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そろそろ10歳
閑話 残滓の談
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カーラが弟と共に、王都へ連れてこられて3日。案の定、王子たちがやってきた。
王子の容姿はカーラの「かわいいせんさぁ」に引っかかるので少し心配していたが、杞憂だったようだ。カーラの意識には「あくま」を、どうやって無難にあしらおうかという考えしかない。
カーラが彼らと話をしている間、とくにやることもないので、カーラの足にべったりと寄りかかり、伏せて待っていた。早く帰れと思いながら。
途中まで上手くいっていたはずの「おしたらひく」恋愛技法は、失敗に終わってしまった。せっかくカーラと「いちゃこら」するのを我慢して、影に隠れていたというのに。
カーラから少し離れていた間に、問題があったかとも考えたが、クラウドに膝枕したくらいで他は読めなかった。クラウドと何かあった訳でもないようだし、失敗の原因はよくわからない。
『おい、黒。小さい方もちょっと来い』
唐突に王子じゃない方の、若草色の方の精霊に話しかけられた。カーラたちから少し離れた所で、私を手招きしている。鷲の姿だから手というか、正確には翼だが。
『なんだ。若草』
『いいから、ちょっと来い』
宿主に聞かれたくない話なのだろうか。面倒だが、カーラに聞かせたくない内容だと困るので、素直に向かうことにした。
『お前らはあの令嬢の真白を見たか?』
真白が寄生した令嬢は、あの「げぇむしゅじんこう」しか心当たりがない。
ひそひそと問いかけてくる若草に答えた。
『大公の娘の事か?』
『そうだ。あの真白はやばい』
『どういうことっすか?』
大公令嬢の真白を思い出したのか、身震いする若草。その隣にいる金茶も震えあがっている。
『あれは鴻大の真白だ』
『ほんとっすか?!』
『ああ。私も確認した。何度も見たのだ。間違いない』
モリオンが驚いて毛を逆立てた。何度も見たという金茶は、よほど恐ろしかったのか、いつもより細くなっていて小さく見える。
『鴻大の真白?』
真白・・・というか色彩どもに興味はなかったので、そんな二つ名を持つ真白だとしても、私の記憶にはない。
『知らないのか?! 信じらんねー!』
『お触り厳禁案件っすよ』
『畏色のひとつだぞ。深淵の黒、狂乱の真白に続いて触れたくないのが、鴻大の真白だ』
狂乱の真白なら知っている。あれはよく私に、嫌味を言いに来たからな。ねちねちした嫌なやつだ。
モリオンが何か言いたげに、そっと私の様子を伺っている。何が言いたいかはわかったので、軽く睨んで黙らせた。
『お前、いくらなんでも深淵くらいは知ってるだろ? あっちの世界の底にいた、ばかでかい黒だよ』
『・・・』
私がそう呼ばれていたのは、知っている。名乗った覚えはないが。
『そういえば、深淵以外にも、宿主が黒髪になるほどの黒がいるとは思わなかったな』
『・・・』
金茶が首を傾げている。
普通はこうだ。私があの深淵とは気付かない。長く共にいるチェリの色彩も、カーラの弟の色彩も気付いていない。
別に隠そうと思ってのことではないのだが、結果的にそうなってしまったのだ。
こちらの世界に来る時、そのままの大きさでは寄り添う小さな「命」であるカーラを、塗りつぶしてしまいそうだった。だから大部分をあちらに置いてきたのだが、私と気付かれないのはその為だろう。
なのにモリオンだけは何故か、始めから私が深淵だと気付いている。
『とにかく!あいつは狂乱の腰巾着だ。目をつけられるとやばい』
『契約しているのを知られない方がいい』
それについては賛成だ。真白に契約が知れると、碌なことがないだろうからな。
『大丈夫だ。実体があるのを、見られなければいいのだろう?』
契約が成されているかどうかは、宿主を見てもわからない。魔法をやつらの前で詠唱なしに使わなければ、大丈夫だろう。
『俺らは風に溶け込めるが、お前らはどうするんだ?』
