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第1章 転移編

012 思いがけぬ再会

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 唐突な再会に、真也もレイラもしばし唖然としていた。

 レイラは先日と違い、金髪を括らないでストレートに流しており、着ている軍服も、初めてあった時のようなボディースーツではなく、普通のパンツスタイルだった。

「…間宮、さん。もしかしたら、とは、思ってたけど…」

 真也は、誤魔化せないだろうとは思いつつ、津野崎に言われた通りに説明する。

「えっと、その、健康診断で」
「そう…色々と調べること、ありそうだし」

 色々と調べること。

 やはり、当たり前だが誤魔化せる相手では無かった。真也は、とりあえず問題となりそうな話題を避ける意味も込めて、昨日の感謝を伝える。

「…その、昨日はあんな感じで急にお別れになっちゃったけど、本当にありがとうございました」
「…軍人の務め。それで、あの女は?」

 レイラは、キョロキョロと周囲を見渡す。その表情はどこか険しい。

「あの女?」
「あの、ツナギの、目つきの悪い」

 ツナギの、で伝わりそうではあるが、レイラは追加情報をも寄越す。
 真也はツナギの時点で津野崎のことであると気づき、レイラに返事する。

「ああ、津野崎さんなら研究所で実験の準備を」
「そう」

 どこかホッとしたレイラの顔に、本当に嫌っているのだな、とお世話になっている分、真也は複雑な気持ちになった。

「ちょっと、この人と話がある。みんな、待っててくれる?」

 レイラは自分の袖を引っ張っていた少女たちに声を掛ける。
 少女達は何やらヒソヒソと話し、レイラのそばを離れた。

「あの子たちは?」

 真也は、少し離れたところでこちらを見ている少女達や、先ほど転んだ少年について聞く。そのほかの子供達も、レイラと顔見知りのように見えた。

「あなたと同じ。バンで異能に目覚めた子。私は、この子達の監視役。規則だから」
「そうですか」

 レイラは、監視役だとは言ったが、先程までの様子は、真也の目に保育士とか引率役といった方がしっくりくるものだった。
 レイラは真也の生暖かい目に、首を傾げて反応する。

「何?」

 レイラの青い目をまっすぐ見るのが気恥ずかしい真也は話を変えることにした。

「いえ…でも、また会えてよかったです。この前はあんな別れ方になっちゃったので」
「…うん。津野崎、失礼だと、思う。
 変なこと、されてない?」

 先程の疑問と違い、怒りのこもった目に真也は弁明する。

「いえ、大丈夫です」
「…そう、ならよかった」

 レイラは口ではそういうものの、表情は納得していないようではあった。

 そして少し会話が途切れるが真也は彼女に対して、もう少し喋りたいという気持ちもあり、口を開く。

「なんだろう、こう、知ってる人に会えると、ホッとします」

 口をついて出たが、それは本心でもあった。

「それは、良かった。私も、君がどうなるのか、気になってた」

 レイラの優しい言葉に、真也は少し気が楽になる。

 元の世界ではずっと1人で暮らし、新聞配達などの仕事を行なっていたこともあり、学校でも仲の良いクラスメイトは一人くらいしかいなかった。
 真也は、1人で過ごす時間が多く、孤独に強いと思っていたが、本当の意味でひとりではなかったのだ。今になって、それがよくわかる。
 真也はぼそりと独り言つ。

「もう、ひとりには慣れたと思ってたんだけどな…」

 レイラは、そのつぶやきを聞き逃さなかった。

「ひとり?」

 ひとり、という単語に、レイラが反応する。

 真也はあまり、この手の反応が好きではなかった。しかし、この話題を先に出したのは自分なので、包み隠さず話す。
 独り言が多くなっていた自分の失敗である。

「あ、ええ。俺、向こうでは一人暮らしだったんで」
「家族は?」
「…誰もいません。両親も妹も、死んでて」
「…そんな」

 真也はレイラの反応に、少し居心地の悪さを感じながら、それでも、自分に対して同情を見せてくれる少女に嬉しさも感じた。

 しかし、真也はこういった『俺可哀想でしょ』という話題で心地良さに浸ることが格好のいいことではないと思っており、彼女からの同情が深まる前に、この話を終わりにしようと言葉を繋げる。

「まあ、こんなことになっちゃったら、生きてても死んでても関係ないかもしれませんが」

 ははは、と笑うものの、なにが面白いのか真也本人もよく分からなかった。
 ただ居心地の悪さを誤魔化しただけである。

 真也の強がりにも見えるこの言葉に、レイラは真剣な顔で真也に語りかける。

「…私が、友達に、なる」
「え?」

 あまりに急な宣言に、真也は驚く。

「私も、ひとりだった。ずーっと。それは、とても辛いこと。でも、救われた。だから、今度は私が、救うの。間宮さん…いえ、真也。貴方はひとりじゃない」

 真也を貫くようなまっすぐの瞳。彼女も過去に何かあったのだろうか。真也は驚きを隠せないながらも、そう言ってくれる少女にはにかみ、礼を伝える。

「…ありがとうございます」

 レイラは真也の言葉に満足したのか、にこりと微笑む。真也は、初めて少女の微笑みを見た気がした。
 しかし、何か思い出したのか、レイラの表情はすぐに険しいものとなる。

