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「ガイ様、火力が足りませんわ! もっと、薪を! 地獄の業火のように赤々と燃やしてちょうだい!」
「……朝っぱらから、地獄を呼び出すな。これでも相当な火力だぞ」
牧場の広場に設置された、特大の焚き火台。
そこでは、私が執刀……いえ、解体した黒鉄牛の塊肉が、太い骨を軸にしてゆっくりと回転していた。
私の指示で、ガイ様が巨大な団扇(うちわ)を仰いで火力を調整している。
領主である公爵様に「火の番」をさせる令嬢など、後にも先にも私くらいのものだろう。
「いいですか、ガイ様。外側はカリッと、噛んだ瞬間に音が出るほど芳ばしく。それでいて内側は、赤ちゃんの頬のように瑞々しいレアでなければならないのです!」
「わかった、わかった。注文の多い料理人だな……」
私は、トランクから取り出した『煉獄のスパイス』を、肉の表面に惜しみなく振りかけた。
スパイスが熱い脂と出会い、パチパチとはぜる。
その瞬間、暴力的なまでに芳醇な香りが広場を支配した。
「……っ。なんだ、この匂いは。ただ焼いてるだけじゃねえな」
ガイ様が、思わずといった風に鼻をひくつかせる。
「ふふん。私のオリジナル配合、名付けて『悪役令嬢の秘め事・極(きわみ)』ですわ。数種類のハーブと、秘密の岩塩が肉の甘みを限界まで引き出すのです」
「……ネーミングセンスはともかく、美味そうなのは確かだ」
やがて、肉の表面には理想的な焼き色がつき、溢れ出した肉汁が焚き火に落ちてはジューシーな悲鳴を上げる。
私は大きなナイフを抜き放ち、焼き上がった「マンガ肉」を骨ごと持ち上げた。
「さあ、ガイ様! 冷めないうちに召し上がれ!」
「ああ。……豪快だな、おい」
ガイ様は、差し出された巨大な塊肉を、その大きな手で直接受け取った。
彼のような荒事(あらごと)に慣れた男でも、これほどのサイズを一人で食らうのは初めての経験だろう。
ガイ様が、火傷を恐れぬ勢いで肉に食らいつく。
引き締まった黒鉄牛の身を、その強靭な顎で力強く噛み締める。
「――――ッ!!」
ガイ様の動きが止まった。
その鋭い瞳が、驚愕に見開かれる。
「……どうかしら、ガイ様。私の『愛』の味は」
「…………なんだ、これ。俺は今まで、この土地の肉を食い尽くしてきたつもりだった。だが、こんな……こんな爆発的な旨味は初めてだ!」
ガイ様は、一心不乱に肉を貪り始めた。
顎を伝う肉汁。
鼻に抜けるスパイシーな刺激。
噛むたびに溢れる、黒鉄牛特有の濃密な血の甘み。
「美味い……! おい、パール! あんた、とんでもねえもんを作りやがったな!」
「あら、素材が最高だったからですわ。ガイ様が丹精込めて育てた牛だからこそ、私の魔法が効いたのです」
私も、自分の分のマンガ肉を手に取り、大きく口を開けた。
「……んんん~~!! 美味しいっ!! 美味しいですわ、これ!!」
朝の光の中で、二人の公爵(元・現)が、顔を脂まみれにしながら肉に食らいつく。
その光景は、王都の優雅なティータイムとは程遠い、野性的で、それでいて最高に幸福なものだった。
「ははっ! あんた、顔が真っ赤だぞ」
「ガイ様こそ、鼻の頭にスパイスがついていてよ」
どちらからともなく、笑いがこぼれた。
お互いの素性も、過去の噂も、今はどうでもいい。
ただ目の前に、最高に美味い肉があり、それを共に分かち合える相手がいる。
それだけで、人生はこれほどまでに満たされるのだ。
「……決めたぜ、パール」
ガイ様が、骨に残った最後の一片を綺麗に食べ終え、力強く宣言した。
「あんたを追放した王太子の目は、節穴どころか腐ってやがる。こんな宝(シェフ)を手放すなんてな」
「あら。私にとっては、彼が馬鹿で本当に助かりましたわ。おかげで、こうしてガイ様と出会えたのですから」
私は、脂のついた指をペロリと舐め、悪戯っぽく微笑んだ。
「ガイ様、覚悟してくださいね。明日の朝食は、もっと……もっと凄いものを食べさせて差し上げますわ!」
「……手加減してくれ。これ以上美味いもんを食わされたら、俺はもう普通の飯には戻れねえ」
ガイ様は困ったように笑いながらも、その大きな手で私の頭を乱暴に撫でた。
その手の温かさは、焚き火の熱よりもずっと深く、私の心に沁み渡った。
その頃、王都では。
エドワード王子が、栄養不足で立ちくらみを起こし、「なぜパールの用意する食事はあんなに美味かったのだ……」と、今更ながらに後悔の念を抱き始めていたが――。
