黒の棺の超越者《オーバード》 ー蠢く平行世界で『最硬』の異能学園生活ー

浅木夢見道

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第1章 転移編

018 間宮邸での一幕

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 レイラは、まひると真也の面会の後、まひるを家まで送り届けていた。

 まひるは家に到着すると、リビングへとレイラを案内する。
 荷物を置き、コートを脱ぐと、ソファに座り大きく息を吐き出した。

 まひるの顔はまだ悲痛であるが、少しずつ、その色は薄まっているようにレイラには感じられた。

「…まひる、もう大丈夫?」

「うん、ありがとう、レイラさん。ごめんね、ずっと黙っちゃってて」
「構わない」
「レイラさん、良かったら、今日は泊まっていかない?
 …なんだか、こうして見ると…広いな、この家って思っちゃって」
「…うん。泊まる」

 まひるの家は両親が遺したものであり、二階建ての一軒家である。
 真也は未だ知る由も無いが、両親を失った後、まひるが生きている事で、この世界のシンヤは家を残す事を決意したのである。

 一方、家族を全て失った真也は、家を引き払い、ワンルームでの暮らしを選択した。

 真也ひとりでは、この家は広すぎた。
 それは、今のまひるにとっても同じ事だった。

「えへへ…じゃあ、今日はお鍋にしよう!」
「鍋、好き」
「うん、まひるも。じゃ、準備するね」
「私も、手伝う」

 鍋という、食材を切り、用意するだけのものではあるが、その手捌きは、2人ともが普段から料理に慣れているであろうことを想像させるものだった。

 あっという間に手配された醤油ベースの鍋は、育ち盛りの2つの胃によって、消えるようになくなった。

 鍋をつつく間、おいしい、という感想が何度か溢れ、それ以上の会話は生まれなかった。

 鍋の中身と2人の腹具合が落ち着いた頃、まひるは意を決して言葉を発する。

「ねぇ、レイラさん。あの人のこと、教えてほしい」

 あの人、というのが真也のことであるのは、言われなくともレイラに理解できた。

 しかし、彼のことをどこまで話すべきか。
 その思案によって、レイラの口はすぐに返答を返すことができなかった。

「その、私も、会ったばかり。それに…」

 言葉尻を濁すレイラに、まひるが弁明する。

「あ、軍の機密? それに触れない程度でいいの。どんな人なのかな、って」
「…本当は、あまり話していいことでは無い。
 でも、この話は、シンヤ…まひるの兄の、最期のことも含まれる。だから、伝える」

 だから、と言葉を繋げ、レイラはまひるを正面から見据える。

「まひる、内緒、できる?」

 まひるもまた、レイラを見据えて頷いた。

「…分かった。本当に言えないところ以外、きちんと話す」

 本当に言えないところ。
 それは、真也の名前、身体的特徴。そして彼が別の世界から来たということ、そして、この世界のシンヤの異能についてである。

 園口少佐からの連絡で、必要な時のみ、シンヤが死んだこと、不意覚醒した一般人が居たことは伝えて良いとなっていた。
 シンヤと同じ学校であるレイラは、シンヤのことに関してクラスメイトから質問を受けるであろう事を見越した差配である。

 しかしレイラは、クラスメイトに言う気は無くなっていた。あまりにも、問題が複雑すぎる。

 レイラがこの話を学校でする事で、不用意にこの話が拡散するのは明らかだった。
 それに、下手に勘ぐる者が出てきても、レイラのコミュニケーション能力では上手く躱せる自信がなかった。

 しかし、相手がまひるであれば、話が変わる。

 園口の言った、必要な時、とは正にこの時であるとレイラは確信したし、レイラが話す事が問題となる点は、まひるが相手であれば、彼女自身が補完できる内容でもあった。


 レイラはたどたどしく、しかし着実に、話せる全てをまひるへ伝えた。


「結局、彼には、2度、助けられた」

 レイラは、その言葉で話を括る。
 まひるは真剣にレイラの話を聞いていた。

 シンヤが破砕遺体となって砕け散った事、彼の死体から回収したジャケットや私物、破砕遺体の一部が格納されたバングルが軍の保管庫にある事などは、まひるにとって大切な情報であった。

