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ドォォォォォン!!
平和なはずの辺境の朝。
またしても、聞き慣れた(聞きたくはない)爆音が響き渡った。
「ユーミアァァァァァ!!」
アレクセイは、執務室から研究所へとダッシュした。
結婚から五年。
彼はすっかり「パパ」の顔になり、そして胃薬を飲む量も二倍に増えていた。
「大丈夫か! 今度は何を爆発させた!」
彼が白煙の充満する実験室に飛び込むと、そこにはいつものように煤だらけの妻――ユーミアの姿があった。
だが、今日は一人ではない。
「あ、あなた。お帰りなさい」
ユーミアはゴーグルをずらし、ニカっと白い歯を見せて笑った。
その腕の中には、三歳になる娘――ルナが抱かれている。
そして、ルナの手には、なぜかスパナが握られていた。
「ルナも無事だぞー! キャハハ!」
可愛らしい声で笑うルナの顔もまた、煤で真っ黒だ。
「……二人揃って、何をやっているんだ」
アレクセイは脱力して膝をついた。
「いやあ、ルナへの英才教育ですよ。『初めての積み木』を作っていたんですが……」
「積み木?」
「はい。ただ積むだけじゃ面白くないので、『積むと光って回転して空を飛ぶ積み木』に改造したら、出力調整をミスして……」
「積み木を飛ばすな! 危険だろうが!」
「大丈夫ですよ。ルナを見てください。この『対爆防御シールド(涎掛け型)』のおかげで無傷です!」
ユーミアが指差すと、ルナの首元でピカピカ光るスタイが、微弱な結界を展開していた。
「パパ、みてー! ひかったー!」
ルナが無邪気にスパナを振る。
その瞳は、母親譲りの好奇心でギラギラと輝いている。
「……はぁ。遺伝子は争えないな」
アレクセイは娘を抱き上げ、煤けた頬をハンカチで拭いてやった。
「ルナ。ママの真似ばかりしてちゃ駄目だぞ。もっと普通の、お人形遊びとか……」
「おにんぎょう? ルナ、おにんぎょう改造する! ビーム撃つやつ!」
「駄目だ!!」
アレクセイの絶叫が響く。
この辺境伯家では、常識と非常識の戦いが、親から子へと受け継がれようとしていた。
***
昼下がり。
嵐のような実験タイムが終わり、家族三人でテラスでのティータイム。
眼下に広がる領地は、五年前とは比べ物にならないほど発展していた。
街道には魔導車(トラック)が走り、農地では自動農機具が動き回り、風力発電の風車が回っている。
すべて、ユーミアの発明品だ。
「……平和だな」
アレクセイが紅茶(胃に優しいハーブティー)を啜る。
「そうですね。最近は魔獣も寄り付きませんし」
「お前が『魔獣撃退用・激臭スプレー』を山に散布したからだろ。森の生態系が変わってないか心配だ」
「大丈夫です。クマ次郎が森の王として君臨して、バランスを取ってますから」
ユーミアは笑いながら、王都からの新聞を広げた。
「あ、見てくださいあなた。今月の『技術革新特集』、またあの二人が載ってますよ」
記事のトップを飾っていたのは、筋骨隆々のマッチョな男と、敏腕秘書風の女性の写真。
元・王太子ギルバートと、ミナだ。
『王都の電力王、ギルバート氏! 人力発電の効率をさらに20%アップ!』
『「筋肉こそがクリーンエネルギーです」と語るその笑顔に、国民も熱狂!』
「……あいつ、完全にそっちの道で大成したな」
アレクセイが苦笑する。
「ええ。ミナさんも『株式会社・ピンク色の野望』を立ち上げて、発電グッズの販売で大儲けしているとか。……人は適材適所ですね」
「お前がそれを言うか」
かつて断罪劇を繰り広げた「悪役」たちも、今ではそれぞれの場所で(主に物理的な意味で)輝いている。
誰も不幸になっていない、奇妙で最高なハッピーエンドだ。
「パパ、ママ、これなーに?」
ルナが、テーブルの上に置いてあった一枚の紙を指差した。
それは、古い設計図の切れ端。
かつて私が、研究所に引きこもるために書いた『理想の生活プラン』のメモだった。
「ん? ああ、これはね……」
ユーミアは懐かしそうに目を細めた。
「ママの『夢』の設計図よ」
