狂った勇者が望んだこと

夕露

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第一章 召還

30.「風邪か?」

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「これで終わりか」

散らばって倒れている魔物を見渡して息を吐く。しばらく辺りを警戒してみたけれど魔物がいるような気配はない。念のため探査魔法で確認してみてもなにもひっかからなかった。
それはつまり、ようやく魔物の討伐が終わったということだ。
草の垣根に隠れていたり重なっていたりして正確には分からないけれど13体以上はいるしきっとこれが最後の魔物の集落。多分。まあ、元々曖昧な討伐内容だったんだ。トナミ街近くにあった魔物の集落3つ潰したのは確かだからそれでいい。
後はトナミ街に戻ってセルリオ達と合流しよう。それからゆっくり休んで……計画を実行に移そう。

魔力に余裕があればついに1人でも集落は潰せるようになれたし、思いがけない相棒が出来た。ようやく考えていただけだったフィラル王国を探ることが出来る。万が一の脱出経路だって作れる。
することはいっぱいあった。
だけど実行に移す前にリーフとも話し合わなきゃいけないな。リーフのことだから「すればいいんじゃねえの」とか言いそうだけど危険が伴うことを意識がはっきりしているときに改めて確認してほしい。それに私の思惑に関わっていなくとも巻き込まれてしまうだろうから、リーフが危険を覚えて身をひいたとき危険が及ばないような態勢も作っておきたい。
なんにせよ慎重に進めていこう。
握ったままだった弓を消して、待たせているリーフに声をかける。シールドを張っていた場所から出たリーフが駆け寄ってきた。

「……怪我は」
「大丈夫」
「ならいい」

繋いできた手を握り返しながら自分のものじゃない感触に生きているんだと変に実感を覚えた。
魔物の死骸を眺める。
魔物の死骸なんて言ってしまえば自分を納得させることができるけれど、眼が赤い虎が、今はもう眼を閉じた虎が真っ赤な血を流して死んでいるんだ。そうしたのは私で、そうすることが簡単に出来るようになってしまった。
血は落とすのが面倒くさいって、それぐらいにしかもう思わないんだ。

「これで依頼は終わりか?」
「だな」
「だったらさっさと移動しようぜ」
「ん」

移動、か。
森の中だから余計実感するんだろうけど辺りは薄暗くなっている。緑の天井が途切れた箇所から灰色の空が見えた。フィラル王国出発前に見たウロコ雲はもう雨雲に姿を変えつつあるようだ。火事も起きたことだしそろそろ雨も降ってくることだろう。
早く戻らないと跳ね橋が上がってしまうし濡れてしまう。魔力が戻っていても体力は尽きている状態で雨に降られたくない。風邪をひきそうだ。
町長たちが確認に使うときの保険のために印を残して、ここに戻れる手段を作っておく。

「……リーフ。これからトナミ街に戻るけど、そこにはきっとリーフと同じ場所にいた奴隷の子達がいるよ」
「私は隠れとく。俺は死んだことにして」
「そっか。んー、じゃあどんな設定がいいか希望ある?」
「旅してるところを奴隷商人に襲われて、サクに助けてもらった。そんでベタ惚れ。一生ついていくんだから」
「最後どうした」

笑えば、リーフも微笑む。
元の世界の知人のお嬢様と同じような口調はぶっきらぼうな言葉を選ぶリーフの印象を和らげる。似合うといったら怒られそうだ。
……いや、怒る元気もないか。
平気なふりをしているけれど誤魔化しきれていない。その体力さえもうないんだろう。リーフの奴隷時代はどんな生活だったか分からないけれどいま見える体から想像は出来てしまう。歩いたり魔法を使ったり、陽を浴びることはそうなかっただろう。リーフにとっての外の世界は思いのほか体に疲労を蓄積させているようだ。言葉が途切れた瞬間ふらついている。
今日知ったけれど、沢山の魔力を一気に消費すると残りの魔力がまだ十分にあっても疲労が凄くて精神的にもくる。これはきっと逆であってもなにかしら影響するものがあるだろう。
浅い息を吐き出したリーフを止めて、眼を合わせる。
 
