【女性作家の活躍とエンタメ小説隆盛の時代】芥川賞、直木賞受賞作に見る平成文学のあゆみ

2024.04.26 Wedge ONLINE

 文学にはジェンダー問題はあまりないように感じていたが、平成とそれ以前の30年、芥川賞・直木賞受賞作家の男女比率がどれくらいになるのか調べてみたところ、昭和が男性76%、女性24%だったのに対し、平成になると男性60%、女性40%と、やはり女性の社会進出は文学のジャンルにも表れたことがうかがえる。

 なぜこんな数字から入ったか─。私が編集者時代に両賞に直接かかわった経験から、平成に入ってしばらく、女性の作家が主に直木賞を舞台に次々と登場し、華々しい活躍を示すようになった、そんな印象を持っていたからだ。改めて受賞者の一覧を眺め、それが間違っていないと確かめられた。

今、なぜ、平成という時代を振り返る必要があるのか?

 平成前期の10年、直木賞の女性受賞者は7人に過ぎないものの、中に高村薫、小池真理子、坂東眞砂子といった作家たちが、多くの読者を獲得してエンターテインメント小説の世界を活気づけた。その掉尾を飾ったのが1998年、宮部みゆきの受賞だった。

 高村薫の登場はミステリーファンを超えて衝撃をもたらした。受賞作『マークスの山』はじめ、その作風は男性的かつ理知的であり、社会の歪みを告発する姿勢が鮮明だった。松本清張や水上勉ら、昭和の暗部を描いた社会派ミステリーの系譜に女性が華々しく登場してきたことは、多くの小説ファンを興奮させたと言っていい。高村は時代の寵児となり、大きな事件が起こるたびに大新聞からコメントを求められる存在となった。

 女性作家輩出の流れは続き、先に挙げた他に、乃南アサや篠田節子らが時代にふさわしい女性主人公を描いて登場してくる。そうして現れたのが宮部みゆきであり、出世作『火車』にみられるような社会性のみならず、世の中の目立たない場所で生きる人々に視点をあてたミステリーが空前の読者を獲得してゆく。

 高村薫に始まり宮部みゆきに至る、女性によるエンタメ小説の隆盛が平成前期の文学を特徴付けたと言っていい。

世界に誇る
日本ミステリーの金字塔

 私が直木賞選考会の司会を務めたのは平成半ばの2004年上期(年2回ある)から06年下期だった。

容疑者Xの献身
東野圭吾
文藝春秋 803円(税込)
第134回直木賞、第6回本格ミステリ大賞受賞。2005年8月の単行本発売から累計299万部を超えるベストセラー。

 この間の第134回の受賞作が東野圭吾『容疑者Xの献身』である。日本ミステリーの金字塔とも言えるこの傑作が、平成中期の文学を代表する話題作であった。福山雅治主演で映画化、大ヒットしたから記憶している方も多いだろう。

 この小説は私が編集長をしていた雑誌『オール讀物』で連載されていた。会うたびに東野さんはこう口にした。

「世界にも日本にも、かつて例のないトリックを描きます」

 孤独な人生を送る数学者が、隣に住む母娘が犯した不幸な殺人を隠蔽するため、警察と天才物理学者(ご存じガリレオ先生)相手に死力を尽くす。まさにかつてないトリックが展開されてゆくのだが、そうしたミステリー的魅力と別に、私が魅了されたのは作品の底に流れる作家の人間洞察の深さだった。なぜ、挨拶する程度の隣人のために数学者は自ら殺人まで犯したのか、その謎を解く鍵は人間が生きる哀しみにある。

 日本のミステリー小説は先進地である英米ミステリーを模範として発達してきた。1980年代初頭まで、出版各社の翻訳ミステリーは多数の読者を擁して盛んであった。そうした作品を読んで育った日本の作家たち、例えば、新宿鮫シリーズの大沢在昌らが質の高いハードボイルド作品を引っ下げて躍り出てくると、いつしか海外作品は勢いを失っていった。日本の作家のレベルが上がれば、当然起きることだ。その流れが確かなものとなったのが平成も中盤のことであり、その象徴が『容疑者Xの献身』だったと言える。