ラヂオ

雲黒斎草菜

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13)神主ミコトと花園カリン(前編)

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「──カリンちゃーん。おなかすいたぁ~~」

 数人はひっくり返ったな。緊迫した空気を一瞬で蹴散らす泣き声にも近い幼げな声音。

 隙を突いて、カリンが宙から見事な日本刀を取り出して真横に薙ぎ払った。
 ぞんっ、と大気が引き裂かれ、風が舞い踊り、三上姉妹が二人同時に飛び退き、香坂ひとみが腰を引く。東条源三郎が被る山高帽の先が真っ二つに切れて、ぱさりと地面に落ちた。

「おいおい。高かったんだぞ、この帽子」
「このあいだは人のことを散々言ったくせに、お前も亜空間を物置代わりに使っておるではないか」
「カリンめ。相変わらず読めない動きをする奴だ。祥子! 気を許すな」
 それぞれに驚きを隠せないようす。

「今のうちじゃ、カリン。剣豪にも……なんかたべたぁーい……武器を渡せ……お、な、か。へったぁぁ」
「さっき食ったんじゃないのか?」
 呆れていいのか、緊迫するべきなのかよく分からないでオロオロするオレの手に、カリンが使っていた日本刀が渡され、自分ももう一つの日本刀を宙から取り出していた。

「し、し、真剣じゃないか」
 これまでオモチャみたいな模造刀をカッコつけて振り回したことはあるが、学生剣道で真剣はあり得ない。

「す、すげぇぇ」
 鳥肌が立ちそうなほど剣呑な輝きを放出する、まさしく真剣、本物の刀だ。
「竹刀と全然違う……でも意外と軽いんだな。もっと重いと思ってたぜ」
「その刀は特別なの。半世紀未来の刀鍛冶とリンクしたお大師様が作った物よ。だからね、これまでの刀より軽いわりに硬くて切れ味抜群よ」

 初めて持つ刀の柄(つか)はオレの手に吸い付くように馴染んでいた。まるでいつもの竹刀と同じ感触だ。違うのはその刃の滑り具合。すり足で踏み出し、近くの枝を払ってみて度肝を抜かれた。
 銀の刃は何の抵抗も無く枝を切り落とし、それを見てクローラーの連中は一歩下がって固唾を呑んだ。

「すんげぇ切れ味だ………」
 感嘆の息を吐くオレ。そして再び、浅間がクローラーの前に出た。

「あなた………それを持つことの意味を理解してるの?」
「おう。オレが剣を持ったということは、」
 カリンを真似て、八相の構えをする。
「オマエらと戦う準備ができたということだ! どっからでも掛かってきやがれ!」
「そっか……覚悟はできたのか…………」
 またもや浅間は後ろに下がり、クローラーどもが前に出る。
 そこへ場違いな黄色い声。

「あなかへったよぉ。カリンちゃ~ん」

「なんでこの子はこんなに腹が減るんだよ」
「だぁ~って、ケンゴちゃん。ミコト食べたのバナナだけだもん………そうじゃ、幼子と精神融合すると………おむすびないの? ……脳細胞が大量のブドウ糖を消費するから………カリンちゃーん。おなかへったぁ……腹を空かすのじゃ」

「けんご、チョコレートとか持ってない?」とカリンに訊かれるが、
「そんな物をポケットに忍ばせている剣士はいない」
「けんご、みぎっ!」
「うぉっ!」
 右方向の茂みから、香坂の槍がオレの横っ腹を狙って突き出た。咄嗟に横へ逃げ、茂みの奥まで狙って未来刀で振り払う。
 緑の葉っぱが派手に飛び散り、香坂が後方へ逃げた。
 溜め息の出るような切れ味と、バネみたいな香坂の動きに驚愕する。

「だぁーっ!!」

 ぎんっ!
「はっ!」
 息を吐く叫び声と金属音が弾けた。

 鍛錬の賜物か、オレの研ぎ澄まされた反射神経は無意識に反応し、自然なフォームで鋭利な物体をオレの刀は受け止めていた。
「ジジィ! 物騒な杖だな、それ!」
 鉛色に光る先端。それが恐ろしく尖っている。