「リーフ、一緒に戻ろう。リーフを知る人間にはリーフじゃないように見える魔法をかける。戻ったらまず私は一緒に任務に来ていたセルリオとハースの無事を確かめてそれから状況報告、後は……他の連中に任せる。
時間も時間だ。どうせトナミ街に泊まることになるし。……私、刺身食べたいんだ。早く一緒に食べよ」
「……早く帰る理由が刺身食べたいからにしか聞こえなかったんだけど」
「違いない」
「っ。なんだよそれ。……んじゃ、ついてく」
「ん」

噴き出したリーフは柔らかい表情をしていて安心する。リーフの両手を握って願いをかけた。シアだと誰にも気がつかないように、シアが傷つけられないように、リーフがなにものにも危害を加えられないように。

「長いんだけど」
「ごめんごめん。……さあ、俺も気合いれるか」
「……セルリオとハース、ね」
「どうかしたか?」
「別に。転移?」
「ん。行くぞ」

手をつないで、呼吸を整える。向けられた視線に眼を合わせればリーフはほんの少しだけ口角を上げた。固い表情筋に力が抜けて転移魔法は簡単に使えた。

「う、わ。え。え、あ、勇者サク様?でしょうか?」
「あー、サクです」

鎧を纏い槍を手に持っていた男が私まで動揺しそうになるぐらいしどろもどろになりながら話しかけてきた。
誰だこいつ。
私のことを知っているというのは有難いんだけどとりあえずここはどこだろう。明るいとはいえない部屋だった。2つある窓から薄暗い空が見える。机とソファだけが部屋にある家具で、教室ぐらいはある広さにとても違和感を覚えるものになっている。
ああ、床が汚れる。
部屋の中だということを思い出して床を見ればコンクリートだった。そして既に土や血に汚れている。はっとする。

「もしかしてここ、トナミ街の執務控え室?」
「そ、そうです。お、お待ちを。いま、手当てを……手当て?」
「手当てはいらないかな」

セルリオたちはトナミ街執務控え室に転移されたはずだからそこに近い場所に転移出来たらと思っていたけどどんぴしゃだったとは。
行ったことがあるのは町長の屋敷だったからそこを思い浮かべたのに控え室に転移する形になったのは魔法で妨害されたからだろうか。誰でも町長の屋敷にすぐ転移できる状態を許していたら防犯上危ないだろうしな。

「サク。外がうるせえ。つれじゃねえの」
「──セルリオ」

リーフの言葉に外を見れば確かにセルリオの声が聞こえた。兵士が慌てるのが見えたけれどすぐに外に出る。
扉を開けてすぐに雨を感じた。冷たい。燃える森の中との温度の違いをようやく思い出す。寒い。そうだもう木枯らし吹く季節だった。鎧がいい防寒具になるってセルリオが言ってたっけ。
でも人だかりのなか見えたセルリオは鎧を着ていなかった。シンプルな長袖長ズボンの服を着ていて凄く違和感を覚える。一瞬誰かさえ分からなかった。
核心を持てたのは表情の険しいハースが叫んだからだ。

「セルリオ待てっ!お前魔力ほとんどねえんだろうがっ!さっきまで気絶してた奴が!どうやってあいつらと戦える!?」
「五月蝿いハース!サクが、サクがまだあそこにいるんだろ!?放っておけないっ!」

どうやら転移後に気絶していたセルリオが眼を覚まして私を助けに行こうとしたところハースや周りの人間に止められているらしい。なんかごめん。真剣な様子に声をかけられない。

「いつ声かけよう」
「……さあ」

リーフはどこかつまらなさそうに息を吐いて座り込み、膝に頬杖してすっかり観戦状態になる。まだ声が聞こえる。地面が雨で濡れていく。

「……なんつー顔してんだよ」
「はは」

ちらりと視線を寄越してきたリーフに笑ってみるけれどうまく笑えない。ふざけてみようとしたけれど難しくて、口元が下がってしまう。
……こんなにも心配されることを嬉しいと思ってしまった。同時にごめんとも、止めてほしいと思ってしまった。


早く元の世界に帰ろう。


強く思う。
この世界で顔を見て安心してしまう人だとか、家族や友人のように思える人なんてもう作りたくない。不安が、焦りになってしまう。
焦りの次はどんな感情になるだろうか。
見えない感情に飲まれそうになったとき騒ぎを見ていた野次馬の何人かが私の姿を見つけてなにか話すのが見えた。その中には商人だろう人たちもいる。
今日の昼、門番に勇者だという話をしていたときに一緒に居たんだろうか。ざわめき始めた。
確かな言葉は聞こえない。だけどそのざわめきが広がりを見せたとたんセルリオとハースが動きを止めた。
最初に周りの野次馬を、そして、野次馬の視線の先を見た。
なんだか凄く大きな話になっている気がする。こちらを見て動かない人たちを見て、とりあえず、手を上げてみた。


