魔拳のデイドリーマー

osho

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3巻

3-2

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 直後、今までエルクがいた場所を、リトルビーストの豪腕ごうわんが薙ぎ払った。
 おそらく、傷つけられた怒りに任せて放った闇雲やみくもの一撃だろう。その後、自分の攻撃の勢いに振り回されてよろけてたし。
 そんな一撃でも、細身のエルクが受ければ『痛い』じゃ済まない傷を負う可能性が大きい。ただ今回は、きっちり冷静に対処したエルクに軍配が上がった。
 しかし、油断しちゃいけない。
 頸動脈を切ったとはいえ、リトルビーストはまだ生きている。あと数分は暴れ続けるだろう。出血多量で絶命するまでの間、きっちり攻撃をしのがないといけない。
 このへんは、骨までくだく、正真正銘しょうしんしょうめい『一撃必殺』な僕の拳との差だな。
 事実、リトルビーストはさっきよりも荒々しい突進を繰り出して、再びエルクの命を狙ってきた。
 エルクは二度、三度と繰り返される突進を華麗に避け、腰のベルトから数本の投擲とうてき用ナイフを引き抜いて投げつける。
 ナイフは空を切って一直線に飛び、狙い通りに、後ろ足の指先に全て命中した。
 はい、ここで豆知識。
 大体の生物っていうのは、踏ん張る『足の指先』に、より多くの神経が集中しているものである。強く地面を蹴ったりする時に有用だから。
 その分痛覚も過敏かびんになっていて、痛みを感じやすいことが多い。ほら、タンスのかどに足の小指ぶつけると悶絶もんぜつするでしょ?
 エルクがそこにナイフを命中させたことで、リトルビーストは激痛に苦しみ、上手く踏ん張ることができなくなった。
 必然、それ以後の突進は目に見えて勢いが弱まり、今のエルクの敏捷性びんしょうせいをもってすれば、かなり余裕で避けられるものになっていた。
 そして数分後。
 最後の最後までエルクを殺そうと奮戦したものの、出血の限界量に達したらしいリトルビーストは、どうっと石の床に倒れこんだ。
 それっきり動かなくなり、死んだことをしっかり確認した後で、ようやくエルクもふぅ、と息をついて力を抜いた。
 ……うん、お見事。
 エルク、初めて『リトルビーストの単独討伐』達成である。
 離れた場所から見ていた僕とアルバが歩み寄る。
 こっちに視線を向けたエルクの肩に、今では結構彼女にもなついたアルバが止まり、『お疲れ』とでも言いたげに耳を甘噛みした。
 今回のコレはエルクの腕試し。基本、僕らはノータッチ。助言もなし。
 もっともこうした理由は、今のエルクならリトルビーストくらい大丈夫だと確信していたからだし、いざって時は、僕がすぐに介入して助けられるようにしていたけど。

「どう、気分は?」
「……正直、まだ実感が湧かないわ」

 エルクは何度も深呼吸して、迷宮の冷たい空気を肺に行きわたらせながら、不器用な笑みを浮かべている。ホントに実感がないみたいだ。

「まさか私が、いや、冒険者として夢見ないではなかったけど……ホントに一人で、リトルビーストを倒せるようになるなんて……」
「がんばってたもんね、エルク。毎日ホントに」
「いや、それでも、こんな短期間でここまで強くなれるとは思わなかったわよ……」

 確かに。最初にエルクと会ったの、今から二ヶ月と少し前だからな。訓練期間はたった二ヶ月弱。
 最初はゴブリンやウルフ相手でも、単体でギリギリ、群れじゃお手上げだったエルクが、今はリトルビーストをこんだけ鮮やかに倒すなんて……。
 いくら下積みがあったからとはいえ、驚異的なペースで強くなったことになるのか。
 母さんが僕に課したものほどじゃないけど、それなりにスパルタ気味な、中身の濃い訓練メニューを消化した成果だろうか。
 ほぼ毎日二人で冒険に出て、野生の魔物との戦いを数多く経験できたのも大きい。実践&実戦は何よりのトレーニングになるから。
 さらに、『クリスタルダガー』の整備が終わり、エルク自身がそれを上手く使いこなし始めている効果もあるはずだ。
 エルクも、エルクのお母さんも何なのか知らなかったらしいダガー。
 その正体は、古代遺跡などからごくまれに出土する、激レアマジックアイテム。
 特殊な方法で加工された水晶の刀身は、注ぎ込まれた魔力を百パーセント以上に増幅させて放出することができ、切れ味や威力、刃の強度なんかが尋常じゃないくらいに上がる。
 特にエルクが使う『風』の魔力は、攻撃のスピードや切れ味を強化する性質が強いから、急所狙いのヒット&アウェイが得意な彼女にはうってつけだろう。
 母の形見で愛着があることも手伝ってか、上達のスピードも早い。
 これはホント、運も才能もあるよなあ。将来が楽しみだ。
 さて、じゃあとりあえず今日はここまでにして、このリトルビーストをお持ち帰りしますか。


