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30話 銭湯・続・入浴回そして湯上りへ……

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 風呂はいいものだ……
 こう……何と言うか、汗と一緒に一日の疲れが湯に溶けて行く様な感じが良い……
 イスュがサウナでのぼせてぶっ倒れて緊急搬送された後も、俺は各種浴槽をチェックがてら回っていた。
 まずは、ジャグジー風呂。

「お゛ぼぼぼぼぼぼっっっっ!」

 入って分ったが、これ、思いのほか水流が強かった。
 が、それがまた良い!
 全身マッサージされてるみたいで超キモチイィ!
 加熱槽から一番離れた浴槽部分と繋げている為、湯温事態は温めなのだが、長くゆっくり入っていられるのがいい。
 サイズは1m四方程度と、若干小さめだった。
 遊びの延長で作ったものだから、こんなものだろう。
 で、大浴槽と繋がっていない三方の壁面には一面に付き3つの穴が開いていて、ここから水が勢い良く噴出しているのだ。
 穴は浴槽を貫通しているのだが、洗濯槽同様常に内側に向かって水と空気が流れ込むような設定を魔術陣に施しているのでこの穴を通じて、お湯が外にこぼれる事はない。
 こんな良いものなのに、ジャグジー風呂の人気は低かった。
 だって、俺が入るまで誰も入っていなかったんですもの……
 周囲からは、興味はあるのかチラチラ様子を伺っていた人たちはちらほらいたのだが、実際に入るまでに至る者はいなかった。
 スゲーぶくぶくしているから怖がられたのか? と思ったら、その通りだった……
 これは後から知った事なのだが、村人たちはこのぶくぶくしている風呂は、熱湯だと思っていたらしい。
 水がぶくぶくしている=沸騰、というイメージだろうか?
 そんな不人気なジャグジー風呂だったが、俺が入った事で安全が証明され近くにいた、にーさん一人とおっさん一人が果敢にチャレンジして入ってきた。

「あ゛ばばばばばばばっっっ!」
「お゛の゛の゛の゛の゛の゛の゛っっっ!!」

 三方からジェット水流で、体中を刺激される未体験の感覚に、にーさんもおっさんも変な声を上げていた。
 まぁ、俺も人の事は言えないのだけど……
 さて、ジャグジーは堪能したので次だ次。

 次に来たのは薬湯だ。
 村の近くで取れるペリンという野草を、目の粗い竹篭に突っ込んで浴槽に沈めているだけの風呂だ。
 匂いはヨモギに近い……だろうか?
 うむ、良い匂いだ。森の香りだな。
 マイナスイオンを感じる……(←完全に気のせい)
 食べれば大変健康にいい野草なのだが、村人から“薬草”と言われるだけあって常食するには苦いらしく不向きな野草だった。
 そのため、村では発熱したとき、腹の調子が悪いとき、体調が思わしくないときなどに乾燥させたものをすり潰して、丸薬にして飲む、“薬”としての利用方法が一般的だ。
 俺は今までお世話になったことが無いから、どんな味なのかは知らんがな……
 しかもこの野草、ただ食べるだけではなく直接幹部に塗れば、切り傷にも肌荒れにも効くという、万能薬だった。
 村ではこのペリン草を、常に一定量確保しているのだが、積んでから時間が経つと効能が下がってしまう様で、定期的に採取を行っている。
 で、古くなって効能が下がってしまった物は破棄するのだが、たまたま今回その破棄する分を貰い受けたのだ。
 折角なので何かに利用できないか……と考えた末に、この薬湯を思いついた。
 この薬湯として使っている浴槽だが、本来は、サウナ上がりの水風呂用に作ったものだった。
 そのため、大浴槽からは完全に独立した位置に設置されていたし、大きさもそこそこで給水管(竹製)も水しか引っ張ってきていなかった。
 のだが……
 ただの水風呂ってだけでは、芸が無かったので一応加熱機構(レンガ発熱式)を組み込んでいたのが功を奏する形となった。
 大きすぎないため、成分が拡散しにくく、大浴槽と繋がっていないため、湯が流出しないもの都合がよかったしな。
 折角抽出した成分が流れてしまっては、なんの意味もない。
 で、その薬湯だが……
 こっちは、ジャグジーと打って変わって大盛況だった。
 なんか……漢押し寿司みたいになってて、もう俺が入れそうな隙間がなかった……
 しょうがないから諦めよう……まぁ、例え隙間があったとしてもあの中に入ろうなんて気は更々ないけどな。
 屈強な胸板にプレスされる趣味は、俺にはない。
 ……余談だが、この薬湯、入った人たちから“肩こりが無くなった”とか“腰痛が楽になった”とか“肌つやが良くなった”とか様々なご意見が上がって、常設の希望が出たのだが残念ながらその要望を叶える事は出来なかった。
 と言うのも、この薬湯を毎日維持するには、多量のペリン草が必要になるからだ。
 そんな毎日、ペリン草を採取していては、いくらペリン草が多年草と言えども村の周囲のペリン草が枯渇してしまう。
 そんな事になっては、薬だって作れなくなり、いざという時村人自身が困ることになる。
 なので、この薬湯は不定期開催しか出来ないのだ。
 村人たちからは惜しまれつつも理解は得られ、“薬湯を行うときは、是非、告知をして欲しい”と強く念押しされてしまったのだった……