「サクッ!」


セルリオが叫んで走ってくる。鎧を脱ぎ捨ててかなり身軽になったらしいセルリオはとても早かった。多分鎧を脱いで戦ったほうがいいと思う。そんなことを思ってしまうぐらい早い。
気絶したあとちゃんと手当てをしてもらったんだろう。血も流れていないし、服も汚れていないし、なにより軽快な動きだ。よかった。
そう思ったのも束の間セルリオが体勢を崩しそうになった。反射的に手を伸ばせば意外とタフだったセルリオはすぐに体勢を元に戻して私の目の前に立った。
私よりほんの少し背の低いセルリオと視線が並ぶ。

「あー、元気そうでなにより」

雨が強くなってきた。白い、荒い息を吐くセルリオの頬に雨が伝う。セルリオはなにも言わない。視界の端にハースを見つけて身をのりだそうとしたら、セルリオが私のほうに一歩進んだせいで出来なかった。

「セルリオ?」

ようやく落ち着いてきた呼吸に呼びかけてみれば、口を結んでしまう。怒っているような泣きそうな顔だった。転移させたときに見た悲痛な表情を思い出す。

「……ごめん」

私がセルリオの立場だったら相当悔しかったし、情けなかったし、辛かっただろう。セルリオも私と一緒で、傷つけるより傷つけられるほうがよっぽどいいと思う奴のようだ。
ごめん以外に言葉が見つからなくて雨に打たれるのに身を任せて俯けば、セルリオの手が伸びてくるのが見えた。私の腕を掴む。顔を上げればセルリオの顔からは怒りは消えていて、ただただ泣きそうになっていた。引っ張られて抱きしめられる。


「よかった……っ。生きててよかった」
「……ん」


体に響く声に眼を閉じる。生きてる。また、そんな実感を抱いた。
近くで足を止めた音が聞こえた。きっとハースだろう。先ほど叫んでいた様子からするにハースも手当てを受けてそれなりに回復しているはずだ。2人とも無事でよかった。
あとはこの状態をどうするかだ。
羽交い絞めされている私も辛いところだけど、幼馴染が泣きそうな様子で男に抱きついて離れない姿を見ているハースも微妙な気持ちだろう。
それとなく離れてみようとしたけれどぎゅうぎゅうに羽交い絞めにしてくるセルリオは離そうとしてくれない。鎧を着ていなくてよかったと思うことにしよう。鎧を着た状態で引っ張りつつの抱きしめときたらとてつもない衝撃だったはずだ。
といっても普段鎧を着て訓練をこなすセルリオは他の人以上に体を鍛えている状態らしく、鎧と変わらないんじゃないかと思う胸板だ。
あったかいけど痛い。ついでにいうなら汗臭い。
考えを違うほうへずらしてやり過ごしていれば、手は放さないもののセルリオが手の力を緩めてくれた。もしかしたら魔力の欠乏状態なのかもしれない。男だと思っていても無意識に魔力を欲しがってるんだろうなあ。
顔色はどうだろうと顔を起こしてみれば眉の下がった顔が見えた。
ごめん。
小さい声が落ちてくる。

「サク、ごめん。助けられなかった。僕は」
「助けてもらったよ」

後悔に苛まされているんだろう。最後まであの場に居なくて結果が分からないから余計ふんぎりがつかなくて、鮮明な記憶に責められる。
でも、私が思い出せるのは初めて人を殺したときに駆け寄って落ち着かせてくれたセルリオの姿だ。
辛い状況にもかかわらず治癒魔法までかけてくれて、魔力も分けてくれた。