「道具屋筋で買(こ)うたんじゃ」
「嘘つけ! そんな物は売ってねえワ」

 東条は年寄りとは思えない機敏な振る舞いで、杖を突いてくる。
「ほいっ! はっ! ほっ!」
 短い掛け声とに合わせて連発で繰り出される突きをかわす。

 それにしたってその動きは鍛え抜かれた者の動きで、こっちも散々練習を重ねてきた身なのだが、真剣での試合など未経験さ。体がすくんでしまって思うように動けない。ジイさん相手に押されてきた。

「けんご、ここはあたしに任せて、あんたはお大師様を連れて境内へ移動して、こいつらはそこまで入れないから」
「オマエは?」
「ここで足止めするわ」
「一人で四人相手は無理だ!」
「タイミングを計ってあたしも境内に戻るから。それよりお大師様を守るのよ」

 寸刻ほど思考が淀んだが、決断する。
「わかった! おいでミコト」
「なんかたべたい………走れ、剣豪」
 義空と交互に現れるミコトを脇に抱え、境内へ急いだ。
 幸い連中はアクロバティックなカリンの動きに翻弄されたようで、追っては来なかった。

「よかろう。剣豪。もう大丈夫じゃ」
 小脇からミコトに言われてようやく足の動きを緩める。
 ザク、ザクと白い砂利の上を二歩進んで、握り締めていた物体を注視した。

 銀白の刃(は)が放つシャープな光りは現実味を帯びており、握り慣れた竹刀みたいな顔をして、オレの手の平に吸い付ついている。

 ようやく事の重大さを肌で感じた。

「こんなもので身を守るのか………」

「何を言うとる。そういう稽古を続けて来たんじゃろ? それとも遊びだったのか?」
「オマエらの時代ではそうかもしれんが、二十一世紀の日本ではあり得ないんだ」

 信じられない気持ちで日本刀に見入っていると、
「それを持って町をうろつくと、銃砲刀剣類所持違反になるわよ。すくなくともこの時代ではね」

「浅間!」

 石畳の上で見慣れた制服が風に踊っていた。

「オマエだって、そのでかいナイフはまずいだろ………」
 刃の先を地面に落として浅間は握っていたが、まぎれもなく研磨された軍用ナイフだった。

 深呼吸を何度かして気を落ち着かせ、こちらも対峙に入る。
 刀の柄を左手指三本で持ち、右手を緩く添えて絞るように握って、浅間と向き合った。
 向こうも刃の先を地面から持ち上げ、ゆっくりとオレの眉間に合わせて手の動きを固定。

「義空……離れていたほうがいい」
 走ってオレから遠ざかるミコトの足音に神経を集中させ、オレは運動靴を脱いで踵を少し上げて中段で構える。そう、瞬発するにはこれがもっとも速い。


 寸刻の間が空き──。
「死ねっ!!」
 クラス委員長が吐き出したとは思えないセリフと、驚異的な速度で長い刃渡りのナイフが空中を突進してくる、その手首を狙い、
「せぇぇぇーいっ!」
 刀を振り下ろした。

 彼女がどうなるか想像はできたのだが、身体がそう動いた。でないとあのナイフにはマジで殺気がこもっていたからだ。
 しかしオレの刃は、ただ宙を切っただけで、次の刹那、右方向からギラっと危険な閃光と共に鋭く磨かれた刀剣が刺し込まれ、咄嗟に体を捻って切っ先から逃(のが)れた。

 間一髪だった。マジで浅間の動きは殺意で満ちていた。

「すげぇな、オマエ………。どうだ剣道部入らねえか?」
「余裕しゃくしゃくっていう感じね。柳生くん」
「へっ。だてに県大会で個人優勝までしてないぜ」
「全国大会でも優勝できるんじゃないの?」
「どうだかな。ま、金銭的な理由で出場は果たしてない。剣道部は貧乏だからな」
「今度クラスでカンパを募ってみるわ、アナタが生きてたらね!」
 言葉が切れるや、ぶんっと風が薙いで通った。その軌跡の先端を狙って日本刀の腹で受ける。

