ヒヨクレンリ

なかゆんきなこ

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~番外編~

手作りバレンタイン

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幸村×朧がメインのお話です。
三人称です。
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 優月が家に遊びに来るようになって以来、朧は自分から料理に挑戦するようになった。
 けれど、見るのとやるのとでは大違い。これまで誰かに作ってもらうことばかりだった朧の料理の腕はお世辞にも上手いとは言い難く、レシピ本なしでは作り方の検討もつかないし、そのレシピ通りに作っているはずなのに、どうにも思っていたものとは違う出来になってしまう。
 それでも朧が匙を投げないのは、自分が作った料理を「おいしい」と食べてくれる優月や幸村の笑顔があったからだ。こんな不味い代物を、二人は「朧が自分達のために作ってくれた。それが何より嬉しい」とばかり、「おいしい、おいしい」と口にする。
 それを見ていると、朧はなんだか無性に泣きたくなってしまって、そして今度こそもっと美味しいものを二人に食べさせたいと、そう思わずにはいられないのだった。
 そんな朧は今年、初めて……

「えっ! 今年のバレンタイン、手作りに挑戦するんですか!?」

 そう驚きの声を上げたのは、優月の母親である千鶴だ。
 ここは柏木家。優月と遊ぼうと足を運んだものの、優月は友達の家に出かけているらしい。そこで千鶴と世間話をしつつお茶とお菓子をつまんでいるのだが、そこで朧がふと今年のバレンタインの話をすると、千鶴は驚いて念を押すように「ま、マジですか?」と聞いた。
「……何か文句あるのか」
「いえいえいえいえ!! とんでもない!!」
 むっとした朧が不機嫌そうに言い返すと、千鶴は慌てて首を横に振る。
 まあ、これまでずっと市販のチョコで済ませていた朧がいきなり「今年は手作りのチョコを贈ろうと思ってる」と言い出したのだ。自分でも自分らしくないと思うし、千鶴が驚く気持ちもわかる。
「うわぁ……。幸村先生、きっと大喜びでしょうねえ」
 千鶴は何やらニヨニヨしながら嬉しそうな顔をする。
 彼女は男同士の恋愛を好む、いわゆる腐女子という人種だ。幸村と朧の関係にも常々大いに萌えている彼女だから、「ツンデレ受けが初めての手作りチョコを攻めに贈る」というシチュエーションに萌え滾り、妄想を膨らませているのだろう。妄想中のニヤケ面はいつものことだ。
「……喜ぶ、か……?」
「喜びますよ! 喜び過ぎて昇天する勢いですよ!! で? で? 何を作るんです? 生チョコ? それとも、大きなハートのチョコとか!?」
「ばっ……!! そんなこっぱずかしいもの作れるか!!」
「えええ~! 喜ぶと思うんですけどね。まあ、幸村先生だったら、朧さんの手作りならなんだって喜んでくれますよ。「もったいなくて食べられない!」って言う姿が目に浮かぶようですよ!」
「………………」
 真なら確かにあり得る……と朧は思った。
 だが朧はどうせならすごく美味しいチョコを作って驚かせてやりたいと思うし、だから絶対に食べてもらわなければ困るのだ。
「……けど、色々ありすぎて、選べねーんだよ……」 
 美味しいチョコを贈りたい。かつ、自分でも失敗せず美味しく作れるようなチョコを。
 だがいかんせん、チョコレート菓子の種類は多々あって、レシピ本もネットで公開されているレシピもたくさんあり過ぎて、どれがいいのか選べないのだ。
 そう弱音を吐くと、千鶴はふるふると震えながら――おそらく、「萌ええええ!!」と叫びたいのを堪えているのだろう。これもいつものことだ――言った。
「よかったら、一緒に作りますか?」
「え……?」
「私、今年は正宗さんと優月にフォンダンショコラを作ろうと思ってるんですよ。この間、ネットで良さそうなレシピを見つけたんです」
「フォンダンショコラって、あれだろ? あの、チョコレートケーキみたいなやつ」
「ですです!」
「……難しいんじゃねーのか?」
 チョコレートケーキの作り方なんて、朧には見当もつかない。
「それが、結構簡単なんですよ! ね? 一緒なら、私もお手伝いできると思いますし」
「…………」
 千鶴の申し出は、朧には救いの手に思えた。
「………………頼む」
「はいっ!!」
 かくして朧は、千鶴と一緒に初めての手作りバレンタインチョコを作ることになったのだった。