「本当に、俺はセルリオに助けてもらったんだ。ありがとう」
「サク」


セルリオの腕に挟まれていた手を伸ばす。セルリオの両頬に手を置いて、少し俯かせる。額を重ねてあのときのように、でも今度は私からセルリオに魔力を渡す。



「ありがとう」



多分1人であの状態だったら気がふれていたかもしれない。それか思考を止めて、人買いか魔物に殺されていただろう。
いまある魔力の半分をゆっくり渡していく。セルリオの魔力量が分からないから様子を見ながらしないといけない。元々の魔力量を上回る魔力を足したなら勿体無いしなによりお腹いっぱいの状態に更に食わせるって体に悪そうだ。
いまはどうだろう。
そう思って眼を開けてセルリオを見てみれば顔が真っ赤だった。そういえば頬に置いた手からは凄い熱が伝わってくる。

「風邪か?」
「……っ」
「そりゃないだろサク。ああ、そうか、ついにこの瞬間が……」
「ハース。お前も元気そうだな」
「サクこそ」

伸びてきた手を握って力を込める。お互い万全の調子じゃないけれど笑い合えるぐらいにはなれた。悪くない結果だ。

「おい、お前サクから離れろよ」

不貞腐れた声が聞こえる。同時に白い手が現れて、セルリオの頬にあてたままだった私の手を握って離してしまう。眉間にシワを寄せて暗い視線をセルリオに向けているリーフは私の視線に気がつくと咎めるように私を睨んだ。

「……その子は?」
「ああ、あの後出会ったんだ。リーフっていう。怪我もリーフに治してもらった」
「私を助けてくれたんだから当然」

諦めず引っ張ってくるリーフの手をとって、最後にもう一度セルリオに魔力を渡してから離れる。突然登場したリーフにセルリオも動揺しているようだ。すぐに離れることが出来た。

「あー、えっと?」
「人買いに襲われそうになったところサクに助けてもらった。以上。なんか文句ある?」
「あー」
「まー、うん。そんな感じ」

ハースは女性と話すのが苦手なのだそうだ。まんまとリーフを女だと思っているハースはいつものような滑らかな言葉を忘れてしまっている。こういうときに助け舟を出すセルリオは立ち尽くしているだけだ。
そういえば離れた場所とはいえ野次馬たちもいる。この騒ぎを町長だけが知らないってことはないだろうから、町長もいるだろう。
さて。

「とりあえずどこか屋根の下に行きません?」

非常に寒い。
一番に反応したのはリーフだった。

「行くぞ。町長に報告だろ。さっさと済ませようぜ」
「や、リーフさんは、ちょと他の場所で」
「は?私はサクの言うことしか聞かないから。離れるつもりもないし」
「「え?」」
「……とりあえず報告するわ。……あー、リーフも来て」
「ん」
「そうだ後で飯食おうぜ。それまで体休めとけよ」

今頃ハースの頭の中には色んな言葉が飛び交っているだろう。いつもならこういうときお前はここにいろだとか言うくせに、リーフのことをリーフさんと呼んでハースなりに丁寧に話しかけたにも関わらず、リーフの問題発言だ。
3人だけになったら問い詰められるのは眼に浮かぶ。気持ちは分かるけど、先に報告だ。問題は一つ一つ片付けていこう。どや顔浮かべて2人を見ているリーフの手をひいて人だかりのほうに歩き出す。
この世界に携帯があれば写メでも撮られそうな興奮がそこにあった。どう話が広まってるんだか。内心溜息を吐きながら人の顔を見ていく。その中に秘書が持つ傘の下にいる町長を見つけた。移動する彼の後に私も続いていく。
屋敷に入ったところで、同じく話を聞こうと移動してきていた野次馬を秘書が止める。腕を広げて静止を呼びかける彼女は一度私に向かって頭を下げてから、そのまま外に出てドアを閉めてしまう。
町長はまた、歩き始める。
昼に訪れた部屋まで移動して、今度は部屋に備え付けられていた対面式のソファに腰掛けた。促されて私も腰掛ける。
沈黙があった。

「……突然の大勢の転移にも関わらず迅速に対処していただきありがとうございます。重ねてセルリオとハースの手当てをしてくださったこと、本当に、ありがとうございます」

頭を下げて、また、顔を起こす。町長は眉を寄せ首を振った。当然のことをしたまでだと呟いた低い声は思案に埋もれているようだった。
まあ、問題だらけだろうしなあ。

「まず最初にお詫びしたい。転移球のことだ。何者かによって転移球がすりかえられていたようで、気がつかず君たちに渡してしまった。聞くところによると魔物の集落に転移されたのだとか。
本当に、すまなかった。恐らく私の身を狙ったものだろうが、詳細は調査中だ。結果は分かり次第君に伝えよう」

