うさぎの涙

鏡 彬

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長年の寂しさを……。

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翌日の朝。
珠美は、あと三日は入院が必要だと橋本医師は言う。
点滴も外れ、珠美はどこか元気そうだ。
「おじさん、またヒゲ剃ってる。それに若ぶった格好してる、変なの。おじさんじゃないみたい。」
そう言って、クスクスと笑う珠美を見て私は安心した。
私の素性を知っている橋本医師には「黙っていてくれ。」と伝えてある。
そこへ病室のドアをノックする音が聞こえ、男が一人入ってきた……将臣だ。
「珠美ちゃんだね?迎えに来たよ。」
私は、昨日の夜、病院に設置されている公衆電話から将臣に電話をして、「私の影武者なら頼みたいことがある。」そう言って、今日の日のことまでの全てを話し終えると将臣は「わかった、明日の朝に顔を出す。」そう言って来てくれたのだ。
「え、おじさん誰?」
戸惑う珠美に、私は言う。
「宗像カンパニーの社長、宗像敬人。君の腹違いの、お兄さんだよ。おじさんは藍染将臣って言って宗像くんは小学生の時に、お友達だった人でね……ほら!昨日、珠美が倒れててパニックになってた時に助けてくれたのも、このお兄さんなんだよ。」
我ながら自分のことを自分で言うのも小っ恥ずかしいものだが、私は今から愛染将臣だ。
私になった将臣が言う。
「君の本当の、お父さん……つまり宗像順三は俺の父親なんだ。そして、君のお母さんと俺のお母さんは違うけど血の繋がりがあるということ。もう一つ言うと父が亡くなった今、遺言として養子縁組を結び、君は宗像カンパニーの令嬢になる。よって退院後すぐに俺の家に来てもらうってことになるけど、いいかな?」
珠美は、訳が分からないのか怯えながら私の服の裾を掴んだ。
「大丈夫、珠美。敬人くんは本当に、いい人だからね。もう外で凍えることもないし、誰も君に暴力を振るう人も居ない。もちろん、お金を稼ぐ必要もないんだ。甘えていい、その若さで傷ついてきた分を沢山、沢山、甘えていいんだ。」
すると珠美が言う。
「おじさんは、来れないの?」
「おじさんは、ホームレスだからね。今日の、この格好だって敬人くんが用意してくれただけなんだ。いつも通りに、また戻るよ……どこに居ても珠美を見守ってるからね。じゃあね、珠美。おじさんと居た日々は忘れて幸せになりなさい。」
そう言って珠美の頭を撫でてから立ち上がり、将臣に一礼をして部屋を出る直前に「全て、頼んだぞ。」そう言って病室を出た。扉を閉める、その前の珠美の泣き顔が脳裏に焼き付いて離れなかった…
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