【女性作家の活躍とエンタメ小説隆盛の時代】芥川賞、直木賞受賞作に見る平成文学のあゆみ

2024.04.26 Wedge ONLINE

 事実、この作品や、やはりこの時期に台頭した桐野夏生の代表作『OUT』が、米国ミステリー界を代表する文学賞「エドガー賞」の候補作となっている。惜しくも受賞とはならなかったが、候補入り自体が大きな話題となった。日本ミステリーが頂点を極めた証しとしてこの小説を挙げることができるだろう。

現代社会への痛烈なアイロニー
圧巻の芥川賞作品

 ところで、芥川賞と直木賞は何が違うのか? 芥川賞は純文学、直木賞はエンタメが対象、そう説明されてもよくわからない人も多いだろう。

 私が編集者になった40年前の新入社員研修で、ベテラン編集者(この人は藤沢周平に伴走した名編集者)はまず芥川賞が高い文学性が問われることに触れた後、対する直木賞に関し、こう表現した。

「文学性も大事だが、一方で、圧倒的な面白さが必要だ。1日くたくたになるまで働いた人間が、それでも読み出したら徹夜してしまうほどの面白さ」

 うまいことを言うなあと思った。これほど的確かつ簡明な説明はない。

 ここまでやや直木賞に寄って振り返ってきたが、最後に圧巻の芥川賞受賞作を挙げておきたい。2016年上期の村田沙耶香『コンビニ人間』である。

コンビニ人間
村田沙耶香
文藝春秋 1010円(税込)
第155回芥川賞受賞。2016年7月の発売から累計160万部を超え、世界39カ国で翻訳。

 小川洋子や多和田葉子を差し置いて(2人にはノーベル賞の声が上がっている)、さらに社会的事件になった綿矢りさと金原ひとみの同時受賞(ともに19歳だった)ではなく、なぜこの作品かと言うと、芥川賞を受賞するや、瞬く間に世界中から翻訳オファーがやってきたからだ。その数は2年後には二十数カ国・言語を超え、今現在、43カ国・言語で刊行、もしくは予定中とのことだ。村上春樹にも匹敵する世界文学と言える。

 幼いころから世界になじめず、苦痛を抱えて生きる女性主人公は、コンビニという職場ではじめて心安らぐ。みな同じ制服で同じように話し、完全にマニュアル化された作業をこなす場所では“自分を隠す”ことができた。しかし、恋愛も就職も結婚もせず、コンビニのアルバイト人生に不満なく生きる主人公は、店員仲間や、はては家族からすら、完全否定される。仕方なく“普通の人生”を目指してコンビニを辞めるものの、マニュアルのない人生は迷走を極めて破綻してゆく。最後、主人公はコンビニのアルバイトに“自らの意思”で帰ってゆくのだ。

 個性の時代と言う。多様な価値観を大事にする社会と言いつつ、その実、同調圧力を強め、マニュアル化された人生や価値観を押し付けてくる社会に対し、主人公の奇妙奇天烈な生き方は痛烈なアイロニーとなって突き刺さる。完全にマニュアル化された社会の行き着くところ、個人の選択の自由はどうなってゆくのか、すり潰されてゆくだけではないのか。この作品に込められた問題意識と高い文学性に世界はいち早く反応し、高い評価を下したのだ。まさに芥川賞の白眉である。

 まだまだ取り上げねばならぬ作品がたくさんあることを断っておきたい。「文学は社会を映す研ぎ澄まされた鏡」である。その役割はこれからも変わらない。