 〆に、サウナでもう一汗流してから出ようと思い、サウナ室へと足を運ぶとそこには先客として棟梁がいた。

「ウッス、棟梁! お疲れさまっす!」
「ん……お前か……」
「隣、いいっすか?」
「ん……」

 了承を得たところで、俺は棟梁の隣に腰を降ろした。
 サウナはそんなに大きくは無く、大人が5~6人も入ってしまえば一杯になってしまう、そんな広さしかなかった。
 が、幸いにも今サウナを利用しているのは、俺と棟梁の二人だけだった。

「……これが、お前が造りたかったものか?」

 ぼーっと汗を流していると、ふいに棟梁がそんな事を聞いてきた。
 顔を上げると、棟梁は腕を組んで目を閉じたまま前を向いていた。

「そうですね……本当はもっと色々と手を加えたいですけど、今はこれで十分です……」
「……そうか」

 ぶっちゃけ、棟梁はイケメンだ。
 しかも、仕事人的な風貌のイケメンだ。
 そして、所謂“細マッチョ”と言うやつだった。
 線は細いくせに、筋肉量がハンパないのだ。
 無駄な贅肉ぜいにくの一切を削ぎ落とした、彫像の様な体をしている。
 ダビデ像も真っ青な肉体美だ。
 体脂肪率が一桁なのは間違いないだろう。
 生前の俺が見たら、嫉妬のあまり血の涙を流してハンカチの端をンギギっ噛んでいた事だろうよ……
 こういうヤツが、女を皆さらっていってしまうのだと……
 だが、それも昔の話だ。
 今の俺は、その程度では動じない……なぜなら、俺には未来があるからなっ!
 俺は間違いなく親父似なので、容姿に関しては安泰だ。
 日ごろから適度な運動も欠かさず行っているので、生前の様な肉だるまになる事はないだろう。
 同じ轍は踏まぬっ!

「これは……良いものだ……
 お前は良い仕事をした……」

 相変わらず、棟梁は目を閉じたままむすっとした顔で前を向いていたが、どうやら気に入ってくれたようだ。
 えがったえがった。

「棟梁はサウナが気に入ったんですか?」
「これは“さうな”と言うのか?」

 俺の言葉に、棟梁がこちらに振り向いた。
 サウナはそのまま日本語(あれ? そういえばサウナって何語だ? 英語……だっけ?)で発音している。
 該当する名詞が無いから仕方ないね。
 別の言い方するなら……

「ええ。“蒸し風呂”とも言いますけど」
「“さうな”か……ん、“さうな”は良いものだ……」

 そしてまた、目を閉じて前を向いてしまった。
 それからは会話らしい会話もないまま、俺が限界を迎えたので先に上がる事にした。
 立ち去り際に、一言棟梁にあいさつをしてから俺はサウナを出た。
 棟梁から返って来た言葉は、相変わらず“ん”の一言だけだってけどね……

 サウナから上がって、あつあつになった体に桶一杯にためた水を頭から被る。

「おひょーーーっ!」

 この瞬間がたまらなく気持ちいいのだ。
 ふと、視界の隅に人だかりが見えたので視線を向ければ、ジャグジー風呂に人が群がっていた。
 どうやら、俺が一度入った事で見ていた人たちも入りだしたようだな。
 ……なぜか、入っているやつら全員が、
 “あ゛ばばばばばっっ!”
 とか言っていたが、それ別にルールじゃないからな?
 変なの流行はやらせるんじゃないぞお前ら……

