13 / 28
13
王城の作戦会議室。そこは本来、髭の濃い将軍たちが怒鳴り合い、脂ぎった顔で地図を囲む「美しさ」とは対極にある場所のはずだった。
しかし、私が介入した現在の会議室は、爽やかな風が吹き抜け、ほのかにシトラスの香りが漂う清潔な空間へと変貌を遂げている。
「……以上の理由により、北方の街道整備は軍事拠点としてではなく、物流の要としての再編を優先すべきだ。兵士の移動効率も結果的に30パーセント向上する」
円卓の中心で、セシル様が淡々と、しかし極めて明晰な口調で説明を終えた。
その指先が地図上の重要拠点を指し示すたび、周囲の老将軍たちは、ぐうの音も出ないといった様子で顔を見合わせている。
「……バレンシア伯爵。貴殿の戦略眼は、噂以上だな。これほど緻密な計算に基づいた兵站の再構築は、前例がない」
一人の将軍が、感心したように深く頷いた。
私は壁際に控えていたが、セシル様が戦略を語る時の、あの理知的で冷徹な、それでいて情熱を秘めた瞳に、もう釘付けである。
「セシル様。三行で感想を述べますわね」
「……ノノカ。今は国政の重要な局面だぞ」
セシル様が苦笑しながらも、私に発言の許可をくれた。
「一つ、今のあなたの『考え抜かれた顎のライン』、最高にセクシーですわ」
「一つ、複雑な数式をさらりと解く時のその長い睫毛、芸術点が限界を突破していますわ」
「一つ、結論として、有能な美男子が働く姿は、この世で最も尊い栄養剤ですわね。……あぁ、目が洗われますわ」
「……二つ目の項目が重複しているし、内容が全部私の顔のことではないか」
セシル様が頭を抱えたが、その耳の先が赤くなっているのを私は見逃さない。
「ノノカ様! そんなふざけたことを! ここは遊び場ではないのですよ!」
声を張り上げたのは、旧勢力の筆頭格、重税を課して私腹を肥やしていたことで有名なゴルドン伯爵だった。
彼はその肥満した体を揺らし、セシル様を忌々しそうに睨みつける。
「バレンシア伯爵、貴殿がどれほど理屈を並べようと、我々古参の貴族が納得せねばこの案は通らん! 若造の小綺麗な意見など、戦の泥を知らぬ戯言だ!」
私はゆっくりと、ゴルドン伯爵の前へと歩み寄った。
「あら、ゴルドン様。三行で現実を教えて差し上げますわね」
「な、なんだと……っ!?」
「一つ、あなたのその『戦の泥』と称する怠慢のせいで、兵士たちの食料が半分に減らされていた事実、すべて把握済みですわ」
「二つ、あなたが反対するのは、この案が通るとあなたの『中抜き用の隠し通路』が使えなくなるからでしょう?」
「三つ、何よりその怒りで赤黒く濁ったお顔……。美学的に許容しがたいので、今すぐこの清浄な会議室から退出していただけます?」
ゴルドン伯爵の顔が、怒りと恐怖で、まさにナスのような紫色に変色した。
「き、貴様……っ! 公爵令嬢だからと調子に乗るなよ! 証拠もなしにそのような……!」
「証拠なら、そこのセシル様が完璧に揃えておいでですわ。ね、セシル様?」
私が振ると、セシル様は無言で一束の書類をテーブルに叩きつけた。
「……ゴルドン伯爵。貴殿の過去五年にわたる軍備費の流用記録だ。これを陛下に提出されるのが嫌なら、今すぐ静かに席を立つことを勧める」
セシル様の、氷のような冷徹な一言。
ゴルドン伯爵は腰を抜かし、ライアンさんに引きずられるようにして部屋から追い出されていった。
「……ふう。ノノカ、貴様は本当に、火に油を注ぐのが上手いな」
静まり返った会議室で、セシル様が長い溜息をついた。
「あら、油ではなく香水ですわ。あのような『美しくない』不純物が混じっていては、せっかくのあなたの名演説が台無しですもの」
私はセシル様のデスクに歩み寄り、彼の手をそっと取った。
「セシル様。あなたは本当に、顔が良いだけではなく中身までダイヤモンドのようですわね。……私の目に狂いはありませんでしたわ」
セシル様は、私の手を握り返すことはしなかったが、拒絶することもなく、ただ優しく見つめ返してきた。
「……貴様に見られていると思うと、無様な策は出せんからな。少し、疲れた」
「お疲れ様ですわ、私の騎士様。今夜は、目元に効く特製のハーブ蒸しタオルを用意させますわね。……あ、もちろん、私が直接乗せて差し上げますわよ?」
「……それは、拒否権があるのか?」
