14 / 28
14
「……ノノカ。この招待状、どう思う?」
セシル様が、不快そうに眉を寄せて差し出してきたのは、金縁の装飾がこれでもかと施された、いかにも成金趣味な手紙だった。
差出人は、謹慎中のはずのエドワード殿下。内容は『最後のお別れに、思い出の東屋で茶会をしたい』という、使い古された三流小説のような誘い文句である。
私はその手紙を指先でつまみ、鼻を近づけてから、即座にゴミ箱へと放り捨てた。
「あら。セシル様、三行で鑑定結果を申し上げますわね」
「……聞こう。おそらく、私の予想と同じだろうが」
「一つ、紙質が悪すぎて、触れるだけで指の水分が奪われますわ」
「二つ、香水の匂いがキツすぎて、裏に隠された『安っぽい自白剤』の臭いが丸見えですの」
「三つ、そもそもあの方は、私との間に『良い思い出』など一つもないことを忘れているのかしら? ……救いようのない記憶力の欠如ですわね」
「……最後の一行は、単なる悪口だな。だが、自白剤か。やはり罠だな」
セシル様が冷たく笑う。その鋭い眼差しは、獲物を追い詰める銀狼のようで、今日も私の心臓を激しく揺さぶる。
「えぇ。おそらく、私たちに薬を盛って、人前で醜態を晒させようという魂胆でしょう。マリア様あたりが考えそうな、安直で『美しくない』作戦ですわ」
「放置してもいいが、それではあの王子も諦めないだろう。……行くか、ノノカ」
「もちろんですわ! 至宝であるあなたの名誉を傷つけようとするゴミ掃除は、専属コンサルタントとしての重要任務ですもの。……最高に『美しい』返り討ちを見せて差し上げましょう」
数時間後。王城の隅にある、手入れの行き届いていない東屋。
そこには、待ち構えていたエドワード殿下と、必死に「薄幸の美少女」を演じているマリア様がいた。
「よく来たな、ノノカ。そしてバレンシア伯爵。……さあ、座れ。最後くらい、兄妹のように語り合おうではないか」
エドワード殿下が、震える手でティーポットを持ち上げる。彼の目の下の隈は、もはやお化粧では隠しきれないほど深く、顔色もドブネズミのように濁っている。
私は差し出されたカップを覗き込み、わざとらしく溜息をついた。
「殿下。三行でご忠告差し上げますわ」
「な、なんだ、いきなり不吉なことを……っ」
「一つ、お茶の温度が低すぎて、毒を溶かすのにも時間がかかっていますわよ」
「二つ、カップの縁に付着したその白い粉……。セッティングが雑すぎて、視力1.0の私には丸見えですわ」
「三つ、何よりその『してやったり』という下品なニヤけ面。……鏡を見てから出直していらっしゃいな。吐き気がいたしますわ」
ガチャン、と音を立てて殿下がカップを落とした。
「き、貴様……っ! 分かっていて、なぜ来た!」
「決まっていますわ。あなたのその『美しくない最後』を、特等席で見届けるためですの」
その時、物陰から潜んでいた騎士たちが現れた。しかし、彼らが動くよりも速く、セシル様が立ち上がり、冷徹な圧力を放つ。
「……動くな。周囲はすでに、私の配下の隠密たちが包囲している」
「な、何だと!? ここは私の……」
「殿下。貴殿がこの薬を裏ルートで購入した際の帳簿、そしてマリア嬢が『薬を盛る手順』を書き記した日記……すべて押収済みだ。……ライアン、例のものを」
背後から音もなく現れたライアンさんが、一束の書類と、マリア様の私物らしき日記帳を提示した。
マリア様が悲鳴を上げてその場にへたり込む。
「い、いやぁっ! どうして、私の日記が……!」
「あら、マリア様。あなたの部屋の鍵の管理が甘いのは、あなたの脇の甘さと比例していますのよ。……セシル様、どうしましょうか? この『美しくないゴミ』たちの処分は」
セシル様は、絶望に顔を歪ませるエドワード殿下を見下ろし、私の肩を引き寄せた。
「……陛下にはすでに報告してある。殿下には、明日付で辺境の修道院での永劫の反省が命じられるだろう。……マリア嬢も、共犯として相応の場所へ」
「修道院……! そんな、あんな何もないところで一生を過ごせというのか!」
エドワード殿下が叫ぶが、セシル様の冷たい視線は揺るがない。
「殿下。三行で最後のお別れを」
私は扇を広げ、哀れな元婚約者に引導を渡した。
「一つ、質素な生活で、その肥大化した自己愛を少しは削ぎ落とすことですわ」
「二つ、色褪せた法衣でも着て、自分の魂の汚れを洗い流しなさいな」
「三つ、もう二度と、私の視界にその『醜い欲欲しさ』を入れないでくださいませ。……さようなら、元王子様」
騎士たちに引き立てられ、エドワード殿下とマリア様は、無惨に連行されていった。
静まり返った東屋で、セシル様が深いため息をつき、私の髪にそっと触れた。
「……終わったな。これで、貴様を煩わせるものはもういない」
「えぇ。でも、セシル様。あのようなものを見てしまったせいで、私の目が、私の審美眼が……大変なダメージを受けてしまいましたわ!」
