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そろそろ10歳

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「も、もういいですか?」
『駄目だ。まだ埋め合わせには足りない』
「んっ・・・あぅ・・・あの、これ・・・恥ずかしいんですけど」

 クラウドのカウンセリングから数日は、国境の雑草や山林に水をやる日々を過ごしていました。
 そして今朝、レオンハルト様から父の署名を得たと連絡があったのですが、同時にオニキスが先日の埋め合わせを要求してきたのです。
 私は確かに埋め合わせをするとは言いましたよ。でも、いつも通りの膝の上モフモフを想定していました。これは予想外の事態です。

『何故だ? 膝に座っているだけだろう?』
「ふぁ・・・どうして・・・ここなのですか?」
『もちろん、クラウドに見せつけるためだ』
「なっ! なぜ見せつける必要があるのですか?!」

 もう少し、もう少し・・・。
 大きく、うるさい、自分の心臓の音を聞きながら、背中のゾクゾクのせいで抜けそうになる力を入れなおします。オニキスがくつくつと笑いました。

『・・・なんだ、寝室でした方がいいのか? 積極的だな』
「ちがっ・・・あっ・・・やめ・・・」
『カーラはやはり耳の後ろが弱いのだな』
「やっ・・・わかっているなら、息を吹きかけるのをやめてください!」

 ようやく抜け出た手で、耳元にあるオニキスの頭を後ろ手に鷲掴みました。現在、私は人型になったオニキスの膝の上にいます。場所は応接室のソファの上。例によって顔を見られたくないらしく、私は後ろから回る腕に拘束されていて、その顔を見ることはできません。あの夜と同じ状況ですね。あ。今回はちゃんと服を着ているようです。

 私はダメなのに、なぜクラウドとチェリは見てもいいのですか。
 モリオンもいいらしいのですが、彼はクラウドの影に入って隠れてしまいました。原因はおそらく、普段と変わらないようで、なぜか纏う雰囲気が怖ろしいクラウドのせいだと思います。背後に荒ぶる白虎が見えるのは、やはり幻でしょうか。チェリは空気と化しています。
 あぁ・・・あの気配を消す技を習得したい。
 現実逃避をしつつ、オニキスの頭と力比べをしていると、急に抵抗がなくなりました。

『今回はこのくらいにしておく』

 ソファにお尻が落ちる感覚と共に、オオカミ犬の姿のオニキスが私の横へ現れます。なぜ私に対するお仕置きっぽい感じなのでしょうか。

「う・・・うぅ・・・力が入らない・・・」

 私はソファに倒れこみました。腰が痺れたような感じで、姿勢を維持することができません。しかも恥ずかしすぎて涙目ですよ! 顔も熱いですから、確実に赤くなっていますよ!

 上半身だけうつぶせで寝転がっている格好から、振り返るようにして、私の腰のあたりにいるオニキスを睨みつけました。

『っ!!』

 お座りをしてパタパタと機嫌よさげに尾を振っていたオニキスの毛が、ぶわっと逆立ちました。

「えっ! 何? なんか来ましたか?!」

 慌てて飛び起きましたが、クラウドは眉間にしわを寄せただけで、チェリも動きません。クラウドの影から頭を出していたモリオンが、ビクッとして再び影の中へ引っ込みます。オニキスが視線を彷徨さまよわせました。

「どうしました?」
『あー。うん。その・・・な?』

 私の方を見ず、オニキスは目をきょろきょろと動かしています。さらに何かを探すように目を閉じたり、頭を傾けたりしていましたが、はっとした後に私を見つめてきました。

『・・・山林が伐採されているようだ』
「なんですと?!」

 立ち上がってオニキスを見下ろすと、彼はほっとしたようにふんすと息を吐いています。そして私の視線に気付いてビクッとすると、立ち上がりました。

『み、見に行くか?』
「もちろんです!」

 クラウドはむっつりとしたまま寄ってきましたが、チェリは昼食の準備の為に残るそうです。
 伐採現場に近いけれど、作業している人々に気付かれないような場所へ、オニキスに転移してもらいました。

「確かに伐採していますね」

 しかし、そこかしこに武装した軍人がいて辺りを警戒していますし、伐採している人々も怯えているように思います。その物々しい雰囲気は、売却するために木材を伐採しているようには見えません。何が目的なのでしょうか。

「カーラ様。あれは王弟の私兵です。この辺りは王弟の直轄地ですので、いても当然と言えば当然ですが・・・伐採に同行しているとなると、王弟の命なのでしょうか」

 木の幹に隠れるようにして覗いていると、クラウドが後ろから話しかけてきました。売却目的なら脅して追い払おうと思っていましたが、そうでないのなら伐採理由を聞いてみたいところです。どうしましょうか。

「クラウド、見つかる前に認識阻害をかけますね。ここは不本意ですが「黎明の女神」を装ってみようと思います。貴方には効きませんが、他の人々には私が20歳前後に見えるようにしますので、そのように振舞ってくださいね」
「かしこまりました」

