176 / 208
連載
317 メア⑥
しおりを挟むバイロードとタイタニアのデッドヒートは凄まじく、大地を削り木々をへし折り、なおも荒野に破壊の跡を撒き散らしていた。
ゼフが手をかざすたび、矢は風の壁に防がれ、炎が鉄を焼き、氷が舞い散り、大地は隆起する。
初めて見る魔導の華やかさに、メアはぞくぞくと震えた。
「……ゼフさんとの子が生まれれば、あのような力を得られるのでしょうかぁ」
うっとりとした顔でそう漏らすメア。
やはり逃がすわけにはいかない。地の果てまででも追いかけ、捕まえる。
「逃げられないように鎖をつけて……いえ、その程度ではきっとまた逃げられてしまいますわぁ……四肢を、感覚を、思考を……全てを奪い、何も出来なくなったゼフさまは私を頼るしか出来なくなる……あはぁ」
恍惚とした顔で、メアはぶるりと震えた。
びくん、びくんと小さな身体を痙攣させながら、メアは大きく息を吐く。
「……ふぅ、いけませんわぁ。獲物を前に舌なめずりは何とやらといいますし、続きはゼフさまを捕まえてからゆっくりと……あら?」
物騒な事を考えるメアの視線の先で、バイロードからミリィが飛び降りる。
そして何やら念じたかと思うと、翼の生えた馬が出現しミリィを受け止め空へと舞い上がった。
そのまま二手に別れ、ミリィの方は森の中へと飛んでいく。
「あら驚いた、ミリィさんまで同じような事まで出来ますのねぇ。あちらの方が与し易そうですけれども……雑魚は無視ですわぁ……!」
飛び去るミリィからバイロードへ視線を移すと、メアはぺろりと唇を舐めるのだった。
「やはりこっちを追ってきたな」
ミリィには目もくれず、タイタニアはこちらへ向かってくる。
狙い通りではあるが、少しは迷ってくれれば時間も稼げたのだが。
「そりゃも~ゼフっちに夜這いかけてきたくらい情熱的ですもんねぇ~」
レディアがジト目でワシを睨んで来る。
だから前を見ろというのに。
「茶化すなよ……ともあれ時間を稼ぐ必要がある。頼めるか、レディア?」
「はぁ……ゼフっちの頼みを断われるわけないじゃん」
やれやれといった具合に、レディアはため息を履く。
そして前を向くと、ぼそりと呟いた。
「……じゃ、しっかり掴まってよね」
「わかった」
レディアの腰を掴むと、バイロードは一気に加速する。
凄まじい速度だ。レディアの長いポニーテールがばさばさと真横になびいている。
で、出来れば安全運転で頼む。
稲妻のような軌跡を描き、バイロードは大岩を避け進んでいく。
タイタニアはそれを踏み砕きながら、こちらを追ってきているようだ。
だが辺りの岩のサイズは徐々に大きくなっていく。そういう風に道を選んでいたのだ。
さしものタイタニアも自身の身体程の大岩を突破できないようで、いつの間にか視界から姿を消してしまった。
「振り切った……とは思えんな。きっとまだ追ってきているだろう。恐らく迂回して追ってきているな」
「あっはは~愛が重いねぇ、ゼフっちぃ?」
全然笑い事ではないのだがな。
あの性格だ、絶対に諦めてはいないのだろう。
仮にここで振り切っても、また追ってくるだろう。
どうにかして確実に止めておく必要がある。
とはいえ今はタイタニアの姿も見えない。しばし休戦といったところかな。
レディアも同じことを思ったのか、スピードを少し緩め全身をリラックスさせたようだ。
「……いい風だね」
気持ちよさそうにレディアが髪を撫でると、長いポニーテールがふわりとなびく。
確かに、今まで必死で気づかなかったがバイロードに乗って受ける風は格別だ。
「……あぁ、そうだな」
景色が猛スピードで流れていく。
海が近づいているのか、ほんのりと潮の香りが風に乗って流れてきた。
こんな状況でなければ、悪くはないな。
レディアの呟きが、風に乗って耳を掠める。
「こんな時間がずっと続けばいいのに……」
「何か言ったか?」
「……なんでもないわよ!」
「そうか? ……くっくっ」
「あーっ! 聞こえてたわねっ!」
レディアが頬を膨らませ、ひじ打ちを食らわしてくる。
……確かにこんな時間が続けばいいが、そうは問屋が卸さない様だ。
ドゴオオオン! と、爆音が響きワシらの前方にあった岩壁が崩れ落ちる。
土煙の中からあらわれたのは、メアの駆るタイタニアだ。