「……またか。今度は何をすればいい?」
「決まっていますわ。三時間……いいえ、今夜一晩中、あなたのその完璧な美貌を私の至近距離で浴びせていただかないと、回復いたしませんわ!」
「……一晩中か。貴様の注文は、いつも度が過ぎるな」
セシル様は困ったように笑いながらも、私の手を強く、温かく握りしめてくれた。
「……だが、嫌いではない。行こう、私の新しい王妃(予定)様」
「あら! 今、予定と言いました? もう決定でよろしいのではなくて?」
私たちは夜の帳が下り始めた庭園を、誰よりも美しく、寄り添って歩き出した。
セシル様が、不快そうに眉を寄せて差し出してきたのは、金縁の装飾がこれでもかと施された、いかにも成金趣味な手紙だった。
差出人は、謹慎中のはずのエドワード殿下。内容は『最後のお別れに、思い出の東屋で茶会をしたい』という、使い古された三流小説のような誘い文句である。
私はその手紙を指先でつまみ、鼻を近づけてから、即座にゴミ箱へと放り捨てた。
「あら。セシル様、三行で鑑定結果を申し上げますわね」
「……聞こう。おそらく、私の予想と同じだろうが」
「一つ、紙質が悪すぎて、触れるだけで指の水分が奪われますわ」
「二つ、香水の匂いがキツすぎて、裏に隠された『安っぽい自白剤』の臭いが丸見えですの」
「三つ、そもそもあの方は、私との間に『良い思い出』など一つもないことを忘れているのかしら? ……救いようのない記憶力の欠如ですわね」
「……最後の一行は、単なる悪口だな。だが、自白剤か。やはり罠だな」
セシル様が冷たく笑う。その鋭い眼差しは、獲物を追い詰める銀狼のようで、今日も私の心臓を激しく揺さぶる。
「えぇ。おそらく、私たちに薬を盛って、人前で醜態を晒させようという魂胆でしょう。マリア様あたりが考えそうな、安直で『美しくない』作戦ですわ」
「放置してもいいが、それではあの王子も諦めないだろう。……行くか、ノノカ」
「もちろんですわ! 至宝であるあなたの名誉を傷つけようとするゴミ掃除は、専属コンサルタントとしての重要任務ですもの。……最高に『美しい』返り討ちを見せて差し上げましょう」
数時間後。王城の隅にある、手入れの行き届いていない東屋。
そこには、待ち構えていたエドワード殿下と、必死に「薄幸の美少女」を演じているマリア様がいた。
「よく来たな、ノノカ。そしてバレンシア伯爵。……さあ、座れ。最後くらい、兄妹のように語り合おうではないか」
エドワード殿下が、震える手でティーポットを持ち上げる。彼の目の下の隈は、もはやお化粧では隠しきれないほど深く、顔色もドブネズミのように濁っている。
私は差し出されたカップを覗き込み、わざとらしく溜息をついた。
「殿下。三行でご忠告差し上げますわ」
「な、なんだ、いきなり不吉なことを……っ」
「一つ、お茶の温度が低すぎて、毒を溶かすのにも時間がかかっていますわよ」
「二つ、カップの縁に付着したその白い粉……。セッティングが雑すぎて、視力1.0の私には丸見えですわ」
「三つ、何よりその『してやったり』という下品なニヤけ面。……鏡を見てから出直していらっしゃいな。吐き気がいたしますわ」
ガチャン、と音を立てて殿下がカップを落とした。
「き、貴様……っ! 分かっていて、なぜ来た!」
「決まっていますわ。あなたのその『美しくない最後』を、特等席で見届けるためですの」
その時、物陰から潜んでいた騎士たちが現れた。しかし、彼らが動くよりも速く、セシル様が立ち上がり、冷徹な圧力を放つ。
「……動くな。周囲はすでに、私の配下の隠密たちが包囲している」
「な、何だと!? ここは私の……」
「殿下。貴殿がこの薬を裏ルートで購入した際の帳簿、そしてマリア嬢が『薬を盛る手順』を書き記した日記……すべて押収済みだ。……ライアン、例のものを」
背後から音もなく現れたライアンさんが、一束の書類と、マリア様の私物らしき日記帳を提示した。
マリア様が悲鳴を上げてその場にへたり込む。
「い、いやぁっ! どうして、私の日記が……!」
「あら、マリア様。あなたの部屋の鍵の管理が甘いのは、あなたの脇の甘さと比例していますのよ。……セシル様、どうしましょうか? この『美しくないゴミ』たちの処分は」
セシル様は、絶望に顔を歪ませるエドワード殿下を見下ろし、私の肩を引き寄せた。
「……陛下にはすでに報告してある。殿下には、明日付で辺境の修道院での永劫の反省が命じられるだろう。……マリア嬢も、共犯として相応の場所へ」
「修道院……! そんな、あんな何もないところで一生を過ごせというのか!」
エドワード殿下が叫ぶが、セシル様の冷たい視線は揺るがない。
「殿下。三行で最後のお別れを」
私は扇を広げ、哀れな元婚約者に引導を渡した。
「一つ、質素な生活で、その肥大化した自己愛を少しは削ぎ落とすことですわ」
「二つ、色褪せた法衣でも着て、自分の魂の汚れを洗い流しなさいな」