 ☆☆☆


 迷宮を出ると、時間がつのは早いもので、時刻はもう夕方になっていた。
 とりあえず、麻袋あさぶくろに入れて担いでいるリトルビーストの素材をギルドで換金すべく、僕とエルクは足早に街道を歩く。
 袋の大きさが大きさなので目立つけど、もう今さら気にしない。
 というのも、繰り返しになるけど、僕の顔はもうかなり知られてしまっているのだ。
 たったの一ヶ月足らずのうちにFランクからAランクにまでのし上がった、いろんな噂が飛び交う謎の冒険者。『黒ずくめ』あらため『黒獅子』。
 まあ当然、多くの人に声をかけられてチームに誘われて……って感じだったんだけど、さすがに二度目だし、そんなには気にならなかった。もう慣れたとも言う。
 野次馬を軽くいなし、いつも通りの冒険者ライフを維持できていると思う。
 なんてことを考えつつ、町の大通りを歩いていると、あちこちにある露店から美味しそうな匂いがこれでもかとただよってきて、僕の鼻をくすぐる。
 迷宮でいい運動をした僕の体が、食欲に正直な反応をし始めたところで、ふとあることに気がついた。
 串焼きやらケバブやらの香りに混じって、別の匂いが……。
 この匂いは……花、かな?
 周りをよく見ると、いつもより花を売る露店が多いように感じられた。
 と言っても、花自体を売っているわけじゃなく、薬草としてとか、食材としてとか……そういう店が大半ではある。純粋な『花屋』は、むしろ少ない。
 それでも、昨日に比べて……市場が花だらけだ。何コレ?


 ☆☆☆


「ああ……あれね。そろそろ、そういう時期なのよ」
「時期?」

 ギルド到着後、エルクに露店について聞いてみたら、そんな回答が返ってきた。

「ここから馬車で四、五日くらいのところに、『花の谷』っていう場所があるの。知ってる?」

 僕が首を横に振ると、エルクは『やっぱりか』といった表情になり、説明を続ける。
 どうやらその『花の谷』とやらは、文字通り花に関係したいろいろなものの産地だという。
 小さな集落があり、そこで暮らす人々は、谷で取れる様々な特産品を、時折買い付けに来る商人達に売って生活している。
 観賞用の生花せいかやドライフラワーはもちろん、嗜好品しこうひんである花の蜜、薬草として使われる花など、いろいろな種類のものが取引される。
 そうした特産品の中には、『真紅の森』の騒動の原因となった『ブラッドメイプル』もあるんだとか。ただしこっちは正真正銘、認可が下りている合法の品だけども。
 その『花の谷』は、年中、たとえ冬だろうと何かしらの花が咲いているらしいんだけど、特産品出荷の最盛期となるのが、ちょうど今の時期だそうだ。
 なるほど、それであんなにいっぱい露店に花が並んでたわけね。
 花粉症の人、大変じゃないのかな? この世界にいるのか知らんけど。
 さらにそういった特産品をふんだんに使った『花料理』を出す店も、この期間限定でオープンするという話だ。
 夕飯にはまだ早い時間帯ながら、正直、非常に興味をそそられる話である。
 表情に食欲をにじませた僕がエルクに呆れられていると、査定が終わったのか、カウンターから呼び出しがかかったので、担当のリィンさん(またかよ)の元へ向かう。
 預けていたギルドカードを受け取ると、エルクのカードに変化が。表示されているランクが、『D』から『C』になっていたのだ。
 どうやら、今までの功績に加えて今回のリトルビースト討伐が決め手になって、ランクが上がったらしい。
 二ヶ月強で『E』から『C』へのランクアップ。これはさすがに過去にほとんど類を見ないものなので、リィンさんは感心していたし、何よりエルク自身が一番驚いていた。
 ただ僕からすれば不自然さは感じない。今のエルクなら、妥当だとうな評価だろう。
 そして、今日の驚きはそれだけでは終わらなかった。
 リィンさんから、気になる話を聞かされたのだ。