『ボクたちは影に隠れられるっすから、問題ないっす』
『ふうん。ならいいか』
若草が嫌な空気を払うように、ふるふると体を振るわせた。
『話はそれだけだ。気を付けろよ』
『忠告感謝するっす』
モリオンがペコリと頭を下げると、若草と金茶は宿主の所へ戻って行った。それを見送って、モリオンが小さく呟く。
『なんでみんな気付かないっすかね』
『私はお前が何故気付いたのか、知りたい』
モリオンが耳を寝かせて上目遣いで私を見た。責めていると思われたか。
『同じ黒だからわかるんだと思うっすけど、色はそのままっすよね?』
確かに、濃度は変えていない。というか、私という存在の本質に触れるのか、変えられなかったのだ。
成る程。やはり他の奴らは私の大きさしか見ていないから、わからないということだな。
『まあな』
しかしモリオンの観察力は凄いな。よく見ている。今も私に怯えつつ、視線は外さない。
ここで私が視線を合わせると、さらに怯えさせてしまうので、カーラに目を向ける。それでも視界の端のモリオンの耳が寝たままで、次第にかわいそうになってきた。
『責めているわけではない。気付いたお前は優秀だと思っただけだ』
やや姿勢を低くして、こちらをうかがっていたモリオンの耳が、ぴんと立って目が輝いた。
『オニキス様! あれ! あれ凄いっすね! 砂漠で雨を降らせた時っす! 向こうから引き寄せてるっすか?』
『あぁ』
あの時は水やりを早く終わらせる為、カーラの知識を元に雨雲を作ってみた。しかし様々な事象を同時に広範囲に起こす必要があって、ついあちらから体の一部を引き寄せてしまったのだ。
私としてはあちらに捨ててきたつもりだったのだが、どうやらまだ繋がっているらしい。真白の刺客を黙らせた時に、初めてそうと気付いた。
まだ加減ができないが、上手くすれば休眠すること無く、大きな力を連発する事ができるだろう。
『でもあれを見ても気付かないとか、みんな何を見てるっすかね?』
『さあな』
気付かれようと、気付かなかろうと私はどちらでも構わない。教えてやる気もないがな。
さて、モリオンの耳が元に戻ったところで、カーラが心配する前に、彼女の足元へ戻るとしよう。
王子の容姿はカーラの「かわいいせんさぁ」に引っかかるので少し心配していたが、杞憂だったようだ。カーラの意識には「あくま」を、どうやって無難にあしらおうかという考えしかない。
カーラが彼らと話をしている間、とくにやることもないので、カーラの足にべったりと寄りかかり、伏せて待っていた。早く帰れと思いながら。
途中まで上手くいっていたはずの「おしたらひく」恋愛技法は、失敗に終わってしまった。せっかくカーラと「いちゃこら」するのを我慢して、影に隠れていたというのに。
カーラから少し離れていた間に、問題があったかとも考えたが、クラウドに膝枕したくらいで他は読めなかった。クラウドと何かあった訳でもないようだし、失敗の原因はよくわからない。
『おい、黒。小さい方もちょっと来い』
唐突に王子じゃない方の、若草色の方の精霊に話しかけられた。カーラたちから少し離れた所で、私を手招きしている。鷲の姿だから手というか、正確には翼だが。
『なんだ。若草』
『いいから、ちょっと来い』
宿主に聞かれたくない話なのだろうか。面倒だが、カーラに聞かせたくない内容だと困るので、素直に向かうことにした。
『お前らはあの令嬢の真白を見たか?』
真白が寄生した令嬢は、あの「げぇむしゅじんこう」しか心当たりがない。
ひそひそと問いかけてくる若草に答えた。
『大公の娘の事か?』
『そうだ。あの真白はやばい』
『どういうことっすか?』
大公令嬢の真白を思い出したのか、身震いする若草。その隣にいる金茶も震えあがっている。
『あれは鴻大の真白だ』
『ほんとっすか?!』
『ああ。私も確認した。何度も見たのだ。間違いない』
モリオンが驚いて毛を逆立てた。何度も見たという金茶は、よほど恐ろしかったのか、いつもより細くなっていて小さく見える。
『鴻大の真白?』
真白・・・というか色彩どもに興味はなかったので、そんな二つ名を持つ真白だとしても、私の記憶にはない。
