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契約は優しい口づけで
悪魔の囁き
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(そろそろ出たところかな?)
駅前の広場。アヤメはロータリーの中央にある時計を見て、再び仕事に戻った。
初めてのバイトはティッシュ配りだった。近くにできた飲食店の宣伝が入ったポケットティッシュを駅前で配る簡単な仕事――そう聞かされていたし、実際に作業自体は単純なのだが、なかなか受け取ってもらえずに苦戦しているところだ。
(これを配り終わったら戻って良いって言っていたけど――)
箱にたくさん詰められたティッシュを見る。このペースではまだまだ時間が掛かりそうだ。
(ずいぶんあるよなぁ……誕生日にこれってのもどうなのだろう……)
はぁっと小さくため息をついて、笑顔を作り直す。店の名前を言いながら、駅を出入りする人たちに手渡すのもだいぶ慣れてはきていた。
(コツさえ掴めばスピードアップも狙えるよね。夕方までにはどうにかして、スミレに会いに行こう)
スミレの喜ぶ顔を思えばなんてことはない。今日の報酬を受け取ったら、そのお金でプレゼントを買おう、そう考えるとわくわくした。
「――いいねぇ。その笑顔。初めっからその顔をしていれば、もっとティッシュも捌けたんじゃねぇの?」
「ん?」
話し掛けられて、アヤメはむすっと顔をしかめた。馴れ馴れしく軽い口調のその声に、アヤメは思い至らない。
(誰だ?)
時計の下にいる声の主に目をやる。
まだ肌寒い時季だというのに鎖骨が見える長袖のTシャツを身につけ、細身の黒いジーンズを合わせた青年がアヤメの方を見て愉快そうに笑んでいた。髑髏の形をしたネックレス、金のブレスレット、ピアス。ちゃらちゃらとした雰囲気は、聖人の真面目そうな雰囲気とは間逆だ。
(待て)
聖人を連想し、辺りの様子に異変が生じていることにアヤメは気がついた。人の姿がない。比較的繁華街であるこの駅の周辺にしてはありえない状況だ。
(この男、人間じゃない)
「怖い顔をしなさるなって。スミレはあんたがそんな顔をするのを望んじゃいないだろうし」
「!?」
愛しい妹の名前を出されて動揺し、アヤメはますます警戒を強める。
「――あたしに何の用?」
「いやぁ、双子の姉妹といっても、好みの男のタイプは違うもんなんだね」
ブーツの底に付けられた鋲がアスファルトを擦る音が響く。ゆっくりと男は近付いてきた。
「あたしの問いに答えなさいよ」
「くくっ。恐いかい?」
指摘されて、足が後退りをしているのに気付く。アヤメは意識して動かないようにし、男と対峙した。
「……なんで、スミレを知っているの? 何者?」
「あんたがよく知っている天守聖人と同類だよ」
「聖人と……」
その返事が意味することに、アヤメは気がつき始めていた。
(スミレのことを知っていて、聖人と同じってことは……まさか、スミレも――)
「お。その表情を浮かべるってことは、考えなかったんだ。自分だけが特別だって――そう思ってた?」
男に言われた通りだったので、アヤメは反論できない。ぐっと奥歯に力を入れて、ただ男をにらむ。
「――スミレはね、ちゃんと気付いていたよ? 聖人の正体についてもね」
「……え?」
正体を知っている、その台詞がアヤメの脳内をこだまする。
「あんたと聖人が同類で、スミレはそれを知っているって……じゃあ、スミレはあんたに何か頼んだの? あたしみたいに、何かと引き換えにして――」
「さぁてね。それには守秘義務があるからオレからは言えないな」
(守秘義務ってことは、スミレは何かこの男と契約している――一体何を頼んだって言うの?)