しかし、まひるには、それ以外にも嬉しい発見があった。
 それは、真也が無理を言ってでもレイラと共に戦い、彼女を救ったことだった。

「…なんか、お兄ちゃんとそっくりだね」

 この世界のシンヤもまた、誰彼構わず手を差し伸べ、お節介を焼いていたのである。

 真也が、シンヤと似ている。容姿や言動だけでなく、行動理念まで似ていることは、レイラも賛同できた。

「お人好し」

 そのレイラの言葉に、まひるは胸をなでおろす。

「よかったぁ…」
「…何が?」
「間宮さんが良い人で。
 お兄ちゃんが死んじゃって、代わりに来る人がヤな人だと、なんか、悔しいじゃない?」
「…たしかに」

 たしかに、シンヤが死に、やってきた者が極悪人では、あまりにも彼が報われない。
 その点では、やって来たのが真也で良かったと、レイラも改めて思った。

 まひるは立ち上がると、鍋を持ち上げる。

「私、お鍋片付けてくるね。
 あ! あと、洗濯物も畳まなきゃ」
「手伝う?」
「いいよー。そこまでレイラさんにさせられないって。テレビでも見て、ゆっくりしてて」

 レイラは言われるがままにリビングで待っていたが、いつまでたってもまひるが戻ってこない。
 不審に思ったレイラは、キッチンから出て行ったのは確認していたため、洗面所へと向かった。

 そこには、Tシャツを握り、じっとしているまひるがいた。

「まひる?」
「あ…レイラさん」

 まひるの手に握られていたTシャツは、明らかに男物だった。

「その服…」
「うん。もう、捨てちゃうのかな、って思って…そしたらさ、なんか、ね…」

 兄の服を握るまひるの目には、またもや涙が浮かんでいた。

「まひる…」
「えへへ。なら、あげちゃおっか。多分、サイズぴったりだよ」
「そう、ね」
「うん。そうしよう」

 レイラは、自身がとてつもなく不甲斐なく思えた。

「まひる…ごめん」
「どしたの?」
「私、口下手。ほんとは、もっと」

 こういう時、友人であれば何か気の利いた事を言ってあげたい。
 しかし、レイラはそのようなことができるほど器用ではなかった。

 それが、歯痒かった。

「ううん。こうして一緒にいてくれるだけで嬉しいから」

 まひるは、笑顔を返すと、手に持っていたTシャツを畳み、脇に置く。

「さぁて。じゃあお兄ちゃんの部屋に行ってくるね。なんか、あげられる物があるかもしれないし」
「…そう」

「じゃあ、お先にお風呂どーぞ。沸かしといたから。
 その間に、ちょっと2階のお兄ちゃんの部屋、見てくるね」
「…わかった」

 レイラは、一瞬手伝おうかとも考えたが、流石に遺品整理に自分が首を突っ込むという訳にもいかず、大人しくシャワーを浴びることにした。

 その間、レイラはまひるにどう言ってあげるべきか思案する。
 シンヤやまひるに出会うまで、友人付き合いなるものを、ほぼしてこなかったレイラにとって、それは何よりも難題であった。