「指名の依頼が来てる?」
「はい。ミナト様に受けて欲しいという依頼が。エルク様も一緒で構わないとのことです」

 そう言って、手にしていた一枚の依頼書をすっと差し出してくるリィンさん。
『ボード』に貼ってあるものより大きい紙に目を走らせると、確かにそういった内容が書かれていた。依頼する冒険者を、僕……ミナト・キャドリーユに指定するというむねが。
 冒険者として名前が売れてくると、そういうことも増えてくるとは聞いてたけど、実際に経験するのは初めてだ。

「つきましては、今日明日ならいつでも大丈夫なので、直接会って詳しく話をしたいということでした。もちろん強制ではありませんので、断っていただいても構いませんが……どうなさいますか?」

 リィンさんの説明を聞きながら、いったい依頼人は誰だろうと用紙の隅々に目を走らせると……あれ!?


 ☆☆☆


 その数十分後、僕とエルクはその『依頼人』の元を訪れた。

「よう来たな。ミナト、それにエルクちゃんも」

『マルラス商会』で迎えてくれたのは、嬉しそうにクリーム色の毛並みの狐耳きつねみみをぴょこぴょこと揺らす、我が姉ノエル・コ・マルラス。
 いやまさか、依頼人がノエル姉さんだとは。

「ああ、確かエルクちゃん、Cランクに上がったんやったね? おめでと。今度お祝い用意するさかいな」
「どんだけ耳早いんですか。ついさっきのことなんですけど」
「ふふっ、商人の情報網、なめたらあかんえ?」

 相変わらず微妙に怖いな、おい。
 すごくいい人だけど、それだけじゃない。腹黒いとまでは言わないけど、したたかというか、やる時は容赦ようしゃなくやる商人気質が、笑顔の裏に見え隠れしている。
 ひょっとしたら、こういう何気ない会話の中でも、情報を聞き出されたり心理戦を仕掛けられたりしてるんじゃないかって、思わず勘繰かんぐってしまうほどに。
 だからこそ、大きな商会のトップに君臨くんりんしてられるんだと思うけど。


 姉さんの依頼は、簡単に言えば、またも商隊の護衛だった。
 この時期は、『花の谷』から商品を仕入れてくる商人が多くなる……ってのは、さっきエルクから聞いた通りだけども、同時にギルドには護衛募集の依頼書が殺到さっとうするという。
 それもそのはず。『花の谷』に行くには、ここウォルカからだと、いくつかの危険区域を越えなければならないのだ。
 相応の実力の護衛を、相応の人数つけなければ、決して安全とはいえない旅路。
 ゆえに直接の仕入れは、個人で細々と行商をいとなんでいるような人には無理。護衛を雇えるくらいに余裕のある商人や仲買人なかがいにんに限られる。
 それ以外の人は、現地で仕入れた大手の仲買業者から、手数料込みで割高になったものを卸値おろしねで買うことになる。当然、売値も割高になるけど。
 姉さんの『マルラス商会』は、直接仕入れに行く大店おおだなだ。護衛をつのって商隊を組むらしいんだけど、そのために僕を雇いたいらしい。
 もちろん、僕やエルクだけじゃなく、他にも何人も雇うらしいんだけど、せっかくなら腕も確かで気心も知れてる僕も加えたい、とのことだった。

「ミナトはA、エルクちゃんはCにランクが上がったことやし、十分信頼できるわ。報酬は一人金貨一枚、条件によっては上乗せもアリ。拘束こうそく期間は、往復にかかる日数と谷での滞在期間を足して、二~三週間や。どや、悪くないやろ?」
「なるほど、随分ずいぶんと太っ腹ですね……途中の食事は?」
「出るで。まあ足りひんかったら、そのへんで獣でも狩ってきてくれたら料理さすけど」
「およそ半月、か。結構長いのかな? コレって」
「短くもないけど、そこまで長くもないわ」