正直言えばもうどうでもいい話だった。いま生きていることだし後のことはもうそちらで終わらせて下さいぐらいにしか思っていない。
とりあえず頷いておく。
 
「そうですか。俺からも報告を。任務だったダーリスの集落討伐は完了しました。確認するつもりなら、これを使ったら早いかと」
「これは」
「形は違いますが転移球のようなものです」

投げナイフを町長に渡す。町長も魔法はなんなく使えるのか、投げナイフを見た後、眼を見開いて私のほうを見た。

「転移の術式を書き込んだのか」
「はい。それと同じものを討伐したダーリスの集落がある場所に刺して残しています。向かうだけなら問題なく転移できるかと。戻れませんが。
……ダーリスの集落ですが、転移した場所、転移先から東へ進んだ場所、転移先から南へ進んだ場所にあります」
「これは、そうか、いや、こちらに戻る際には転移球を使うから問題はない」

言葉のニュアンスからどうやら転移魔法を物に残すのはあまり一般的ではないらしい。もしかしたら転移球が高いのは作れる人が少ないからじゃないだろうか。だとしたらいいことを知ったのと同時に、まずいことをした。
話を逸らすために町長がなにかを言う前に話を続ける。

「そうですか。では人買いたちについての報告を」
「……ああ、頼もう」
「結果として確認できた人買いは合計10名。うち8名は死亡。2名は恐らく生きているかと。転移先から東へ進んだ場所にある木に縛り付けています。保護した子供は7名。こちらに転移させた子供たちです。
経過としては、逃げたという奴隷を探す人買いに遭遇し捕まえたところで、魔物から逃げる子供に出会い、子供が走ってきたほうへ向かえば魔物に襲われ立ち往生している人買いと奴隷の子供たちを見つけたというものです」
「そうか。すぐに兵士を向かわせて人買いたちを連行させよう」

町長がそう言うと同時に兵士がドアを開けて部屋に入ってきた。話が筒抜けなのか、魔法で合図したからかは分からない。投げナイフを受け取った兵士が礼をして部屋を出て行く。パタン、とドアが閉まった。

「子供たちはどうなりますか」

尋ねた瞬間、リーフの手が重ねられる。指先を絡めて力を込めた。町長は一度頷いてから重々しく口を開く。

「正当な奴隷契約かどうかの確認をし、それにより今後が決まる」
「……正当とはなにを指すんでしょう」
「というと?」
「奴隷契約をかけるのが正しいとされる基準とは」
「奴隷法は国によって詳細は違うが多くは借金の返済が出来なかったものや、犯罪を行ったものたちにかけられる。契約時に定めた返済が済めば解かれるのが奴隷魔法だ。無論それ以外で強制的にかけられる奴隷魔法は許されないものだ」

借金の返済にあてられるのは本人なのか?奴隷契約をかけられる犯罪の度合いって?疑問が沸いてくるけれど、そんなのはおかしいと叫べるほどこの世界に介入するつもりはないし、少なからず賛成できる部分があるから言葉に出来なかった。
元の世界でもあることだ。
借金返済の為に水商売をしている知人がいた。犯罪者は刑務所に収容されている。魔法という特別なもので縛るのではなかったけれど、例えば法律や業者や個人の考えで縛られていた。魔法が存在する世界では、罰を負う人たちに魔法で縛るというのは至極当然の思考なのかもしれない。銃や薬が狩や治療に使われるのではなく快楽を求める道具に使われることがあるように、奴隷魔法がこの世界でいう正しい使いかたから外れて犯罪に使われることがあるってだけだ。
今回もそうだったんだろう。

「そうですか。教えてくれてありがとうございます。では俺はこれで。今日はトナミ街に宿をとって明日フィラル王国に戻ります」
「そうか。今回ダーリス討伐に加え犯罪者を捕まえてくれたこと、感謝する。秘書に褒美を用意させているから受け取ってもらいたい。宿のことだがこの屋敷の空いている場所を使ってくれてもいい」
「ありがとうございます。宿は遠慮させてもらいます。それでは」

