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17.足止めされて
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3日目の朝。またコーヒーをもらったので、そのままレオハーヴェンさんと一緒に朝食を食べる流れに。おにぎりとパンを出し、少々迷ってパンを選んだ私を彼が見ていたので聞いてみる。するとおにぎりを食べてみたい、という。
彼の反応を見た限り、お米、醤油、味噌もあるにはあるがあまり浸透していないようだ。醤油と味噌はまだ見かけていないし、お米も需要が少ない割に供給が多くて安価だったのだろうと想像出来た。お米は飼料が主かもしれないし。
ただの塩握りだったのだが彼は甚く気に入ってくれたようで、コーヒーと交換で毎日食べるようになった。そんなこんなで気が付けば食事はいつも一緒で、色々話した。彼自身の事も教えてくれたし、私が他の国にも行って旅して回りたいと言ったら、冒険者ランクが上級になれば他国にも行きやすいと教えてくれた。彼の声は低音で耳に心地よく、話し方もとても静かで会話が楽しい。
ハーレム夫婦はというと、2日目以降はすっかり大人しくなって夜の営みも停止した。みんなも眠れるし、私は3日目からやっと馬車の旅を満喫していた。
■
5日目、馬車は山道を走っていた。山を越えればヴェスタまでもう一息。
この山は魔物が多くて野宿は危険だが、1日で越えるのは難しいため所々にある山小屋に泊まるのだそうだ。
目的の小屋まであと少しというところで急に雨に降られ、着いた頃にはもう土砂降り。中に入るまでに皆びしょ濡れになってしまった。乾燥しようかちょっと迷っていると、レオハーヴェンさんに視界を遮られた。壁際に立っていたので周りが全く見えない。
「乾燥したらどうだ?ついでに俺も頼む」
「…はい、分かりました。じゃあ…」
もしかして私の迷いに気が付いて言ってくれたのかもしれない。ありがたく思いながら彼に掛けようとすると止められる。
「先に自分をやれ」
「…はい、ありがとうございます」
その言葉に甘えて自分を済ませ、彼の胸の前に手を掲げて念の為言っておく。
「あの、自分以外の人に掛けるのは初めてなので…乾き過ぎたらごめんなさい」
「許さねえ」
「…えっ…」
「…冗談だ。失敗しても怒らねえからやれ」
冗談とか言うんだ!?っていうか、冗談に聞こえないから!
とツッコミたいのを堪える。
「ハハハ…ではやります。…【乾燥】」
ほんの一瞬、彼の身体を風が包み込んで消える。…乾き過ぎてはいないようです。
「…これがお前の魔力か…」
「えっ?」
「いや、何でもねえ。ありがとな」
「はい…」
ボソッと呟かれた言葉はよく聞こえなかった。
■
次の日。
本来ならば朝6時には発つ予定だったが、昼を過ぎても出発できる見込みは無かった。季節外れの長雨は時折弱くなるものの止みはしない。平地なら多少降っていても進めるが山ではそういう訳にいかないのだ。
時間が経つにつれて苛立つ人が出始め、雰囲気は悪くなるばかり。御者が今夜も泊まる事を皆に告げて謝ると、客たちは不快感を隠そうともしなくなってブツブツ文句を言いだす。
その気持ちは分からないではない。仕方ないとはいえ山中で足止めを食らって予定は大幅に狂った。その上旅の質素な食事が続く。ハイミルで乗ったのは私だけだから他の人達はそれ以前からだ。流石に飽き飽きしている頃だろう。
でも天候はどうにもならないし…何か温かい食べ物とか作ってみようか。シチューはどうかな?いや他に主食が要るからダメだね。う〜ん…そうだ、リゾットなら!お米も他の材料も複製してあるから沢山あるし。
よし、そうと決まれば早速。
私は立ち上がってローブを脱ぎ、山小屋にある簡易的なキッチンに向かった。カマド的なのが2つあるのがありがたい。いきなり作業を始めた私を皆訝しげな表情で見る。
「何か温かいものを作りますので皆さんの夕飯の足しにして下さい」
皆の方を振り返ってそう話し、反応を待たずに火を熾した。
バターの香りがし始めるとレオハーヴェンさんが側に来る。
「何が出来るんだ?」
「リゾットです、チーズリゾット」