それを知る者は、この辺境には誰一人としていなかった。
「……朝っぱらから、地獄を呼び出すな。これでも相当な火力だぞ」
牧場の広場に設置された、特大の焚き火台。
そこでは、私が執刀……いえ、解体した黒鉄牛の塊肉が、太い骨を軸にしてゆっくりと回転していた。
私の指示で、ガイ様が巨大な団扇(うちわ)を仰いで火力を調整している。
領主である公爵様に「火の番」をさせる令嬢など、後にも先にも私くらいのものだろう。
「いいですか、ガイ様。外側はカリッと、噛んだ瞬間に音が出るほど芳ばしく。それでいて内側は、赤ちゃんの頬のように瑞々しいレアでなければならないのです!」
「わかった、わかった。注文の多い料理人だな……」
私は、トランクから取り出した『煉獄のスパイス』を、肉の表面に惜しみなく振りかけた。
スパイスが熱い脂と出会い、パチパチとはぜる。
その瞬間、暴力的なまでに芳醇な香りが広場を支配した。
「……っ。なんだ、この匂いは。ただ焼いてるだけじゃねえな」
ガイ様が、思わずといった風に鼻をひくつかせる。
「ふふん。私のオリジナル配合、名付けて『悪役令嬢の秘め事・極(きわみ)』ですわ。数種類のハーブと、秘密の岩塩が肉の甘みを限界まで引き出すのです」
「……ネーミングセンスはともかく、美味そうなのは確かだ」
やがて、肉の表面には理想的な焼き色がつき、溢れ出した肉汁が焚き火に落ちてはジューシーな悲鳴を上げる。
私は大きなナイフを抜き放ち、焼き上がった「マンガ肉」を骨ごと持ち上げた。
「さあ、ガイ様! 冷めないうちに召し上がれ!」
「ああ。……豪快だな、おい」
ガイ様は、差し出された巨大な塊肉を、その大きな手で直接受け取った。
彼のような荒事(あらごと)に慣れた男でも、これほどのサイズを一人で食らうのは初めての経験だろう。
ガイ様が、火傷を恐れぬ勢いで肉に食らいつく。
引き締まった黒鉄牛の身を、その強靭な顎で力強く噛み締める。
「――――ッ!!」
ガイ様の動きが止まった。
その鋭い瞳が、驚愕に見開かれる。
「……どうかしら、ガイ様。私の『愛』の味は」
「…………なんだ、これ。俺は今まで、この土地の肉を食い尽くしてきたつもりだった。だが、こんな……こんな爆発的な旨味は初めてだ!」
ガイ様は、一心不乱に肉を貪り始めた。
顎を伝う肉汁。
鼻に抜けるスパイシーな刺激。
噛むたびに溢れる、黒鉄牛特有の濃密な血の甘み。
「美味い……! おい、パール! あんた、とんでもねえもんを作りやがったな!」
「あら、素材が最高だったからですわ。ガイ様が丹精込めて育てた牛だからこそ、私の魔法が効いたのです」
私も、自分の分のマンガ肉を手に取り、大きく口を開けた。
「……んんん~~!! 美味しいっ!! 美味しいですわ、これ!!」
朝の光の中で、二人の公爵(元・現)が、顔を脂まみれにしながら肉に食らいつく。
その光景は、王都の優雅なティータイムとは程遠い、野性的で、それでいて最高に幸福なものだった。
「ははっ! あんた、顔が真っ赤だぞ」
「ガイ様こそ、鼻の頭にスパイスがついていてよ」
どちらからともなく、笑いがこぼれた。
お互いの素性も、過去の噂も、今はどうでもいい。
ただ目の前に、最高に美味い肉があり、それを共に分かち合える相手がいる。
それだけで、人生はこれほどまでに満たされるのだ。
「……決めたぜ、パール」
ガイ様が、骨に残った最後の一片を綺麗に食べ終え、力強く宣言した。
「あんたを追放した王太子の目は、節穴どころか腐ってやがる。こんな宝(シェフ)を手放すなんてな」
「あら。私にとっては、彼が馬鹿で本当に助かりましたわ。おかげで、こうしてガイ様と出会えたのですから」
私は、脂のついた指をペロリと舐め、悪戯っぽく微笑んだ。
「ガイ様、覚悟してくださいね。明日の朝食は、もっと……もっと凄いものを食べさせて差し上げますわ!」
「……手加減してくれ。これ以上美味いもんを食わされたら、俺はもう普通の飯には戻れねえ」
ガイ様は困ったように笑いながらも、その大きな手で私の頭を乱暴に撫でた。
その手の温かさは、焚き火の熱よりもずっと深く、私の心に沁み渡った。
その頃、王都では。
エドワード王子が、栄養不足で立ちくらみを起こし、「なぜパールの用意する食事はあんなに美味かったのだ……」と、今更ながらに後悔の念を抱き始めていたが――。
それを知る者は、この辺境には誰一人としていなかった。
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