 結局、何の妙案も浮かばないまま、レイラは浴室を後にした。

 服を着なおしたレイラの耳が、異音を拾う。

 それは、本来であれば異音ではないが、レイラの胸に、変な焦りを生むものだった。

 2階から、掃除機の音がする。

 なぜ、今掃除をするのか。

 レイラは階段を駆け上がり、掃除機のする部屋にノックをする。

 中から、はーい、どうぞー、と、まひるの明るい声がする。
 レイラはドアを開けると、やはりそこには、掃除機を片手に掃除に励むまひるがいた。

 まひるの表情は、先ほどと打って変わって、非常に明るい。

 レイラにとって、友人であるまひるが元気になることは嬉しいことだ。
 しかし、このタイミング、この場所でこの様な振る舞いをするのは、明らかに異常に思えた。

「まひる…?」
「レイラさん、お風呂早かったねー。私もすぐ入るね」
「まひる、掃除してたの?」
「うん。だって、掃除しないと、困るでしょ?」

 困る? レイラの心臓が高鳴る。

「…誰、が?」

 レイラの言葉に、まひるが首をかしげる。
 その仕草は、誰だろうという思案ではなく、なぜそのような事を聞くのだろう、というものだった。

「え? お兄ちゃんが」

 まひるは、さも当たり前かのように、言葉を続ける。

「ほら、お兄ちゃんが病院から帰ってきたときに、部屋汚いと可哀想じゃない?」

 その言葉に、レイラは1つの考えにたどり着く。
 しかし、その考えに達したがために、レイラは動けなくなってしまった。

「お洋服も、明日持って行ってあげないと」

 そのようなレイラを尻目に、まひるは言葉を続け、掃除を続ける。

「まひる…」

 たしかに、レイラはシャワーを浴びている間に色々とかけるべき言葉を考えた。
 思いつかないまでも、候補はいくつもあった。

 でも、これは予想外すぎる。

「だって、お兄ちゃん、多分あの変なジャージ病院で新しく買ったんだよ? 普通のジャージなんて、脆すぎて運動の時に着れないのに!」

 レイラは、意を決する。

「まひる、彼は」
「うん?」
「彼は、異世界から来た」

 伝えるのは、辛い現実。
 本来であれば、軍からの機密とされ、レイラが口にしなかった言葉。だからこそ、軍規を破ってでも、はっきりと、濁すことなく、まひるへと伝えた。

「え、どしたの急に?」

 それに対するまひるの返事は、あまりにも『普通』に飛び出てきた。
 全くもって知らない言葉を聞いたような反応だった。まひるは、シンヤの異能を知っているはずなのに。

「ところで、お兄ちゃんのカバン見なかった? 明日持って行ってあげたいんだけど。あの、リュック…あ、お兄ちゃんの病室に置いてあったか、えへへ」
「まひる、聞いて。…っ!」

 レイラは、それ以上言葉を続けることができなかった。
 レイラの言葉に反応し、こちらを見たまひるの瞳の奥に、なにか鈍い光を見てしまったからだ。
 まるで、まひるの中にいる何かが『これ以上言うのであれば、容赦をしない』と、レイラに告げてきたように感じられたのだ。

 その鈍い光はすぐに消え、『いつもの』まひるが、口を開く。

「あ、参考書も持って行った方がいいかな?
 いや、入院中にまで勉強するのは良くないかな…」

 レイラは、一瞬で、完全に参ってしまった。

 まひるが、まひるの精神が、壊れてしまった。

 まひるの中では、自分の兄はただ、入院しているだけになっている。
 なぜ、そのような思考に陥ったのか、レイラには理解できなかった。

 まひるは当たり前のように、掃除を続けながら兄へと差し入れる物を探している。

「でも、お兄ちゃん、どこが悪いんだろう。今日会った感じだと、元気そうだったのにね」

 不思議、と言わんばかりのまひるは、レイラに振り向く。

「ねえ、レイラさん。お兄ちゃん、いつ退院できるのかなぁ?」

 レイラは、その顔から目が離せない。瞳の濁りは、ひときわ濃くなったように思われた。

「いつ、帰ってきてくれるのかな?」

 まひるは、一言も発しないレイラの様子に首をかしげる。

「どしたの? そんな顔して。
 …あ、ごめんね…レイラさんだって、そんなこと分かんないよね…誰に聞けばいいんだろう?」

 まひるは、可愛らしくウンウンと唸りながら、掃除を再開した。
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