「ありませんわ。美貌の維持は、王になる者の義務ですもの」
私は確信していた。
この国はこれから、セシル様の知性と、私の「美学」によって、かつてないほど美しく、強靭な国家へと生まれ変わるのだと。
……もっとも、一番の目的は、私が毎日「世界一の美形王」を眺めて暮らすためなのですけれど。
しかし、私が介入した現在の会議室は、爽やかな風が吹き抜け、ほのかにシトラスの香りが漂う清潔な空間へと変貌を遂げている。
「……以上の理由により、北方の街道整備は軍事拠点としてではなく、物流の要としての再編を優先すべきだ。兵士の移動効率も結果的に30パーセント向上する」
円卓の中心で、セシル様が淡々と、しかし極めて明晰な口調で説明を終えた。
その指先が地図上の重要拠点を指し示すたび、周囲の老将軍たちは、ぐうの音も出ないといった様子で顔を見合わせている。
「……バレンシア伯爵。貴殿の戦略眼は、噂以上だな。これほど緻密な計算に基づいた兵站の再構築は、前例がない」
一人の将軍が、感心したように深く頷いた。
私は壁際に控えていたが、セシル様が戦略を語る時の、あの理知的で冷徹な、それでいて情熱を秘めた瞳に、もう釘付けである。
「セシル様。三行で感想を述べますわね」
「……ノノカ。今は国政の重要な局面だぞ」
セシル様が苦笑しながらも、私に発言の許可をくれた。
「一つ、今のあなたの『考え抜かれた顎のライン』、最高にセクシーですわ」
「一つ、複雑な数式をさらりと解く時のその長い睫毛、芸術点が限界を突破していますわ」
「一つ、結論として、有能な美男子が働く姿は、この世で最も尊い栄養剤ですわね。……あぁ、目が洗われますわ」
「……二つ目の項目が重複しているし、内容が全部私の顔のことではないか」
セシル様が頭を抱えたが、その耳の先が赤くなっているのを私は見逃さない。
「ノノカ様! そんなふざけたことを! ここは遊び場ではないのですよ!」
声を張り上げたのは、旧勢力の筆頭格、重税を課して私腹を肥やしていたことで有名なゴルドン伯爵だった。
彼はその肥満した体を揺らし、セシル様を忌々しそうに睨みつける。
「バレンシア伯爵、貴殿がどれほど理屈を並べようと、我々古参の貴族が納得せねばこの案は通らん! 若造の小綺麗な意見など、戦の泥を知らぬ戯言だ!」
私はゆっくりと、ゴルドン伯爵の前へと歩み寄った。
「あら、ゴルドン様。三行で現実を教えて差し上げますわね」
「な、なんだと……っ!?」
「一つ、あなたのその『戦の泥』と称する怠慢のせいで、兵士たちの食料が半分に減らされていた事実、すべて把握済みですわ」
「二つ、あなたが反対するのは、この案が通るとあなたの『中抜き用の隠し通路』が使えなくなるからでしょう?」
「三つ、何よりその怒りで赤黒く濁ったお顔……。美学的に許容しがたいので、今すぐこの清浄な会議室から退出していただけます?」
ゴルドン伯爵の顔が、怒りと恐怖で、まさにナスのような紫色に変色した。
「き、貴様……っ! 公爵令嬢だからと調子に乗るなよ! 証拠もなしにそのような……!」
「証拠なら、そこのセシル様が完璧に揃えておいでですわ。ね、セシル様?」
私が振ると、セシル様は無言で一束の書類をテーブルに叩きつけた。
「……ゴルドン伯爵。貴殿の過去五年にわたる軍備費の流用記録だ。これを陛下に提出されるのが嫌なら、今すぐ静かに席を立つことを勧める」
セシル様の、氷のような冷徹な一言。
ゴルドン伯爵は腰を抜かし、ライアンさんに引きずられるようにして部屋から追い出されていった。
「……ふう。ノノカ、貴様は本当に、火に油を注ぐのが上手いな」
静まり返った会議室で、セシル様が長い溜息をついた。
「あら、油ではなく香水ですわ。あのような『美しくない』不純物が混じっていては、せっかくのあなたの名演説が台無しですもの」
私はセシル様のデスクに歩み寄り、彼の手をそっと取った。
「セシル様。あなたは本当に、顔が良いだけではなく中身までダイヤモンドのようですわね。……私の目に狂いはありませんでしたわ」
セシル様は、私の手を握り返すことはしなかったが、拒絶することもなく、ただ優しく見つめ返してきた。
「……貴様に見られていると思うと、無様な策は出せんからな。少し、疲れた」