「ゆめ?」
「そう。誰にも邪魔されず、好きなことをして、笑って暮らす。……そんな夢」
ユーミアは、隣に座るアレクセイを見た。
彼は穏やかな瞳で、妻と娘を見守っている。
婚約破棄されたあの日。
研究所の扉を溶接して引きこもろうとしていた私。
もし、彼が扉をこじ開けてくれなかったら。
もし、私の変人ぶりを受け入れてくれなかったら。
今のこの景色は、きっとなかった。
「……ねえ、あなた」
「ん?」
「私、今すごく『実験成功』した気分です」
「なんの実験だ?」
「『幸せな人生を送るための最適解』の探索実験です」
ユーミアは、アレクセイの肩に頭を預けた。
「データは十分。結果は……『あなたと一緒にいること』でした」
科学的な用語で誤魔化しているけれど、それが彼女なりの精一杯の愛の言葉だと、アレクセイには痛いほど伝わっていた。
「……そうか」
彼は優しく妻の肩を抱いた。
「俺もだ。……お前という予測不能な要素(ファクター)のおかげで、退屈しない人生になったよ」
「ふふ、返品不可ですよ?」
「ああ。一生、俺の研究対象でいてくれ」
二人は微笑み合い、そして自然と唇を重ねた。
「キャー! パパとママ、チュッてしたー!」
ルナが指の隙間から覗いて笑う。
幸せな風が吹き抜ける。
かつての「悪役令嬢」は、今は世界一騒がしくて、世界一幸せな「マッドサイエンティストな奥様」になっていた。
「さあ! 休憩終わり!」
ユーミアが立ち上がった。
「午後からは『自動子守ロボット・マークⅢ』のテストですよ! 今度こそ爆発させません!」
「頼むから普通に育ててくれ!」
「ルナもやるー! バクハツするー!」
「ルナまで言うな!」
アレクセイの悲鳴と、ユーミアとルナの笑い声が、辺境の空に響き渡る。
研究所の扉は、もう溶接されることはない。
いつでも大きく開かれて、新しい明日(とトラブル)を迎え入れるために。
悪役令嬢は婚約破棄を待っていた。
でも、本当に待っていたのは――こんなにも自由で、愛おしい日々だったのだ。
平和なはずの辺境の朝。
またしても、聞き慣れた(聞きたくはない)爆音が響き渡った。
「ユーミアァァァァァ!!」
アレクセイは、執務室から研究所へとダッシュした。
結婚から五年。
彼はすっかり「パパ」の顔になり、そして胃薬を飲む量も二倍に増えていた。
「大丈夫か! 今度は何を爆発させた!」
彼が白煙の充満する実験室に飛び込むと、そこにはいつものように煤だらけの妻――ユーミアの姿があった。
だが、今日は一人ではない。
「あ、あなた。お帰りなさい」
ユーミアはゴーグルをずらし、ニカっと白い歯を見せて笑った。
その腕の中には、三歳になる娘――ルナが抱かれている。
そして、ルナの手には、なぜかスパナが握られていた。
「ルナも無事だぞー! キャハハ!」
可愛らしい声で笑うルナの顔もまた、煤で真っ黒だ。
「……二人揃って、何をやっているんだ」
アレクセイは脱力して膝をついた。
「いやあ、ルナへの英才教育ですよ。『初めての積み木』を作っていたんですが……」
「積み木?」
「はい。ただ積むだけじゃ面白くないので、『積むと光って回転して空を飛ぶ積み木』に改造したら、出力調整をミスして……」
「積み木を飛ばすな! 危険だろうが!」
「大丈夫ですよ。ルナを見てください。この『対爆防御シールド(涎掛け型)』のおかげで無傷です!」
ユーミアが指差すと、ルナの首元でピカピカ光るスタイが、微弱な結界を展開していた。
「パパ、みてー! ひかったー!」
ルナが無邪気にスパナを振る。
その瞳は、母親譲りの好奇心でギラギラと輝いている。
「……はぁ。遺伝子は争えないな」
アレクセイは娘を抱き上げ、煤けた頬をハンカチで拭いてやった。
「ルナ。ママの真似ばかりしてちゃ駄目だぞ。もっと普通の、お人形遊びとか……」
「おにんぎょう? ルナ、おにんぎょう改造する! ビーム撃つやつ!」
「駄目だ!!」
アレクセイの絶叫が響く。
この辺境伯家では、常識と非常識の戦いが、親から子へと受け継がれようとしていた。
