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事例1 九十九人殺しと孤高の殺人蜂【事件篇】

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「――で、結局のところ、そこにいるチョンマゲと女はなんだ? 何しにこんなとこに来たんだ?」

 ようやく落ち着きを取り戻した坂田は、尾崎と縁の間に視線を往復させる。恐らく、チョンマゲ呼ばわりされたのは尾崎のほうだろう。

「け、警部……。彼は私の記憶が正しければ」

「あぁ、正真正銘の坂田仁だよ。近くで見ると迫力あるだろ? 餌は勝手に与えちゃ駄目だぞ」

 倉科は冗談じみた返し方をしてやったが、その場の雰囲気は全く和まなかった。むしろ、もっと酷くなったような気がする。

「自分、テレビで観たっすよ。坂田仁は確かに死刑が執行されたって報道されていたはずっす」

 チョンマゲと呼ばれたことを気にしてなのか、尾崎は結わえた後ろ髪に手を当てながら、驚愕の表情を見せていた。

「まぁ、世の中には嘘やフェイクが蔓延まんえんしてるってことだ。これで分かっただろう? ここで見聞きしたことを口外しちゃいけないって意味がな」

 日本を震撼された凶悪連続殺人鬼。すでに死刑が執行されていることが常識となっているにも関わらず、鉄格子越しに自分の目の前に現れ、しかも絶賛しながら焼きプリンを平らげた。尾崎と縁は夢でも見ているような感覚なのであろう。

「俺は見世物じゃねぇんだよ。全く、例の事件のことを聞きにきたのかと思ったら、わけの分からねぇ連中を連れてきやがって、勝手にごちゃごちゃと――。せっかく、俺の機嫌がいいってのによぉ」

 例の事件とは殺人蜂のことである。本来ならば、別の日に改めて聞きにくる予定だったのだが、どうやら今日の坂田は話す気があるらしい。この天邪鬼は本当に気分屋で、機嫌の悪い時は交換条件をのんでやっても何も話さないことがある。尾崎と縁を坂田と接見させることが目的だったのだが、少しばかり方向修正をしなければならないようだ。坂田が機嫌のいい日など滅多にないのだから。

「警部、例の事件って?」

 できれば黙っていて欲しいのだが、縁の立場からすれば疑問符ばかりが浮かんでいて、それを処理することに必死なのであろう。答えてやる義務はないが、それではあまりにも尾崎と縁が可哀想だ。可能な限り機密は機密にしておきたかったのだが、仕方がないだろう。

「殺人蜂の事件だよ――。今、捜査が行き詰まってるだろう?」

 倉科の言葉に、すかさず尾崎が口を挟んでくる。

「殺人蜂って……。どうしてこいつが殺人蜂の事件のことを知ってるんすか?」

 尾崎に【こいつ】と呼ばれたことが面白くなかったのか、まだクリームのついていた指先を舐めながら坂田が呟く。

「こいつじゃねぇ――。坂田だ。覚えとけよ、チョンマゲ」

「だったら自分もチョンマゲじゃねぇっす! 尾崎っす!」
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