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事例1 九十九人殺しと孤高の殺人蜂【事件篇】

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「こいつを持っていてくれ。後、軽く中嶋にもスルーされてたけど、そのエビチリはここに置いて行け。心配しなくても誰にも盗られないからな」

 尾崎にケーキ箱を手渡す。いまさらになって気付いたが、尾崎はしっかりとエビチリをここまで持ち込んでしまっている。法規措置がとられた特別な認可者であるため、チェックが不充分だったのか、それともエビチリは検閲の必要がないという特殊な規約があるのか。はたまた、尾崎のエビチリ愛が、エビチリを見えないものにしていたのか――。なんにせよ、万全のセキュリティーを誇るはずのアンダープリズンが、エビチリの侵入を許したのだ。検閲システムを見直し、しっかりとマニュアルを決めたほうがいい。

 尾崎は渋々とエビチリを手離し、わざわざ検閲ボックスの中に入れる。あろうことかボックスを閉じ「これで認可がないと開けられねぇっすよね?」と、鼻を鳴らした。面倒なことをしてくれたものだ。まぁ、このイレギュラーなできごとに、アンダープリズン側がどんな対応を見せるのか興味もあるのだが――。

 大きく深呼吸をして、認可証を最後の認証機に読み取らせた。重たい扉が音を立てて横へとスライドし、淀んだ空気を吐き出した。その空気にはすでに、ピリピリとした微粒子のような含まれているような気がした。

 倉科は拳銃を構えた。何がなんだか分からないだろうが、この異様な空気は察することができたのであろう。尾崎と縁は身構える。

 拳銃を構えながら、倉科はゆっくりと部屋の中へと足を踏み入れた。薄暗い明かりに照らされた独房の中は、湿った空気が漂い、そこに独特な威圧感が含まれて循環じゅんかんしていた。続いて尾崎と縁が足を踏み入れ、鉄扉はゆっくりと閉まった。地下の奥深くに、倉科達は閉じ込められてしまったわけだ。

 これだけの音がすれば、彼だって嫌でも気付くであろう。恐らく眠っていたのであろうが、鉄格子の向こう側でむくりとベッドから起き上がる。

「人がせっかく気持ち良く寝てたってのによ――。相変わらず身勝手な連中だな。警察の馬鹿はよぉ」

 気だるそうに頭をかくと、彼は尾崎と縁の姿に気付き、気味の悪い笑みを浮かべた。時間に縛られず、ある程度の自由な生活スタイルを許されている彼のほうが、身勝手であるように思えるのは倉科だけであろうか。

「今日は知らねぇ顔がいるなぁ。まぁいい。とりあえず風呂だ。風呂――。もうちょっと空調をどうにかしろよ。過ごしにくいったらありゃしねぇ」

 尾崎と縁は、鉄格子の向こう側の彼の姿を見て、呆気にとられているようだった。トレードマークのトライバルタトゥーに、テレビでしつこく報道された顔。それが坂田仁であることには気付いていることであろう。もっとも、自分の目を疑っていることだろうが。
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