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そろそろ10歳
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補足。閑話の精霊小話の内容をカーラは知りません。
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満点の星空の下、オアシスを囲う大岩の上に寝転びました。
夜の見張りはクラウドと交代で、夕食後から真夜中が私、そこから朝までがクラウドの担当ということになっています。でもモリオンが擬態して私の代わりをしてくれるので、いつもはテトラディル邸のベッドで寝ています。
今日は気分がいいのでちょっとだけ、夜更かしです。
「ねえ、オニキス」
『なんだ?』
星を眺めたまま、オニキスに話しかけます。オニキスはその腹部に埋もれるように、もたれかかっている私の方へ、頭を向けました。
「魔物の正体は精霊なのでしょう? 殺してしまうことにためらいはないのですか?」
なんだそんなことかというように、オニキスはふんすと息を吐くと私のお腹に顎を乗せました。
『宿主を殺しても、精霊を殺したことにはならん。元の世界に帰るだけだ』
「え、精霊は異世界から来ているのですか?」
精霊ってつくづく謎の生き物ですね。と、いうことは、オニキスも異世界から来ていたのですか。
『人ではなく、精神の希薄な生き物に寄生し、体を乗っ取る、愉快犯のような精霊たちが存在するのだ。そして人を襲う。大方、人に寄生した精霊への嫌がらせだろう』
へえ。この上なく迷惑な精霊なんですね。
殺す気で向かってくる魔物に同情したことはありませんが、殺生とほぼ無縁だった世界の住人としては、できる限り避けたいところです。無理なものは仕方がありませんけれども。
ふと精霊に体を乗っ取られた、老人を思い出してしまいました。
いつかは私も人を殺める日が来るのでしょうか。
ゲームではガンガーラとの戦争で何人も人を倒しましたが、つまり現実では殺すということで・・・。仕方のない事だとしても、割り切れるわけではありません。
『その戦争を避けるための旅であろう? やるだけやって、それでも起きてしまうのなら、諦めもつくというものだ』
「そうですね」
体を傾け、オニキスの首に腕を回します。その肩の辺りに頬を乗せました。
でも、よかった。もし私が死んでしまったとしても、オニキスは死なないのですね。私が死ぬと、オニキスも消えると言うものですから、精霊はみんな宿主と共に死ぬものと思っていました。
元の世界に帰るだけだったんですね。
『いや。初めに言ったろう? カーラが死ねば、我も消滅する』
「え、でもさっき・・・」
『それは契約をしていない場合だ。契約した精霊は、宿主と命を共にする』
思わず跳ね起きました。震える手で、私をまっすぐ見つめるオニキスの頬を包みます。
『何を気に病む必要がある。契約するかしないかは、精霊に決定権がある。我はカーラと共にあることを望んだ。ただ、それだけのことだ』
でも、でも、だって・・・契約がそんな重いものだったなんて。
どうりで嫌がる精霊の方が多いわけです。精霊が休眠してしまう短時間以外で「全く魔法が使えなくなった」なんて聞いたことがないということは、そもそも精霊の方が人より寿命が長いというわけで。つまり契約をするということは、精霊の死期を早めることに他なりません。
どうしよう。
オニキスの生を望む一方で。
オニキスが私と一緒に死んでしまうことを。次がないことを。
それを彼が選んだということを、こんなにも嬉しいと思ってしまうなんて。
『泣くな、カーラ。泣かないでくれ』
いつの間にか、泣いていたようです。ぼろぼろと伝う涙を、オニキスが一生懸命に舐めとっています。
『我は契約を後悔したことなど、ただの一度もない。契約していなければ、こうしてカーラと話すことも、触れることもできていないからな』
本心なのでしょう。私の仄暗い喜びに気づいているはずなのに、オニキスが私から目をそらすことは無く。それどころか、私を見るオニキスの目はどこまでも優しく、星を映してキラキラと輝いています。
お座りの姿勢で見つめられ、ふと、私が鼻を舐めた時のオニキスを思い出してしまい、涙の勢いが弱まりました。思い出し笑いをしそうになって、顔をそらします。
首筋をオニキスに向ける形になり、そこに伝っていた涙を、彼は鎖骨の辺りからベロリと舐め上げました。
「ぅんっ・・・」
変な声が出て、同時に背中を何かが駆け上がる感じがし、腰に力が入らなくなりました。
後ろに倒れそうになって、反射的にオニキスの首の毛をつかみます。なのに私に引っ張られるまま、オニキスが立ち上がるものだから、結局、後ろに倒れてしまいました。勢いが弱まって、痛くなかったのは幸いでしたが。
「ごめんなさい。痛かったですか?」
『痛くはない』
今ので涙は止まったというのに、オニキスは頬や顎、口元、ときどき耳、そして首筋をペロペロと舐め続けています。
いえ、嫌ではないのです。嫌ではないのですけど、耳と首筋はやめて欲しいのです。
「ひぁっ」
変な声が出て、また力が入らなくなるので。
そんな私にお構いなしで私を舐めまわしていたオニキスが、一瞬、動きを止め・・・。そしてペロッと触れるか触れないかという感じに、私の唇を舐めました。
「えっ・・・」
なになになになになに?! なんでした? 今のは何でしたか?!