「だから、あのツナギが酷いことするようだったら私が倒すから」
「だ、大丈夫ですよ。だから、レオノワさんそんな怖い顔しないで…」

 どうやら、レイラは本当に津野崎のことが嫌いらしい。

「レイラ」

 レイラは、真也の言葉に可愛らしく頬を膨らませる。

「え?」
「レイラでいい。それに、タメ口でいい」
「わか…った、レイラ…さん」
「さん?」
「せ、せめてさん付けは!」
「しょうがない。いいよ」

 ふふ、とレイラはまた微笑む。真也は、やはりこの少女の笑顔は可愛いな、と頬が熱くなるのを感じた。

 先ほど、真也の足で転んだ少年が2人の前へやってくる。

「おねーちゃん、その人誰?恋人?」

 急な爆弾発言だった。

 真也も、もちろんレイラもその言葉に固まる。その言葉に、周りの子供達、特に、レイラにしがみついていた少女達が強く反応する。

「そのお兄ちゃん、お姉ちゃんの恋人なの?」

 何人もの子供達による質問責めに、レイラは顔を真っ赤にして反論する。

「ち、違う!」

 子供達にとって、その反応は最早照れ隠しにしか見えず、うわー、恋人だー!と叫びながら待合室を走り回る。これには、レイラもタジタジであり、真也に至っては混乱で一切動けなかった。

「ちょ、ちょっと! 彼は、その…」

 レイラは、子供に弁明しつつ、ちら、と真也を振り返る。

「友達!」

 きゃあきゃあと、レイラと子供達の声が待合室に響き渡る。


 明るい雰囲気の中、小さく震えている少女に真也は気づいた。よく見ると、顔も青ざめており、尋常ではない雰囲気である。

「…キミ、どうしたの?」

 真也は少女に声をかけ、肩に手を置く。

「…いや…いや、いや、イヤ、イヤぁっ! どうしよう、どうしよう!」

 少女は急に大声をあげたかと思うと、逆に真也にすがりつく。
 あまりの様子に、真也は驚き、大声を出す。

「ねえ、どうしたの? 大丈夫!?」
「お兄ちゃん、どうしよう、来るよ!」

 少女は今にも泣き出しそうな表情であり、強く握られた両手は、色が白くなってしまっている。

「来る、って何が?」

 真也は、今度はなるべく少女を刺激せぬよう、優しく問いかけたが、少女の様子は変わらず、縋るように真也を揺さぶる。

「バケモノ!あのバケモノが、来るの! ここに!」
「そ、それはどういう?」

 少女の様子に真也は焦りを覚える。
 レイラもその異常さに気付き、真也と少女の方へ走ってくる。

「どうしたの?」
「いや、この子が、バケモノが来るって…バケモノって、もしかして殻獣のこと?」

 レイラは何か思案しているのか目を細め、少女の体をぐるりと観察する。
 そして少女と目線を合わせ、質問する。

「ねえ、キミ、意匠…マークはどんなの? どこにある?」

 レイラの言葉を理解しきれなかったのか、不安そうに眉をひそめる少女。見かねたレイラは、急に自分の着ていた軍服をめくり上げた。
 腕を交差させ、胸元まで捲り上げられた軍服の下は、きめ細かい真っ白な肌。
 真也の目にレースを縁取った真っ黒なブラと、それに包まれた形の良い胸が晒される。正しくは少女に向けて晒されているのだが。

 横目に見る同世代の少女の下着姿は、真也の喉をゴクリと鳴らした。
 もちろん同様に、周りの男子の目線も同じように釘付けになる。

 真也は一瞬目線が釘付けになったものの、思い出したようにジャージの前を開き、レイラの体を隠す。
 いきなりの行動は、完全に痴女のそれだ。

「レ、レイラさん!?」

 レイラはそれを気にせず、自身の左脇あたりを指差す。

「マーク、ほら、こんなの」

 レイラの指の先、左脇のすぐ下には、黒い釘を横から見たような絵に、黒い煙がまとわりついているマークが刻まれていた。

 これがレイラの意匠なのであろうと真也は思ったが、それ以上に、その真横で存在を主張する胸に視界が吸われそうになり、目線を外した。

 レイラがなにを言わんとしているか理解した少女は、右の長袖を捲り上げ、腕を見せる。

「えっと…、これのこと?」

 少女の腕には三重に丸が描かれており、真也が今まで見てきたものとは違い、何のデザインなのかよく分からなかった。

「なにこれ? 丸が三つ?」
「まずい」
「どういうこと?」
「この意匠、知ってる。波紋の意匠。
 …多いのは、殻獣の探知、探索系」

 遠くから、ガシャンと何かが倒れる音がする。
 ハッとした2人が窓の外を見ると、ちょうど何匹ものアリの化け物が研究所の外周、敷地を分けるフェンスを押し倒す所だった。
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