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「……閣下。一つ、非常に合理的な提案があるのですが、よろしいでしょうか」
「なんだい、リコ。明日の結婚式の誓いの言葉を『異議なし』に変更したいという話かな?」
「いいえ。……『明日の式を無期限延期し、私は今すぐ有給休暇を消化するために隣国の温泉地へ旅立つ』という提案ですわ」
私は、執務室に運び込まれた純白のウェディングドレスを指差しながら、死んだ魚のような目で言った。
ドレスは素晴らしい。最高級のシルク、贅沢な刺繍、そして魔導職人が一ヶ月不眠不休で編み上げたという防護結界付きのベール。
だが、その袖口には今もなお、私の自由を奪い続ける『銀の鎖』が繋がっている。
「却下だ。……リコ、逃げ出そうとするのはこれで五十七回目だよ。いい加減、観念して私の腕の中に飛び込んできたらどうだい?」
「数えないでください! 私はただ、独身の自由という貴重な資産を、貴方という名の不当な債務者に差し出すのを躊躇っているだけですわ!」
私は鎖をジャラリと鳴らし、窓の方をチラリと見た。
実は、今夜のために『ジャック(第24話で雇った元暗殺者)』に特注の脱出用ロープを中庭に用意させてある。
「……ふふ。リコ、窓の外を気にしているようだけど、あそこにあるロープなら、先ほどミナ嬢が『強度テスト』という名目で、ギルバート君を吊るすのに使ってしまったよ」
「……何ですって?」
「ミナ様ぁ! 殿下がロープを噛みちぎって逃げようとしてますぅ!」
遠くからジャックの叫び声が聞こえてくる。
あの元暗殺者、私の味方じゃなかったんですの!?
「……ジャックも、今や私の忠実な部下だからね。……リコ、君が雇った人材は皆、君が幸せになることを願っているんだよ。……物理的に逃げ道を塞ぐという形でね」
「……余計なお世話ですわよ!」
私は絶叫し、最後の手段に出た。
隠し持っていた『鎖の鍵』をポケットから取り出し、一気に手首の錠を開ける!
カチャリ。
「……あ」
外れた。ついに外れたわ!
「……ふふふ。……閣下! 今度こそ私の勝利ですわ! さらば、ブラック王城! さらば、変態宰相! 私は温泉に沈みますわぁぁぁ!」
私はスカートを捲り上げ、開いた窓へ全力疾走した。
だが。
ガシッ。
「……え?」
窓から飛び降りる寸前、私の腰に強い力がかかり、宙に浮いた。
「……おっと。危ないじゃないか、リコ」
振り返ると、そこには外れたはずの鎖の端を、悠然と握っているシリウス様の姿があった。
鎖の先を見ると……外れたはずの手錠が、いつの間にか私の『薬指の指輪』と魔力で繋がっているではないか!
「なっ……!? これ、どういうことですの!?」
「予備の鍵を盗まれた時から、指輪に『予備の係留魔法』を組み込んでおいたんだ。……君の手首が自由になっても、指輪が繋がっている限り、君は私の半径三メートルから出られない」
シリウス様は、宙ぶらりんの私を優しく(強引に)引き寄せ、その胸の中に着地させた。
「……リコ。君の『想定内の逃亡』は、私にとって最高の前夜祭だよ。……だが、そろそろ諦めてくれないかな。……明日の式、君がいないと私が世界中から笑われてしまう」
「……閣下が笑われるくらいなら、国民の娯楽になってちょうどよろしいじゃないですか」
「ふふ。……冷たいね。……だが、そんな君だからこそ、私は一生をかけて君を閉じ込めておきたいんだ」
シリウス様が、私の首筋に熱い吐息を吹きかける。
鎖が短く鳴り、逃げ場は完全に断たれた。
「……はぁぁぁ。……負けました。……もう逃げませんわよ。……ただし、明日の披露宴の料理、私が監修した『ソルディア特産・超高級牛肉のステーキ』が出てこなかったら、誓いのキスの瞬間に貴方の舌を噛み切りますからね」
「……手厳しいな。……だが、望むところだ」
シリウス様は、満足げに私の唇に指を触れた。
「……さあ、リコ。……最後の独身の夜だ。……一晩中、愛の契約書(という名の口説き文句)を読み聞かせてあげよう」
「……寝かせてください、変態宰相!!」
私の叫びは、豪華な寝室のカーテンに吸い込まれていった。
脱走計画、失敗。
翌朝、私は全職員の(そしてミナ様の狂気じみた)祝福を受けながら、この男の妻になることが確定した。