「あの…すみません、気を使っていただいて…」
彼に続いてやってきたのは御者親子。申し訳なさそうに縮こまっている。
「いえ、自分が食べたいだけなんですよ」
「…ありがとうございます」
御者親子はお礼を言うと戻っていったが、レオハーヴェンさんは壁に凭れて私の料理を眺めている。
「レオハーヴェンさん…」
「レオンで良い」
「えっ…えーと、じゃあレオンさん。出来るまでまだ時間掛かりますよ」
愛称呼びの許可にちょっと照れる自分に気が付かないフリして言う。
「…くくっ、俺が食い意地はってるみたいな言い方だな?」
「そんなこと思ってませんよ?…見ててもつまらないでしょうし、休んでたらどうかなぁ…と」
ホントは少し思いました。だっておにぎり凄い勢いで食べるんだもん。
「暇つぶしだ。それに、じっと座ってるってのはあんまり好きじゃねえ」
「そうですか…」
見られてるのは何だか落ち着かないんだけど…暇なのは事実だろうしね。
私は思考を切り替えて料理に集中した。
最後にチーズを加えて少し待つと完成。土鍋の蓋を開けると濃厚な香りが漂う。人数は私を含めて10人、2つの土鍋いっぱいに作ったので足りるだろう。
手拭いを鍋つかみがわりにして持ち、皆の所を回ってどうぞ、と声をかけながら各々の器に盛っていく。最後に御者親子とレオンさんの元へ行って配り終えた。自分の分を盛るとちょうど無くなる。我ながら名分配。
「おい」
毛皮の上に落ち着いた時、レオンさんに呼ばれる。
「はい?」
すると彼が顎で周囲を示した。見ると皆まだ口をつけていない。待っていてくれたのだろうか?
「どうぞ、温かいうちに食べて下さい」
もう一度勧めると隣の人と顔を見合わせてから食べ始めた。味見はしたが反応が気になって側にいる彼を伺う。
「…美味いな…」
良かった。その一言に胸を撫で下ろす。
「…おいしいです、キラさん。あなたは料理も上手なんですね…」
「お口にあったなら良かったです」
レオンさんの隣にいたボッシュさんも感心したように言い、他の人たちも美味しそうに食べてくれている。さっきまで戸惑っていたハーレム夫婦にも笑顔が見えた。
食後はどことなくホッとした空気が流れ、雨も夜半前には上がった。
明日はここを出発出来そうだ。
彼の反応を見た限り、お米、醤油、味噌もあるにはあるがあまり浸透していないようだ。醤油と味噌はまだ見かけていないし、お米も需要が少ない割に供給が多くて安価だったのだろうと想像出来た。お米は飼料が主かもしれないし。
ただの塩握りだったのだが彼は甚く気に入ってくれたようで、コーヒーと交換で毎日食べるようになった。そんなこんなで気が付けば食事はいつも一緒で、色々話した。彼自身の事も教えてくれたし、私が他の国にも行って旅して回りたいと言ったら、冒険者ランクが上級になれば他国にも行きやすいと教えてくれた。彼の声は低音で耳に心地よく、話し方もとても静かで会話が楽しい。
ハーレム夫婦はというと、2日目以降はすっかり大人しくなって夜の営みも停止した。みんなも眠れるし、私は3日目からやっと馬車の旅を満喫していた。
■
5日目、馬車は山道を走っていた。山を越えればヴェスタまでもう一息。
この山は魔物が多くて野宿は危険だが、1日で越えるのは難しいため所々にある山小屋に泊まるのだそうだ。
目的の小屋まであと少しというところで急に雨に降られ、着いた頃にはもう土砂降り。中に入るまでに皆びしょ濡れになってしまった。乾燥しようかちょっと迷っていると、レオハーヴェンさんに視界を遮られた。壁際に立っていたので周りが全く見えない。
「乾燥したらどうだ?ついでに俺も頼む」
「…はい、分かりました。じゃあ…」
もしかして私の迷いに気が付いて言ってくれたのかもしれない。ありがたく思いながら彼に掛けようとすると止められる。
「先に自分をやれ」
「…はい、ありがとうございます」
その言葉に甘えて自分を済ませ、彼の胸の前に手を掲げて念の為言っておく。
「あの、自分以外の人に掛けるのは初めてなので…乾き過ぎたらごめんなさい」
「許さねえ」
「…えっ…」
「…冗談だ。失敗しても怒らねえからやれ」
冗談とか言うんだ!?っていうか、冗談に聞こえないから!