『知らないのか?! 信じらんねー!』
『お触り厳禁案件っすよ』
『畏色のひとつだぞ。深淵の黒、狂乱の真白に続いて触れたくないのが、鴻大の真白だ』
狂乱の真白なら知っている。あれはよく私に、嫌味を言いに来たからな。ねちねちした嫌なやつだ。
モリオンが何か言いたげに、そっと私の様子を伺っている。何が言いたいかはわかったので、軽く睨んで黙らせた。
『お前、いくらなんでも深淵くらいは知ってるだろ? あっちの世界の底にいた、ばかでかい黒だよ』
『・・・』
私がそう呼ばれていたのは、知っている。名乗った覚えはないが。
『そういえば、深淵以外にも、宿主が黒髪になるほどの黒がいるとは思わなかったな』
『・・・』
金茶が首を傾げている。
普通はこうだ。私があの深淵とは気付かない。長く共にいるチェリの色彩も、カーラの弟の色彩も気付いていない。
別に隠そうと思ってのことではないのだが、結果的にそうなってしまったのだ。
こちらの世界に来る時、そのままの大きさでは寄り添う小さな「命」であるカーラを、塗りつぶしてしまいそうだった。だから大部分をあちらに置いてきたのだが、私と気付かれないのはその為だろう。
なのにモリオンだけは何故か、始めから私が深淵だと気付いている。
『とにかく!あいつは狂乱の腰巾着だ。目をつけられるとやばい』
『契約しているのを知られない方がいい』
それについては賛成だ。真白に契約が知れると、碌なことがないだろうからな。
『大丈夫だ。実体があるのを、見られなければいいのだろう?』
契約が成されているかどうかは、宿主を見てもわからない。魔法をやつらの前で詠唱なしに使わなければ、大丈夫だろう。
『俺らは風に溶け込めるが、お前らはどうするんだ?』
『ボクたちは影に隠れられるっすから、問題ないっす』
『ふうん。ならいいか』
若草が嫌な空気を払うように、ふるふると体を振るわせた。
『話はそれだけだ。気を付けろよ』
『忠告感謝するっす』
モリオンがペコリと頭を下げると、若草と金茶は宿主の所へ戻って行った。それを見送って、モリオンが小さく呟く。
『なんでみんな気付かないっすかね』
『私はお前が何故気付いたのか、知りたい』
モリオンが耳を寝かせて上目遣いで私を見た。責めていると思われたか。
『同じ黒だからわかるんだと思うっすけど、色はそのままっすよね?』
確かに、濃度は変えていない。というか、私という存在の本質に触れるのか、変えられなかったのだ。
成る程。やはり他の奴らは私の大きさしか見ていないから、わからないということだな。
『まあな』
しかしモリオンの観察力は凄いな。よく見ている。今も私に怯えつつ、視線は外さない。
ここで私が視線を合わせると、さらに怯えさせてしまうので、カーラに目を向ける。それでも視界の端のモリオンの耳が寝たままで、次第にかわいそうになってきた。
『責めているわけではない。気付いたお前は優秀だと思っただけだ』
やや姿勢を低くして、こちらをうかがっていたモリオンの耳が、ぴんと立って目が輝いた。
『オニキス様! あれ! あれ凄いっすね! 砂漠で雨を降らせた時っす! 向こうから引き寄せてるっすか?』
『あぁ』
あの時は水やりを早く終わらせる為、カーラの知識を元に雨雲を作ってみた。しかし様々な事象を同時に広範囲に起こす必要があって、ついあちらから体の一部を引き寄せてしまったのだ。
私としてはあちらに捨ててきたつもりだったのだが、どうやらまだ繋がっているらしい。真白の刺客を黙らせた時に、初めてそうと気付いた。
まだ加減ができないが、上手くすれば休眠すること無く、大きな力を連発する事ができるだろう。
『でもあれを見ても気付かないとか、みんな何を見てるっすかね?』
『さあな』
気付かれようと、気付かなかろうと私はどちらでも構わない。教えてやる気もないがな。
さて、モリオンの耳が元に戻ったところで、カーラが心配する前に、彼女の足元へ戻るとしよう。
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