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「ラーニャ・フォン・アストレア! 貴様のような薄汚い、性根の腐りきった女との婚約は、今この瞬間をもって破棄させてもらう!」
豪華絢爛な王立学院の卒業パーティー。
その最高潮に達した瞬間に、私の元婚約者であるウィルフレッド王子が叫んだ。
会場の音楽がピタリと止まり、着飾った貴族たちの視線が痛いほど私に突き刺さる。
「……え、本当ですの? 聞き間違いではありませんわよね?」
私は扇子をバサリと閉じ、驚きを隠しきれないといった風を装って問い返した。
心の中では、ようやくこの時が来たか、とガッツポーズを決めている。
「今さら白々しい真似を! 貴様がメリルに対して行ってきた数々の嫌がらせ、すべて証拠は上がっているのだぞ!」
王子は鼻の穴を膨らませ、ドヤ顔で私を指さした。
その後ろには、震える小鹿のように、今にも泣き出しそうな表情をした男爵令嬢メリルさんが……。
……おや、全然震えていない。
どころか、彼女は私の顔を見て、こっそりと親指を立ててみせた。よし、完璧な合図だ。
「証拠、ですの? たとえば、どのような?」
「ふん! 彼女の教科書を破り、私物を噴水に投げ込み、果ては階段から突き落とそうとしただろう!」
「あら、それは大変。メリルさん、そんな恐ろしい目に遭っていたのですか?」
私が話を振ると、メリルさんはこれ以上ないほど美しいカーテシーを披露した。
そして、澄んだ声で、はっきりとこう言ったのだ。
「いいえ、王子。私はラーニャ様から一度もそのような被害を受けたことはございませんわ」
会場に、しんと静まり返ったような沈黙が流れる。
王子の顔が、茹で上がったタコのように赤くなっていくのが見て取れた。
「……な、何を言っているんだ、メリル! 君は私に、彼女が怖くて夜も眠れないと相談したじゃないか!」
「お言葉ですが王子、それは私の『空腹で夜も眠れない』という相談を、あなたが勝手に変換されただけでは?」
「……は?」
「ラーニャ様は、実家の家計が火の車だった私に、栄養バランスの取れた高級弁当を毎日差し入れしてくださいました。さらには今後のキャリアプラン、老後の資金繰り、果ては王家に嫁ぐことの法的リスクについても、詳細なレクチャーを頂いたのです」
メリルさんは淡々と、しかし情熱的に語り始めた。
周囲の貴族たちがざわつき始める。
「法的リスクだと……? 何を言っている、私の妃になるのは名誉なことだろう!」
「いいえ、王子。ラーニャ様から伺った『王室予算の内訳』と『公務の過酷さ』、そして『自由のなさ』を天秤にかけました結果、私、王妃になるよりもラーニャ様の個人秘書として雇っていただく方が、はるかにQOLが高いという結論に達しました」
「きゅー、おー……何の話だ!? メリル、君は私のことが好きだったんだろう!? 愛していると言ってくれたじゃないか!」
「それは『王子の持つ権限(公費)を使って食べたケーキがおいしい』という意味での愛です。勘違いさせてしまい、申し訳ございませんでした」
メリルさんは深々と頭を下げたが、その声に申し訳なさは微塵も感じられない。
むしろ、重荷を下ろしたような清々しい顔をしていた。
「というわけで王子。婚約破棄、喜んでお受けいたしますわ」
私は優雅に一歩前へ出た。
膝を折り、淑女としての完璧な礼を捧げる。
「つきましては、私の実家であるアストレア公爵家がこれまで王家に貸し付けていた……いえ、投資していた軍事資金および、私のドレス代や茶会費として計上されていた『婚約維持費』、これらを一括で返還していただきますわね」
「な……返還!? そんなもの、必要ないだろう!」
「いいえ、必要です。契約書には、王家側の都合による一方的な婚約破棄の場合、遅延損害金を含めた全額返済の義務があると明記されています。お父様、例の書類を」
私が合図を送ると、会場の隅で静かにワインを飲んでいたお父様が、待ってましたと言わんばかりに分厚い書類を掲げた。
「ウィルフレッド殿下。娘の言う通りです。アストレア家は今日から、王家とのすべてのビジネス関係を解消させていただきます」
「……あ……ああ……」
王子はガクガクと膝を震わせ、周囲を見回した。
しかし、今まで彼を称賛していた取り巻きたちは、すでにクモの子を散らすように距離を置いている。
「メリル……! 君だけでも、君だけでも私の味方をしてくれるよな!?」
王子が縋るような目でメリルさんに手を伸ばす。
しかし、彼女はサッと私の背後に隠れ、冷ややかな視線を送った。
「申し訳ございません。私はもう、ラーニャ様から内定をいただいておりますので。月給制で、ボーナスも年二回出るそうです。王子に仕えても、もらえるのは『愛』という名の実体のない精神論だけでしょう?」
「そ、そんな馬鹿な……! 愛は……愛はすべてを解決するんじゃないのか!?」
「解決しませんわね。少なくとも、アストレア家の負債は解決しませんわ」
私は扇子で口元を隠し、思い切り楽しそうに笑ってやった。
「では、王子。おひとり様で、残りの人生という名のパーティーを存分にお楽しみくださいませ。私たちはこれにて、失礼いたしますわ」
私はメリルさんの手を取り、呆然と立ち尽くす王子を置いて、堂々と会場を後にした。
