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「……お嬢様。お願いですから、少しの間だけでいいので息を止めて、お腹を引っ込めてください! 仮縫いのピンが弾け飛んだらどうするんですか!」
アンが悲鳴のような声を上げながら、私のウエスト周りを格闘家のような手つきで締め上げる。
今日の私は、婚礼用の純白のドレス――ではなく、その土台となるコルセットの試着中だ。
「無茶を言わないで、アン。さっきハンスさんが『試作品のローストポーク』を三皿も持ってきたのがいけないのよ。美味しいものを目の前にして、胃袋を縮小させるなんて淑女の冒涜だわ」
「淑女は朝からローストポークを三皿も食べません! あぁもう、せっかくの最高級シルクが、お嬢様の食欲のせいで悲鳴を上げていますわ!」
私が鏡の前で「ふんっ!」とお腹に力を入れた瞬間、パチンと小気味よい音がして、腰元のボタンが一つ、宙を舞った。
それは優雅に放物線を描き、部屋の隅で控えていたセバスチャンさんの額にクリーンヒットした。
「……お見事です、カルア様。狙い通りの狙撃ですね。……衣装係! ボタンの強度を三倍に、いえ、特注の鋼鉄製に変更するように」
「セバスチャンさんまで、失礼しちゃうわ。私はただ、幸せが体内に充満しているだけですのよ」
私がガッツポーズを決めようと腕を上げた瞬間、さらに「ミリッ」という不穏な音が響いた。
アンの顔から血の気が引いていく。
そんなカオスな着替え室の扉を叩き、料理長のハンスが巨大な羊皮紙を抱えて入ってきた。
彼の顔は、戦場へ向かう将軍のように悲壮な決意に満ちている。
「嬢ちゃん……。いや、未来の公爵夫人。例の『肉のケーキ』の設計図が出来上がったぜ。……見てくれ、こいつを」
ハンスが机の上に広げたのは、もはやケーキの図面ではなく、何かの要塞の建築計画書だった。
「まず土台は、三日間じっくり煮込んだ特製コンビーフを圧縮して固める。その上に、厚さ十センチのステーキを十二段。隙間を埋めるのは、マッシュポテトと見せかけて、すべて挽肉のパテだ。表面はベーコンで編み込み、仕上げに金箔を塗った骨付きあばら肉を百本突き立てる!」
「……まあ! なんて攻撃的で美しいフォルムかしら!」
私は目を輝かせ、図面にかじりついた。
「でもハンスさん。これでは高さが三メートルしかありませんわ。会場の天井、もっと高いでしょう? せっかくなら、公爵様の威厳に合わせて、シャンデリアに届くくらいの高さにしましょうよ。一番上には、王冠を模したローストチキンを丸ごと一羽乗せて!」
「嬢ちゃん、無茶言うな! 自重で下のステーキがミンチになっちまうぞ!」
「そこは根性ですわ! お肉の結束力を信じなさいな!」
「肉の結束力だと……!? ……くっ、やってやろうじゃねえか! 俺の料理人人生を賭けて、世界一重いケーキを焼き上げてやるぜ!」
ハンスが拳を握り、炎のような情熱を瞳に宿した。
料理人と悪役令嬢が、肉の要塞を前にして意気投合する。
その様子を見ていたアンは、ついに膝から崩れ落ちた。
「……もうダメだ。この屋敷には、まともな神経の人が一人もいない……」
「おやおや。アン様、諦めるのはまだ早いですよ。……真打ちの登場です」
セバスチャンが扉を開けると、そこには正装に身を包んだゼノス公爵が立っていた。
相変わらずの強面だが、その手には宝石箱ではなく、なぜか巨大な「肉切り包丁」が握られている。
「……カルア。ハンスから聞いたぞ。ケーキの高さが足りないらしいな」
「公爵様! そうなのです。一生に一度の結婚式ですもの。参列者全員が、肉の壁を見上げて絶望……いえ、圧倒されるようなものにしたいのですわ!」
