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246 レオンハルト家⑤

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「――――で、その婚約者とやらにはいつ来るのだ?」
「先方に問い合わせたが、もう向かわせていると言っている。今日中には来るだろう」

 婚約者とやらには既に連絡は入っているらしい。
 思ったよりも早いな、結構近くの者なのだろうか。
 表向きは婚約者を迎える場だという事で、ワシもアシュトンも礼服に身を包んでいる。
 クロードも白いドレスのような礼服を纏い、その姿はいいところのお嬢様と言った感じだ。
 ひらひらとした長いスカートから透けて見える素足のシルエット、そして大きく開いた胸元から覗く双丘は中々に美しい。
 ……やれやれ、これを見た相手は本気を出してくるかもしれんな。
 ぐいと茶を飲み干し、空になったコップをテーブルに置くと、傍に立っていたクロードが茶を注いでくれる。

「どうぞ、ゼフ君」
「あぁ」

 それにしてもクロードの奴、先刻から妙にご機嫌だ。
 ニコニコと嬉しそうに笑っている。
 そういえばこんな感じのひらひらした服が好きだと言っていたか。
 ちなみにこのドレス、フローラが結婚の時に着ていたモノらしい。

「どうしたんですかゼフ君? ボクの事じろじろ見て……」
「あぁいや、似合っていると思ってな」
「そ、そうですか? えへへ……」

 ワシの言葉に真っ赤になって俯くクロード。
 両手を組んでもじもじしていると、両腕に挟まれた胸が押し出され、零れそうになっている。
 ふむ、こういうのも悪くないな。

「皆さーん、来られましたよーっ」

 ぼんやりと茶を飲みながらクロードの胸を眺めていると、部屋の外からフローラの声が聞こえてくる。
 彼女だけ出迎えの為、玄関で待機していたのだ。
 窓から見下ろすと、フローラが馬車を誘導しているのが見える。
 ワシらも行くとするか。
 立ち上がると、クロードが不安そうにワシの袖をきゅっと掴んでくる。

「……大丈夫、ですよね……」
「あぁ、ワシを誰だと思っているのだ?」
「ふふ、いつものゼフ君ですっ♪」

 嬉しそうにワシの腕に抱きつくクロードの頭を撫でながら、ワシは玄関口へと向かうのだった。
 階段を下り、玄関にて待機する。
 クロードも緊張しているのか、ワシの影に隠れ俯いたままだ。
 心配するなといわんばかりに手を握ってやると、強く握り返してきた。

「さ、それではどうぞ入ってくださいな」
「はい、失礼します」

 フローラと若い男の声が扉の外から聞こえてくる。
 ……というかこの声、どこかで聞いた気がするぞ。
 フローラに続いてあらわれたのは長い金髪をなびかせた優男――――オックスである。

「オックスさんっ!?」
「あ、あなたはクロードさん……それにゼフ君ではないかっ!?」

 驚きの声を上げるオックスだが、それはこちらも同様である。
 ナナミの街でクロードの手柄を横取りし、英雄気取りをしていたオックスが件の婚約相手だったとは……うーむ世間は狭い。

「む、二人ともオックス殿とお知り合いなのかな?」
「え、えぇと……あはは……」
「……おい、二人共ちょっとこっち来い」

 困ったように笑うクロードと混乱気味のオックス、二人の腕を掴んで近くの部屋へと連れ込んだ。
 扉を閉じ、背中で押さえて両親を入らせないようにしておく。

「ゼフ君? 一体どうしたのだ?」
「すまないがしばらく三人で話をさせてもらえないか」
「ふ、ふむ……まぁ構わんが……」

 少し不満げにそう答えるアシュトンを扉向こうに待たせておく。
 よし、これでゆっくり話をつけることが出来るな。
 ワシは大きく息を吐くと、オックスをじろりと睨みつけた。

「……さてオックス、色々と聞きたい事があるのだが構わないよな?」
「それはこっちのセリフだっ! 君たちと別れた後、父上の命でここに来たらまた君たちがいたんだよっ! 全くどうなっているんだ一体っ!?」
「なるほど、オックスにとっても寝耳に水だったか」

 ならば話は早い。
 ワシはニヤリと笑うと、オックスの襟首を掴みぐいと引き寄せた。

「おい、この縁談はなかった事にしろ」
「ど、どういうことだい……?」
「クロードもレオンハルト家も、縁談は本意ではなかったのだよ。悪いがこのまま帰って、適当に言い訳をしてくれるか?」
「バカなっ! そんな簡単に引き下がれるワケが――――」
「――――ちなみに強硬手段として考えた策は、ワシがお前をボコって力不足を理由に引き下がらせる、というモノだが……」
「ひいっ!?」

 オックスの抗議に被せるように冷たく言い放つと、情けない悲鳴を上げた。
 全くビビり過ぎだろう。それでも騎士かお前は。

「あ、あの……ゼフ君? もう少し穏便に……」

 恐る恐るそう呟くクロードの方をちらりと見て、ワシはオックスの襟首から手を放した。
 息が苦しかったのか、げほげほと咳をするオックスにワシは続ける。

「ふん……で、どうする?」
「わ、わかったよ……僕だっていきなりの話だったんだ……そこまで乗り気だったワケでもないし……」
「話が早くて助かるよ」
「ありがとうございます、オックスさん」

 ワシらのやり取りにクロードも安心したのか、胸を撫で下ろしオックスに礼を言う。
 オックスのヤツ何やら言いたげではあるが……とりあえず一件落着と言ったところか。

「……そうだな、手筈としては魔導師ワシに負ける様な輩にクロードを預けるワケにはいかぬ! とアシュトンに突っぱねられたと言う事にしておこうか」
「……わかった、それでいい」

 渋い顔で納得をするオックス。
 流石に少し悪い気もするが、元々そういう予定だったのだ。
 オックスのように話の通じる相手でなければ、実際戦って倒していたしな。
 痛い目を見ずに済んでよかったくらいだろう。

「あの……オックスさん、本当にすみませんでした」
「い、いえ……っクロードさんが謝る事では……それに自分にも好きな人がいますからっ!」
「そうなんですか? よかった……その方と幸せになってくださいね、オックスさん」
「……っ!」

 戸惑うオックスの手を握り、花が咲いたような笑顔を向けるクロード。
 オックスのやつ、真っ赤になっているではないか。
 見た目の割に女慣れしてないなコイツ。

「――――さ、話も終わったしそろそろ帰ったらどうだ? オックス」
「今から帰っていたら真夜中になってしまいます。今日は泊まって貰いましょう。ねっ、オックスさん」
「あ、あぁではそうさせて貰おうかな……」
「馬屋で十分だぞこんな奴」
「もう、ゼフ君てば!」

 頬を膨らませながら、クロードがワシの腕にしがみついてくる。
 腕に押し付けられる柔らかな感触が心地よい。
 クロードを連れ部屋を出るワシの背中に、オックスの視線が突き刺さるのを感じるのであった。
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