 ギャン!
 金属どうしがぶつかった時に発せられる、寒気がする甲高い音が鼓膜を振るわした。

「私の動きに追従するとは。あなた……開眼した後が怖いわね」

「当たり前じゃない! あたしのナナミさまをバカにしないでね」

「カリン!」

「あっちは大丈夫。ここまで入って来れないわ」
「なんで浅間は平気なんだ?」

 黒髪のクラス委員長は、カリンとオレが構えた日本刀に挟まれていたが、平然と唇の端をもたげて言う。
「おあいにくさま。私はクローラーではないと言ったでしょ」
「未来から来てんだろ?」
「そうよ。次元転移装置で直接飛んで来た生身の人間なの。だから私には次元フィールドは利かないわ」

「次元転移………? タイムマシンのことか?」
「古臭い言い方ね。ま、古代人には理解できないでしょうけど。DTSD(Dynamic Time Stretch Device)技術の延長線なの」
「くそ。本気で理解不能だぜ。早い話、オマエは精神的リーパーじゃなく、肉体的リーパーとでも呼ぶのか?」
「実体移動よ。アブソリューパーとでも呼んだらいいわ」
「へっ! ついて行けんぜ。何だ……あ、アブソ?」

「絶対的なジャンパーという意味よ」と浅間が応え。
「そ。お大師様みたいな精神的リーパーはリラティブって言うの」とはカリン。

 互いに鋭利な刃物を向け合い、リスキーな火花を散らして語り合う必要があるのか、と思案するが、つまり早い話、言葉を掛けあうぐらいにしか動けないのだ。浅間から発散する鋭く研磨された不抜(ふばつ)の気合に、カリンだけでなくオレも固着され、誰かが少しでも動けば爆発する、そんなとても危険なバランスで平衡が保たれていた。


「あー。委員長だぁ………おーい」
 刃の上に沿って指を這わすかのような緊迫した空気へ、平気で押し入ってくる人の声がした。

 浅間は遠くで手を振って駆け寄って来るマコトを発見すると、地面に落としていた自分の通学カバンを素早く拾い、その中に存在する不思議な空間へとナイフを仕舞い込み、急いでカリンも日本刀を宙に隠すが、オレはどうしていいのか分からない。今日は真剣の刀で練習をしたんだ、とでも言い切る?

「棚に仕舞う動きをイメージしながら念じるのよ」
「イメージって言ったって……」
 よく分からないが、マコトの目には触れられたくない。そんな一心で、電車の網棚へ荷物でも置く、そんな光景を思い浮かべつつ、長い刀を肩より少し上辺りの空間に掲げた。

 ブワァーンという羽音がして、空中に刃渡り1メートル以上もある刀が消えた。
「いい。あんたがどこに移動してもその場所に保存されてるから、危険を察知したらそこから出すのよ」
 とカリンが言い、浅間が忠告する。
「ふんっ。くだらないことを教えて。いいこと。亜空間利用も時間規則違反ですからね」

「かったいなー。お役人さんは~」

「ふんっ」

 カリンを睨む浅間の後ろにようやくマコトがたどり着き、細っこい手を挙げるとゆったりと問う。
「やぁ。みんなして何してんの、こんなところでさ」
 コイツだけ周りの空気とは異なる次元にいた。

「いや、偶然ここで会ったんだ。オレはこれから帰るところさ」

 脱力する肩を無理やり引き起こし適当に言い訳を並べ、浅間も調子を合わせる。
「私はお守りを買いに来たら、ここで巫女さんがさぼっていたので、注意していたところよ」
 カリンは乱れた袴をパタパタと叩き、
「さぼってなんかないわ。掃除してただけじゃない」
「あらぁ? その割りに箒を持ってないわね? それとも何か違うものでも握ってたの?」

 そうそう。超切れ味の鋭いやつな。

 そんなことより──嫌な予感がする。
「ミコトは?」
「あ、ミコトちゃん?」
 そこらの草の陰にでも隠れているのかと思って、カリンと探すがどこにも見当たらない。

「さて。私は帰宅するわ」
「階段の下まで送ってくよ」

 マコトはいつもの爽やかスマイルだが、オレは怒気も露わにして浅間に喚いた。
「待て! ミコトをどうした?」
 彼女は険しい顔をこっちに向け、
「私に何ができるの。あなたとずっとここにいたでしょ」
「ミコトならきっと友達の家だよ。この時間、ちょくちょく友達の家でアニメ見てるよ」
 マコトも同調して言いのけた。

