133 / 208
連載
246 レオンハルト家⑤
しおりを挟む「――――で、その婚約者とやらにはいつ来るのだ?」
「先方に問い合わせたが、もう向かわせていると言っている。今日中には来るだろう」
婚約者とやらには既に連絡は入っているらしい。
思ったよりも早いな、結構近くの者なのだろうか。
表向きは婚約者を迎える場だという事で、ワシもアシュトンも礼服に身を包んでいる。
クロードも白いドレスのような礼服を纏い、その姿はいいところのお嬢様と言った感じだ。
ひらひらとした長いスカートから透けて見える素足のシルエット、そして大きく開いた胸元から覗く双丘は中々に美しい。
……やれやれ、これを見た相手は本気を出してくるかもしれんな。
ぐいと茶を飲み干し、空になったコップをテーブルに置くと、傍に立っていたクロードが茶を注いでくれる。
「どうぞ、ゼフ君」
「あぁ」
それにしてもクロードの奴、先刻から妙にご機嫌だ。
ニコニコと嬉しそうに笑っている。
そういえばこんな感じのひらひらした服が好きだと言っていたか。
ちなみにこのドレス、フローラが結婚の時に着ていたモノらしい。
「どうしたんですかゼフ君? ボクの事じろじろ見て……」
「あぁいや、似合っていると思ってな」
「そ、そうですか? えへへ……」
ワシの言葉に真っ赤になって俯くクロード。
両手を組んでもじもじしていると、両腕に挟まれた胸が押し出され、零れそうになっている。
ふむ、こういうのも悪くないな。
「皆さーん、来られましたよーっ」
ぼんやりと茶を飲みながらクロードの胸を眺めていると、部屋の外からフローラの声が聞こえてくる。
彼女だけ出迎えの為、玄関で待機していたのだ。
窓から見下ろすと、フローラが馬車を誘導しているのが見える。
ワシらも行くとするか。
立ち上がると、クロードが不安そうにワシの袖をきゅっと掴んでくる。
「……大丈夫、ですよね……」
「あぁ、ワシを誰だと思っているのだ?」
「ふふ、いつものゼフ君ですっ♪」
嬉しそうにワシの腕に抱きつくクロードの頭を撫でながら、ワシは玄関口へと向かうのだった。
階段を下り、玄関にて待機する。
クロードも緊張しているのか、ワシの影に隠れ俯いたままだ。
心配するなといわんばかりに手を握ってやると、強く握り返してきた。
「さ、それではどうぞ入ってくださいな」
「はい、失礼します」
フローラと若い男の声が扉の外から聞こえてくる。
……というかこの声、どこかで聞いた気がするぞ。
フローラに続いてあらわれたのは長い金髪をなびかせた優男――――オックスである。
「オックスさんっ!?」
「あ、あなたはクロードさん……それにゼフ君ではないかっ!?」
驚きの声を上げるオックスだが、それはこちらも同様である。
ナナミの街でクロードの手柄を横取りし、英雄気取りをしていたオックスが件の婚約相手だったとは……うーむ世間は狭い。
「む、二人ともオックス殿とお知り合いなのかな?」
「え、えぇと……あはは……」
「……おい、二人共ちょっとこっち来い」
困ったように笑うクロードと混乱気味のオックス、二人の腕を掴んで近くの部屋へと連れ込んだ。
扉を閉じ、背中で押さえて両親を入らせないようにしておく。
「ゼフ君? 一体どうしたのだ?」
「すまないがしばらく三人で話をさせてもらえないか」
「ふ、ふむ……まぁ構わんが……」
少し不満げにそう答えるアシュトンを扉向こうに待たせておく。
よし、これでゆっくり話をつけることが出来るな。
ワシは大きく息を吐くと、オックスをじろりと睨みつけた。
「……さてオックス、色々と聞きたい事があるのだが構わないよな?」
「それはこっちのセリフだっ! 君たちと別れた後、父上の命でここに来たらまた君たちがいたんだよっ! 全くどうなっているんだ一体っ!?」
「なるほど、オックスにとっても寝耳に水だったか」
ならば話は早い。
ワシはニヤリと笑うと、オックスの襟首を掴みぐいと引き寄せた。
「おい、この縁談はなかった事にしろ」
「ど、どういうことだい……?」
「クロードもレオンハルト家も、縁談は本意ではなかったのだよ。悪いがこのまま帰って、適当に言い訳をしてくれるか?」
「バカなっ! そんな簡単に引き下がれるワケが――――」
「――――ちなみに強硬手段として考えた策は、ワシがお前をボコって力不足を理由に引き下がらせる、というモノだが……」
「ひいっ!?」
オックスの抗議に被せるように冷たく言い放つと、情けない悲鳴を上げた。
全くビビり過ぎだろう。それでも騎士かお前は。
「あ、あの……ゼフ君? もう少し穏便に……」
恐る恐るそう呟くクロードの方をちらりと見て、ワシはオックスの襟首から手を放した。
息が苦しかったのか、げほげほと咳をするオックスにワシは続ける。
「ふん……で、どうする?」
「わ、わかったよ……僕だっていきなりの話だったんだ……そこまで乗り気だったワケでもないし……」
「話が早くて助かるよ」
「ありがとうございます、オックスさん」
ワシらのやり取りにクロードも安心したのか、胸を撫で下ろしオックスに礼を言う。
オックスのヤツ何やら言いたげではあるが……とりあえず一件落着と言ったところか。
「……そうだな、手筈としては魔導師に負ける様な輩に娘を預けるワケにはいかぬ! とアシュトンに突っぱねられたと言う事にしておこうか」
「……わかった、それでいい」
渋い顔で納得をするオックス。
流石に少し悪い気もするが、元々そういう予定だったのだ。
オックスのように話の通じる相手でなければ、実際戦って倒していたしな。
痛い目を見ずに済んでよかったくらいだろう。
「あの……オックスさん、本当にすみませんでした」
「い、いえ……っクロードさんが謝る事では……それに自分にも好きな人がいますからっ!」
「そうなんですか? よかった……その方と幸せになってくださいね、オックスさん」
「……っ!」
戸惑うオックスの手を握り、花が咲いたような笑顔を向けるクロード。
オックスのやつ、真っ赤になっているではないか。
見た目の割に女慣れしてないなコイツ。
「――――さ、話も終わったしそろそろ帰ったらどうだ? オックス」
「今から帰っていたら真夜中になってしまいます。今日は泊まって貰いましょう。ねっ、オックスさん」
「あ、あぁではそうさせて貰おうかな……」
「馬屋で十分だぞこんな奴」
「もう、ゼフ君てば!」
頬を膨らませながら、クロードがワシの腕にしがみついてくる。
腕に押し付けられる柔らかな感触が心地よい。
クロードを連れ部屋を出るワシの背中に、オックスの視線が突き刺さるのを感じるのであった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4,125
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。