「お疲れ様ですわ、私の騎士様。今夜は、目元に効く特製のハーブ蒸しタオルを用意させますわね。……あ、もちろん、私が直接乗せて差し上げますわよ?」
「……それは、拒否権があるのか?」
「ありませんわ。美貌の維持は、王になる者の義務ですもの」
私は確信していた。
この国はこれから、セシル様の知性と、私の「美学」によって、かつてないほど美しく、強靭な国家へと生まれ変わるのだと。
……もっとも、一番の目的は、私が毎日「世界一の美形王」を眺めて暮らすためなのですけれど。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」
【完結】帳簿係の地味令嬢、商会の不正を見抜いて王宮に見出されました。
夏灯みかん
恋愛
王都の商工会議所で働く、地味な帳簿係エミリー。
真面目に記録をつけることだけが取り柄の彼女は、同僚から軽く扱われ、雑用を押しつけられる日々を送っていた。
そんなある日――エミリーは、孤児院への配給物資の記録に、わずかな“ズレ”があることに気づく。
数量は合っている。
だが、なぜか中身の重量だけが減っている。
違和感を覚えたエミリーは、自ら倉庫へ足を運び、現物を確認する。
そこで見つけたのは、帳簿では見えない“静かな不正”だった。
しかしその矢先――不正の責任を押しつけられ、職場から追い出されそうになってしまう。
それでもエミリーは諦めない。ただ一つ、自分が積み上げてきた“記録”を信じて。
「では、正式な監査をお願いいたします」
やがてその記録は、王宮の政務監査官リオンの目に留まり――
隠されていた不正はすべて暴かれる。
そして、彼女を軽んじていた者たちは、その代償を支払うことになる。
これは、地味で目立たなかった一人の帳簿係が、
“正しく記録した”ことで不正を暴き、王宮に見出されるまでの物語。
悪役令嬢まさかの『家出』
にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。
一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。
ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。
帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!
夫に欠陥品と吐き捨てられた妃は、魔法使いの手を取るか?
里見
恋愛
リュシアーナは、公爵家の生まれで、容姿は清楚で美しく、所作も惚れ惚れするほどだと評判の妃だ。ただ、彼女が第一皇子に嫁いでから三年が経とうとしていたが、子どもはまだできなかった。
そんな時、夫は陰でこう言った。
「完璧な妻だと思ったのに、肝心なところが欠陥とは」
立ち聞きしてしまい、失望するリュシアーナ。そんな彼女の前に教え子だった魔法使いが現れた。そして、魔法使いは、手を差し出して、提案する。リュシアーナの願いを叶える手伝いをするとーー。
リュシアーナは、自身を子を産む道具のように扱う夫とその周囲を利用してのしあがることを決意し、その手をとる。様々な思惑が交錯する中、彼女と魔法使いは策謀を巡らして、次々と世論を操っていく。
男尊女卑の帝国の中で、リュシアーナは願いを叶えることができるのか、魔法使いは本当に味方なのか……。成り上がりを目論むリュシアーナの陰謀が幕を開ける。
***************************
本編完結済み。番外編を不定期更新中。
「やり直したい」と泣きつかれても困ります。不倫に溺れた三年間で私の心は死に絶えました〜捨てられた元妻、御曹司の傍らで元夫を静かに切り捨てる〜
唯崎りいち
恋愛
三年間の夫の不倫で心も生活も壊れた私。偶然出会ったレトルト食品に救われ、Webデザインで再出発。過去に縛られず、自分の人生を取り戻す静かな再生の物語。
『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ
夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」
華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!