苦笑した。
「と、とにかく、他人様のお宅にお邪魔するんだから、手土産を持っていきなさいよ」
「え、そういうものなの?」
「あんた、そんなことも知らないの? まあ、初めてじゃ知らないのも当然よね。そういうものだから覚えておきなさい」
「うん、分かった」
いつの間にか、瑞希の手は直に母親のペニスを撫で回していた。
土曜日。
決戦の日を迎えた。
「メイド服、よし」
「インナー、よし」
「コルセット、よし」
「化粧ポーチ、よし」
「ウイッグ、よし」
「ウイッグネット、よし」
瑞希は、キャリーケースの中身を指差しながら最終点検した。
「あー、パンプス!」
瑞希が大声を上げた。
慌てて5センチヒールの黒いパンプスをビニール袋に入れて、キャリーケースにしまう。
もっと高いヒールでもうまく歩けるようになったが、メイドがハイヒールだと不自然なので低めのヒールに抑えた。
瑞希はパンプスをキャリーに詰め込んで蓋を閉めた。
「あ、待てよ」
瑞希が荷造りの手を止めて時計を見た。
「まだ時間あるな」
瑞希は独り言を呟いて一度閉めたキャリーを開けた。
キャリーの中から化粧ポーチとインナーを取り出す。
「まだ時間があるから化粧とインナーだけやっていっちゃおう」
瑞希は全裸になると純白のショーツと揃いのブラジャーを着けた。
「うーん、相変わらずの貧乳」
ドレッサーの鏡に写る自分の胸を両手で覆いながら苦笑した。
貧乳と言いながら、女性ホルモンや外科的な手段で乳房を大きくしたいとは思っていない。
「どうせなら服も女の子になっちゃえ」
瑞希は、下着姿のままウオークインクローゼットに入っていった。
「どれにしようかな」
いつの間にか女性ものの服の方が多くなってしまった。
「やっぱりメス化してるのかなあ……」
最近は、自分の性自認が揺らいでいる。
揺らいでいるというより分からなくなっている。
「初めてお邪魔する家だし、お母さんにも会うんだから、おとなしめなワンピースが無難だよね」
ワンピースも数が増えたので、どれを選ぶか迷ってしまう。
瑞希は、取っ替え引っ替え鏡の前でワンピースを当てる。
「あ!」
瑞希はぽんと手を叩いた。
「あるじゃん、あるじゃん。最適なのが」
クローゼットの一番奥の方からビニールのカバーがかけられた衣装を引っ張り出した。
「これしかないでしょ」
瑞希は満足そうに微笑んだ。
「買っておいてよかった」
着る機会はないと思っていた衣装だった。
瑞希は、鼻歌交じりにコルセットをお腹に巻きつけ、きつく締め上げた。
「苦しい……」
言葉と裏腹に瑞希の目はうっとりとしている。
「ちょっとはウエストができたよね」
鏡の前で身体を左右にひねってウエストを確かめる。
もともと華奢な体つきだ。
コルセットで締め上げると、スレンダーな女性並みのウエストは作れる。
「とは言うもののね……」
瑞希の目は両肩に向いている。
肩幅の広さや関節のゴツさは、いかんともしがたい。
「ま、ここが男の娘らしさってことで」
悩んでもどうしようもないことは、そういうものだと思って受け入れてしまうのがいい。
女装を始めてから学んだことだ。
「まずはブラウス」
ブラウスは、なんの変哲もないありふれたものだ。
両袖を通して前身頃のボタンを閉める。
「次はスカートだね」
瑞希は、ハンガーからプリーツスカートを取り出した。
「よいっと」
スカートに足を通し、ウエストのフックを掛けファスナーを上げる。
コルセットで作ったウエストに合わせると、スカートは瑞希の膝上10センチくらいになった。
「思ったより短いよ。階段の上り下りに気をつけないとパンツ見えちゃうな」
鏡に後ろ姿を写し、上体をひねって後ろを振り返る。
「こんなスカートを毎日履いて電車に乗ってるんだから女子は大変だ」
着てみて初めて分かる女性の苦労だ。
瑞希は、チェストから一分丈のスパッツを出してショーツの上に穿き、ガードを固めた。
次に、ハンガーに掛かっているリボンを手に取り、ブラウスの首に回してフックを掛けた。
「よし、これで化粧しよ」
ハンガーに掛かったままのブレザーをベッドに放り投げ、ドレッサーの前に座る。
「ちょっと待ってよ」
瑞希が首をひねった。
「この服で化粧はリアリティに欠けるよね。よし、すっぴんにリップだけでいこう」
一度ベッドに放り投げたブレザーを取り上げてブラウスの上に羽織る。
ブレザーは、ウエストが軽く絞られており、ボタンを締めるとウエストにフィットして女性らしい曲線を作り上げる。
最後に淡いピンクのリップクリームをふっくらとした唇に塗ってできあがりだ。
リップを塗っただけでもずいぶん血色がよく見えるようになる。
「ボク、かわいいじゃん」
鏡の中の同級生がにっこりと笑う。
「あ、そうだ」