「どう? これで無罪放免でしょ。私は帰らしてもらうわよ」
 ぷいとスカートを翻して、石段を降りて行く浅間の後ろ姿をきつく睨み、カリンへは命じる。
「ミコトの友達の家を知っていたら見に行ってくれ」

「わかった」

 石段とは別ルートで県道へと下りる山道を駆けだしたカリンの後ろ姿に、マコトは声を掛ける。
「ミコトならすぐ帰って来るって」
 それから視線をオレに転じると、血色のいい滑々した顔に柔和な表情をたたえた。

「剣豪くん。晩御飯食べていけば?」

「………………………」
 どこまでも能天気な野郎に眉をひそめる。
 コイツはいま周りで何が起きているのか全く把握していない。
 この数日、こっちは空が落っこちてきたほどの事態に右往左往していたというのに……。
 そんなことはただの思い過ごしだとでも告げるかのような目映い笑顔が無性に恨めしい。心の奥から沸々と怒りが湧き上がってきた。

 だから、つい。
「今日は母さんが早く帰って来るから、オレは帰る」
 冷たく背中を向けてしまった。

 寂しそうなマコトの気配を背に受けていたが、込み上げる怒りには耐えきれず、カリンが駆け抜けて行った山道を黙って下ろうとした。

「じゃ。また明日ね…………」
 オレの肩に浴びせて来た、気遣い、あるいは労い、そんなセリフに猛烈な寂寥感を抱いた。
 バカだオレ………。
 アイツに腹を立てどうする。それよりもマコトが真実を知ってしまったほうが怖い。義空が言うとおり、ナイーブなアイツだ。自ら命を絶つ可能性が高い。

 そう思うと無性に胸苦しい気分に苛まれた。
 思いっ切り振り返って大声で手を振る。

「マコトぉぉ! また明日なぁぁぁ!」

 暗闇と星空の境目で手を振るマコトの影を見つけて、ひとまず安堵しつつ。オレは県道へ出たところで、カリンの帰りを待つことにした。


 すっかり闇に包まれた県道から見えるものと言えば、街灯に照らされた灰色のアスファルトとそれを挟んで向こうに大きく広がる田んぼだけだ。田植えの始まらない田んぼはただの黒い草原で、その地平線には夕餉(ゆうげ)の準備にいそしむ町並みが、光の粒となって散らばっている。

 轟音と共にヘッドライトの白い光が辺りを舐めて通過。気付くとオレは下唇を強く噛んでいた。
 ずっと胸騒ぎが収まらないのは、カリンの帰りが思ったよりも遅く感じるからだ。

 義空の意識が消えかけていたのは疑いようもないが、境内で浅間と対峙する直前まではしっかり健在だった。どう考えてもあの状況でアニメを見に友達の家に赴くとは考えにくい。

 それと怪訝な気分になるもう一つの原因が、オレの右肩の少し上、手を伸ばした辺りの空間。カリンから貰ったあの刀の存在さ。

 生まれて初めて持つ真剣なのに、妙に手に馴染んでいたのは一体なんだったんだろう。夢でも見ていたのか………。

 疑惑と困惑の入り混じる複雑な気持ちを押し殺し、ゆるゆるとその辺りに手を持って行く。
 予想どおり手の先は宙を切り、無駄な動きをするだけの行為となった。

「──だよな。これが現実なのさ」
 思いを声に出して、徐々に晴々した気分になってきた。さっきの出来事は夢か、それとも連中に遊ばれていたかだ。そうさ、手の込んだドッキリだったのさ。

「何のために………?」
 自分の出した答えにすぐさま否定した。

『棚に仕舞う動きをイメージしながら念じるのよ』
 カリンの言葉を思い出した。
 もう一度チャレンジしてみることにする。何も変わらなけりゃ、夢だと片付けてしまおう。
 電車の網棚に置いた竹刀を取り出すイメージを浮かべて、そっと空中に手をやる。