 脱衣所に戻る前に、体の水分を綺麗にふき取る。
 このまま戻ったら、脱衣所の床が水浸しになってしまうからな。
 勿論、この事は入浴規則にばっちりと書かれている。
 で、脱衣所に戻ると……
 ベンチに横たえられたイスュの遺体が転がっていた。
 男として肝心な部分・・・・・にはだけは、布がかけられていたが、イケメンもこうなると無様の一言に尽きるな……
 俺は、全裸のまま壁際へと移動すると、そこに貼り付けられていた魔術陣の刻まれた一枚の板に手を突いた。
 数秒間、あのチリチリとしたマナを吸収される感覚が来たあと、魔術陣からは“ぶおぉぉーーーっ”と、そこそこ強めの風が吹き出した。
 そう、この壁の板は扇風機なのである。
 随分前に、試作型洗濯機と一緒に作った物を、更に簡略化して量産したものだ。
 ちなみにあのとき作った物は、家で妹たちのおもちゃと成り果てている。
 この量産型は、男湯・女湯に各5枚ずつ配置されており、一度のマナチャージで約20分ほど起動する。
 スイッチのON・OFFから風力調整に向きの変更など一切出来ないが、結構な広範囲に風を起すため5枚全部を起動すれば、脱衣所全域をカバーするくらいの風を起すことが出来た。
 で、取り敢えず全部ONにする。
 これで、イスュの復活も多少は早くなるだろう。
 で……

「あああああぁぁぁぁ~~」

 機構が全然違うので、“普通”の扇風機みたく声がみょんみょんする事はないのだが、風が出るものにはついつい声を出したくなってしまうのは、人類の性なのだから仕方が無いね……違うか。
 風呂上りの上がった体温のまま服を着ると、あっという間に汗で服がべったべたになってしまうので、取り敢えずこうして体を冷ます。
 ある程度、汗が引いた所で俺は服を着て脱衣所を出た。
 イスュは……まぁ、目が覚めれば勝手に出てくるだろう。

「あら? ロディも今、出て来たところなの?」

 丁度、脱衣所から出た所で、タイミングよくママンたちと出くわした。 

「うん。で、初めてのお風呂はどうだった?」
「いいわね~。特にあのペリンが入っているお湯が良かったわね~。
 なんだかお肌も、スベスベになった様な気もするし……」
「あたしはあの“むわっ”と暑苦しいのが好きねっ!
 汗もいっぱいでて、なんだか痩せられそうな気がするわっ!」
「れてぃはねぇー、ぶくぶくするのが好きー!」
「あーりーも!
 あれね! はいるとね!
 あばばばばってなるの!」

 お前もか……
 でもまぁ、皆喜んでくれているようでなによりだ。それでこそ、造った甲斐があると言うもの。
 ついでに、ミーシャに何が一番良かったか聞いたら“普通の”と言う意外な答えが返ってきた。
 たぶん、ミーシャは静かにゆっくり入るのが好きなんだろうと思う。
 試作風呂の時も、何をするでもなくぬぼーっと浸かってたしな。
 ……なんだか、静かに湯に浸かってぬぼーっとしているミーシャの姿を想像したら、頭の上に手ぬぐいを乗せたカピバラが思い浮かんだ。
 どちらも物静かだし癒し系という意味では、共通点が多い……のか?

 ロビーの中央辺りまで戻ると、親父とカゼインおじさんそしてグライブが備え付けのデッキチェアーに寝転がって寛いでいた。
 そういえば、この三人はカラスの行水よろしく、体を洗ったらとっとと風呂から上がってしまっていたんだったか……
 この備え付けのデッキチェアーは竹製で、製作は勿論うちのばぁちゃんたち、竹細工職人によるお手製だ。

「おっ! やっと出てきやがったか……」

 目ざとく俺たちを見つけたガゼインおじさんがそう声をかけて椅子から立ち上がった。
 それに釣られる様にして、親父とグライブが続く。

「初めての風呂はどうだったかい?」
「ええ、すごく良かったわ。
 それに、あんなに沢山のお湯なんて見たことなんて無かったから、私驚いちゃって……」
「そうそう! ちょっと聞いてよっ!
 シアったら、中に入ったら“お湯よっ! お湯よっ!”って、子ども見たいにはしゃいでんのよっ!
 もう、見てたら可笑しくって可笑しくって……くっくっくっ」
「ちょっ! ノーラっ!」

