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里美

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俺は地図に従い、電気自動車を走らせる。社はそう遠くない場所にあるようだ。

目的地について俺は驚いた。そこが、安芸と白神が戦って安芸が亡くなった場所だったからだ。
寺があり、その駐車場で、じいさんを守った安芸が白神の刃に倒れた。駐車場の砂利が敷かれてあった場所はアスファルトに変わっていたが、ここで間違いない。車を降りて、寺の案内板を見る。案内板では、どこに安芸が祭られている社なのかわからない。
とりあえず中に入って探してみようか。

「あの、、。何かお探しですか?」
誰かに声を掛けられる。振り返るとそこに立っていたのは、初老のご婦人で、その顔には、里美の面影があった。

「安芸さま、、、。」
俺が名乗るより先に、里美がつぶやく。

「はじめまして。俺。安芸の孫で本田一宇と言います。」

「そうよね、そう。安芸様の、、、。一宇さんは、ほんと安芸様にそっくり。」

(似てる、、?のか??)

「今日、守人の家に行ってきました。こそで、ここに祖父母が眠っていると聞いたのでお邪魔したんですが、、。」

「あらまぁ、そうだったの。それじゃご案内しましょうね。」
そう言って里美さんは門の中に入って行く。

「安芸様のお社は、あの案内板には描かれていないんですよ。」
そう言って寺の本堂の脇を通り本堂の裏手に回り込む。

「あちらに、大きなしめ縄が見えますでしょ。その下に小さな社があって、そこに安芸様と勝也様が眠っています。私は、週に一度お掃除に参りますが、あの土地は人間にも障りがありますから。私は今日はご遠慮させていただきますわね。一宇さんも、あまり長居はなさいませんように。でも、安芸様のお孫さんだから大丈夫かしら。お参りが終わったら、本殿で、お茶を差し上げますから、お寄りになってくださいね。」

そう言われて、俺は一人で社に向かう。社は、寺の裏にある岩山に掘られた穴の入り口に鎮座していた。この穴がゲートなのかもしれない。穴の中を覗き込むと、中は、真っ暗で暗闇がどこまで続いているのか分からない。入口には、「危険立ち入り禁止:有毒ガスが発生しています。」と注意書きの書かれた看板が立ててあり、工事現場のビニルの紐で中に立ち入れないようになっていた。

社は、里美が手入れしているからだろうかピカピカに磨かれ、酒が供えてあった。

俺は社の前にしゃがみ込み、手を合わせる。

「じいさん、来たよ。俺、じいさんがここに眠っている事も安芸さんの事も何にも知らなくって、ここに来るのが遅れてごめん。俺も、母さんも元気です。じいさんと安芸さんもここで仲良く休んでください。今度来るときは、花でも持ってくるよ。」
安芸のことは、過去で見た若いままのイメージしかなく「おばあさん」と呼ぶことには抵抗があった。

里美の助言通り、ここに長居はせず本殿に向かう。本殿の入り口で里美は俺の帰りを待っていてくれた。
「これを体に振ってくださいますか?」そう言って、塩の入った壺を渡される。
俺は言われるままに、頭から体まで隅々に塩を振りかける。

「どうぞお入りください。」
俺は里美さんに言われ建物の中に入る。そして、里美の部屋と思われる質素な部屋に案内された。

「一宇さんが来るのを知ってたら、なんか用意しておいたんですけど、何にもなくってごめんなさいね。」
そう言って、里美さんがお茶を出してくれた。

「俺の方こそ、突然、手ぶらでやって来たんですから。かえってすみません。でも、里美さんにもお会いしたくって。来ちゃいました。」

「あら。こんな、おばあちゃんに会いたいって言ってくれるのね。嬉しいわ。」
そう言って笑った里美さんの顔に昔の面差しが見え隠れする。

「あの、つかぬ事をお聞きしますが、里美さんのご主人は?今、昼間だから就寝中ですか?」
俺がそう彼女に尋ねたのは、彼女の部屋にはほかの居住者の影が見えなかったからだ。

俺の質問に、彼女は不思議そうな顔をする。それで、俺は自分がここに来ることになった経緯を彼女に全て話した。俺の話を黙って聞いていた彼女が静かに口を開く。

「そうでしたか。一宇さんは、私が安芸様に戸籍をお譲りすると言った時にヴァンパイアの恋人がいると言うのを聞かれたんですね。実は、その彼とは安芸様が亡くなられてすぐにお別れしたんですよ。」

「そんな、どうして、」

「だって、あの時の私は、幸雄坊ちゃまを育てることで精一杯でしたから。」

「じゃ、父さんのために、、、。すみません。」

「あらあら、こんな言い方をしたから誤解させちゃったわね。違うんですよ。私が恋人と別れたのは、安芸様が亡くなって、自分の気持ちに気が付いたからなんですよ。」

「里美さんの気持ち、ですか?」

「そうなのよ。私ね、ヴァンパイアの恋人の何倍も安芸様の方が好きだったの。これだと、違った意味で誤解されるかもしれないわね。男女の愛じゃないんですよ。人と人の愛って言うのかしら。尊敬と憧れが混ざった感じかしらね。だから、安芸様の遺言を勝也さんから聞いた時は嬉しくって。安芸様が大事な幸雄さんの養育を私に任せたときいて、そっちの方に夢中になってしまって。今思えば。ヴァンパイアの彼氏には失礼な事をしたと思いますよ。だから一宇さんが、謝ることなんて何にもないんです。私、自分では幸せな人生だと思っているんですから。心から信頼できる主にお仕えすることが出来て、今日なんか、孫のような若い男性が訪ねてきてくれたんですよ。こんな幸せな一生ってなかなか無いんじゃないかしら。」
そう言って里美は笑った。

「今、考えるとね。白神さんも私と同じだったのかなぁって。」

「同じですか?」

「そう。私が安芸様の眷属になった時、既に白神さんは安芸様と共に、魔の者達と戦っていらしたんです。安芸様に聞いたら、白神家の当主は、生まれるとすぐに杜人家に引き取られて、杜人家の当主と共に育てられるって。安芸様と白神さんは、歳も安芸様が3つ多いだけですから、同じ年代だし。白神さんが安芸様を憎からず思うようになるのは自然な事だったのかもしれません。女性の私ですら、安芸様の魅力に参ってしまうんですから。」

「それじゃ、里美さんは、白神が祖母の事を好きだったと、、、。」

「事実は分かりません。白神さんは、そんなこと安芸様に一言も言いませんでしたし、もちろん私にもね。あの事件の後、姿を消してしまって今はどこにいるかもわからないんですから。ただ、女の勘っていうのかしら。そんな気がしたんですよ。私、安芸様が亡くなった後、思い詰めて、白神を探し出して刺し違えてでも安芸様の仇を討とうと思っていたんです。でも、安芸様は、きっと私がそんな暴挙に出ると見越して、幸雄様のお世話を任せてくれたんだと思います。」

「俺、過去で祖母が亡くなるところを見ました。そん時、祖母が言っていたのは里美さんなら、じいさんの子育ての力にきっとなってくれるって事でした。事実そうでしたし。父はなくなりましたが、母は、元気にやっています。今度、母もここに連れてきます。」

「あらまぁ。孫だけじゃなく、お嫁さんまで来てくれるなんて、私は本当に幸せな年寄りだわ。」
そう言って里美は笑った。

俺は、里美さんに再訪を約束し、寺を後にする。今日一日で、いろいろな事がわかった。
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