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55.特殊なお客様
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バザールも4日目ともなると様々な店の噂が流れ、敵情視察のように他店を訪れる商人なども増える。今年の噂の的はレックスで、美味しいコーヒーや料理を始め一般ではあまり食べられないケーキや見た事ないケース、看板の精巧な絵に洒落た帽子、刺繍、カトラリーの美しさ、可愛い小鳥とメンバーの美男美女率に至るまで全てが話題となった。
本人たちは話題になっている事を知りつつも気にする素振りは無く、楽しそうに働いていた。
今日は最終日。スノウと三つ子の距離は中々縮まらないが、それ以外は順調。だったのだが…ある意味事件とも言えるような事が起こった。それはランチの時間がもう少しで終わる時だった。
「ありがとうございました」
デレっとした表情で私に手を振る2人の男性客を満面の愛想笑いで送り出すと、1人の男性が広場に入って来たのが見えた。服装は普通なのだが鮮やかな金髪が人目をひく。彼を見てざわざわし始める周囲の人たち。みんなが同じではないが、まるで有名人にでも会ったような反応。…誰だろう?と不思議に思いながら中へ戻る。
「少し周りが騒がしいけど何かあった?」
「誰か広場に来たのか?」
「うん、金髪の男性が広場に来たら急にざわざわしだしたの」
ショーケース越しに聞かれて答えると、件の男性が2人にも見える位置まで来ていた。
「…おい、あれまさか」
「うん…そのまさかだね」
男性を見て目を丸くするエヴァさんとレオンさん。
「誰だか知ってるの?」
「ああ…あれはヴェスタの城に在城してる王子だ」
「え…」
「1人だし、あの服装を見るとお忍びだろうけど…」
「全然忍べてねえな。バレまくりじゃねえか」
「えぇ~…」
王子…王子が忍べてないお忍びでバザールに…
「邪魔するよ」
ポカーン、としているとその王子様がなんとこの店にご来店。
「キラ、普通のお客さんと同じ対応で良いから」
「…うん。…いらっしゃいませ」
エヴァさんに小声で言われて我に返り、接客に向かう。
「どこでも良いのかな?」
「はい、お好きな席へどうぞ」
王子様は迷いなくカウンターに座った。
「こちらがメニューになります」
「ありがとう。…ランチはまだ出来る?」
「はい」
「じゃあ、Bセットと…ケーキ全種類お願いしようかな」
「…はい、かしこまりました」
ケーキ全種類…思わず『はぁ?』とか言いそうになってしまいました。アブナイアブナイ。…毒味とかは良いのかな?
「…お願いします」
「…うん」
彼の注文にはエヴァさんも驚いている。レオンさんはスノウを連れて奥で成り行きを見つめ、王子様の顔を知らないようすの三つ子は普通に他のお客さんを接客している。だが今居るお客さんは皆分かったようで、ササッと食べて店を出て行く。ランチが運ばれる頃にはお客さんは王子様だけになり、エヴァさんが三つ子を休憩と称して店から出した。
「お待たせいたしました、どうぞ」
「ありがとう」
見た目は30代前半、ふわっとした金髪に意志の強そうな碧眼。意外と筋肉が付いていて冒険者っぽく見えなくもないが、やはり動きや仕草が洗練されていて綺麗だ。
「…美味いね。サンドもだがコーヒーが良い。丁寧に淹れられている」
「ありがとうございます」
Bセットをペロリと平らげて感想を述べる彼にエヴァさんがお礼を言う。続いてケーキ、これもあっという間に食べ終えて口元を拭う。
「ケーキも美味いね」
「ありがとうございます、ケーキは彼女が作ったんです」
「ほお…お嬢さん、お名前を聞いても良いかな?」
「はい、キラと言います」
「キラさんか。わたしは甘い物に目がなくてね。ありがとう、美味しかったよ」
「ありがとうございます」
私が頭を下げると、彼は一瞬間を置いて店内を見回してから呟く。
「…迷惑かけてしまったかな」
「いえ、大丈夫ですよ」
「君らも僕が誰だか分かるのか…」
「今は1人のお客様ですよ」
「ありがとう…いつもバレるんだよね。成功した試しがない」
「貴方は華やかで目立ちますから」
「君に言われたくないなぁ、レックスは美男美女率100%だって専らの噂だよ?」