とツッコミたいのを堪える。
「ハハハ…ではやります。…【乾燥】」
ほんの一瞬、彼の身体を風が包み込んで消える。…乾き過ぎてはいないようです。
「…これがお前の魔力か…」
「えっ?」
「いや、何でもねえ。ありがとな」
「はい…」
ボソッと呟かれた言葉はよく聞こえなかった。
■
次の日。
本来ならば朝6時には発つ予定だったが、昼を過ぎても出発できる見込みは無かった。季節外れの長雨は時折弱くなるものの止みはしない。平地なら多少降っていても進めるが山ではそういう訳にいかないのだ。
時間が経つにつれて苛立つ人が出始め、雰囲気は悪くなるばかり。御者が今夜も泊まる事を皆に告げて謝ると、客たちは不快感を隠そうともしなくなってブツブツ文句を言いだす。
その気持ちは分からないではない。仕方ないとはいえ山中で足止めを食らって予定は大幅に狂った。その上旅の質素な食事が続く。ハイミルで乗ったのは私だけだから他の人達はそれ以前からだ。流石に飽き飽きしている頃だろう。
でも天候はどうにもならないし…何か温かい食べ物とか作ってみようか。シチューはどうかな?いや他に主食が要るからダメだね。う〜ん…そうだ、リゾットなら!お米も他の材料も複製してあるから沢山あるし。
よし、そうと決まれば早速。
私は立ち上がってローブを脱ぎ、山小屋にある簡易的なキッチンに向かった。カマド的なのが2つあるのがありがたい。いきなり作業を始めた私を皆訝しげな表情で見る。
「何か温かいものを作りますので皆さんの夕飯の足しにして下さい」
皆の方を振り返ってそう話し、反応を待たずに火を熾した。
バターの香りがし始めるとレオハーヴェンさんが側に来る。
「何が出来るんだ?」
「リゾットです、チーズリゾット」
「あの…すみません、気を使っていただいて…」
彼に続いてやってきたのは御者親子。申し訳なさそうに縮こまっている。
「いえ、自分が食べたいだけなんですよ」
「…ありがとうございます」
御者親子はお礼を言うと戻っていったが、レオハーヴェンさんは壁に凭れて私の料理を眺めている。
「レオハーヴェンさん…」
「レオンで良い」
「えっ…えーと、じゃあレオンさん。出来るまでまだ時間掛かりますよ」
愛称呼びの許可にちょっと照れる自分に気が付かないフリして言う。
「…くくっ、俺が食い意地はってるみたいな言い方だな?」
「そんなこと思ってませんよ?…見ててもつまらないでしょうし、休んでたらどうかなぁ…と」
ホントは少し思いました。だっておにぎり凄い勢いで食べるんだもん。
「暇つぶしだ。それに、じっと座ってるってのはあんまり好きじゃねえ」
「そうですか…」
見られてるのは何だか落ち着かないんだけど…暇なのは事実だろうしね。
私は思考を切り替えて料理に集中した。
最後にチーズを加えて少し待つと完成。土鍋の蓋を開けると濃厚な香りが漂う。人数は私を含めて10人、2つの土鍋いっぱいに作ったので足りるだろう。
手拭いを鍋つかみがわりにして持ち、皆の所を回ってどうぞ、と声をかけながら各々の器に盛っていく。最後に御者親子とレオンさんの元へ行って配り終えた。自分の分を盛るとちょうど無くなる。我ながら名分配。
「おい」
毛皮の上に落ち着いた時、レオンさんに呼ばれる。
「はい?」
すると彼が顎で周囲を示した。見ると皆まだ口をつけていない。待っていてくれたのだろうか?
「どうぞ、温かいうちに食べて下さい」
もう一度勧めると隣の人と顔を見合わせてから食べ始めた。味見はしたが反応が気になって側にいる彼を伺う。
「…美味いな…」
良かった。その一言に胸を撫で下ろす。
「…おいしいです、キラさん。あなたは料理も上手なんですね…」
「お口にあったなら良かったです」
レオンさんの隣にいたボッシュさんも感心したように言い、他の人たちも美味しそうに食べてくれている。さっきまで戸惑っていたハーレム夫婦にも笑顔が見えた。
食後はどことなくホッとした空気が流れ、雨も夜半前には上がった。
明日はここを出発出来そうだ。
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