 ぶわぁん、という羽音がして、その音が意外と周りに響いたため、吃驚(びっくり)して手を引っ込めた。
 震える足を押さえつつ、音がした宙を睨んだが、田んぼの上空には星空があるだけ。

 もう一度手を出す。
 頬を震わす乾いた音がして、オレの手の先が星空の中に消えていく。

「ある…………」
 喉を鳴らし、再び足を震わせた。
 それは確実に存在する。長い金属の冷たい感触と手に吸い付くような柄巻(つかまき)の感触。

 見えない柄を握ってゆっくりとそこから引き抜くと、暗い夜空の何も無い空間からオレの手と柄が姿を現した。
 さらに抜いていくと、鍔(ツバ)の先に鉛色の金属が顔を出した。そして波打つ刃文が姿を現したところで、怖くなって手を放した。

 瞬時に戻った静寂を一台の軽トラックの騒音が掻き乱して通った。
「………………………………」
 オレの顔に眩しいライトの光が照らされて、今度こそ覚醒された──全てが現実なんだと。

 両頬から頭の先に向けて、ぞわわわ、と粟立った皮膚が蠕動(ぜんどう)して過ぎていく。足がぶるぶる震え出し、腰に力が入らず、神社の入り口にある石に尻を落としてうずくまってしまった。

「ウソだろ。オレってもしかしてとんでもないことをしたのか……」
 急激に頭の中が後悔と恐怖の黒布に覆われた。

 子供のいたずらどころで済まされない。オレが未来を大きく変えてしまったのは疑いの無い事実で、未来人の怒りをマジで買ったんだ。
「浅間………覚悟なんかできてねえよ」
 アイツに大見得を切ったことが、ここに来て猛烈に悔やまれた。

 どーする。今さら冗談でしたとは言えないよな。
 相手はマジで未来から来た役人だ。警察みたいなもんだろ。警察相手に喧嘩売ったらどうなんだろ。
 向こうは組織だ。こっちにいる人材は、ちょっと腕は立つがおっちょこちょいのカリンと、頭は切れるが体は幼児だ。お遊戯ですらおぼつかないのに………。

 石の上に腰を下ろしていたオレは頭を抱え込み、ガシガシと髪の毛を掻き乱した。
 さっきからずっと全身は震えっぱなし。剣道部主将の面目など空の彼方に吹っ飛んじまっている。

 心の深く底から嘔吐にも似た不快で不気味な考えが浮き上がり、さらに総毛立った。
「こ、これって………」
 そう義空が言ってたじゃないか。自然発生したと。
 ここでやっと理解した。このタイムパラドックスを引き起こしたのはオレだと。
 未来で起こすマコトの発見や発明など、一連の功績。それから時間局の動きに義空とカリン。それらはオレがマコトの命を助けた瞬間に発生したんだ。

 強い苦味を伴なった記憶が滲み出てきた。深い悲しみ。友人を失った猛烈な喪失感だった。
 この記憶はなんだ───助けられなかったことを悔やんで………悲しくて苦しくて……。
 マコトは助かったじゃないか。なぜそんな嫌な記憶があるんだ?

 ものすごく重要なことがオレの意識の奥深いところで眠っていそうな気がする。だがそれを思い浮かべることをオレ自身が拒否してしまう。
 体が硬直して思考が停止。視界がじわりじわりと狭まり、暗闇へと沈んで行った。

「けんご……。友達んちにはいなかったわ」
 暗く沈んだ世界から引き摺り出すように、オレの肩を揺すったのはカリンだった。

「そうか………。あのよぉ、カリン」
 くしゃくしゃになった頭をもたげた時だった。

「ぬぁぁぁ!」
 たまたま通過した大型トラックのヘッドライトに、明々と照らされたカリンの姿を目の当たりにして、オレは予想外の衝撃を受けた。
 猛スピードで通過するライトの光りがカリンを素通しにして、はっきりと後ろの茂みが透けて見えている。

「カリン!! 身体が…………」

 彼女はオレの叫び声で自分へと視線を落とし、
「あ……あたし消えていくの?」
 まるでオレを責めるかのように両腕を広げて、半透明になり出した身体を見せつけた。
  
  
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