「……ふむ。ならば、隣国の王から贈られたあの巨大な『岩塩の柱』を芯に使うのはどうだ? あれを軸にすれば、高さ五メートルまでは耐えられるはずだ」
「公爵様、天才ですわ! さすがは私のパーソナル・セキュリティ!」
「……それと。ケーキカットの際、普通のナイフでは肉の層を貫通できん。特注の『大剣』を用意させた。これなら、一振りで百人分の肉を切り分けられるだろう」
ゼノス公爵が、ギラリと光る大剣を抜いて見せた。
もはや結婚式ではなく、討伐クエストの準備である。
「……旦那様。……貴方も、お嬢様に毒されすぎです」
セバスチャンが深いため息をついたが、ゼノス公爵はどこ吹く風だ。
彼は私の隣に歩み寄り、コルセットの限界を迎えつつある私の腰を、優しく(しかしがっしりと)抱き寄せた。
「いいか、カルア。当日、貴様が腹一杯になれないような式なら、挙げる意味がない。……衣装が破れようが、ケーキが崩れようが、俺がすべてを力でねじ伏せてやる。だから貴様は、その悪役顔で最高に笑っていろ」
「公爵様……! 好きですわ! お肉の次に、いえ……同じくらい大好きですわ!」
「……お肉と同等か。……まあいい。最大級の賛辞として受け取っておこう」
ゼノス公爵が不器用に、しかし以前よりもずっと自然な微笑みを浮かべた。
私は彼の手を取り、二人で声を揃えて叫んだ。
「「よっしゃあああああ!!」」
屋敷中に響き渡るダブル・ガッツポーズ。
こうして、ガルシア公爵邸の全総力を挙げた「肉の要塞結婚式」の準備は、爆音と肉の焼ける匂いと共に、クライマックスへと向かっていった。
明日はついに、世界で一番美しく、そして一番「凶悪な」結婚式。
私は夢の中で、山のような肉の雨に降られる自分を想像しながら、アンの制止を振り切って四皿目のローストポークに手を伸ばしたのである。
アンが悲鳴のような声を上げながら、私のウエスト周りを格闘家のような手つきで締め上げる。
今日の私は、婚礼用の純白のドレス――ではなく、その土台となるコルセットの試着中だ。
「無茶を言わないで、アン。さっきハンスさんが『試作品のローストポーク』を三皿も持ってきたのがいけないのよ。美味しいものを目の前にして、胃袋を縮小させるなんて淑女の冒涜だわ」
「淑女は朝からローストポークを三皿も食べません! あぁもう、せっかくの最高級シルクが、お嬢様の食欲のせいで悲鳴を上げていますわ!」
私が鏡の前で「ふんっ!」とお腹に力を入れた瞬間、パチンと小気味よい音がして、腰元のボタンが一つ、宙を舞った。
それは優雅に放物線を描き、部屋の隅で控えていたセバスチャンさんの額にクリーンヒットした。
「……お見事です、カルア様。狙い通りの狙撃ですね。……衣装係! ボタンの強度を三倍に、いえ、特注の鋼鉄製に変更するように」
「セバスチャンさんまで、失礼しちゃうわ。私はただ、幸せが体内に充満しているだけですのよ」
私がガッツポーズを決めようと腕を上げた瞬間、さらに「ミリッ」という不穏な音が響いた。
アンの顔から血の気が引いていく。
そんなカオスな着替え室の扉を叩き、料理長のハンスが巨大な羊皮紙を抱えて入ってきた。
彼の顔は、戦場へ向かう将軍のように悲壮な決意に満ちている。
「嬢ちゃん……。いや、未来の公爵夫人。例の『肉のケーキ』の設計図が出来上がったぜ。……見てくれ、こいつを」
ハンスが机の上に広げたのは、もはやケーキの図面ではなく、何かの要塞の建築計画書だった。