 そう言って、依頼内容の細かいところをチェックしていくエルク。
 根掘り葉掘りっていう表現がピッタリの、遠慮のないエルクの質問ラッシュにも、ノエル姉さんは嫌な顔一つせず答えていく。
 商談とかで、腹の探り合いには慣れているのだろう。
 エルクはエルクで、一度騙されて痛い目に遭っていることもあり、慎重に慎重を重ねた姿勢で精査していた。
 僕だったら、ざっと見て終わりにするだろうな。つくづく仲間でよかった。

「道中に、ランクDの危険区域があるのね?」
「毎年使ってるルートやねんけど、これが一番、距離と安全のバランスが取れてんねん。魔物も、そこまで危険なのは出ぇへんはずやで」
「ふぅん……。なら……」

 そのまま、契約書とにらめっこしながら長考するエルク。
 リスクとリターンを比較し、契約内容もきっちり精査した末に、依頼を受諾じゅだくした。



 第三話 赤髪のダークエルフ


 翌日。僕は久しぶりに、エルクをともなわずに一人で行動していた。
 というのも、たまには休んでもいいでしょ、ってことで、今日はダンジョンや危険区域の探索はやめ、部屋でゆっくりすることになったのである。
 エルクも昨日、一人でリトルビーストを相手にして疲れただろうし。楽勝で倒したとはいえ、精神的な疲労ってもんが溜まっているはずだ。
 僕ものんびりするつもりだったんだけど、今朝になって、姉さんの商会に追加注文していた手裏剣その他が今日届くことを思い出した。
 別に必ず今日受け取りに行かなくてもいいんだけど、前世からの癖というか習性みたいなもんで、通販なり注文なりした物は早く受け取らないと気が済まないのである。
 ただ、エルクにはきちんと休んでもらいたいし、一人で行くことにした。
 その際、僕の欠点である『方向音痴おんち』をエルクに心配されて、『一緒に行こうか』って言われたんだけど、断った。
 マルラス商会は、もう何度も行っている場所だ。
 方向音痴といえど、慣れた道ならさすがに大丈夫だっていうのも最近判明したし。初めての場所だと、地図があっても弱いけど。
 結局、やっぱり迷いました、なんていうお約束な展開になったりすることなく、姉さんの商会に行って品物を受け取ることができたんだけども。
 ――迷子以外のトラブルに巻き込まれることまでは、ちょっと予想できなかった。

「……ん?」

 宿までの帰り道で大通りに出た瞬間、僕の鼻が、いつもとは違う匂いをぎつけた。
 獣の匂いである。
 街中でそういう匂いがすること自体は、そんなに珍しいことじゃない。
 家畜はもちろん、魔物素材からもそういう匂いはするし。
 ただし今みたいに、大勢の人の叫び声や悲鳴、そしてドカドカうるさく地面を踏み鳴らすひづめの音を伴ってるケースは、さすがに記憶にない。
 そして、前方には大きな土煙と、野次馬らしき人垣が見え始めた。
 直後、それらが大慌てでささーっと大通りの両脇に、逃げるように動いたかと思うと、騒ぎの元凶が姿を現した。
 そこにいたのは、一頭の、すごく大きな牛型の魔物。
 かなり興奮した様子で通りを暴走し、周囲の人達を盛大にビビらせていた。ああなるほど、あれは確かに怖い。
 首輪から伸びる先端が千切ちぎれたくさりを見ると、どこかの畜産ちくさん業者から逃げ出して暴走中、ってところだろうか。
 しかも、牛は牛でパニックなのか、あっちへこっちへジグザグに走るので、ハラハラして見ていられたもんじゃない。いつ誰がかれるか……と思ったその時。
 牛が方向転換した先に、びっくりして動けないらしい、おじいちゃんとおばあちゃんがいるのが見えた。うわ、直撃コースだ。
 前世でおじいちゃんっ子だった僕としては、老人には天寿を全うしてもらいたい。
 僕が駆け出そうとした時、おじいちゃん達とその牛との間に、一人の女性が立ちはだかった。
 あまりにも自然な動作で出てきたので、逆に違和感がなかった。
 次に目に入ったのは、彼女が腰に差している一本の剣。
 もしかして冒険者か何かだろうか……と思ったその時。

「――っ!!」

 一瞬、何が起こったかわからなかった。
 しかしすぐに、唐突に襲ってきた謎の感覚の正体に気づく。殺気だ。
 その女性から放たれた殺気に……背筋に寒いものが走り、体がわずかに強張こわばる。
 暴走牛もそれを感じ取ったのか、女性に突っ込む寸前で急に方向転換した。
 おお、よかった。これで老夫婦も無事だ。
 牛は誰も傷つけることなく進路を変えてこっちへ……こっちへ?

