婚約破棄を快諾する。悪役令嬢の愛からは逃げられない。

ちゃっぴー

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「……多いですね」


アッシュフォード公爵邸の玄関ホール。


そこには、天井に届かんばかりの木箱の山が築かれていた。


ギルバートは、コーヒーカップを片手にその光景を呆然と見上げている。


「何これ? 引っ越し?」


「いいえ、旦那様。これらは全て『婚約祝い』の品々です」


キャサリンがリストを片手に、テキパキと仕分け作業を行っていた。


彼女の動きは神速だ。


箱を開ける、中身を一瞥する、そして「安全」か「危険」かのボックスへ放り込む。


その判断速度、わずか〇・二秒。


「当家との繋がりを持ちたい貴族や商家、そして媚びを売りたい政治家どもからの貢ぎ物ですわ。……チッ、このワイン、保存状態が悪くて酸化しています。廃棄。こちらの絵画は贋作。廃棄。あら、このぬいぐるみには盗聴器が……即時焼却ですね」


「贈り物なのに、半分くらい捨ててない?」


「安全基準(セキュリティ・レベル)を満たさない物は、全てゴミです。私の旦那様に、雑菌や悪意の付着した物体を触れさせるわけにはいきません」


キャサリンは笑顔で、盗聴器入りのテディベアを暖炉に放り込んだ。


ボッ!


可愛らしいクマが一瞬で灰になるのを見て、ギルバートは身震いした。


「……ありがとう。君のおかげで命拾いしたよ」


「お礼には及びません。……おや?」


キャサリンの手が止まった。


彼女の視線が、最後に運び込まれた大きな荷物に向けられる。


それは、隣国の商人風の男二人が運んできた、豪奢な桐箱だった。


「これは?」


「へ、へい! これは隣国のドラグーン商会からの贈り物でさぁ! 『東方の秘薬』と『魔力増強の壺』だそうで!」


商人の男は、愛想笑いを浮かべながら額の汗を拭う。


「重いんで、奥まで運びやすぜ!」


「……お待ちになって」


キャサリンの声が、ホールに鋭く響いた。


男たちがビクリと足を止める。


「な、なんでしょうか、奥様?」


「そこにおろして。奥へ入れる許可は出しません」


「へ? でも、これは壊れ物で……」


キャサリンはリストを閉じ、ゆっくりと男たちに歩み寄った。


コツ、コツ、コツ。


ヒールの音が、死へのカウントダウンのように聞こえる。


「貴方たち。……商人を名乗るにしては、随分と重心が安定していますね?」


「は?」


「重い荷物を持っているのに、足音がしません。それに、その手のひらのマメ。荷運びでできるマメとは位置が違います。それは――剣や短剣を握り続けた人間にできる特有の硬化(タコ)ですわ」


「……ッ!?」


男たちの目つきが変わった。


先ほどまでの卑屈な笑みが消え、殺気立った獣の目になる。


「バレたか……!」


「さすがは『鉄の悪役令嬢』。噂通りの洞察力だ!」


男たちは荷物を放り投げ、懐から曲刀を抜いた。


ジャキッ!


「危ない、キャサリン!」


ギルバートが叫ぶ。


しかし、キャサリンは動じない。


むしろ、ゴミを見るような冷めた目で彼らを見下ろした。


「やはり。……それで、どこのネズミです? この屋敷に土足で踏み入ることが、どれほどの重罪か理解していて?」


「黙れ! 我々の狙いはアッシュフォード公爵、ただ一人!」


男の一人が、ギルバートに向かって疾走した。


速い。


一般人なら目で追うこともできない速度だ。


「公爵の身柄、隣国(帝国)がもらい受ける!」


刃がギルバートに迫る。


ギルバートは反射的に魔法を使おうとしたが――それより早く、白い影が割り込んだ。


「私の旦那様に、指一本触れさせません!」


ガキンッ!!


金属音が響き渡る。


男の曲刀を受け止めたのは、キャサリンが手に持っていた『銀のお盆』だった。


「なっ……お盆だと!?」


「純銀製、厚さ五ミリ。特注の防弾仕様です」


キャサリンはお盆を盾にしつつ、流れるような動作で回し蹴りを放った。


ドゴッ!


ヒールのかかとが、男の顎を正確に捉える。


「ぐはっ!?」


男が吹き飛び、壁に激突して動かなくなった。


「な、なんだこの女!?」


もう一人の男が戦慄する。


「ただの令嬢じゃないのか!?」


「私は公爵令嬢ですが、同時に旦那様の専属警備責任者(セキュリティ・マネージャー)です。貴方のような三流の暗殺者に後れを取るほど、私の管理は甘くありません」


キャサリンはお盆を構え直し、ニッコリと微笑んだ。


「さあ、次は貴方です。尋問の時間がありますので、骨折は三箇所までに抑えて差し上げますわ」


「ひ、ひぃぃっ! 化け物ぉぉ!」


男は恐怖に駆られ、煙玉を地面に叩きつけた。


ボンッ!