心臓がバクバクして、うまく息ができません。変態さんの電話並みに、はあはあ言っている自信があります。
私をまたいで立つオニキスは、そのまま夜空に溶け込んでしまいそうです。そこにいるのか不安になって、両手を伸ばし、ぎゅっと彼の胸元の毛を握りしめました。
『・・・カーラ』
切なげな声で私の名を呼んだオニキスの鼻先が、ゆっくり近づいてきます。
えっと、えっと、つまり、これって、あの・・・。
『覗き見とは、いい趣味だな。和色』
怒りを含んだオニキスの低い声に、閉じていた目を開けました。オニキスはじっと暗闇を睨んでいます。
・・・残念。
ん?
今、私、何て?
オニキスが睨んでいた暗闇から羽音がして、大岩の上に熊程の大きさの鳥が留まりました。おや。どこかで見たような。
私は仰向けの状態でオニキスにのし掛かられていて、格好の餌食だというのに、襲ってくる様子がありません。
しかもオニキスが鬱陶しげにしている様子からして、何か話し掛けられているようです。
「なんて言っているのですか?」
オニキスは溜め息をひとつ漏らして、言いました。
『言いたくない』
罵られているのですか?! 許すまじ!
起き上がろうとした私を、オニキスが前足で押さえ付けてきました。
『違う。そうではなくて・・・その・・・言いたくない』
やっぱり意地悪を言われてるんですね! 許しませんよ!
『違う。不快なことは言われていない。・・・いや、いや駄目だ! そういう意味で言ったのではない!!』
オニキスが威嚇しているのに、とてとてと魔物が近付いて来ました。慌てて飛び起きます。
『駄目だ! あっちへ行け! 許さんぞ!!』
毛を逆立ててオニキスが吠えているのに、全く引かない魔物。
ついに手を伸ばせば触れられそうな距離まで、近付いて来てしまいました。つぶらな目で、うるうると私を見下ろしています。
オニキスが諦めたようにまた、溜め息をつきました。
『カーラに触れて欲しいのだそうだ』
なんだ。そんな事でしたか。御安い御用ですが、いきなり襲ってくるなんて事はありませんよね?
『ない。敵意は全くない。あるのはカーラに触れて欲しいという、欲望だけだ』
随分、可愛らしい欲望ですね。いいですよ。
「おいで」
手を伸ばせば、魔物がすり寄って来ました。オニキスとは違う、鳥類独特のもふもふ・・・素晴らしい!