悪役令嬢リコの「独身生活」という名の資産は、今日、完全に「共有財産」へと書き換えられることになったのである。
「なんだい、リコ。明日の結婚式の誓いの言葉を『異議なし』に変更したいという話かな?」
「いいえ。……『明日の式を無期限延期し、私は今すぐ有給休暇を消化するために隣国の温泉地へ旅立つ』という提案ですわ」
私は、執務室に運び込まれた純白のウェディングドレスを指差しながら、死んだ魚のような目で言った。
ドレスは素晴らしい。最高級のシルク、贅沢な刺繍、そして魔導職人が一ヶ月不眠不休で編み上げたという防護結界付きのベール。
だが、その袖口には今もなお、私の自由を奪い続ける『銀の鎖』が繋がっている。
「却下だ。……リコ、逃げ出そうとするのはこれで五十七回目だよ。いい加減、観念して私の腕の中に飛び込んできたらどうだい?」
「数えないでください! 私はただ、独身の自由という貴重な資産を、貴方という名の不当な債務者に差し出すのを躊躇っているだけですわ!」
私は鎖をジャラリと鳴らし、窓の方をチラリと見た。
実は、今夜のために『ジャック(第24話で雇った元暗殺者)』に特注の脱出用ロープを中庭に用意させてある。
「……ふふ。リコ、窓の外を気にしているようだけど、あそこにあるロープなら、先ほどミナ嬢が『強度テスト』という名目で、ギルバート君を吊るすのに使ってしまったよ」
「……何ですって?」
「ミナ様ぁ! 殿下がロープを噛みちぎって逃げようとしてますぅ!」
遠くからジャックの叫び声が聞こえてくる。
あの元暗殺者、私の味方じゃなかったんですの!?
「……ジャックも、今や私の忠実な部下だからね。……リコ、君が雇った人材は皆、君が幸せになることを願っているんだよ。……物理的に逃げ道を塞ぐという形でね」
「……余計なお世話ですわよ!」
私は絶叫し、最後の手段に出た。
隠し持っていた『鎖の鍵』をポケットから取り出し、一気に手首の錠を開ける!
カチャリ。
「……あ」
外れた。ついに外れたわ!
「……ふふふ。……閣下! 今度こそ私の勝利ですわ! さらば、ブラック王城! さらば、変態宰相! 私は温泉に沈みますわぁぁぁ!」
私はスカートを捲り上げ、開いた窓へ全力疾走した。
だが。
ガシッ。
「……え?」
窓から飛び降りる寸前、私の腰に強い力がかかり、宙に浮いた。
「……おっと。危ないじゃないか、リコ」
振り返ると、そこには外れたはずの鎖の端を、悠然と握っているシリウス様の姿があった。
鎖の先を見ると……外れたはずの手錠が、いつの間にか私の『薬指の指輪』と魔力で繋がっているではないか!
「なっ……!? これ、どういうことですの!?」
「予備の鍵を盗まれた時から、指輪に『予備の係留魔法』を組み込んでおいたんだ。……君の手首が自由になっても、指輪が繋がっている限り、君は私の半径三メートルから出られない」
シリウス様は、宙ぶらりんの私を優しく(強引に)引き寄せ、その胸の中に着地させた。
「……リコ。君の『想定内の逃亡』は、私にとって最高の前夜祭だよ。……だが、そろそろ諦めてくれないかな。……明日の式、君がいないと私が世界中から笑われてしまう」
「……閣下が笑われるくらいなら、国民の娯楽になってちょうどよろしいじゃないですか」
「ふふ。……冷たいね。……だが、そんな君だからこそ、私は一生をかけて君を閉じ込めておきたいんだ」
シリウス様が、私の首筋に熱い吐息を吹きかける。
鎖が短く鳴り、逃げ場は完全に断たれた。
「……はぁぁぁ。……負けました。……もう逃げませんわよ。……ただし、明日の披露宴の料理、私が監修した『ソルディア特産・超高級牛肉のステーキ』が出てこなかったら、誓いのキスの瞬間に貴方の舌を噛み切りますからね」
「……手厳しいな。……だが、望むところだ」
シリウス様は、満足げに私の唇に指を触れた。
「……さあ、リコ。……最後の独身の夜だ。……一晩中、愛の契約書(という名の口説き文句)を読み聞かせてあげよう」
「……寝かせてください、変態宰相!!」
私の叫びは、豪華な寝室のカーテンに吸い込まれていった。
脱走計画、失敗。
翌朝、私は全職員の(そしてミナ様の狂気じみた)祝福を受けながら、この男の妻になることが確定した。
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