その都市伝説を殺せ

瀬尾修二

文字の大きさ
上 下
30 / 39
三章

三十話

しおりを挟む
 怨霊は、どんな僅かな隙も見逃さずに、少しでも傷を付けようとした。反撃されて逆にダメージを負うこともあったが、軽傷ならば瞬時に完治してしまう。
 悪狐が半円を描くように大きく薙ぐも、紙一重で避けられてしまう。そのまま前のめりになってしまい、再び顔面に剣を投げ付けられるが、事前に注意していたので難なく回避する。
 その後も斬撃の応酬は続いたが、手加減したままの状態でも善戦出来たため、悪狐は敵を過大評価していたのかと思い始めた。
 徐々に追い詰められていく怨霊は、自ら仕掛けた剣撃の殆どを凌がれるだけでなく、手痛い反撃を受ける様になってきた。そうした劣勢が続いても、行動に大きな変化が起こらない。
 やはり相手に余力はないと、悪狐は判断する。
(持久戦に付き合ってやる積もりだったが、その必要はなさそうだ)
 こう判断した悪狐は、出し惜しみを止めて襲い掛かった。
 大振りな攻撃をした場合、動作の終了前後に生まれる隙が悩みどころとなる。だが、反撃を差し込まれない程の速さで攻め続けられるのならば、問題は無いのだ。悪狐にはそれが出来る上、相手が後ろに仰け反ったり、反撃し難い体勢となるよう巧みに爪を動かせた。
 これまで深手を負わないように凌いできた怨霊だったが、遂に脇腹を大きく抉られてしまう。続けて体当たりをされると、数メートルほど後方に弾き飛ばされた。そのまま樹木に叩きつけられて間もなく、渾身の力を込めた鉤爪が振り下ろされる。剣で防ごうとするものの、得物を持った右腕が切り飛ばされてしまった。ところが怨霊は、隻腕になった事を意に介さず、左手で新しい剣を作り出すと、機械的に反撃し始めた。

 一気に勝負を決めようとする悪狐は、肉を切らせて骨を絶つといった攻め方になった。決して浅くない傷を負いながらも相手に詰め寄り、脇腹や太股の一部、そして顔面の半分までもを爪で削ぎ落としていく。
 そのまま勢いに乗って滅ぼそうとするが、驚愕に目を見開いてしまう。不敵に笑った怨霊が、自身の倍以上の早さで傷を再生させたからだ。千切れた腕すら、既に生え替わろうとしている。次々と想定外の行動を取る敵に、悪狐は薄気味悪い感情を抱いた。
 とはいえ、怨霊が劣勢である事に変わりはない筈だった。治癒した分の霊力が、しっかりと減っているからだ。

 悪狐の腹を一閃した怨霊が、相手の背後へ回り込む。その傷は浅く、致命傷には程遠い。
 振り向こうとした悪狐は、これまでに受けてきた剣撃と同じリーチを想定する。常に霊視を行っているので、視界の死角から迫り来る剣の軌道も分かっていた。
 ところが回避に失敗して、逆袈裟切りにされてしまった。いつのまにか、怨霊が扱う武器の形状が、大きく変化していたためだ。これまで片手で持っていた剣が、長くて幅が広い刀身の両手剣になっている。加えて、攻撃する寸前に刃の長さが伸びていた。
 当然、回避のタイミングも全く違ってくるので、この伸縮自在の斬撃は一定の効果を上げた。
しおりを挟む

処理中です...