「三つ、もう二度と、私の視界にその『醜い欲欲しさ』を入れないでくださいませ。……さようなら、元王子様」
騎士たちに引き立てられ、エドワード殿下とマリア様は、無惨に連行されていった。
静まり返った東屋で、セシル様が深いため息をつき、私の髪にそっと触れた。
「……終わったな。これで、貴様を煩わせるものはもういない」
「えぇ。でも、セシル様。あのようなものを見てしまったせいで、私の目が、私の審美眼が……大変なダメージを受けてしまいましたわ!」
「……またか。今度は何をすればいい?」
「決まっていますわ。三時間……いいえ、今夜一晩中、あなたのその完璧な美貌を私の至近距離で浴びせていただかないと、回復いたしませんわ!」
「……一晩中か。貴様の注文は、いつも度が過ぎるな」
セシル様は困ったように笑いながらも、私の手を強く、温かく握りしめてくれた。
「……だが、嫌いではない。行こう、私の新しい王妃(予定)様」
「あら! 今、予定と言いました? もう決定でよろしいのではなくて?」
私たちは夜の帳が下り始めた庭園を、誰よりも美しく、寄り添って歩き出した。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」
【完結】帳簿係の地味令嬢、商会の不正を見抜いて王宮に見出されました。
夏灯みかん
恋愛
王都の商工会議所で働く、地味な帳簿係エミリー。
真面目に記録をつけることだけが取り柄の彼女は、同僚から軽く扱われ、雑用を押しつけられる日々を送っていた。
そんなある日――エミリーは、孤児院への配給物資の記録に、わずかな“ズレ”があることに気づく。
数量は合っている。
だが、なぜか中身の重量だけが減っている。
違和感を覚えたエミリーは、自ら倉庫へ足を運び、現物を確認する。
そこで見つけたのは、帳簿では見えない“静かな不正”だった。
しかしその矢先――不正の責任を押しつけられ、職場から追い出されそうになってしまう。
それでもエミリーは諦めない。ただ一つ、自分が積み上げてきた“記録”を信じて。
「では、正式な監査をお願いいたします」
やがてその記録は、王宮の政務監査官リオンの目に留まり――
隠されていた不正はすべて暴かれる。
そして、彼女を軽んじていた者たちは、その代償を支払うことになる。
これは、地味で目立たなかった一人の帳簿係が、
“正しく記録した”ことで不正を暴き、王宮に見出されるまでの物語。
悪役令嬢まさかの『家出』
にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。
一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。
ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。
帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!
夫に欠陥品と吐き捨てられた妃は、魔法使いの手を取るか?
里見
恋愛
リュシアーナは、公爵家の生まれで、容姿は清楚で美しく、所作も惚れ惚れするほどだと評判の妃だ。ただ、彼女が第一皇子に嫁いでから三年が経とうとしていたが、子どもはまだできなかった。
そんな時、夫は陰でこう言った。
「完璧な妻だと思ったのに、肝心なところが欠陥とは」
立ち聞きしてしまい、失望するリュシアーナ。そんな彼女の前に教え子だった魔法使いが現れた。そして、魔法使いは、手を差し出して、提案する。リュシアーナの願いを叶える手伝いをするとーー。
リュシアーナは、自身を子を産む道具のように扱う夫とその周囲を利用してのしあがることを決意し、その手をとる。様々な思惑が交錯する中、彼女と魔法使いは策謀を巡らして、次々と世論を操っていく。
男尊女卑の帝国の中で、リュシアーナは願いを叶えることができるのか、魔法使いは本当に味方なのか……。成り上がりを目論むリュシアーナの陰謀が幕を開ける。
***************************
本編完結済み。番外編を不定期更新中。
「やり直したい」と泣きつかれても困ります。不倫に溺れた三年間で私の心は死に絶えました〜捨てられた元妻、御曹司の傍らで元夫を静かに切り捨てる〜
唯崎りいち
恋愛
三年間の夫の不倫で心も生活も壊れた私。偶然出会ったレトルト食品に救われ、Webデザインで再出発。過去に縛られず、自分の人生を取り戻す静かな再生の物語。
『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ
夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」
華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!