 押し殺したように笑うノーラおばさんに、頬を薄く染めたママンが、ぽかぽかとダダッ子ぱんちを食らわせた。
 自分の母親に対して、こう言うのもどうかとも思うが、その姿は実にかわいらしいものだった。
 それから少しの間、またまた近くにいた他の利用客と風呂の感想などを話していたのだが……

「すっかり、長居をしてしまったな。
 それじゃ、そろそろ帰るとするか?」
「そうね」

 と、皆がぞろぞろと揃って出入り口へと向かって歩き出してしまった。

「ストーーーーップ!!」

 俺は慌てて、全員を呼び止めた。
 突然の大声に、親父たちだけではなく、周囲の人間さえも俺の方を向いてしまったほどだったが……
 そんな事に構っている場合ではなかった。
 銭湯に来て“あれ”を飲まずに帰るなどあり得えるだろうか?
 否、断じて否である!
 そんな事あっていい訳がないっ!
 例え俺が許したとしても、銭湯の神様がそんな行いを許す訳がないのであるっ!

「突然どうしたのよロディ?」
「いいですか皆さん? 銭湯には、古来より伝わる由緒正しき飲み物があるのです。
 それを飲むからこその銭湯であり、銭湯に来たのなら飲まねばならぬのですっ!
 それを飲まぬ銭湯など、水溜りと同じっ!
 ……それが何かを、今から皆さんにお教えしましょう」

 と言うわけで、俺は一同を引き連れて、ロビーの一角へと向かった。
 そこは一言で言ってしまえばバーカウンターの様な作りになっている場所だった。

「ヘイ、マスター!」
「ん? ああ! 小さい旦那じゃないか。
 早速、家族で入りに来たのかい?」

 どう言う訳か俺は、銭湯を建てるのに協力してくれた、戻り組みの人たちから“小さい旦那”と呼ばれていた。
 誰が言い出したのかは知らないが、それがすっかりが定着してしまっていたのだ。

「そんなとこ。
 で、前に教えた例のブツ・・・・をここにいる人数分頼む。
 こいつは、御代だ。取っときな」

 俺はそう言って、ポケットから500RDリルダ通貨(RDリルダは石貨で金属ではないので、硬貨とは呼べないのだ)を取り出して、マスターに向かって放り投げた。
 放物線を描いて飛んだ行った500RDリルダ通貨を、マスターは器用に空中でキャッチすると、額面を確認してポケットにしまった。
 今、渡した金は、今回のソロバンの売れ上げから少しだけ貰った俺の報酬分の一部だ。
 この村じゃ生活費以外の金はあまり必要ではないのだが、いろいろと小物などを購入する事もあるので少しだけ貰うことにしたのだ。
 常にオケラでは、流石に心許ないからな……

「あいよ。ちょっと待ってな。直ぐ用意するよ」

 マスターは、そう答えてなにやらごそごそと準備を始めた。

「なぁ、ロディ? 何を飲ませようって言うんだよ?」

 グライブがそんな事を聞いてきたが、俺はニヤリと笑っただけで答えなかった。
 まぁ、飲んでのお楽しみってやつだな。
 ここは、簡単に言うとドリンクバーになる予定の場所だった。
 現在はまだ準備中の施設で、本格的には稼動していないのだが俺が無理を言ってある物の試作品の製作を依頼していたのだ。
 その為のレシピと、材料一式は既に渡していた。
 この男性もまた、銭湯の建設を手伝ってくれた戻り組の一人なのだが、話を聞くになんでも町で暮らしていた時は、宿屋のバーで働いていたらしいのだ。
 だったらと、俺がここのドリンクバーの管理をしないかと持ちかけたら、快く了承してくれた。
 そして、彼はこのドリンクバーのマスターとなったのだ。
 銭湯の利用自体は無料だが、こういったサービスは有料にする事にしている。
 提供する商品の材料は無料ではないのだ。
 ただし、売り物の材料はこっちで用意するし、値段もこっちで決める。
 価格はなるべく抑えて、誰でも手軽に利用できる金額を心がけるつもりだ。
 と、言うわけでマスターに頼みたいのは販売だった。
 そして、売り上げの一部がマスターの報酬として支払われる、そういう約束になっている。
 ちなみに、他にも食堂で働いていた料理人なんて人もいたので、しっかり声はかけておいた。
 行く行くは、簡単な軽食を提供出来るような施設も入れようと思っているのだ。
 あとは、そうだな……マッサージ師なんていたらいいかもしれない……
 で、今はまだマスターしかいないのだが、ある程度そう言った人たちが集まったら、その人たちに銭湯の管理も任せようと考えている。
 備品の手入れとか、脱衣所や浴室の掃除とかをね。
 今はと言うと、村人たちが持ち回りで手伝いを担当する事になっている。
 何て事を考えているうちに、マスターが次々と木製のカップをカウンターに並べて行った。
 どうやら、準備ができたらしい。