嫌がるどころか、魔物もグイグイ来るので、調子に乗って両手で羽の流れに沿ってツルツルと撫でました。するとモワーッと羽が持ち上がって膨らみ、フカフカとした感触に変わります。
埋もれてみたい。
私の心を読んだかのように、魔物が一歩進み出ました。その胸元へ、親鳥に温められる雛のように埋まる私。
あー。これは、これで・・・。
「好き」
と、急に魔物が遠ざかりました。私の横には、涙目のオニキス。
どうやら魔物はオニキスに吹っ飛ばされたらしく、少し離れた所に転がっていました。しかし怒るでもなく、ふくふくと幸せそうに膨らんでいます。
変わった魔物ですね。
『情けをかけるんじゃなかった! 許さん! 許さんからな!!』
今にも殺ってしまいそうなオニキスさんを、横から抱き締めて止めます。
「ちょっと待ってください、オニキス」
協力的な魔物なら、このオアシスの見張りを頼めませんか? オアシスを潰すのは勿体ないですが、ガンガーラの軍事拠点にされたくないと思っていたのですよ。
『・・・わかった。交渉しよう。ここで待て』
オニキスがときどき魔物に怒鳴りながら交渉し、最終的に報告を兼ねた「月1もふもふ」で、オアシス監視の契約が結ばれました。
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満点の星空の下、オアシスを囲う大岩の上に寝転びました。
夜の見張りはクラウドと交代で、夕食後から真夜中が私、そこから朝までがクラウドの担当ということになっています。でもモリオンが擬態して私の代わりをしてくれるので、いつもはテトラディル邸のベッドで寝ています。
今日は気分がいいのでちょっとだけ、夜更かしです。
「ねえ、オニキス」
『なんだ?』
星を眺めたまま、オニキスに話しかけます。オニキスはその腹部に埋もれるように、もたれかかっている私の方へ、頭を向けました。
「魔物の正体は精霊なのでしょう? 殺してしまうことにためらいはないのですか?」
なんだそんなことかというように、オニキスはふんすと息を吐くと私のお腹に顎を乗せました。
『宿主を殺しても、精霊を殺したことにはならん。元の世界に帰るだけだ』
「え、精霊は異世界から来ているのですか?」
精霊ってつくづく謎の生き物ですね。と、いうことは、オニキスも異世界から来ていたのですか。
『人ではなく、精神の希薄な生き物に寄生し、体を乗っ取る、愉快犯のような精霊たちが存在するのだ。そして人を襲う。大方、人に寄生した精霊への嫌がらせだろう』
へえ。この上なく迷惑な精霊なんですね。
殺す気で向かってくる魔物に同情したことはありませんが、殺生とほぼ無縁だった世界の住人としては、できる限り避けたいところです。無理なものは仕方がありませんけれども。
ふと精霊に体を乗っ取られた、老人を思い出してしまいました。
いつかは私も人を殺める日が来るのでしょうか。
ゲームではガンガーラとの戦争で何人も人を倒しましたが、つまり現実では殺すということで・・・。仕方のない事だとしても、割り切れるわけではありません。
『その戦争を避けるための旅であろう? やるだけやって、それでも起きてしまうのなら、諦めもつくというものだ』
「そうですね」
体を傾け、オニキスの首に腕を回します。その肩の辺りに頬を乗せました。
でも、よかった。もし私が死んでしまったとしても、オニキスは死なないのですね。私が死ぬと、オニキスも消えると言うものですから、精霊はみんな宿主と共に死ぬものと思っていました。
元の世界に帰るだけだったんですね。
『いや。初めに言ったろう? カーラが死ねば、我も消滅する』
「え、でもさっき・・・」
『それは契約をしていない場合だ。契約した精霊は、宿主と命を共にする』
思わず跳ね起きました。震える手で、私をまっすぐ見つめるオニキスの頬を包みます。
『何を気に病む必要がある。契約するかしないかは、精霊に決定権がある。我はカーラと共にあることを望んだ。ただ、それだけのことだ』
でも、でも、だって・・・契約がそんな重いものだったなんて。
どうりで嫌がる精霊の方が多いわけです。精霊が休眠してしまう短時間以外で「全く魔法が使えなくなった」なんて聞いたことがないということは、そもそも精霊の方が人より寿命が長いというわけで。つまり契約をするということは、精霊の死期を早めることに他なりません。
どうしよう。
オニキスの生を望む一方で。
オニキスが私と一緒に死んでしまうことを。次がないことを。
それを彼が選んだということを、こんなにも嬉しいと思ってしまうなんて。
『泣くな、カーラ。泣かないでくれ』
いつの間にか、泣いていたようです。ぼろぼろと伝う涙を、オニキスが一生懸命に舐めとっています。
『我は契約を後悔したことなど、ただの一度もない。契約していなければ、こうしてカーラと話すことも、触れることもできていないからな』
本心なのでしょう。私の仄暗い喜びに気づいているはずなのに、オニキスが私から目をそらすことは無く。それどころか、私を見るオニキスの目はどこまでも優しく、星を映してキラキラと輝いています。
お座りの姿勢で見つめられ、ふと、私が鼻を舐めた時のオニキスを思い出してしまい、涙の勢いが弱まりました。思い出し笑いをしそうになって、顔をそらします。
首筋をオニキスに向ける形になり、そこに伝っていた涙を、彼は鎖骨の辺りからベロリと舐め上げました。
「ぅんっ・・・」
変な声が出て、同時に背中を何かが駆け上がる感じがし、腰に力が入らなくなりました。
後ろに倒れそうになって、反射的にオニキスの首の毛をつかみます。なのに私に引っ張られるまま、オニキスが立ち上がるものだから、結局、後ろに倒れてしまいました。勢いが弱まって、痛くなかったのは幸いでしたが。
「ごめんなさい。痛かったですか?」
『痛くはない』
今ので涙は止まったというのに、オニキスは頬や顎、口元、ときどき耳、そして首筋をペロペロと舐め続けています。
いえ、嫌ではないのです。嫌ではないのですけど、耳と首筋はやめて欲しいのです。
「ひぁっ」
変な声が出て、また力が入らなくなるので。
そんな私にお構いなしで私を舐めまわしていたオニキスが、一瞬、動きを止め・・・。そしてペロッと触れるか触れないかという感じに、私の唇を舐めました。
「えっ・・・」
なになになになになに?! なんでした? 今のは何でしたか?!