何かを思い出した瑞希は、スマホに手を伸ばした。
「俺、女装すると『ボクっ娘』になるから、今のうちに言っておくね」
「そうなんだ。瑞希君は男の娘なんだね」
「まあそういうことかな」
「早く瑞希君の男の娘を見たいよ」
「今から行くよ」
「待ってるね」
瑞希は、普段通学で履いているローファーをつっかけ、キャリーケースを転がして家を出た。
駅の階段では、スカートを手で押さえるという仕草が自然と出た。
「女子はホントに大変だな」
いつもは考えることもない女性の苦労が分かるというのも女装のいいところだと思った。
「ここか」
瑞希の目の前には、立派な戸建住宅が鎮座している。
「でかい……」
瑞希は建物の全体を見上げてため息をついた。
門柱に「富永」と表札が掲げられていることから、間違ってはない。
「誰?」
目の前の家から聞き覚えのある女性の声がした。
声が聞こえた方角からして二階からのようだ。
瑞希は声のした方を見上げた。
「あ、富永さん」
声の主は、今日美人対決をする相手の富永だった。
「え? もしかして、瑞希君?」
富永は声が裏返ってしまった。
「うん」
瑞希が軽く右手を上げて挨拶をした。
「びっくりしたよ。今日、学校の子が来る予定なんてなかったのに、制服を着た子が立ってるんだもん」
「あはは。びっくりさせてごめん」
「いま玄関開けたから上がって、上がって」
富永が言うのと同時に玄関の鍵が開くような音が聞こえた。
「リモコン式なんだ、すげえなあ」
瑞希は、門を開け長いアプローチを歩いて玄関の前に進んだ。
「お邪魔します……」
恐る恐る玄関のドアを開けて隙間から顔を出す。
「なにやってんのよ。入りなさいよ」
二階に通じる階段の上から富永が笑いながら下りてきた。
富永は、白いゆったりとしたTシャツとだぶだぶの短パンというラフなスタイルだ。
学校で見慣れているエレガントな制服姿とは対照的なルーズさだ。
「あ……」
富永が階段を下りてくる途中、足を進めた拍子に短パンの隙間からパンツが見えてしまった。
瑞希は、見てはいけないものを見てしまったような気がして、慌てて目をそらした。
「あっ、見たな! スケベ」
富永に気づかれてしまった。
「ご、ごめんなさい。見るつもりはなかったんだけど……」
「あはは、いいよ気にしないで。見えたのなんてパンツでしょ。中身を見られたわけじゃないんだから全然オッケーだよ」
富永は平然としている。
「そういうものなの?」
「そうじゃないの?」
「わかんない」
「私も」
玄関で二人が笑った。
「あ、ごめん、ママに挨拶してってくれる?」
富永が申し訳なさそうに手を合わせた。
「うん、いいよ。そのつもりで来てるから。あ、でも女装で来ちゃった!」
瑞希は、今さら服装の選択を誤ったことに気づいた。
「どうしよう……」
着替えはメイド服しかない。
男に戻る服を持って来なかったのは失敗だった。
瑞希は、自分の姿を見ながらオロオロした。
「それでいいわよ」
「えっ?!」
瑞希が驚いて顔を上げた。
目の前に富永の母親が立っていた。
声をかけたのは母親だった。
「今日は瑞希君の女装が見られるって聞いてたから楽しみにしてたのよ。こんなにすぐに見られてラッキーだわ」
母親が手を叩いて喜んでいる。
「なんか、化粧もしてないすっぴんでごめんなさい」
瑞希がぺこりと頭を下げた。
「いいのよ。だって制服でしょ。変に化粧するよりらしくていいわよ」
「ありがとうございます。あ、これ、両親から預かってきました」
瑞希は、母親から託された手土産を富永の母親に差し出した。
「あら、ありがとう。さ、上がって。あとはよろしくね」
手土産を受け取った母親が富永に目配せして奥の部屋に戻っていった。
「なんかよくわかんないんだけど、ママは瑞希君のファンなんだって。瑞希君、ネットでなんかやってる?」
富永が肩をすくめた。
「オーマイ……」
瑞希は表情を変えずに悲観した。
「ここにもボクのファンがいたのかよ……」
「しかも同級生のお母さんとか、最低の最悪じゃん」
「てことはだよ、富永さんも美月のことを知ってるのか?」
瑞希は一目散に逃げ帰りたくなった。
「いや、ふ、普通にSNSは使ってるけど、それだけだよ」
言葉に動揺が現れている。
「そうだよね。なんでママが瑞希君のファンになったりするんだろう?」
富永が首を傾げた。
その表情から、富永は本当に美月の存在を知らないようだった。
「上がって」
「うん」
富永に促されるまま、ローファーを脱いでスリッパに履き替える。
「こっちこっち」
富永は瑞希の手を取った。
「え?! え?!」
瑞希は、いきなり手を握られて動揺した。
「あ、あはは、ごめんね。他意はないよ」
富永が屈託なく笑った。
富永は異性との距離感が近いのかもしれない。