エヴァさんの言葉に笑いながら言い返して奥の方へ視線を移すと、レオンさんが出てくる。
「商業ギルドでSランクの君の名を見たときは驚いたよ、レオハーヴェン」
「そうですか」
口ぶりから察するに王子様とレオンさんは面識があるらしい。ニコニコ話す王子様に対し、レオンさんは一応敬語で話すが興味無さげに肩をすくめる。
「後その小鳥にもね。実にミスマッチで面白い」
「「「…」」」
…ハッキリ言う方です。無言になるこちらに構わず続ける。
「コーヒーもう一杯貰おうかな、後チョコレートケーキも」
「は、はい」
「…まだ食うのかよ…」
「…貴方が甘党だという噂も本当だったんですね」
「そんな噂があるのかい?まあ本当だけどね。あ、そうだ。店の裏に護衛がいるんだ。彼にもコーヒーと何かあげてくれないか。撒こうと思って随分ごちゃごちゃと歩いたがきちんと付いてきた優秀な者なんだよ」
「「「…」」」
マンガやゲームの中にはこういう自由奔放な王子って居たよね。まさかファンタジーな異世界に実在するとは…思わず護衛の方に同情してしまいますよ。
私は王子様にコーヒーとチョコレートを出した後、教えてもらった護衛の元へ行った。
「あちらのお客様からあなたにと頼まれまして、コーヒーとスコーンをお持ちしました。どうぞ」
「え…」
地面に座り込んでいた男性にトレイを渡すと、キョトン、として私を見た。そして落ち込む。
「…はぁ…気付かれるどころかこんな事まで…」
護衛側からすればそれが尤もな気持ちだろうが、彼を優秀だと言った王子様の言葉に嘘はないように感じた。でもそれは私が言う事ではない気がする。だから笑顔を添えて労いだけ伝えよう。
「お仕事お疲れ様です」
「…ありがとう…あ、お代払うよ」
「お代はあちらのお客さんから頂きますから大丈夫ですよ」
「…え…いいのかな…」
「はい」
護衛対象、しかも王子様に奢られるなんて大丈夫かという気持ちは分かるが、彼は今お忍び中で普通のお客さんなのだ。
「トレイはそこに置いておいて下さい」
私はそう伝えて店へ戻った。
「へえ…これをね。冒険者が作ったとは思えない素晴らしい出来だ。銀食器を使う機会は多いがこれは見事だよ。店名の刻印も良い。…君たちが城に居たらこの食器もコーヒーもケーキも毎日味わえるんだが…」
「ご冗談を」
「…」
ちょっと居ない間に凄い内容の話になってる。エヴァさんは即否定、レオンさんは黙って睨んでいる。もちろん冗談だろうが、王子様の目に本気の色が垣間見えた気がして緊張してしまう。
「…もちろん本気じゃないよ。双方のマスター統括に期待されている“レックス”を独り占めなど出来るはずがないだろう?」
「…そりゃどうも」
「お褒めの言葉と思っておきます」
それぞれ返事をする2人に王子様は…
「君たち全然緊張とかしないね…僕の威厳が足りないのかな…」
と呟いた。
緊張感のない理由は、この世界で1番偉い方…神様にお会いした事があるからなのだが、当然本人たち以外知らない。
■
帰り道、人通りの少ない道まで来たジャスティンは未だに密かな護衛を続ける男に声をかける。
「…参った、もう普通に護衛して良いよ」
「はっ」
許しを得た男は、物陰から出てきて王子の数歩後ろに控える。この男はもう何年もジャスティンの護衛を務めている優秀な人物だ。暫し無言で歩いた後、不意にジャスティンが笑い出す。
「…フフフ…きちんと支払いしたのは随分と久しぶりだった。君の分までね」
「…はっ、申し訳ありません」
「いや、良い。20ギルまけてもらったしね。フフフ…」
「…楽しそう、ですね?」
「ああ、楽しかったね。バレてはいたがお忍びだったから普通の客として扱ってくれたのだろうが…君も見ていただろ?王子を前にして緊張せず、こちらの気持ちを汲み取ってくれていた様子を」
「はい」
ジャスティンは興奮したように続ける。
「店の中は客を楽しませるアイデアが満載だった。料理も美味いし接客も良い。服装も清潔感と統一感があって好感が持てた。…それにあのキラという女性。一般女性が王子を目の前にして『端金オマケします』なんて普通言えないよ?」
「自分も、支払おうと思ったら彼女に『あちらのお客さんから頂きます』と言われました」
「そう言ったのか?彼女が?」
