うさぎの涙

鏡 彬

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うさぎの涙。

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────あれから、数年。
宗像敬人は生きている。藍染将臣の名を捨てて……
手術室の前、今か今かと待ちながら。
妻の瞳が双子を妊娠し、普通分娩は不可能と判断した橋本医師が帝王切開を俺に勧めたのだ。
「うー、まだかなぁ。まだかなぁ。」
「敬人様、落ち着いてください。奥様を信じましょう。」
柴田兄弟の兄悠太が声をかけた。
「でもよぉ、流石に……」
「もう、あれから5年になりますか。まさか、貴方様が嫁に娶ったのが養護施設の女性だとは思いませんでしたが……」
「瞳はさ、珠美ちゃんに、どことなく似てたんだよね。あ、別に珠美ちゃんが好きだったとか、そう言うわけでなくね……ただ、敬人ならどうしたかなって思ってさ……あ、将臣!将臣ならきっと、こうしたんだろうなって。」
「さようでございますね。」
手術室から元気な産声が聞こえた。中から助産師さんが出てきて説明する。
「元気な男の子と女の子です。母体も異常なくて、良かったです。出血量も少なかったですし……奇跡ですよ。
あとは先生が傷を縫い終わり次第病室に戻れますから今暫く、お待ちくださいね。」
大きい溜息をついて、椅子にドスッと腰をかける。
「よかったぁ……」
「では、敬人様。私達は先に会社に戻ってますね。」
「ああ、よろしく頼むよ。」
そう言うと柴田兄弟は病院から出ていった。
手術室の電気が消えると中から瞳がストレッチャーに乗って点滴に繋げられ出てきた。
橋本医師が俺に、あとの話は病室でしましょう。そう言って病室まで一緒に移動する。
麻酔は全身麻酔を使ったらしく瞳は、まだ眠っている。
病室に戻ると、助産師さんと橋本医師が話をしだす。
「今回、母体である瞳さんが健康体だったこともあり手術は無事成功しました。ただ双子の赤ちゃんは少し小さいので、1週間ほどNICUにいる形になりますね、ご了承ください。良ければ、赤ちゃん見に行かれますか?敬人様。」
「いや、瞳が目が覚めたら……一緒に見に行きます。」
「さようでございますか。瞳さんには明日から血栓症にならないように歩行をしてもらいます。そちらも、おってご了承ください。」
「言っておきます。」
「それでは、また回診に来ますね。」
そう言って、橋本医師が病室から出ていくと瞳は、うっすらと目を開けた。
「赤ちゃんは……?」
「大丈夫。少し小さいからNICUには居るらしいけど二人とも元気だってさ。よく、頑張ってくれたな。」
そう言って俺は瞳の額を撫でた。
「聞いて、将臣……ううん、敬人……子供の名前……」
「そう言うと思って名前、考えてきたんだけど聞いてくれるか?」
俺が、そう言うと瞳は力なく頷く。
「敬人と珠美だ。」
「そう言うと思ってた、同じこと考えてたの……あなたのことだから……」 
俺の目から、とめどなく涙が溢れる。
瞳は、まだ力も入らないだろう手で俺の手を握った。
「俺が将臣であることを知ってるのは、柴田兄弟と橋本医師、そして愛する瞳だけでいいよ……だから退院したら、墓参りに行こう。報告するんだ、どうか次こそ仲いい兄妹になってくれって、俺を残してった親友に……」


結局、最後の物語を知っていたのは残されたウサギ1匹だった。
この、うさぎの子供達が、どんな未来を歩み、どの様に育っていくのか……それは誰にもわからない。
それでも同じ運命を歩ませないように、神様は最後まで二人を兄妹にしたのかもしれない……


                                                                                   完
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