「逃げる気ですか? 無駄です」


キャサリンは煙の中へ躊躇なく飛び込んでいく。


「ぎゃああああ!」


断末魔の悲鳴。


そして、ドサッという何かが倒れる音。


煙が晴れると、そこには意識を失った二人の男が、綺麗に紐で縛られて転がされていた。


「……ふぅ。運動になりましたわ」


キャサリンは乱れた髪を直し、お盆の汚れをハンカチで拭った。


ギルバートは、ただただ唖然としていた。


「……キャサリン」


「はい、旦那様。お怪我はありませんか?」


「怪我はないけど……君、強すぎない?」


「愛の力です。貴方様を守るためなら、素手でドラゴンでも絞め殺してみせます」


彼女は冗談ではなく本気で言っているようだった。


「さて、このゴミたちを回収して、吐かせましょうか。誰の差し金で、何を狙って来たのか」


キャサリンは冷徹な目で、気絶している男たちを見下ろした。


「私の予想では……背後に、もっと大きな組織がいるはずです」


          ◇


数時間後。地下室。


キャサリンの「効率的かつ人道的な(本人談)」尋問により、男たちは洗いざらい白状していた。


「……なるほど。隣国の『帝国』が絡んでいる、と」


リビングに戻ったキャサリンは、ギルバートに報告した。


「彼らは帝国の諜報部隊『黒鴉』の末端構成員です。狙いは、旦那様の『魔導知識』、特に大量破壊兵器に転用可能な古代魔術の解読コードだそうです」


「古代魔術……」


ギルバートは眉をひそめた。


「確かに、僕は趣味で古代語の研究をしてるけど。あれ、兵器にするには効率が悪すぎるよ? コストがかかりすぎて実用的じゃない」


「彼らはそれを知らないのです。貴方様という『天才』を手に入れれば、軍事バランスを一変させられると信じているのでしょう」


キャサリンは険しい顔をした。


「問題なのは、彼らを手引きした『協力者』が国内にいることです」


「協力者?」


「ええ。屋敷の結界の周波数を解析し、彼らを商人として紛れ込ませた人間がいます。王城の内部事情に精通し、かつ貴方様の力を恐れている人物……」


キャサリンの脳裏に、ある男の顔が浮かんだ。


パーティー会場で、冷ややかな視線を送っていた片眼鏡(モノクル)の男。


宰相の補佐官、ヴァルター伯爵。


「……おそらく、宰相閣下の周辺ですね。以前から軍事力強化を提唱していた派閥です」


「ふーん。面倒くさいなぁ」


ギルバートはソファに沈み込み、クッションを抱きしめた。


「僕、ただ静かに暮らしたいだけなのに。なんでみんな、僕を放っておいてくれないんだろう」


「貴方様が魅力的すぎるからです」


キャサリンは隣に座り、優しく彼の頭を撫でた。


「美しい花には虫が寄ってくるもの。ですが、ご安心ください。害虫駆除は私の仕事です」


「でも、相手は国だよ? 隣の大国だ」


「関係ありません。例え相手が神々であろうと、貴方様の平穏な昼寝を妨げる者は、私が地獄の果てまで追い詰めて根絶やしにします」


その言葉には、揺るぎない決意が込められていた。


ギルバートは、彼女の目を見つめた。


そこにあるのは、狂気スレスレの愛。


でも、今の彼にはそれが何よりも頼もしく、温かかった。


「……わかった。頼りにしてるよ、キャサリン」


「はい! お任せください!」


「でも、無理はしないでね。君が怪我したら、僕、泣くから」


「っ……!」


キャサリンが胸を押さえて悶えた。


「だ、旦那様が私のために涙を……! ああ、尊い! 今すぐこのセリフを録音して家宝にします!」


「録音しないで」


いつもの平和なやり取り。


だが、事態は確実に深刻化していた。


その夜。


キャサリンはギルバートが寝静まったのを確認すると、一人ベッドを抜け出し、書斎へと向かった。


彼女は机に広げた屋敷の見取り図と、使用人リストに赤いペンで書き込みを入れていく。


「警備レベルを最大に引き上げます。使用人の身辺調査(スクリーニング)もやり直しです。少しでも怪しい動きをした者は、即時解雇……いえ、拘束します」


彼女の瞳は、昼間の甘い妻の顔ではなく、冷徹な指揮官の目になっていた。


「旦那様は、私が守る。誰にも、指一本触れさせない」


しかし。


彼女の完璧な防衛網にも、一つだけ「死角」があった。


それは、ギルバート自身の「優しさ」と、それを利用しようとする卑劣な罠だった。


翌日。


市場へ買い出しに出かけたキャサリンの留守を狙い、屋敷の前に一人の少女が現れた。


ボロボロの服を着て、涙を流しながら門の前で座り込んでいる少女。


「……お腹がすいたの……助けて……」


その手には、ギルバートだけが知る「ある紋章」が握られていた。


モニター越しにそれを見たギルバートは、キャサリンの言いつけを破り、自ら門を開けてしまうことになる。


「……母さんの、紋章?」


最強の管理者が不在のわずかな時間。


ヤンデレの城壁に、小さな、しかし致命的な亀裂が入ろうとしていた。
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