「――ってダメじゃん!」

 今度は僕の方に突っ込んできた暴れ牛。
 避けるのはわけないんだけど、僕の後ろにも一般人はいっぱいいるわけで、このまま暴走させることはできない。

「! あっ、やばっ! ねえちょっと君、そこ危な……」

 殺気で牛を迂回うかいさせた女性が、老夫婦が無事でも進行方向が無事じゃないことに気づき僕に声をかけてきたが、あえて無視して腰を低く構える。
 彼女の困惑した表情がちらっと見えた直後。

「どっせい!!」

 つのにだけは当たらないように、突っ込んできた牛を相撲すもうのように正面から受け止め、そのままがっぷりと組んで、力尽くで突進を止める。
 で、また別な方向に走り出されるとかなわないので、そのまま牛の首輪から伸びる鎖をしっかりつかむ。よし、これでOK。
 すると一瞬間を置いてから、周囲でわっ、と歓声が起こった。
「すげえな」「いいぞ兄ちゃん」「え、もしかして黒獅子?」とかいう声が聞こえる。
 やば、また目立った。しかも『黒獅子』だって気づかれたかも……。
 救いなのは、未だ僕のそばに暴れ牛がいるおかげで、野次馬が近寄ってこないことだ。あくまで遠目から見ているだけ。気分的には……それでもうっとうしいけど。
 と、思ったら……普通に近づいてくる猛者もさが一人。
 すごいなって感心する思いと、来るなよってちょっとうんざりする思いの両方が僕の心の中に……って誰かと思ったら、さっきの女の人じゃないか。

「ふーん……見た目によらずすごいのね、君。力技で止めちゃうなんて」

 そんなことを言いながらすたすたと歩いてきた度胸のある彼女は、あらためて見ると、結構特徴的な容姿をしていた。
 腰まで伸びたつやのある赤い髪に、褐色かっしょくの肌。
 女性として魅力的な――僕の母さんにも負けてないんじゃないか、ってくらいにグラマラスなスタイル。
 前が大きく開いたチャイナドレスのような、これまた赤い動きやすそうな服に身を包んでいた。露出はやや多め。
 腰には革のベルト。そこには、さっきも見えた一振りの剣を差している。
 金色の装飾がなされた豪華ごうかで派手な見た目のわりに、いやらしさは感じない。刀身を見ないとわからないけど、結構実用的なんじゃなかろうか。
 そしてもう一つ特徴的なのは……彼女の耳が、長くて先のとがった、いわゆる『エルフ耳』だったことだ。
『かわいい』とも『美しい』とも表現できそうな、整った容姿のお姉さんだったが、笑顔を見せつつも、僕を値踏みしているのが伝わってきた。
 剣といいこの視線といい、さっきの殺気といい……やっぱり同業者だろうか?

「ふぅん、見た目は華奢なのに、人は見かけによらないわね。やっぱりあなたも冒険者?」
「あ、はい、一応」
「やっぱり? なんか周りが騒がしいけど、もしかして君は有名人? 私、この町に来たの最近だから知らないんだけど」

 あ、そうなのか。
 じゃあこのお姉さん、『黒獅子』っていう名前も知らないのかも。これはラッキー。
 最近では本当に数少ない、色眼鏡を通さずに接してくれる人に出会えた。
「さっきは不注意でごめん」とか「止めてくれてありがと」などと言われていると、牛の持ち主らしき商人が走ってきたので、牛を引き渡す。
 腰を九十度に折り曲げて丁寧ていねいびる商人さんだけど、お姉さんの視線は厳しい。
 さっきのおじいさんとおばあさんが、下手をすれば死んでしまう危険があったからだろう、結構きつめに文句を言っていた。


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