悪役令嬢として婚約破棄され、地獄の追放先へ。

ちゃっぴー

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「……嘘でしょう? ここが、私の新しい住まいだというのですか?」

数日の旅路の末、ついに辿り着いた「氷晶の離宮」。
目の前にそびえ立つその建物を見上げた瞬間、ネイビーの視界は絶望で白く染まりました。

そこは、宝石のように美しい、しかし生物の存在を一切拒絶するような「氷の宮殿」でした。
壁は透き通るような氷石で造られ、屋根からは人の背丈ほどもある氷柱が牙のように垂れ下がっています。
太陽の光を反射してキラキラと輝いてはいますが、ネイビーにとっては死神の鎌が並んでいるようにしか見えません。

「……美しいな。北の最果てにふさわしい、神秘的な光景だ」

隣で馬を止めたイグニスが、感心したように呟きました。
ネイビーは、布に埋まった顔を激しく左右に振りました。

「美しい!? イグニス様、目がお疲れではありませんこと!? あれは宮殿ではありませんわ、巨大なシャーベット……いえ、据え置き型の超大型冷凍庫ですわ! あんなところに一晩泊まったら、私は翌朝には高貴なシャーベットとして出荷される運命にあります!」

「そんな大げさな……。ほら、出迎えが来たぞ」

宮殿の重厚な扉がゆっくりと開き、中から数人の使用人が現れました。
しかし、彼らの様子もまた異常でした。
全員が灰色の厚手のローブを纏い、顔色が悪く、ガチガチと歯を鳴らしながら歩いています。

「よ、よくぞ……お越し……くださいまし、た……。ネイビー……様……。私は、管理人の……ボリス……です……」

管理人の老人は、吐き出す息すら凍りそうな勢いで震えていました。
ネイビーは直感しました。
この宮殿に住む人々は、あまりの寒さに魂まで凍りつき、もはや「生きた屍」のような状態になっているのだと。

「……ボリス。あなた、最後にお風呂に入ったのはいつかしら?」

「お、お風呂……? そんな……お湯を沸かしたそばから、氷の塊に……変わるようなこの地で……それは、禁忌の……言葉に……ございます……」

ボリスの絶望的な言葉に、ネイビーの「生存本能」という名の回路が焼き切れました。
彼女は馬車(の残骸から急造したソリ)から飛び降りると、一歩一歩、雪を蹴散らしながら宮殿の入り口へと進みました。

「いいですか、皆様! 私は、ここで凍え死ぬために来たのではありません! この『氷晶の離宮』を、王都で一番流行っているサウナよりも熱い『常春の宮殿』に作り替えるために来たのです!」

「お、お嬢様……? 何を……仰って……」

「セバス! 荷解きは後よ! まずはこの宮殿の魔力回路をすべて調査なさい! イグニス様、あなたには重要な任務がありますわ!」

ネイビーはイグニスの逞しい腕を掴み、力強く(必死に)引き寄せました。

「イグニス様。あなたのその、無駄に有り余っている炎の魔力を……この宮殿全体の『床暖房』の動力源として提供していただきますわ!」

「……床暖房? この巨大な宮殿すべてをか? 正気か、お前」

「正気ですわ! 狂気なのは、この室温の方です! さあ、あちらに大きな魔石の集積回路があるはずです。そこへ、あなたの『情熱』をすべてぶち込んでちょうだい!」

ネイビーの剣幕に押され、イグニスは苦笑しながらも、宮殿の中央広間にある巨大な魔力制御盤の前に立ちました。
かつては「氷を維持するため」に使われていたその回路を、ネイビーは公爵家で学んだ魔導知識(という名の寒さ対策知識)を駆使して、瞬時に「発熱用」へと書き換えていきます。

「……いくぞ。……燃えろ!」

イグニスが制御盤に手を触れ、紅蓮の魔力を流し込んだ瞬間。
カチ、カチカチカチッ! と、宮殿の床下に張り巡らされた魔力ラインが、一斉に赤く発光し始めました。

ゴォォォ……という地鳴りのような音と共に、氷の床からじんわりと、確かな「熱」が立ち上がってきます。

「あ……。あああ……。温かい……。床が、床が冷たくない……!」

管理人のボリスが、その場にヘナヘナと座り込みました。
他の使用人たちも、まるで魔法が解けたかのように、顔に赤みが差し始めます。

「床から熱が出るなんて……! これなら、寝ている間に霜柱に貫かれる心配もありません!」

「ネイビー様……あなたは……あなたは、氷の世界に舞い降りた『ストーブの女神』様だ……!」

使用人たちが涙を流して感謝する中、ネイビーはイグニスの背中にぴったりと張り付き、床からの熱と彼の体温をダブルで享受していました。

「ふふふ……順調ですわ。ですが、これはまだ第一段階に過ぎません。……セバス、次は窓の二重サッシ化と、壁面への断熱材埋め込み工事の手配を!」

「心得ております、お嬢様。すでに王都から『断熱のスペシャリスト』を数名、裏ルートで呼び寄せております」

「……お前、本当にここをリフォームするつもりなんだな」

イグニスが呆れたようにネイビーを見下ろしました。
ネイビーは、彼の外套の中に潜り込みながら、不敵に微笑みました。

「当たり前ですわ。イグニス様、私は決めました。……この北国を、世界で一番『暑苦しい』場所に変えてみせます。……もちろん、あなたがずっと、私の隣で薪を焼いてくれることが前提ですが?」

「……フン。言われなくても、お前が冷えないように一生見張ってやるよ」

イグニスの不器用な誓いに、ネイビーの心は(そして身体も)春爛漫のポカポカ陽気に包まれるのでした。

こうして、北の最果てでの「追放生活」は、前代未聞の「極暖リフォーム生活」へと変貌を遂げたのです。
しかし、その様子を遠くから監視している、王子の刺客の影がまだ残っていることを、彼らはまだ知りませんでした。
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