***
昼下がり。
嵐のような実験タイムが終わり、家族三人でテラスでのティータイム。
眼下に広がる領地は、五年前とは比べ物にならないほど発展していた。
街道には魔導車(トラック)が走り、農地では自動農機具が動き回り、風力発電の風車が回っている。
すべて、ユーミアの発明品だ。
「……平和だな」
アレクセイが紅茶(胃に優しいハーブティー)を啜る。
「そうですね。最近は魔獣も寄り付きませんし」
「お前が『魔獣撃退用・激臭スプレー』を山に散布したからだろ。森の生態系が変わってないか心配だ」
「大丈夫です。クマ次郎が森の王として君臨して、バランスを取ってますから」
ユーミアは笑いながら、王都からの新聞を広げた。
「あ、見てくださいあなた。今月の『技術革新特集』、またあの二人が載ってますよ」
記事のトップを飾っていたのは、筋骨隆々のマッチョな男と、敏腕秘書風の女性の写真。
元・王太子ギルバートと、ミナだ。
『王都の電力王、ギルバート氏! 人力発電の効率をさらに20%アップ!』
『「筋肉こそがクリーンエネルギーです」と語るその笑顔に、国民も熱狂!』
「……あいつ、完全にそっちの道で大成したな」
アレクセイが苦笑する。
「ええ。ミナさんも『株式会社・ピンク色の野望』を立ち上げて、発電グッズの販売で大儲けしているとか。……人は適材適所ですね」
「お前がそれを言うか」
かつて断罪劇を繰り広げた「悪役」たちも、今ではそれぞれの場所で(主に物理的な意味で)輝いている。
誰も不幸になっていない、奇妙で最高なハッピーエンドだ。
「パパ、ママ、これなーに?」
ルナが、テーブルの上に置いてあった一枚の紙を指差した。
それは、古い設計図の切れ端。
かつて私が、研究所に引きこもるために書いた『理想の生活プラン』のメモだった。
「ん? ああ、これはね……」
ユーミアは懐かしそうに目を細めた。
「ママの『夢』の設計図よ」
「ゆめ?」
「そう。誰にも邪魔されず、好きなことをして、笑って暮らす。……そんな夢」
ユーミアは、隣に座るアレクセイを見た。
彼は穏やかな瞳で、妻と娘を見守っている。
婚約破棄されたあの日。
研究所の扉を溶接して引きこもろうとしていた私。
もし、彼が扉をこじ開けてくれなかったら。
もし、私の変人ぶりを受け入れてくれなかったら。
今のこの景色は、きっとなかった。
「……ねえ、あなた」
「ん?」
「私、今すごく『実験成功』した気分です」
「なんの実験だ?」
「『幸せな人生を送るための最適解』の探索実験です」
ユーミアは、アレクセイの肩に頭を預けた。
「データは十分。結果は……『あなたと一緒にいること』でした」
科学的な用語で誤魔化しているけれど、それが彼女なりの精一杯の愛の言葉だと、アレクセイには痛いほど伝わっていた。
「……そうか」
彼は優しく妻の肩を抱いた。
「俺もだ。……お前という予測不能な要素(ファクター)のおかげで、退屈しない人生になったよ」
「ふふ、返品不可ですよ?」
「ああ。一生、俺の研究対象でいてくれ」
二人は微笑み合い、そして自然と唇を重ねた。
「キャー! パパとママ、チュッてしたー!」
ルナが指の隙間から覗いて笑う。
幸せな風が吹き抜ける。
かつての「悪役令嬢」は、今は世界一騒がしくて、世界一幸せな「マッドサイエンティストな奥様」になっていた。
「さあ! 休憩終わり!」
ユーミアが立ち上がった。
「午後からは『自動子守ロボット・マークⅢ』のテストですよ! 今度こそ爆発させません!」
「頼むから普通に育ててくれ!」
「ルナもやるー! バクハツするー!」
「ルナまで言うな!」
アレクセイの悲鳴と、ユーミアとルナの笑い声が、辺境の空に響き渡る。
研究所の扉は、もう溶接されることはない。
いつでも大きく開かれて、新しい明日(とトラブル)を迎え入れるために。
悪役令嬢は婚約破棄を待っていた。
でも、本当に待っていたのは――こんなにも自由で、愛おしい日々だったのだ。
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