「では、皆さん。
 カップを手に取って下さい。ですが、まだ飲んではダメです」

 俺や妹たちにはカウンターは高いので、親父たちに取ってもらった。

「あらこれってミルク(ヤム乳)?
 でも、少し赤っぽいわね……それに何だか甘い香りもするし……」

 ママンが受け取ったカップに鼻を近づけてすんすんしていた。

「あらホントだわ」

 マネしてノーラおばさんもすんすんすん。
 俺は、カップが皆に行き渡ったのを確認して、近くに転がっていた木箱の上に立つと、カップを少しだけ高く掲げて声をかけた。

「ちゅうもーーーく!!
 いいですか? ここにあるのは牛にゅ……じゃなかった……ヤム乳ですが、ただのヤム乳ではありません!
 そして、銭湯で飲むヤム乳には“由緒正しき飲み方”があるのです!
 それを今から私が実践しますので、皆さんは私に続いてマネをしてください!
 まず、足を肩幅に開きます!
 そして、左手を腰に添えます! あっ、左利きの人は右手でもいいです。
 そしてっ! ……一気に飲むっ!!」

 俺は、カップ一杯のヤム乳を一気に飲み干した。

 グビッ グビッ グビッ……

「ぷはぁー! うまいっ!! もう一杯!」

 くぅ~、風呂上りのこの一杯は格別だっ!
 ヤム乳もキンキンに冷えており、五臓六腑に染み渡るとは、まさにこう言う事を言うのだろうと、実感する。
 本当は、冷えたビールと焼き鳥も欲しい所だが無いので仕方が無い……いや、ビールはそもそも年齢的にアウトか?
 ……小麦があるんだから、小麦からビールって造れないものだろうか……造り方なんて知らないけど……
 一気飲みしたのは俺だけだったらしく、皆一口二口飲んではカップから口を離してしまっていた。
 本当は、一気に飲むのが爽快なのだが……無理強いは良くないからな……

「んぐっ……んぐっ……んぐっ……ぷはぁ~!!」

 と、思ったが俺以外では、どうやらグライブが一息にこのヤム乳を飲み干したようだ。
 うむ、実に気持ちのイイ飲みっぷりである。
 グライブのやつよっぽど気に入ってくれたのか、目がマジでむさぼる様に飲んでいた。

「なにこれっ!? すごく冷たいわっ! それに甘いっ!」
「ちょっと! これってどうなってんのよっ!?」
「ちべたーいっ!」
「あま~い!」
「「うま~いっ!!」」

 うむうむ。ママンズも妹たちもご満悦のようで何よりだ。
 親父たちも口々にうまいうまいと言いながら飲んでいた。
 ミーシャはと言えば、無言のままチロチロと、それこそ文字通り舐める様に飲んでいた。
 その飲み方は、まるで今生の一杯の様に、大切に味わうように、とてもゆっくとしたものだった。
 そんなチビチビした飲み方をしなくても、欲しいならおじさんがいくらもうたるけん、もっとたんとお飲み……そして、お母さんのように育つんやで……(主に胸周り的な意味で)
 このヤム乳は、所謂フルーツ牛乳(ヤム乳)と同じものだ。
 生の果実は日持ちしないので、市場では基本ドライフルーツの形で流通している。
 勿論、果実園などの近くでは生のものも手に入るが、それはその地域限定の特産品でしかない。
 で、そのドライフルーツをすり潰してヤム乳と混ぜたものがこの“フルーツ・ヤム乳”なのである。
 果実は、水分を飛ばすとその分甘みが増す。
 そのドライフルーツをふんだんに使って作った、至高の一杯なのである。
 この果実も勿論、イスュに頼んで用意したものだ。
 今はまだ、イチゴに似た果物のドライフルーツしかなかったが、そのうちもっと種類を増やしたいと考えている。
 可能であるなら、この村で生産してもいいかもしれない。
 栽培経験者が居ればの話だけどな……
 ああ、あとは酒類なんてあるとおじさん連中は喜ぶかも知れないな。
 仕事終わりの、風呂上りの一杯……ゴクリッ……あぁ、考えただけで涎が……
 そして、このバー最大の売りは飲み物がキンキンに冷えているところにある。
 ここからでは見えないが、カウンターの中には掌サイズの小さな魔術陣がいくつか書かれている。
 一言で言えば、瞬間冷却魔術陣だ。
 この冷却魔術陣は、加熱槽を造っている時に生まれた副産物だった。
 元々冷却系等の魔術陣の研究はしていたのだが、なかなか“冷やす”とか“冷却”と言ったコマンドを資料の中から見つけられないでいたのだ。
 お陰で研究は停滞していたのだが、加熱槽の魔術陣を書いてる時に、ふと、熱を与える事が出来るなら、同様に奪う事も出来るのではないか? 
 と、思い試しに作ってみたら見事に出来てしまったと言う、奇跡のような一品だった。
 つまり、-10℃で加熱・・すると逆に冷えるって事だな。
 しかも、冷却時間を延ばせばシャーベット状に固まらせる事も出来る。
 乳製品だから、アイスクリームというべきか?
 まぁ、どっちでもいいか……
 商品ラインナップとしては、アイスクリームも十分にありだな……
 なんて事を思いつつ、木製カップをマスターに返却しようとした時……