背後で「嘘だああああ!」という王子の絶叫が聞こえたが、それは最高のBGMでしかなかった。
豪華絢爛な王立学院の卒業パーティー。
その最高潮に達した瞬間に、私の元婚約者であるウィルフレッド王子が叫んだ。
会場の音楽がピタリと止まり、着飾った貴族たちの視線が痛いほど私に突き刺さる。
「……え、本当ですの? 聞き間違いではありませんわよね?」
私は扇子をバサリと閉じ、驚きを隠しきれないといった風を装って問い返した。
心の中では、ようやくこの時が来たか、とガッツポーズを決めている。
「今さら白々しい真似を! 貴様がメリルに対して行ってきた数々の嫌がらせ、すべて証拠は上がっているのだぞ!」
王子は鼻の穴を膨らませ、ドヤ顔で私を指さした。
その後ろには、震える小鹿のように、今にも泣き出しそうな表情をした男爵令嬢メリルさんが……。
……おや、全然震えていない。
どころか、彼女は私の顔を見て、こっそりと親指を立ててみせた。よし、完璧な合図だ。
「証拠、ですの? たとえば、どのような?」
「ふん! 彼女の教科書を破り、私物を噴水に投げ込み、果ては階段から突き落とそうとしただろう!」
「あら、それは大変。メリルさん、そんな恐ろしい目に遭っていたのですか?」
私が話を振ると、メリルさんはこれ以上ないほど美しいカーテシーを披露した。
そして、澄んだ声で、はっきりとこう言ったのだ。
「いいえ、王子。私はラーニャ様から一度もそのような被害を受けたことはございませんわ」
会場に、しんと静まり返ったような沈黙が流れる。
王子の顔が、茹で上がったタコのように赤くなっていくのが見て取れた。
「……な、何を言っているんだ、メリル! 君は私に、彼女が怖くて夜も眠れないと相談したじゃないか!」
「お言葉ですが王子、それは私の『空腹で夜も眠れない』という相談を、あなたが勝手に変換されただけでは?」
「……は?」
「ラーニャ様は、実家の家計が火の車だった私に、栄養バランスの取れた高級弁当を毎日差し入れしてくださいました。さらには今後のキャリアプラン、老後の資金繰り、果ては王家に嫁ぐことの法的リスクについても、詳細なレクチャーを頂いたのです」
メリルさんは淡々と、しかし情熱的に語り始めた。
周囲の貴族たちがざわつき始める。
「法的リスクだと……? 何を言っている、私の妃になるのは名誉なことだろう!」
「いいえ、王子。ラーニャ様から伺った『王室予算の内訳』と『公務の過酷さ』、そして『自由のなさ』を天秤にかけました結果、私、王妃になるよりもラーニャ様の個人秘書として雇っていただく方が、はるかにQOLが高いという結論に達しました」
「きゅー、おー……何の話だ!? メリル、君は私のことが好きだったんだろう!? 愛していると言ってくれたじゃないか!」
「それは『王子の持つ権限(公費)を使って食べたケーキがおいしい』という意味での愛です。勘違いさせてしまい、申し訳ございませんでした」
メリルさんは深々と頭を下げたが、その声に申し訳なさは微塵も感じられない。
むしろ、重荷を下ろしたような清々しい顔をしていた。
「というわけで王子。婚約破棄、喜んでお受けいたしますわ」
私は優雅に一歩前へ出た。
膝を折り、淑女としての完璧な礼を捧げる。
「つきましては、私の実家であるアストレア公爵家がこれまで王家に貸し付けていた……いえ、投資していた軍事資金および、私のドレス代や茶会費として計上されていた『婚約維持費』、これらを一括で返還していただきますわね」
「な……返還!? そんなもの、必要ないだろう!」
「いいえ、必要です。契約書には、王家側の都合による一方的な婚約破棄の場合、遅延損害金を含めた全額返済の義務があると明記されています。お父様、例の書類を」
私が合図を送ると、会場の隅で静かにワインを飲んでいたお父様が、待ってましたと言わんばかりに分厚い書類を掲げた。
「ウィルフレッド殿下。娘の言う通りです。アストレア家は今日から、王家とのすべてのビジネス関係を解消させていただきます」
「……あ……ああ……」
王子はガクガクと膝を震わせ、周囲を見回した。
しかし、今まで彼を称賛していた取り巻きたちは、すでにクモの子を散らすように距離を置いている。
「メリル……! 君だけでも、君だけでも私の味方をしてくれるよな!?」
王子が縋るような目でメリルさんに手を伸ばす。
しかし、彼女はサッと私の背後に隠れ、冷ややかな視線を送った。
「申し訳ございません。私はもう、ラーニャ様から内定をいただいておりますので。月給制で、ボーナスも年二回出るそうです。王子に仕えても、もらえるのは『愛』という名の実体のない精神論だけでしょう?」
「そ、そんな馬鹿な……! 愛は……愛はすべてを解決するんじゃないのか!?」
「解決しませんわね。少なくとも、アストレア家の負債は解決しませんわ」
私は扇子で口元を隠し、思い切り楽しそうに笑ってやった。
「では、王子。おひとり様で、残りの人生という名のパーティーを存分にお楽しみくださいませ。私たちはこれにて、失礼いたしますわ」
私はメリルさんの手を取り、呆然と立ち尽くす王子を置いて、堂々と会場を後にした。
背後で「嘘だああああ!」という王子の絶叫が聞こえたが、それは最高のBGMでしかなかった。
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