婚約破棄された悪役令嬢は、自由になって最高にハイです。

ちゃっぴー

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「……理解不能(エラー)です」

アデレード公爵邸の執務室。
私は手にした「週刊・王都トレンド情報」という新聞を読みながら、眉間に深い皺を寄せていた。

「どうした、マーガレット。またテオドール陛下が『キノコの研究予算を倍増したい』とねだったのか?」

向かいの席で、サイラス様が紅茶を飲みながら尋ねる。

「いいえ。陛下は昨日、私が『予算が欲しいなら新種のトリュフを見つけてきなさい』と言ったら、今朝本当に見つけてきたので褒めてあげたところです」

「有能な探索犬だな……。で、何が不満なんだ?」

「これです」

私は新聞をサイラス様に突きつけた。
一面トップ記事。
そこには、デカデカとこう書かれていた。

『空前の大ブーム! 謎の吟遊詩人コンビ「泥団子」が熱い! 彼らの前衛的すぎる芸術に、全米が(※この大陸の民が)泣いた!』

「……泥団子?」

「記事によると、王都の下町を中心に活動する大道芸人だそうです。そのパフォーマンスがあまりに『魂を揺さぶる』と評判になり、今やチケット(投げ銭)の争奪戦が起きているとか」

「ほう。民衆の娯楽にしては熱狂的だな。……で、その正体は?」

「写真を見てください」

サイラス様が新聞に目を落とす。
そこには、ボロボロの衣装を着て、何とも言えないドヤ顔でポーズを決めるジェラルドと、タンバリンを頭に乗せたミミの姿が写っていた。

「……ぶっ!」

サイラス様が紅茶を吹き出した。

「こ、これは……あのバカ二人か!?」

「はい。どうやら彼ら、『芸』で食っていく覚悟を決めたようです。それは良いのですが……問題はこの『評価』です」

私は記事の続きを指差した。

『特に、歌姫ミミの紡ぐ詩(ポエム)は、現代社会の閉塞感を鋭く切り取るナイフのようだ。彼女の代表作「ジャガイモの叫び」は、労働者階級の聖書(バイブル)となりつつある』

「……ジャガイモの叫び?」

「意味がわかりません。確かめに行きますよ、サイラス様。もし彼らが変な思想を広めて扇動しているなら、即刻取り締まらなければなりません」

   ◇

私たちは変装をして、王都の中央広場へと向かった。
そこは、すでに黒山の人だかりだった。
熱気がすごい。
老若男女、貴族から平民までが、仮設ステージを食い入るように見つめている。

「さあ! 聞いてください! 僕たちの魂の叫びを!」

ステージ上には、ライト(魔道具)を浴びて輝くジェラルドの姿があった。
彼は以前よりも少し痩せ、精悍な顔つきになっている。
手には剣……ではなく、大根を持っている。

「生きることは! 食べることだ! そして食べることは! 戦いだ!」

ジェラルドが大根を振り回すと、観客が「ウオオオオ!」と拳を突き上げた。

「……なんだあの演出は。野菜の即売会か?」

「静かに。……ミミ様が出てきます」

ジェラルドが膝をつき、手を差し伸べる。
舞台袖から、ミミがゆっくりと歩み出てきた。
彼女の衣装は、ツギハギだらけの麻袋で作ったドレス。
しかし、その表情はかつてないほど真剣――いや、何かが憑依したように虚ろだった。

「……聞いてください。新作、『皮剥きのブルース』」

ミミがマイクを握りしめ、語り始めた。

『痛い……爪が痛い……
 私のネイルは剥がれ落ちた
 ピンク色の夢と一緒に
 排水溝へ流れていった』

ポロン……ポロン……。
ジェラルドが悲しげな音色でリュート(弦楽器)を爪弾く。
リズムが合っていないが、それが逆に不協和音としての不安感を煽る。

『でもね 見て
 剥いた後のジャガイモは
 あんなに白くて つるつるで
 まるで赤ちゃんのほっぺみたい』

ミミの声が震える。

『私は知ったの
 飾り立てた皮の下にこそ
 本当の栄養(デンプン)があるってこと
 ドレスなんていらない
 私は……私は……
 ただのイモになりたい』

ジャーン!!
ジェラルドが激しく弦をかき鳴らす。

『イモ万歳! 炭水化物万歳! 愛はカロリーだぁぁぁ!!』

ミミが絶叫し、タンバリンをバリーン!と叩き割った。

シーン……。

広場が一瞬、静寂に包まれた。
私は口を開けて固まっていた。
何を言っているんだ、この女は。
支離滅裂にも程がある。

しかし。

「……う、ううっ……!」

隣にいた肉屋の親父が、涙を流していた。

「わかる……わかるぞぉ! 俺たちも毎日、皮を被って生きてるんだ! でも中身はイモなんだよなぁ!」

「感動した! 飾らない言葉が胸に刺さる!」
「彼女こそ、我らの代弁者だ!」

ワアアアアアッ!!
割れんばかりの拍手喝采。
お捻りの雨がステージに降り注ぐ。
銅貨、銀貨、中には金貨も混じっている。

「ありがとう! みんな愛してるー!」
「野菜食べてねー!」

ジェラルドとミミが手を振って応える。
その姿は、まごうことなき「スター」だった。

「……」
「……」

広場の隅で、私とサイラス様は顔を見合わせた。

「……サイラス様。解析をお願いします。これは集団催眠でしょうか?」

「いや……認めたくないが、これは『芸術(アート)』だ」

サイラス様が眼鏡を押し上げた。

「ミミ嬢のあの、論理性を欠落させた幼児のような言葉選び。それが逆に、理屈でがんじがらめにされた現代人の心に、ストレートに届いているようだ。『意味はわからないが、なんか凄い』と思わせる力がある」

