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契約は優しい口づけで

ここから私を連れ出して

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 昼食が終わり、看護師が膳を下げにやってくる時間だ。
 聖人まさとはいつものように菫の部屋に入り、トレイに乗せられた皿を運ぶ。今日は彼女の誕生日であるため、決められたメニューのほかにケーキがつけられていた。どの皿も空っぽになっており、体調は優れているらしいことが窺える。

「スミレちゃん?」

 普段なら皿を下げたら部屋を出て行ってしまうのに、部屋に戻った聖人は横になっていた少女に声を掛けた。

「……なんでしょうか?」

 慣れていた対応と違うことに驚いたらしく、スミレは目を丸くしている。

「誕生日プレゼントとして、外に連れて行ってあげますよ」
「え? 部屋から出られるんですか?」

 目を輝かせ、スミレは上体を起こした。体中から伸びる様々な管が揺れる。

「長い時間の外出は無理ですけどね。どこか行きたい所はありますか?」

 聖人の問いにスミレはくすっと笑う。その様子に聖人は首をかしげた。

「何か?」
「いえ。夢の通りのものですから、なんだか可笑しくって。願えば叶うものなんですね」
「そうですよ。強く願っていれば、大抵のことは叶います」
「じゃあ、私の身体が治らないのは、思いが弱いから、ですかね?」

 自嘲気味に笑うスミレに、聖人は首を横に振った。

「いえ、そうではありませんよ」
「どうしてですか? 私、早く身体を良くして、お姉ちゃんを自由にさせてあげたいって、ずっと願っていたんですよ?」
「…………」

 口を噤んで困ったような表情を浮かべる聖人に、スミレは柔らかな微笑みを取り戻して無邪気に告げた。

天守あまもりさん。どこでも良いですから私を連れ出してください。そして一つ、お願いを聞いてくださいませんか?」
「お願い、ですか?」

 同じ顔をしたアヤメのそれとは違う様子に、聖人は正直戸惑っていた。その気持ちの動きが妙に上ずった声となって現れる。

「はい。大したお願いじゃないんですけどね、お姉ちゃんにもプレゼントをあげたくて。協力してくださいませんか?」
「えぇ、そういうことでしたら」

 そして、聖人はスミレを抱えて病室を出たのだった。

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