「うふふ、見つけましたわぁ……!」
ずぅん、と地面を響かせ、ワシらの前に立ちはだかるタイタニア。
両手、両足を大きく広げたその姿は、まさに山の如しである。
「通せんぼね。……どうする? ゼフっち」
「走っている際にちょっと思いついた事がある。このまま突っ込んでくれるか?」
「……オーケイ」
レディアがゴーグルをかけ直しアクセルを回すと、バイロードが猛々しく音を掻き鳴らす。
まるでレディアの気合を表すかのように、ガオンガオンと。
最後に一度、強くアクセルを回すとバイロードの排気筒から勢いよく煙が吹き上がる。
向かい来るバイロードに、タイタニアは深く腰を落とし構えた。
「勝負ですわぁレディアさまと私、どちらがゼフさまにふさわしいか!」
「……あっはは」
そう、笑いながらもレディアは速度を落とさない。
伸びてくるタイタニアの腕に向け、一直線に突っ込んでいく。
「おぉぉぉ止まりなさいなぁぁぁあ!」
タイタニアが巨腕を薙ぐように振るうと、大地が削れ、ワシらの眼前に壁を思わせるかのような石弾の嵐が吹き荒れる。
だがレディアはスピードを落とさない。ワシの言うとおり、爆走していく。
「あれは任せたよ、ゼフっち」
「応とも」
それに応えるべくワシは手をかざし、タイムスクエアを念じる。
時間停止中に念じるのは、ブルーゲイルとレッドインフェルノ。
――――二重合成大魔導、ゲイルインフェルノ。
時間停止が解除されると共に、石弾の嵐の中心で一瞬、小さな光が灯る。
――――直後、凄まじい爆発が全てを吹き飛ばした。
壁の如く立ち昇っていた石は散り散りになり、タイタニアへの道が開かれる。
「道は開けたぞ、レディア」
「ん、後は任せといて……っ!」
撃ち漏らした小さな破片を最小限の動きで躱しながら、レディアはタイタニアへと迫る。
「させませんわぁっ!」
股下を潜られる、そう思ったのかタイタニアは座り込み道を封じた。
それでもぐんぐん加速するバイロード。視界の先に岩が見えた瞬間、レディアがアクセルをさらに踏み込む。
まっすぐ岩へと向かうバイロードはそれを踏み台にして、跳んだ。
土煙の尾を引きながら、高く、高く。
ガシャン、とバイロードはタイタニアの上で一度着地し、そのまま後方へと飛び越えていく。
「私を踏み台に……? 勝負から逃げるつもりですか? レディアさまぁ!?」
「ごめんね、でも私より本人に話をつけなさい」
「どういう事ですの……っ!?」
遠ざかっていくレディアの声を聞きながら、メアは目を見開く。
バイロードにはレディアしか乗っていない。
振り返るメアとワシの目が、合う。
「……よう、先刻ぶりだな」
「あら……あらあらぁ……? 私のものになりに来て下さったのですかぁ?」
メアは笑みを浮かべているが、彼女の纏う空気はびりびりと痺れるようだ。
強烈な威圧感、狂獣化したシルシュとどこか似た空気を感じる。
だが気圧されること無くワシはメアを睨み返す。
「いいや……説得に来たのだよ。この辺で止めておけメア。そうすれば悪いようにはしない」
「お断りしますわぁ。私、欲しいと思ったものは必ず手に入れる性格ですのよぉ」
「まぁそうなのだろうがな……だから力づくで止めに来た」
「あははぁ、無理矢理というも嫌いではないですわぁ」
メアは口角を吊り上げて笑うと、手に握っていたハンドルのようなモノから手足を離す。
同時にガコンと音を立てタイタニアの動きが止まった。
巨腕が地面に落ち、ずしんと土煙が上がるのが見える。
「……おい、まさかそのタイタニアの動力源は……」
「お察しの通り、私ですわぁ、タイタニアの動きは心臓部ともいえるここを通り、私の一挙一動によって動かすことが出来ますのよぉ?」
簡単に言ってくれるが、これだけの巨大な石の塊を身体一つで動かしているだと……?
身体能力が高いという程度の話ではないぞ。
冷や汗を浮かべるワシを睨みつけ、メアはぺろりと舌なめずりをする。
「……では、私と踊ってくださいますかぁ?」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4,125
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。