「なるほど。天然ボケが一周回って哲学になったと」

「そしてジェラルド殿下だ。彼の無駄に良い声と、大げさな演技力が、ミミ嬢の電波な詩を『高尚な物語』に昇華させている。……最悪で最高のコンビネーションだ」

私たちはステージを見上げた。
そこには、王城にいた頃よりもずっと生き生きとした二人の笑顔があった。
誰かの役に立ち、誰かに求められる喜び。
それを、彼らは「バカになる」ことで手に入れたのだ。

「……負けましたね」

私は扇を閉じた。

「規制するのは野暮というものです。それに、これだけの経済効果(投げ銭)があるなら、課税対象として保護すべきでしょう」

「ああ。娯楽税を徴収しよう。……それにしても」

サイラス様が苦笑する。

「『私はイモになりたい』か。……彼女、意外と詩人の才能があったんだな」

「ええ。ジェラルド殿下のポエム添削をしていた私が言うのもなんですが……殿下の『星が泣いている』よりは、よほど心に響きましたよ」

   ◇

公演終了後。
私たちは楽屋(テント)を訪ねた。

「お疲れ様。大盛況だったわね」

「あ! マーガレット様!」
「おお! 見に来てくれたのか!」

二人は汗だくのまま飛びついてきた(今回は避けないであげた)。

「どうだった!? 僕たちのステージ!」

「ええ。驚きました。まさかミミ様に、あんな前衛的な作詞センスがあったとは」

「えへへ、そうかなぁ? ただ、畑で思ったことを書いただけなんだけど」

ミミが照れくさそうに笑う。
天性のアーティスト気質だ。

「ジェラルド殿下の伴奏も、まあ……味がありましたよ。不協和音が」

「あえて外したんだ! これを『ジャズ』って言うらしいぞ!」

「(ただ下手なだけでしょうけど……)」

私は咳払いをして、本題に入った。

「それで、お二人とも。王城に戻る気はありませんか? 宮廷詩人として雇ってもいいですが」

テオドール国王も、彼らの芸なら喜ぶかもしれない。
しかし、二人は顔を見合わせ、首を横に振った。

「ううん。私たちはここがいい」

ミミがきっぱりと言った。

「お城のベッドはフカフカだけど、ここでお客さんの笑顔を見る方が、胸がフカフカするの」

「そうだ。それに、僕たちはまだ修行の身だ。世界中を回って、もっともっと『イモの真理』を広めなきゃいけないんだ!」

ジェラルドが遠い目をする。
イモの真理って何だ。

「そうですか。……わかりました」

私は懐から、一枚の紙を取り出した。

「これは?」

「『アデレード公爵家公認・特別芸能活動許可証』です。これがあれば、国内どこの街でも自由に興行ができます。関所もフリーパスです」

「えっ! いいの!?」

「ただし、売上の二割は納税すること。あと、歌詞の中に『現政権批判』を入れないこと。守れますか?」

「もちろんだ! ありがとうマーガレット! 君はやっぱり最高のママ……じゃなくて、スポンサーだ!」

ジェラルドが私の手を握りしめ、ブンブンと振った。
ミミもサイラス様に抱きつこうとして、眼鏡ビームで制止されている。

「じゃあね! 次は北の国へ行くよ! あそこは大根が美味しいらしいから!」

「達者でな。野垂れ死ぬなよ」

私たちは二人を見送った。
彼らは荷物をまとめた荷馬車に乗り込み、夕日の中へと旅立っていった。
荷台には、ファンから貰った大量の野菜が積まれている。
もう、飢えることはないだろう。

「……さて」

私はサイラス様を振り返った。

「私たちも戻りましょうか。今日はテオドール陛下の『図書購入リスト』のチェックがありますから」

「ああ。……その前に、少しだけ寄り道しないか?」

「寄り道?」

「さっきの屋台で、焼きトウモロコシが売っていた。……あの二人の歌を聴いていたら、無性に食べたくなってな」

「ふふっ、私もです。イモも追加しましょう」

私たちは手を繋ぎ、賑わう広場へと戻っていった。
かつては「悪役令嬢」と「バカ王子」と「性悪ヒロイン」だった私たち。
それぞれが、それぞれの場所で、自分らしい花を咲かせている。

雑踏の中で食べるトウモロコシは、高級フレンチよりもずっと、甘くて温かい味がした。
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