 差し出されたクラウドの手に触れて、認識阻害を付与しました。しかし面倒なことに、認識阻害をかけてもセバス族は目立つようで、そこだけ記憶に残ってしまうみたいなのですよ。ですから「黎明の女神」はセバス族を伴っていることになってしまっています。顔の造作までは覚えられないようなので、大丈夫だとは思いますが。
 私は自分にも20歳前後にみえる認識阻害をかけ、影の異空間収納からガンガーラの服を取り出しました。以前の土壌改良の旅で使用したものですね。

「クラウド、これに着替えてください」
「はい」

 クラウドに着替えを手渡し、私は自分の着替えを手に「なんちゃらパワー! 変身メタモルフォーゼ!」的なことを心の中で唱えました。面白半分で習得しましたが、これ、意外に使えるのですよね。
 一瞬で着替え終わって顔を上げると、クラウドが従者服を脱いでいます。私の目の前で。

「ちょっと! 恥じらいというものはないのですか?!」
「カーラ様から目を離す方が苦痛です」
「・・・」

 絶句している間に上半身を脱ぎ終え、私に鍛えられた体を披露してくれました。剣を扱う者らしい、発達した肩と腕の筋肉。厚みのある胸筋。つい、くっきり割れている腹筋に目が行きます。カーラの体だと、お腹の正中に線が入るような感じで、二つまでしか割れないのですよね。
 ズボンに手をかけたクラウドの手が止まりました。さすがにそこは恥ずかしいようです。私は何事もなかったかのように、後ろを向きました。

 あー。ああー。焦った。焦りました。そしてつい好奇心に負けて見てしまいました。二次元は前世で十分堪能しましたが、三次元・・・つまり生ものは始めてです。
 ・・・やばい。あれです。あれですよ。あれは男です。男子ではありません。男性なんです。つい先日、子ども扱いして頭撫でたり、しがみついた挙句に馬乗りになったりしたばかりですが、クラウドは十分「男性」と呼ぶ領域に達しつつあるようでございます。
 首に噛みついたことも思い出し、あわあわと心の中で焦り続ける私の足元で、オニキスが舌打ちをしました。

『お前、わざとだな? 姑息な真似を!』

 着替えを続けているようで衣擦れの音がしますが、クラウドは答えません。
 オニキス、やめてください。好奇心に負けて見てしまったのは私です。クラウドを責められると、私がいたたまれません。
 オニキスがふんすと息を吐いてから、私の足に体を摺り寄せました。その頭を撫でて、心を落ち着けます。ここは見てしまったことを、クラウドに謝罪するべきですよね。今は恥ずかしすぎて顔を見ることができないので、後ろを向いたまま謝罪します。

「ごめんなさい。クラウド」
「いいえ。お望みでしたら下も・・・」
『お前! やはりわざとだな?!』

 気に病む私を気遣ってでしょう。冗談を言うクラウドに、オニキスが唸りました。こんなところで喧嘩勃発かと慌てたら、着替え終わったらしいクラウドが私を背にかばいます。オニキスも私の足元でクラウドと同じ方向を見て体を低く身構えました。
相変わらず、切り替えが早いですね。

「お前たち! そこで何をしている!」

 どうやら兵の一人に気付かれてしまったようです。クラウドが小脇に抱えていた従者服を、後ろからそっと回収しました。彼はこちらを振り返らずに、小声で訊ねてきます。

「逃げますか?」
「伐採理由が知りたいです。危害を加えてくるようでしたら逃げましょう」
「承知いたしました」

 隠れていては事情を聞けないので、姿を現すことにします。開けたところまで進み出ると、誰何すいかする声に集まってきたのでしょう。4、5人の兵士に前方と側方を囲まれました。

「・・・おい、あれ、あの黒髪! それにセバス族!」
「れ、黎明の女神だ!」
「王弟殿下に報告を!」

 兵の一人がどこかへ走っていきます。相手を刺激しないように構えを解きつつ、それでもすぐ剣を抜けるよう体を緊張させた状態で、クラウドがまた小声で告げます。

「カーラ様、どうやら王弟本人が近くにいる様です」
「わかりました。オニキス、探し出せますか?」
『このあたりの人間で最も畏れられている男を探せばよいのだろう? 可能だ』

 ほんの少しの間の後、オニキスが遠くに見える白い何かを鼻先で示しました。

『あれだな。南東の方角、一番大きい天幕の中だ』

 ふむ。確か、ガンガーラは「黎明の女神」を探しているのでしたよね。ではその手間を省いて差し上げましょう。

「手っ取り早く、この場で一番偉い人に聞いてみますか」

 にんまりすれば、囲んでいた兵士たちが武器を手に身構えました。抜刀しようとするクラウドの腕に触れてその動きを止め、オニキスを見下ろします。 

「王弟がいる天幕の前まで転移してください」
『わかった』

 オニキスが目的地へ頭を向け、私はいつもの浮遊感に身をゆだねました。
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