心臓がバクバクして、うまく息ができません。変態さんの電話並みに、はあはあ言っている自信があります。
私をまたいで立つオニキスは、そのまま夜空に溶け込んでしまいそうです。そこにいるのか不安になって、両手を伸ばし、ぎゅっと彼の胸元の毛を握りしめました。
『・・・カーラ』
切なげな声で私の名を呼んだオニキスの鼻先が、ゆっくり近づいてきます。
えっと、えっと、つまり、これって、あの・・・。
『覗き見とは、いい趣味だな。和色』
怒りを含んだオニキスの低い声に、閉じていた目を開けました。オニキスはじっと暗闇を睨んでいます。
・・・残念。
ん?
今、私、何て?
オニキスが睨んでいた暗闇から羽音がして、大岩の上に熊程の大きさの鳥が留まりました。おや。どこかで見たような。
私は仰向けの状態でオニキスにのし掛かられていて、格好の餌食だというのに、襲ってくる様子がありません。
しかもオニキスが鬱陶しげにしている様子からして、何か話し掛けられているようです。
「なんて言っているのですか?」
オニキスは溜め息をひとつ漏らして、言いました。
『言いたくない』
罵られているのですか?! 許すまじ!
起き上がろうとした私を、オニキスが前足で押さえ付けてきました。
『違う。そうではなくて・・・その・・・言いたくない』
やっぱり意地悪を言われてるんですね! 許しませんよ!
『違う。不快なことは言われていない。・・・いや、いや駄目だ! そういう意味で言ったのではない!!』
オニキスが威嚇しているのに、とてとてと魔物が近付いて来ました。慌てて飛び起きます。
『駄目だ! あっちへ行け! 許さんぞ!!』
毛を逆立ててオニキスが吠えているのに、全く引かない魔物。
ついに手を伸ばせば触れられそうな距離まで、近付いて来てしまいました。つぶらな目で、うるうると私を見下ろしています。
オニキスが諦めたようにまた、溜め息をつきました。
『カーラに触れて欲しいのだそうだ』
なんだ。そんな事でしたか。御安い御用ですが、いきなり襲ってくるなんて事はありませんよね?
『ない。敵意は全くない。あるのはカーラに触れて欲しいという、欲望だけだ』
随分、可愛らしい欲望ですね。いいですよ。
「おいで」
手を伸ばせば、魔物がすり寄って来ました。オニキスとは違う、鳥類独特のもふもふ・・・素晴らしい!
嫌がるどころか、魔物もグイグイ来るので、調子に乗って両手で羽の流れに沿ってツルツルと撫でました。するとモワーッと羽が持ち上がって膨らみ、フカフカとした感触に変わります。
埋もれてみたい。
私の心を読んだかのように、魔物が一歩進み出ました。その胸元へ、親鳥に温められる雛のように埋まる私。
あー。これは、これで・・・。
「好き」
と、急に魔物が遠ざかりました。私の横には、涙目のオニキス。
どうやら魔物はオニキスに吹っ飛ばされたらしく、少し離れた所に転がっていました。しかし怒るでもなく、ふくふくと幸せそうに膨らんでいます。
変わった魔物ですね。
『情けをかけるんじゃなかった! 許さん! 許さんからな!!』
今にも殺ってしまいそうなオニキスさんを、横から抱き締めて止めます。
「ちょっと待ってください、オニキス」
協力的な魔物なら、このオアシスの見張りを頼めませんか? オアシスを潰すのは勿体ないですが、ガンガーラの軍事拠点にされたくないと思っていたのですよ。
『・・・わかった。交渉しよう。ここで待て』
オニキスがときどき魔物に怒鳴りながら交渉し、最終的に報告を兼ねた「月1もふもふ」で、オアシス監視の契約が結ばれました。
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