琉球お爺いの綺談

Ittoh

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お爺の一考

反戦活動が嫌いな、平和活動家

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 個人的に、反戦活動は嫌いです。戦争が起きる可能性は、常に肯定されるべきものと考えています。
 TED Talksへの批判は、様々にあります。それは、プレゼンテーターが、受け取り手へのプレゼンスによる説得を試みることに対する批判ということになるようです。プレゼンテーターは、あたりまえですが、持論を展開し、持論が正しいのだと、相手を説得することをプレゼンします。
 これを、説得の強制と捉えれば、確かにTED Talksには問題があることになります。

 琉球お爺ぃは、平和が大好きです。戦争は嫌いです。ですが、反戦活動は、大嫌いです。

 TED Talksは、様々な意見があるので、時折、見ています。2年ほど前に見たのが、「ペイター・ファン・ウルム: なぜ私は銃を選んだのか」だったりします。実際に登壇したのは、2011年11月だったようです。

 最近の日本では、「ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり」「幼女戦記」といった作品が制作され、公開されています。戦場に行くものほど、銃が嫌いなのも、おそらくは事実だろうと思います。



 AIの流れからすれば、AIがどんなに発達しても、味方と味方以外を識別することはできても、味方と敵を識別することはできないのです。



 日本の場合は、WWⅡ戦後に数十年をかけて、世界が平和であれば、平和であるほどに、儲かるようにビジネスモデルを構築しました。日本では、銃を保有することは、武力としての銃は、国家によって独占されていると考えて構いません。武力が、人間が持つ醜さと対峙するために、必要であるかを平和主義者は決断する必要があります。

 琉球お爺ぃは、戦争が存在することを肯定し、戦争に対峙することを可能とすることに賛成し、されど、戦争に反対します。話し合いで、解決することは、可能であろうと思いますが、話し合いで解決するために、まずは戦争を可能とすることが必要と、私は判断します。
 なぜなら、味方でない国が、戦争が可能である状況で、味方が戦争できない状況では、話し合いそのものが成立しない可能性があるからです。非暴力、不服従は、同一居住地域内における抵抗では、一定の成果が見込める行動形態ですが、異なる国家形態が相手では、なんの意味も持ちません。ただ、占領されていくだけなのです。

 振り下ろすことができる武力がある上で、相手を説得することが必要だと、私は考えます。

 平和であることは、大切であり、日本は、世界が平和でなければ、儲からない国なのだと、私は確信しています。我々の平和と安定は タダではありません。

 八方美人だの、決断力が無いというのは、非常に大切なことでもあります。

 日本に駐留する軍隊の選択肢は、二択なのだろうとも考えています。在日中軍か在日米軍かです。どちらも拒否することは、両国を敵に回すことです。これは、日本の国益にとって得策ではありません。個人的には、在日米軍という選択肢は、必要なのだろうと思います。

 ただし、日米地位協定は、見直す必要があると考えています。
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