「まず土台は、三日間じっくり煮込んだ特製コンビーフを圧縮して固める。その上に、厚さ十センチのステーキを十二段。隙間を埋めるのは、マッシュポテトと見せかけて、すべて挽肉のパテだ。表面はベーコンで編み込み、仕上げに金箔を塗った骨付きあばら肉を百本突き立てる!」
「……まあ! なんて攻撃的で美しいフォルムかしら!」
私は目を輝かせ、図面にかじりついた。
「でもハンスさん。これでは高さが三メートルしかありませんわ。会場の天井、もっと高いでしょう? せっかくなら、公爵様の威厳に合わせて、シャンデリアに届くくらいの高さにしましょうよ。一番上には、王冠を模したローストチキンを丸ごと一羽乗せて!」
「嬢ちゃん、無茶言うな! 自重で下のステーキがミンチになっちまうぞ!」
「そこは根性ですわ! お肉の結束力を信じなさいな!」
「肉の結束力だと……!? ……くっ、やってやろうじゃねえか! 俺の料理人人生を賭けて、世界一重いケーキを焼き上げてやるぜ!」
ハンスが拳を握り、炎のような情熱を瞳に宿した。
料理人と悪役令嬢が、肉の要塞を前にして意気投合する。
その様子を見ていたアンは、ついに膝から崩れ落ちた。
「……もうダメだ。この屋敷には、まともな神経の人が一人もいない……」
「おやおや。アン様、諦めるのはまだ早いですよ。……真打ちの登場です」
セバスチャンが扉を開けると、そこには正装に身を包んだゼノス公爵が立っていた。
相変わらずの強面だが、その手には宝石箱ではなく、なぜか巨大な「肉切り包丁」が握られている。
「……カルア。ハンスから聞いたぞ。ケーキの高さが足りないらしいな」
「公爵様! そうなのです。一生に一度の結婚式ですもの。参列者全員が、肉の壁を見上げて絶望……いえ、圧倒されるようなものにしたいのですわ!」
「……ふむ。ならば、隣国の王から贈られたあの巨大な『岩塩の柱』を芯に使うのはどうだ? あれを軸にすれば、高さ五メートルまでは耐えられるはずだ」
「公爵様、天才ですわ! さすがは私のパーソナル・セキュリティ!」
「……それと。ケーキカットの際、普通のナイフでは肉の層を貫通できん。特注の『大剣』を用意させた。これなら、一振りで百人分の肉を切り分けられるだろう」
ゼノス公爵が、ギラリと光る大剣を抜いて見せた。
もはや結婚式ではなく、討伐クエストの準備である。
「……旦那様。……貴方も、お嬢様に毒されすぎです」
セバスチャンが深いため息をついたが、ゼノス公爵はどこ吹く風だ。
彼は私の隣に歩み寄り、コルセットの限界を迎えつつある私の腰を、優しく(しかしがっしりと)抱き寄せた。
「いいか、カルア。当日、貴様が腹一杯になれないような式なら、挙げる意味がない。……衣装が破れようが、ケーキが崩れようが、俺がすべてを力でねじ伏せてやる。だから貴様は、その悪役顔で最高に笑っていろ」
「公爵様……! 好きですわ! お肉の次に、いえ……同じくらい大好きですわ!」
「……お肉と同等か。……まあいい。最大級の賛辞として受け取っておこう」
ゼノス公爵が不器用に、しかし以前よりもずっと自然な微笑みを浮かべた。
私は彼の手を取り、二人で声を揃えて叫んだ。
「「よっしゃあああああ!!」」
屋敷中に響き渡るダブル・ガッツポーズ。
こうして、ガルシア公爵邸の全総力を挙げた「肉の要塞結婚式」の準備は、爆音と肉の焼ける匂いと共に、クライマックスへと向かっていった。
明日はついに、世界で一番美しく、そして一番「凶悪な」結婚式。
私は夢の中で、山のような肉の雨に降られる自分を想像しながら、アンの制止を振り切って四皿目のローストポークに手を伸ばしたのである。
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