席を立ってそう言えば町長も溜息の後立ち上がる。
手を伸ばされ、握手をした。

「なにかあれば是非私を頼ってほしい」
「ありがとうございます」

手を離してすぐリーフと並んで部屋を出る。
秘書は部屋の前で待機していたらしい。ドアを開けてすぐに眼が合う。町長と同じく転移球についての侘びと魔物討伐の感謝を述べた秘書はずっしりと重い袋とともに、確認済みだと言葉を足してトナミ街城門前とフィラル王国城門前への転移球各5つ手渡してきた。
有難く受け取ってからセルリオたちの場所を聞いて、移動する。
 
「嬉しそうだな」
「これだけあれば今日はいっぱい食べれるだろ」
「結局そこか」
「あんま考えすぎてもしょうがないしな。生きてるし、美味しいものが食べれるお金も手に入って、セルリオたちも元気だ。それでいい。ほかの事はもうどうでもいい」
「それもそうか。俺もそんなもんだ」

微笑むリーフに同じように笑い返す。

「今日は早く美味しいもの食べて、寝よう。ゆっくり昼近くまで寝て、転移球で楽してフィラル王国に戻ろう。戻ったらこれからのことを話したい」
「いくらでも。答えは決まってる」
「そういうことも含めて」
「……そうだな。俺も色々考えていかないと」

セルリオたちが居るという部屋の前に来て立ち止まったリーフは、なにかを決心したように前を見据える。そして気持ちを切り替えるようにニヤリと笑った。

「私はサクのものだ。そしてサクは私と一緒に居てくれる。そうだろ?」

リーフが私に依存しないように気をつけなければと思う。だけど自信満々な口調のわりに、最後は不安そうに眉を垂らして確認してくる様子に苦笑いが浮かぶ。
私がなんとなくリーフのことが分かるように、リーフも私のことをなんとなく分かるだろう。契約にだした内容が本気だってことも分かってる。いまこの瞬間だって元の世界に戻る方法を提示されたら私は受け取る。そういうのが分かっているのにこうやって口に出すのはリーフなりの意思表示なんだろう。
繋いでいた手に力を込める。
私が元の世界に戻るまで、リーフが私から離れるまで、一緒にいる。

「最後まで」
「ぅおっ!」
「わあ!」

一応病室らしい目の前の部屋からセルリオとハースの声にあわせて騒がしい音が聞こえてくる。なんとなくリーフを見てみればにっこりと邪気なく笑った。
つっかえるドアを開けると聞き耳立てていたらしいセルリオとハースが顎だったり頭を抑えて蹲っていた。

「……元気そうだな」
「こいつらほっといて私らだけで刺身食べに行こうぜ」

私の服の裾を引っ張って親指で出口を指したリーフを見てセルリオががばっと体を起こす。

「なんで刺身のこと!駄目だからね。刺身が美味しいお店知ってるのは僕だからっ。というよりさっきのって!え!?」
「落ち着けセルリオ!そして頼むから戻って来い!」

賑やかな2人は既に身支度を整えていていつでも出れる状態だ。準備のいいことだ。

「んじゃ、依頼達成祝いと新メンバー祝いしようか」

依頼達成褒美金だと大きな袋を前に出して胸を張って言えばしいんと静まり返る。セルリオとハースは大口開けて私を見てくる。
すげえ驚いてる。

「はあ!?」
「ええ!?」
「ふうん?いいな、それ。私は賛成。サクにだけ治癒魔法かけてやるよ。とりあえず早く街に行こうぜ。宿とらねえと閉まっちまう」
「それもそうだな」

既に町長の申し出を断っているし宿がとれませんでしたので泊めて下さいなんて言えない。ポケットに手を突っ込んでさっき貰ったばかりの転移球を捜す。

「ちょ、ちょっと待ってサク!」
「そうだぞ!おい!」
「アンタら五月蝿いんだけど」

珍しいことに意見が一致している2人はなかなか面白い。リーフは鼻で笑ってあしらいながら、ハースは顔を青ざめ、セルリオは眉を寄せ困りきった顔だ。
面白くなりそうだな。
そう思って、またそんなことを思った自分に気がつく。でも今度は素直に受け止めることにした。

「見っけ。とりあえず城門前まで移動するから」

問答無用で全員を城門前まで転移させる。
考えすぎたってしょうがないんだ。そう思ってしまっているのも、思ってしまったのも変えられない。
他が色々変わろうが、私が変わろうが、結局譲れないものは変わらない。

最後まで。






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