ごくっと唾を飲み込む。
「んじゃ、オレはこれで」
「ちょっ……あんた何しに来たわけっ!?」
くるりと向きを変えてどこかに行こうとする男に、アヤメはすぐに声を掛けて引き止めようと試みる。
(わざわざそんなことを言いに来たわけがない。何か目的があるはず――)
声を掛けられて、男は顔だけをアヤメに向けた。にたっと嫌らしい笑みを浮かべ、ぶっきらぼうに答える。
「オレの新しい仕事相手の顔を確認しておこうかと思っただけさ」
新しい仕事相手――その台詞に嫌な気配を感じ、動揺したアヤメは持っていたティッシュを落とした。
(今まであの男と契約していたのがスミレだったとしたら……新しい仕事相手があたしになるのだとしたら……それって……)
冷や汗が流れ、喉が渇く。動悸が激しい。
「――そうそう。オレは望月朔夜。願い事があるならその名を呼んでくれよ。協力するぜ」
迷わなかった。それが悪魔の囁きだとしても。
「待って、望月朔夜。頼みがあるの」
アヤメの思いの籠った声は、彼の興味を引くには充分だった。
* * * * *
駅前の広場。アヤメはロータリーの中央にある時計を見て、再び仕事に戻った。
初めてのバイトはティッシュ配りだった。近くにできた飲食店の宣伝が入ったポケットティッシュを駅前で配る簡単な仕事――そう聞かされていたし、実際に作業自体は単純なのだが、なかなか受け取ってもらえずに苦戦しているところだ。
(これを配り終わったら戻って良いって言っていたけど――)
箱にたくさん詰められたティッシュを見る。このペースではまだまだ時間が掛かりそうだ。
(ずいぶんあるよなぁ……誕生日にこれってのもどうなのだろう……)
はぁっと小さくため息をついて、笑顔を作り直す。店の名前を言いながら、駅を出入りする人たちに手渡すのもだいぶ慣れてはきていた。
(コツさえ掴めばスピードアップも狙えるよね。夕方までにはどうにかして、スミレに会いに行こう)
スミレの喜ぶ顔を思えばなんてことはない。今日の報酬を受け取ったら、そのお金でプレゼントを買おう、そう考えるとわくわくした。
「――いいねぇ。その笑顔。初めっからその顔をしていれば、もっとティッシュも捌けたんじゃねぇの?」
「ん?」
話し掛けられて、アヤメはむすっと顔をしかめた。馴れ馴れしく軽い口調のその声に、アヤメは思い至らない。
(誰だ?)
時計の下にいる声の主に目をやる。
まだ肌寒い時季だというのに鎖骨が見える長袖のTシャツを身につけ、細身の黒いジーンズを合わせた青年がアヤメの方を見て愉快そうに笑んでいた。髑髏の形をしたネックレス、金のブレスレット、ピアス。ちゃらちゃらとした雰囲気は、聖人の真面目そうな雰囲気とは間逆だ。
(待て)
聖人を連想し、辺りの様子に異変が生じていることにアヤメは気がついた。人の姿がない。比較的繁華街であるこの駅の周辺にしてはありえない状況だ。
(この男、人間じゃない)
「怖い顔をしなさるなって。スミレはあんたがそんな顔をするのを望んじゃいないだろうし」
「!?」
愛しい妹の名前を出されて動揺し、アヤメはますます警戒を強める。
「――あたしに何の用?」
「いやぁ、双子の姉妹といっても、好みの男のタイプは違うもんなんだね」
ブーツの底に付けられた鋲がアスファルトを擦る音が響く。ゆっくりと男は近付いてきた。
「あたしの問いに答えなさいよ」
「くくっ。恐いかい?」
指摘されて、足が後退りをしているのに気付く。アヤメは意識して動かないようにし、男と対峙した。
「……なんで、スミレを知っているの? 何者?」
「あんたがよく知っている天守聖人と同類だよ」
「聖人と……」
その返事が意味することに、アヤメは気がつき始めていた。
(スミレのことを知っていて、聖人と同じってことは……まさか、スミレも――)
「お。その表情を浮かべるってことは、考えなかったんだ。自分だけが特別だって――そう思ってた?」
男に言われた通りだったので、アヤメは反論できない。ぐっと奥歯に力を入れて、ただ男をにらむ。
「――スミレはね、ちゃんと気付いていたよ? 聖人の正体についてもね」
「……え?」
正体を知っている、その台詞がアヤメの脳内をこだまする。
「あんたと聖人が同類で、スミレはそれを知っているって……じゃあ、スミレはあんたに何か頼んだの? あたしみたいに、何かと引き換えにして――」
「さぁてね。それには守秘義務があるからオレからは言えないな」
(守秘義務ってことは、スミレは何かこの男と契約している――一体何を頼んだって言うの?)
ごくっと唾を飲み込む。
「んじゃ、オレはこれで」
「ちょっ……あんた何しに来たわけっ!?」
くるりと向きを変えてどこかに行こうとする男に、アヤメはすぐに声を掛けて引き止めようと試みる。
(わざわざそんなことを言いに来たわけがない。何か目的があるはず――)
声を掛けられて、男は顔だけをアヤメに向けた。にたっと嫌らしい笑みを浮かべ、ぶっきらぼうに答える。
「オレの新しい仕事相手の顔を確認しておこうかと思っただけさ」
新しい仕事相手――その台詞に嫌な気配を感じ、動揺したアヤメは持っていたティッシュを落とした。
(今まであの男と契約していたのがスミレだったとしたら……新しい仕事相手があたしになるのだとしたら……それって……)
冷や汗が流れ、喉が渇く。動悸が激しい。
「――そうそう。オレは望月朔夜。願い事があるならその名を呼んでくれよ。協力するぜ」
迷わなかった。それが悪魔の囁きだとしても。
「待って、望月朔夜。頼みがあるの」
アヤメの思いの籠った声は、彼の興味を引くには充分だった。
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