「はい」
答えを聞いて笑みを深めるジャスティン。
「フフフ…良いねえ、彼女。強くて聡明、清らかで…美しい、か…なるほど…もう少し早く出逢いたかったものだ…」
最後は独り言のように小さくなり、護衛にも聞こえはしなかった。
本人たちは話題になっている事を知りつつも気にする素振りは無く、楽しそうに働いていた。
今日は最終日。スノウと三つ子の距離は中々縮まらないが、それ以外は順調。だったのだが…ある意味事件とも言えるような事が起こった。それはランチの時間がもう少しで終わる時だった。
「ありがとうございました」
デレっとした表情で私に手を振る2人の男性客を満面の愛想笑いで送り出すと、1人の男性が広場に入って来たのが見えた。服装は普通なのだが鮮やかな金髪が人目をひく。彼を見てざわざわし始める周囲の人たち。みんなが同じではないが、まるで有名人にでも会ったような反応。…誰だろう?と不思議に思いながら中へ戻る。
「少し周りが騒がしいけど何かあった?」
「誰か広場に来たのか?」
「うん、金髪の男性が広場に来たら急にざわざわしだしたの」
ショーケース越しに聞かれて答えると、件の男性が2人にも見える位置まで来ていた。
「…おい、あれまさか」
「うん…そのまさかだね」
男性を見て目を丸くするエヴァさんとレオンさん。
「誰だか知ってるの?」
「ああ…あれはヴェスタの城に在城してる王子だ」
「え…」
「1人だし、あの服装を見るとお忍びだろうけど…」
「全然忍べてねえな。バレまくりじゃねえか」
「えぇ~…」
王子…王子が忍べてないお忍びでバザールに…
「邪魔するよ」
ポカーン、としているとその王子様がなんとこの店にご来店。
「キラ、普通のお客さんと同じ対応で良いから」
「…うん。…いらっしゃいませ」
エヴァさんに小声で言われて我に返り、接客に向かう。
「どこでも良いのかな?」
「はい、お好きな席へどうぞ」
王子様は迷いなくカウンターに座った。
「こちらがメニューになります」
「ありがとう。…ランチはまだ出来る?」
「はい」
「じゃあ、Bセットと…ケーキ全種類お願いしようかな」
「…はい、かしこまりました」
ケーキ全種類…思わず『はぁ?』とか言いそうになってしまいました。アブナイアブナイ。…毒味とかは良いのかな?
「…お願いします」
「…うん」
彼の注文にはエヴァさんも驚いている。レオンさんはスノウを連れて奥で成り行きを見つめ、王子様の顔を知らないようすの三つ子は普通に他のお客さんを接客している。だが今居るお客さんは皆分かったようで、ササッと食べて店を出て行く。ランチが運ばれる頃にはお客さんは王子様だけになり、エヴァさんが三つ子を休憩と称して店から出した。
「お待たせいたしました、どうぞ」
「ありがとう」
見た目は30代前半、ふわっとした金髪に意志の強そうな碧眼。意外と筋肉が付いていて冒険者っぽく見えなくもないが、やはり動きや仕草が洗練されていて綺麗だ。
「…美味いね。サンドもだがコーヒーが良い。丁寧に淹れられている」
「ありがとうございます」
Bセットをペロリと平らげて感想を述べる彼にエヴァさんがお礼を言う。続いてケーキ、これもあっという間に食べ終えて口元を拭う。
「ケーキも美味いね」
「ありがとうございます、ケーキは彼女が作ったんです」
「ほお…お嬢さん、お名前を聞いても良いかな?」
「はい、キラと言います」
「キラさんか。わたしは甘い物に目がなくてね。ありがとう、美味しかったよ」
「ありがとうございます」
私が頭を下げると、彼は一瞬間を置いて店内を見回してから呟く。
「…迷惑かけてしまったかな」
「いえ、大丈夫ですよ」
「君らも僕が誰だか分かるのか…」
「今は1人のお客様ですよ」
「ありがとう…いつもバレるんだよね。成功した試しがない」
「貴方は華やかで目立ちますから」
「君に言われたくないなぁ、レックスは美男美女率100%だって専らの噂だよ?」
エヴァさんの言葉に笑いながら言い返して奥の方へ視線を移すと、レオンさんが出てくる。
「商業ギルドでSランクの君の名を見たときは驚いたよ、レオハーヴェン」
「そうですか」
口ぶりから察するに王子様とレオンさんは面識があるらしい。ニコニコ話す王子様に対し、レオンさんは一応敬語で話すが興味無さげに肩をすくめる。