それならもっと浮いた話が出てもよさそうなものを、そういった話はとんと耳にしない。
「ここが私の部屋」
通されたのは12畳くらいはありそうな広い洋間だった。
「広い部屋だねえ」
瑞希がため息をついた。
部屋は広かったが、瑞希が想像していたような女の子らしい装飾や小物類はほとんどなく、むしろ自分の部屋を見ているような感じがするくらい雑然としていた。
「もっとデコデコしてると思った?」
「そうだね。ちょっと意外」
「あはは。分かる。普通そう思うよね。あ、そうだ、着替えは隣の部屋でして。私はここで着替えるから」
「でさ、両方が着替え終わったら、瑞希君がこっちの部屋に来てよ」
「分かった」
瑞希は、富永の案内で隣の部屋に移動した。
隣の部屋は、特に使われていないのか、荷物もなくがらんとしていた。
「二人目の子供部屋にするつもりだったらしいんだけど、今のところ私ひとりなんで」
富永が部屋について説明した。
「じゃあ、着替え終わったらメッセージちょうだい」
「うん」
富永が自分の部屋に戻っていった。
富永が部屋からいなくなると、瑞希はキャリーを開けて化粧ポーチとメイド服を出した。
瑞希は、着てきた制服を脱ぎ、メイド服に着替えた。
メイド服のスカートをふわっと広げると、ぺたんと床に座り込んだ。
化粧ポーチから手鏡を出して、脚を広げて床に立てる。
「遊びだけど一応対決だから、濃い目にしとこうかな」
化粧ポーチからがらがらと化粧品を床に撒いた。
「できた」
瑞希は、手鏡に映る自分の顔に満足した。
いつもはエロさを追求するのだが、今回は一般向けの総選挙なのでかわいらしさと清楚さを表現したつもりだ。
「うちの中だから靴はやめておこうかな」
一度出したパンプスをキャリーにしまい、スリッパを履く。
「こっちは用意できたよ」
準備が整ったのを富永に知らせた。
「富永さん、どんなメイドさんになるんだろう。元がいいから負けちゃうかもしれないな」
瑞希としては、負けても悔しい勝負ではない。
女子とかわいさで勝負できることが楽しい。
「ごめん、もうちょっと待って」
富永は、まだ準備できていないようだ。
「いいよ。用意できたら教えて」
そうは言ったものの、若干落ち着かない瑞希は、部屋の中をうろうろと歩きまわる。
「お待たせ!」
富永からメッセージが来た。
瑞希は部屋を出ると、富永がメイド姿で待っているであろう隣の部屋のドアを3回ノックした。
「どうぞ」
「あれっ?」
部屋の中から聞こえた返事に違和感を感じた。
それまでの富永の声ではなかった。
「この短い時間で声変わりした?」
「そんなわけないよね」
瑞希は、自問自答しながら富永の部屋のドアノブをひねった。
自分の部屋より重厚な質感のドアが音もなく開く。
「え?!」
瑞希が声をあげた。
「やられた」
瑞希は苦笑しながら部屋に入る。
富永の部屋では、かわいいメイドさんが待っているものと思っていた。
しかし、そこにいたのは執事だったのだ。
ブラックスーツに銀鼠のベストを合わせたスリーピス。
真っ白なウイングカラーのシャツに黒いクロスタイ。
クロスタイを留める真珠のピンがアクセントになっている。
髪もきっちりとなでつけられ、後ろで一つに束ねている。
どこから見ても凛々しい執事だ。
富永は、元々瑞希より背が高い。
これで二人が並んだら犯罪級に美しい組み合わせになるに違いない。
「はい、ボクの趣味はこれでしたー」
富永が立礼して低い声で笑う。
「富永さんもボクっ娘だったんだ」
「そうだよ。でも、娘じゃない、雄んなの子」
「ん? 富永さん、いい匂いがする」
瑞希が鼻をひくつかせた。
「あ、この香り、好きなんだ。メンズもののコロンなんだ」
「うん、好きかも。きつくない、ふわっと香ってくるのがまたいいね」
「嬉しいこと言ってくれるね」
富永が相好を崩した。
「メイド喫茶もこれで?」
「そうしようと思ってる」
「ボクと組んだら無敵だね」
「男女がひっくり返ってるけどな」
「あのさ、富永さん」
瑞希が遠慮がちに富永を呼んだ。
「なに?」
富永が瑞希を見下ろす。
「かっこいいね」
瑞希が頬を染めた。
「え、ありがとう。瑞希君もめちゃくちゃかわいいよ」
「えー、嬉しいなあ。でさ、嫌じゃなかったら、ボクのこと瑞希って呼び捨てにしてくれない?」
瑞希が上目遣いに富永を見つめた。
富永の耳が赤くなる。
「み、瑞希」
「なーに?」
瑞希が小首を傾げた。
「めっちゃドキドキする!」
富永が胸に手を当てて足踏みした。
「文化祭、楽しみだね」
「そうだな」
男女が逆転した執事とメイドが見つめあって微笑んだ。
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