伝わる文章術

メールでの「書き言葉」は「話し言葉」の3倍強い

2018.10.11 公式 伝わる文章術 第13回
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そんなつもりではなかった

長い付き合いの友人が、ある組織のトップに就任したときお祝いのメールに「あなたがトップになるとは意外でした」と書いたことがあります。

意図するところは、出世欲の薄い人だったので巨大組織のトップになったことが意外ということと、強く自己主張しない人もきちんと評価する日本には珍しい質のよい組織ですねということでした。ところが何年か後に聞いた話では、本人は「けっこう頑張った!」という気持ちでいただけに、見くびられたと感じすこしショックだったそうです。
ほんの小さな言葉のすれ違いで、人間関係が壊れることは珍しくありません。

軽い気持ちで送ったメールが人間関係の悪化を招くという最悪の事態を防ぐには、いくつかの基本を押さえておく必要があります。私の場合、前述のトップの話を聞いてから、かなり親しい間柄であっても、「メールはていねいに」を基本とするよう心がけています。
メールの基本は、今回のテーマである「書き言葉は話し言葉より3倍強く伝わる」も、そのひとつです。

「話し言葉」は時間の経過とともに流れて行ってしまいますが、書き言葉はそこに留まるということが背景にある理由かと思います。メールのやりとりは、その即時性から会話に近い印象を抱きがちですが、事実は書き言葉ですから、会話で交わされる言葉とは異なった印象で相手へ伝わるということに気を配る必要があります。「話し言葉」のつもりで、メールを書いてしまうと思わぬ地雷を踏みかねません。

といって手紙のような文章では堅苦しく、メールのよさが生かせないということで、登場したのが、絵文字や(笑)などというメール独自の表現だろうと思います。これらは書き文字の強さを和らげるためのショックアブソーバー、クッションの効果を発揮しているといえましょう。

「してください」は「していただくと助かる」に

とはいえビジネスシーンのメールでは、そうそう絵文字や(笑)など多用できません。そのため文章の工夫で、印象面での誤解を避ける、印象を和らげる技術は、ビジネスパーソンにとって大切なスキルといえます。たとえばお願いのメールでも、文章表現の違いで印象は大分変ります。

<文例A 特に気を使わないメール>
お世話になっております。
ご請求書は15日までに送ってください。
よろしくお願いいたします。

支払う側(お客)、請求する側(業者)という関係ですから、あまりメールに気を使わなくてよいともいえますが、それでもお客だからと上から目線でメールを書いていると思われるのはよい効果をもたらしません。上記のメールだと、ほんのすこし言葉を加えるだけで印象はずいぶん変わります。

<文例B すこし気を使ったメール>
お世話になっております。
弊社の締めの関係上、ご請求書は15日までに送っていただけると助かります。
どうぞよろしくお願いいたします。

「〇〇してください」というのは、言葉はていねいですが、結局「やれ」という指示命令です。一方、「〇〇していただけると助かります」というのは、やってほしいことは同じですが、やってくれる人に対する尊重の意が感じられますし、やってくれることへの感謝の意も覚えます。

「してください」を「していただけると助かります」、あるいは「していただけると幸いです」に置き換えるのは大した手間ではありません。
それで相手によい印象を与えることができるのであれば、そのほうが得だと思います。

ダメというのはダメ

何かを断るとき会話の最中であれば、「う~ん」と唸っているうちに相手が事情を忖度して、それで一件落着。あるいは「難しいかなあ……」と答えをあいまいにしていても「空気」で伝わりますが、メールでは言葉で白黒つけないといけない場合があります。

たとえば取り引き先から見本市の招待を受けたとき、スケジュールが合わず出席できない返事をするとします。

<文例C 普通の断りのメール>
せっかくのご案内ですが、都合が合わないため欠席いたします。
見本市のご成功を祈念いたします。

<文例D すこし気を使った印象のメール>
せっかくのご案内ですが、この日だけはスケジュール変更がかなわないため、誠に残念ながら欠席とさせていただきたく存じます。
見本市のご成功を祈念いたします。
後日、見本市のご様子、新情報などお聞きかせいただけましたら幸いです。

どちらもNGはNGなのですが、後者のメールのほうが相手に対する尊重の気持ちは伝わるのではないでしょうか。
ネガティブな言葉は、会話中でもネガティブな印象を与えますが、書き言葉ではさらに負の印象が強くなりがちです。したがってダメ、イヤ、キライなどのネガティブ言葉は、できるだけ避けたほうが安全ということができます。

<文例E ネガティブ言葉のメール>
今回、納期に間に合わないということでガッカリです。
ダメですね。
来週に納期を延長しましたので、必ず間に合わせてください。

怒りは伝わりますが、結論は出ているのですから、ここで恨み言を並べても何ら建設的なことにつながらないだけでなく、ガッカリとダメというネガティブ言葉ばかりが強く脳裏に焼き付きます。

ただでさえ納期遅れでへこんでいるところに、こんなメールをもらったら、ガッカリさせてしまったか、ダメなのか、と来週の納期に向かって頑張ろうという意欲まで阻喪(そそう)してしまいそうです。メールの意図は、「来週の納期には間に合わせてほしい」にあるのですから、そこを正しく伝える必要があります。ダメやガッカリは必要ありません。

<文例F すこし気を使ったメール>
今回、大きく期待をしていましたので、納期に間に合わないことは残念ですが、改めて納期を来週に延ばしお待ちすることにいたしました。
来週の納期には、これまで通りの優れた品質の品が届くことを心待ちしております。

この段階での最善の結果は、来週の納期までに最高の品質の品が届くことですから、ガッカリとかダメとか、強いネガティブ言葉で相手を腐らせるより、メールではこの状況からモチベーションを高めることに気を配るべきと思います。

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プロフィール

亀谷敏朗
亀谷敏朗

1984年中堅ビジネス書出版社だった中経出版に入社。本づくりのかたわらセミナー事業、コンサルティング・ビジネスにも携わる。また、在職中は中小企業から一部上場企業までを横断した、企業内の教育担当者の異業種交流会を主催した。
2004年フリーの出版プロデューサーとして独立。主にビジネス書作家のデビューを支援する。
支援の一環として、新人作家の原稿づくりのアドバイスを手掛けたことから、改めて伝わる文章の研究を始める。
「名文は要らない」、「読者と編集の立場から見たわかりやすい文章」に軸足を置いた方向で、新人作家には文章の書き方をアドバイスしている。

著書

ちょっとしたことで差がつくメールの書き方

ちょっとしたことで差がつくメールの書き方

亀谷敏朗 /
「短く、シンプルでスピーディーなメール術」を、数多くの実例を交えて解説する...
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