「後その小鳥にもね。実にミスマッチで面白い」
「「「…」」」
…ハッキリ言う方です。無言になるこちらに構わず続ける。
「コーヒーもう一杯貰おうかな、後チョコレートケーキも」
「は、はい」
「…まだ食うのかよ…」
「…貴方が甘党だという噂も本当だったんですね」
「そんな噂があるのかい?まあ本当だけどね。あ、そうだ。店の裏に護衛がいるんだ。彼にもコーヒーと何かあげてくれないか。撒こうと思って随分ごちゃごちゃと歩いたがきちんと付いてきた優秀な者なんだよ」
「「「…」」」
マンガやゲームの中にはこういう自由奔放な王子って居たよね。まさかファンタジーな異世界に実在するとは…思わず護衛の方に同情してしまいますよ。
私は王子様にコーヒーとチョコレートを出した後、教えてもらった護衛の元へ行った。
「あちらのお客様からあなたにと頼まれまして、コーヒーとスコーンをお持ちしました。どうぞ」
「え…」
地面に座り込んでいた男性にトレイを渡すと、キョトン、として私を見た。そして落ち込む。
「…はぁ…気付かれるどころかこんな事まで…」
護衛側からすればそれが尤もな気持ちだろうが、彼を優秀だと言った王子様の言葉に嘘はないように感じた。でもそれは私が言う事ではない気がする。だから笑顔を添えて労いだけ伝えよう。
「お仕事お疲れ様です」
「…ありがとう…あ、お代払うよ」
「お代はあちらのお客さんから頂きますから大丈夫ですよ」
「…え…いいのかな…」
「はい」
護衛対象、しかも王子様に奢られるなんて大丈夫かという気持ちは分かるが、彼は今お忍び中で普通のお客さんなのだ。
「トレイはそこに置いておいて下さい」
私はそう伝えて店へ戻った。
「へえ…これをね。冒険者が作ったとは思えない素晴らしい出来だ。銀食器を使う機会は多いがこれは見事だよ。店名の刻印も良い。…君たちが城に居たらこの食器もコーヒーもケーキも毎日味わえるんだが…」
「ご冗談を」
「…」
ちょっと居ない間に凄い内容の話になってる。エヴァさんは即否定、レオンさんは黙って睨んでいる。もちろん冗談だろうが、王子様の目に本気の色が垣間見えた気がして緊張してしまう。
「…もちろん本気じゃないよ。双方のマスター統括に期待されている“レックス”を独り占めなど出来るはずがないだろう?」
「…そりゃどうも」
「お褒めの言葉と思っておきます」
それぞれ返事をする2人に王子様は…
「君たち全然緊張とかしないね…僕の威厳が足りないのかな…」
と呟いた。
緊張感のない理由は、この世界で1番偉い方…神様にお会いした事があるからなのだが、当然本人たち以外知らない。
■
帰り道、人通りの少ない道まで来たジャスティンは未だに密かな護衛を続ける男に声をかける。
「…参った、もう普通に護衛して良いよ」
「はっ」
許しを得た男は、物陰から出てきて王子の数歩後ろに控える。この男はもう何年もジャスティンの護衛を務めている優秀な人物だ。暫し無言で歩いた後、不意にジャスティンが笑い出す。
「…フフフ…きちんと支払いしたのは随分と久しぶりだった。君の分までね」
「…はっ、申し訳ありません」
「いや、良い。20ギルまけてもらったしね。フフフ…」
「…楽しそう、ですね?」
「ああ、楽しかったね。バレてはいたがお忍びだったから普通の客として扱ってくれたのだろうが…君も見ていただろ?王子を前にして緊張せず、こちらの気持ちを汲み取ってくれていた様子を」
「はい」
ジャスティンは興奮したように続ける。
「店の中は客を楽しませるアイデアが満載だった。料理も美味いし接客も良い。服装も清潔感と統一感があって好感が持てた。…それにあのキラという女性。一般女性が王子を目の前にして『端金オマケします』なんて普通言えないよ?」
「自分も、支払おうと思ったら彼女に『あちらのお客さんから頂きます』と言われました」
「そう言ったのか?彼女が?」
「はい」
答えを聞いて笑みを深めるジャスティン。
「フフフ…良いねえ、彼女。強くて聡明、清らかで…美しい、か…なるほど…もう少し早く出逢いたかったものだ…」
最後は独り言のように小さくなり、護衛にも聞こえはしなかった。
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