(千鶴め……。何が「結構簡単」だ……)
 バレンタイン当日。昼過ぎに柏木家に向かい、千鶴とお手伝いを買って出た優月と三人でバレンタインチョコを作ってきた朧は、帰宅するなりソファに倒れ込み、心の中で悪態を吐いた。
 簡単だと聞いていたフォンダンショコラ作りは、中々に大変だった。
 いや、レシピ自体はそう難しいものではなかったのだろうが、いかんせん朧はお菓子を作るなど初めてで色々勝手がわからず、千鶴には「わああああ! 材料を目分量にしたらダメです! 正確に!」「ラム酒入れすぎです~!」と怒られ、しまいには優月にまで「まぜるときには、もっとやさしーくするんだよ?」と窘められてしまった。
(泡立てるなとか、ダマにするなとか、余熱とか、菓子作りって面倒くせぇ……)
 ようやく作り終わったと思ったら、「ラッピングまで頑張りましょう!!」とやたら気合いの入った千鶴に促されてどうにかこうにか焼き上がったフォンダンショコラを箱に入れ、ラッピングを施し、「幸村先生の反応、報告楽しみにしてます~!」と送り出されたものの、慣れない作業に心身ともに疲弊した朧は半ば後悔していた。
 こんなことなら、手作りに挑戦してみようなんて馬鹿な考えは起こさず、いつも通り市販の品で済ませれば良かったか……と。
 朧はちら……と、テーブルの上に置いた二つの紙袋を見た。
 一つは、千鶴から贈られた自分と幸村宛のチョコレート。
 そしてもう一つの紙袋には、幸村のために初めて作ったフォンダンショコラが入っている。
「………………」
 幸村は今日仕事で、帰ってくるのは七時過ぎだ。
 今の時刻は午後四時を少し過ぎたくらい。夕飯は幸村が作ると言っていたし、それまで……
「少し、寝るか……」
 朧はそう呟くと、ソファに横たわったまま目を閉じた。


「……ん」
 数時間後。朧が目を覚ますと、リビングの灯りがついていた。
 そして自分の傍らに、部屋着に着替えた幸村が座っている。
「……真……?」
「あ? 起きた? 朧、コート着たまま寝てたよ」
「ああ……」
 そういえばコートを脱ぐのも面倒でそのまま寝入ったのだったと思い返す。だが今の自分はそのコートを着ていない。おそらく、幸村が脱がせてハンガーにかけてくれたのだろう。
「……ところでさ~、朧……」
 幸村が何故かソワソワと、朧と、そしてテーブルの上に置かれた紙袋を見る。
「これ、バレンタインチョコ……だよね?」
「……ああ。こっち、千鶴から俺達にって」
 正宗がヤキモチを焼くという理由から、毎年千鶴から自分達に贈られるチョコレートは手作りではなく市販のチョコレートだ。だが彼女なりに厳選してくれているらしく、毎年味に外れがない。
 そしてもう一つの紙袋は……
「……これは、俺から……お前に」
「やったぁ! 今日一日、ずーっと楽しみにしてたんだ。ね? 開けていい?」
「……いいけど、夕飯前だろ」
「いいのー! 先に見ておきたいの! へへへ、今年はどんなんかな~」
 幸村には手作りに挑戦することを伝えていなかったので、彼は今年も市販のチョコレートだと思っているのだろう。それでも、とても喜んでいる。
 これで、実は朧が初めて手作りしたチョコだと知ったら、どれほど驚くだろうか。
 ……本当に、喜んでくれるだろうか……
 朧が期待と不安を胸に見守っている傍で、幸村は意気揚々と袋からラッピングされた箱を取り出し、丁寧に包装を解いていく。そして……
「これ……」
 箱の中にちょんと鎮座する、明らかに市販品ではない少し不格好なハートのフォンダンショコラを見て、幸村は目を見開いた。
「……今日、千鶴と一緒に作ったんだ。味は……保証しない……けど」
「……ハート……」
「はっ、ハートにしたのは! 千鶴と優月が、絶対にこれだって、言うし……。他の型もなかったから、仕方なくで……その……」
「……朧が作ってくれた……ハートの、チョコ……」
「だから……って! お前なに泣いてんだよ!!」
 フォンダンショコラを見つめている幸村の頬に一筋涙が伝っているのに気付いて、朧はぎょっと声を上げる。
 大はしゃぎするでもなく、幸村は静かに泣いて、そして微笑んで一言「嬉しい……」と言った。幸せを、噛み締めるように。
「……どうしよう。嬉し過ぎて、俺、死んじゃいそう」
「し、死ぬな……馬鹿」
 まさか泣かれるとは思わなかった朧は、動揺しながらもそんな憎まれ口を叩く。
「あああー! もう、本当に嬉しい!! もったいなくて食べられないなあ!! これ、永久保存したい!! 家宝にしたい!!」
「ばっ! バッカじゃねーの!! お前!! せっかく作ったんだから、食えよ!!」
「うん。へへへ……、ありがとうね、朧」
「…………別に。ただ、作ってみたくなっただけだ」
「うん、うん……。へへへへへ~」
 
 朧が初めて作ったフォンダンショコラは夕飯の後、幸村がゆっくりと味わい尽くすように食べきった。
 朧は出来を心配していたけれど、ハートのチョコレート生地はさっくりとしていて、中からはチョコレートソースがとろりと溶け出し、味も洋酒が効いて申し分ない出来栄えだった。
 心から「美味しい」「美味しい」と幸せそうにフォンダンショコラを食べる幸村を見て、朧は「……こんなに喜ぶんなら、また作ってやっても良いか……」と思う。
 家に帰ってきた直後は、「こんな面倒なこともうしたくない」とさえ思っていたのに。
「こんなに美味しいチョコレートを作れるなんて、朧はすごいね!」
「ふふん。まあな」
 手作りのバレンタインも、悪くない。
 そう思った、今年のバレンタインデーだった。


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