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第一章 召還
79.「ごめ、っ」
しおりを挟むふわりと緩やかに波打つ蜂蜜色の髪が周りで慌ただしく動く人に揺れている。
走っている間に魔法がきれたのか私を見付けて驚く奴らの声が聞こえた。
らしくないよな。
こんなんじゃ駄目だ。折角人目につかずこの城からおさらばできたのに。そう思うし、なんなら今からでも転移してここから離れるのがいいだろう。だけど走るのを止められなかった。
兵士たちが槍や剣を構えて私が向かう先に固まり始める。その中心になっている召喚された勇者たちや、突然のことに驚きを隠せない参加者たちの悲鳴が何層にもなって耳が潰れそうだ。
「つ、捕まえろ!勇者サクを捕まえろ!」
誰かが声をあげる。
でも兵士たちはすぐには動かなかった。その間にうまいぐあいに一カ所に集まってくれている召喚された勇者たちの周りにシールドを張って誰も彼らに触れないようにする。これも彼らにとっては恐怖でしかないだろうけれど我慢してもらおう。
シールドの近くにいた幾人かの兵士がシールドに弾かれてよろめく。そして顔をあげ、私を見る。
兵士たちがわっと声をあげ迫ってきた。
声や熱は兵士たちに伝染し、それぞれが握っていた武器を振り下ろさせた。建物が揺れ悲鳴さえ聞こえにくくなる。
きっとこの中にいる兵士の何人かは訓練のときにでも普通に話した奴らなんだろう。鎧を着ているから分からないけれど、武器を手にまだ動かない奴らの多くはそのはずだ。
兵士って、大変だよな。
味方でも恐怖を抱くような勇者に、命令となったら戦わなきゃならない。特にこの国の兵士はジルドたちの班をのぞいて魔物退治のほとんどは勇者に任せ平和に部活をしている。たまったもんじゃないはずだ。
なんで命令は絶対なんだろうな。
話していたら勇者召喚やこの国について疑問を持っている人は少なからずいた。それなのに命令に服従する。全員の意思によって命令が成り立つんだ。反対を示したら王様っていっても裸の王様だ。なのに。
自分の譲れないものとか周りの危害を考えてというのは勿論あるだろうけど、本当、面倒な話だ。
どこでもただの人間一人に振り回される。
「うわ、うわあああああ!」
兵士たちが持つ武器をすべて消す。
それだけで兵士たちは違和感に驚き動揺して足並みを崩した。前列の動揺に後列は勢いを抑えられずぶつかり倒れ込む。一番下敷きの人は結構な怪我をしたことだろう。まあとにかく有り難いことだ。兵士たちが倒れたことで隠れて見えなくなっていた梅が途切れ途切れに見えた。
細かった身体は気のせいか更に細くなって真っ白な手がカーデの下から覗いている。一緒にいたときからじゃ想像できないぐらい感情をなくしたような無表情はずっと俯いている。これだけの騒ぎなのに恐怖や焦りどころか興味さえ持っていないようだった。
「――っぶね」
飛んできた攻撃魔法をかわす。
見ればキューオと呼ばれていた老齢の男を先頭に何人かの兵士が私に向かって魔法を唱えていた。
ああ、キューオが筆頭魔導師だったんだ。
目が合うと筆頭魔導師が図書館で見たときのような顔を見せる。
……惜しい、ね。横で座り込む翔太に頼めば?って話だ。
魔法をいくつか跳ね返して残りはランダムに飛ぶようにする。建物にぶつかった攻撃魔法が壁を崩し屑を足下に降らせた。
「サクさん……」
近くで立ち尽くしていた兵士が私を見て私の名前を呆けたように呼ぶ。
一瞥して、すぐ転移した。
兵士の頼りの武器は消したし、一部戦意喪失させ、ただでさえ混乱状態なのに建物も破壊したんだ。すぐにはシールドを潰されないだろう。念のためシールドの中は誰にも見えないように、見つけられないように隠し、梅の前にじゃなくてシールドの中央に転移した。シールドの中でも響いていた召喚された勇者たちの悲鳴が、私の登場で、途切れる。それぞれが息をのんで後ずさった。
まあ、ホラーだよな。
現状を考えて苦笑いが浮かぶ。
「悪いな、驚かせて。なにがなんだか分からないと思うし俺のことやべえ奴としか思えねえだろうけど……悪いついでに話を聞いてほしい。時間がないから一気に話す。
こんなこと言うと更に頭おかしいんじゃないかと思うだろうけど君らは召喚された。ここは異世界で、君らは勇者として召喚された。俺もその一人で去年ぐらいに召喚されたんだ」
そこまで言い切ってすぐ私の分身を作り出すのと同時に本当の私が見えないよう錯覚魔法をかけて、彼らには偽の私が私だと見えるようにする。度重なる驚きに彼らは気がつかなかったようだ。そのまま偽の私に召喚の経緯と名前や奴隷の話を彼らにさせる。これが少しでも彼らの今後に役立てばいい。
そして先ほどから動かない梅を見る。背中を向けて、俯いたまま。
人形のようだ。
「梅」
声をかけて初めて、肩がぴくりと動いた。
「お前、どうしたんだよ」
俯いてた顔が起きる。
「梅」
それでようやく振り返った梅は、最後に見たときの顔じゃなく無表情のままで、面と向き合っても変わらなかった。梅のことだから感情豊かなことだし再会したら泣くか怒るか両方をするかと思っていた。だからこんなのは正直予想外だったし梅のこんな顔を見るのは初めてで驚いてしまう。
男に見えてるから?
そう思ったけど梅の前に立って気が緩んだのか、もうその魔法は解けてる。
そして梅はじっと私を見上げたまま、小さく首を傾げた。
「誰ですか?」
梅の声なのに、ひどく他人行儀な言葉でそんなことを言う。
少し……いや、かなりショックだった。
「あの……」
「ごめ、っ」
まさか泣けるぐらいショックを受けるなんて、でも、それぐらいキツイ。
『サク様はもう私たちの世界の人間で、サク様の世界だった場所はもうサク様の世界ではありません――その世界にサク様はもう存在していません』
ミリアの言葉を鮮明に思い出して、目の前の梅を見て……もう、ほんと、やられた。
そうか。
私はもうあの場所には帰れないんだ。
思い知らされる。
母さんや父さんにも響や太一、気の合う奴らにももう会えないんだ。会っても、私のことを知らないんだ。初めからいなくなったから。
帰る場所はないんだ。
「大丈夫ですか?」
梅が訝しむわけじゃなく心配そうに眉を寄せる。言葉は違えど仕草は同じで――ああもう泣けるわ。涙を拭って初対面の奴に泣かれて困ってるだろう梅に笑う。
「悪いな、大丈夫」
シールドがピンク色になってきた。もう場所がわれたらしい。周りを見てみれば遠巻きに様子をうかがっている奴ら以外シールドを潰しにかかっていた。潰れるのも時間の問題だろう。
梅を――
そこまで考えて見つけたのはロナルだった。シールドの中が見えている訳じゃないだろうにじっとコチラの様子を伺って、シールドを潰す手伝いをしていない。
決めた。
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