「俺にもそいつを頂けないかい?」

 と言う声に、首を巡らせればそこにはいつの間にやら大量の人人人人人。
 どうやらこの人たちは、俺たちのやり取りを見ていた様で、このフルーツ・ヤム乳に興味が沸いたらしい。
 マスターがどうするよ? と言った顔で俺を見て来たので“別にいいんじゃね?”と頷いて答えた。
 ただし、今回はあくまで試験用だったため材料はそう多くは搬入されていないのだ。
 材料自体は、村長のとこの倉庫にごっそりあるので、本格稼動する際にはまとまった量を提供する事が出来るようになるだろう。
 と言う訳で、先着順で尚且つ売り切れ即終了、それでもよければという条件でフルーツ・ヤム乳の試作先行販売が急遽実施となったのだった。
 価格は一杯、たったの50RDリルダポッキリの格安価格でのご提供だ。
 試作品という事もあり、格安に設定しているが本稼動した時にはちょっと値上がりするかも……
 まぁ、俺たちは十分堪能したのでもう帰るけどな。
 この騒ぎがどうなったのかは、明日にでもマスターに聞く事にしよう。
 俺たちは、そんな喧騒を余所に銭湯を出て、帰路に着いたのだった。

「あっ! そういえばイケメン君がいないわね?」

 ノーラおばさんがそう言ったのは、家が目前に迫った時の事だった。
 ……やべぇ、すっかり忘れていた。
 まぁ、いいか……子どもじゃないんだ。一人でどうにかするだろう……

 翌日……

 さっそく、昨日の状況を聞こうと朝一でマスターの所へ訪ねたのだが……
 そのマスターは干からびて、倒れていた。
 虫の息のマスターに、何があったのか尋ねると俺たちが帰った後、フルーツ・ヤム乳欲しさに人が怒涛の様に押し寄せて来たのだとか……
 しかし、案の定フルーツ・ヤム乳に使っていたドライフルーツが直ぐに無くなってしまったので、販売は即終了となった。のだが……
 余ったヤム乳だけでも、冷えたものを売って欲しいと言う要望が挙がり、冷えたヤム乳だけのものを半額で売りに出したらしいのだ。
 そして、それも売り切れると、今度は水だけでもいいから冷やして欲しいと言う声が上がり……
 マスターはただひたすらに、飲み物を冷やして冷やして冷やして冷やして冷やして冷やして冷やして冷やして冷やして冷やして冷やして冷やして冷やして冷やし続けた……そして、疲労と魔力欠乏症のダブル・パンチでぶっ倒れてしまったと言う訳だ。
 マスターは全てを語ると、眠るように静かに息を引き取ったのだった……て、別に死んでねぇーよ? 冗談だよ?
 しかし……あの魔術陣は、かなりの省エネ設計にしていたはずなのでそうそう簡単には魔力欠乏症にはならないはずなんだが……マスター、あんた一体何杯の飲み物を冷やしたんだよ?
 俺は、苛烈な戦いから逃げずに戦い通した一人の戦士に静かに敬礼を捧げた。
 そして、静かに“早目にバーの店員増員しよ”っと心に固く誓うのだった。

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