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刀剣遊戯

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1st game

A.M. 10:00

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「そう難しく考える必要ないわよ。準備はぜんぶ友重さんたちがしてくれるんだから、あなたは熱した鋼をハンマーでガンガン叩くだけよ」


 簡単に言ってくれると隆二は嘆息する。
 刀の知識に乏しい隆二でも、日本刀の製造が複雑かつ困難な作業であることぐらいは知っている。いくらサポートを受けたとしてもずぶの素人の自分にまともに打てるはずがない。もしかしたら無月を失望させてしまうかもしれないと思うと、よりいっそう気が重くなった。


「別に名刀を作って欲しいと頼んでいるわけじゃないのよ。あなたが私のために打ってくれるという事実が大切なんだから」

「そう言ってくれると嬉しいよ」

「それに家に飾る分には鞘と拵えさえ立派なら事足りるわけだしね」


 まったく期待されていないのは不幸中の幸いだ。
 いくぶん気が楽になった隆二は出店で買ったカニかまをかじりながら、出店に並んだ爪切りをぼんやりと眺めていた。
 刃物に特に興味も関心もないが、こういった日用品なら買ってもいいかもしれない。薄い財布の中身を何度も確認しながら隆二は思う。


「さあ見てらっしゃい寄ってらっしゃい。今から包丁の実演販売を始めますよ!」


 そのとき黒山の人だかりから聞き覚えのある声。
 名前は覚えていないが確かテレビの通販で有名な男性だ。カメラは回っていないので収録はないようだが、どうやら店員として出張販売をしているらしい。
 有名人を生で見るいい機会ということで、隆二はさっそく無月を誘って人だかりの中に加わった。


「ステンレス製のこの包丁。錆びない折れないよく切れる!」


 大げさに掲げた包丁を勢いよく振り下ろすと、まな板に乗った大根は綺麗にまっ二つに割れた。


「この通り。切れ味は日本刀とまるで変わりません!」


 芝居がかった口調で店員が言うと見ていた客から拍手が沸き起きる。


「日本刀と変わらないんだってさ。だったらこの包丁を誕生日プレゼントに……ってことで納得してくれない?」

「寝言は寝て言ってちょうだい」


 ――やっぱりダメか。
 さすがにムシが良すぎたか。隆二はガックリと肩を落とした。


「でも……それってホントなのかしら?」


 客の前で演説しながら次々と野菜を切っていく店員を皆ながら、無月はボソリとそう呟く。


「ちょっと確かめに行きましょう」


 人混みをかき分けてずんずんと前に進んでいく無月。それを隆二は慌てて追いかけた。


「その包丁、本当に刀と変わらない切れ味なんですか?」


 人だかりの先頭にたどり着くと、無月は店員を指さしながらストレートに訊いた。
 隆二は慌てて無月を止めるが、いくら実演販売の口上であろうと嘘をついたのであれば詐欺罪が成立すると言ってきかない。
 結局最後は隆二のほうが折れて事態を静観することとなった。
 押しの弱い自分の気弱さが憎い。


「嘘なんてついていませんよお嬢さん。ステンレス合金を舐めちゃあいけない」


 いっぽう店員は朗らかな笑みを浮かべながら、少しおどけた調子ながらも周囲に好感を持たれるような丁寧な対応を心がけている。
 どうやら悪質なクレーマーの相手など手慣れたものらしい。大人というのはこうでなくてはいけない。


「私、化学には疎いからよくわからないけど、それってそんなに凄いものなの?」

「もちろん。その気になればこんなことだってできちゃう」


 店員は包丁を手の中で器用に回しながら、先ほどまで野菜を切っていたまな板を立てて、その角を切ってみせた。


「わお」


 これには無月も感心したらしく、大げさに驚く素振りを見せた後、周囲の客と一緒に店員の手際に拍手した。


「刃を痛めてしまうので本来の使用目的以外にはおすすめはしませんが、大抵のものは難なく切れちゃいますよ。うちの包丁はそんじょそこらの安物とは訳が違いますから」

「店員さんいい腕してますね。でも残念ながら、そんな大道芸じゃ日本刀と同等という証明にはなっていませんよ。友重さんが聞いたら鼻で笑っちゃうでしょうね」


 友重の名前を聞いて店員の顔色が少しだけ変わる。


「友重って……もしかしてあの人間国宝の刀匠、藤原友重さん? 君、もしかしてあの人の知り合い?」

「知り合いどころかマブダチよ、マブダチ。心の友と書いて心友と呼び合う仲よ」


 先ほどのやりとりを見る限り、とてもじゃないがそんなに仲がいいようには見えないが。


「いやはや、その名を出されると私としても言葉に困る。でも私は決して嘘は言っていないよ。どうすれば納得していただけるかな?」

「そんなの簡単よ。ちょっとそれ貸してちょうだい」


 無月は手を広げて店員の持っている包丁を要求する。
 店員は怪訝な顔をしながらも言われるがままに包丁を手渡そうとした。





 包丁を受け取ると同時に、無月は店員の腕を思いっきり引っ張り、その手のひらを強引にまな板の上に乗せた。
 次の瞬間、勢いよく振り下ろされた包丁の刃は、親指以外の店員の四指を切断していた。


「日本刀は『人斬り包丁』なんて呼ばれているのだから、本家のほうも人が斬れれば同等ってことになるわね」


 最初は何が起きたのかまるで分かっていない様子の店員だったが、指の切断面から鮮血がぷつぷつと吹き出すと大きく顔を歪めて絶叫した。




「きゃああああああああああああああああああああああああああああああッ!」




 事態に気付いた群衆から大きな悲鳴があがった。
 惨劇の一部始終を眼前でまざまざと見せつけられた隆二は、まるで死人のように顔を蒼白にさせた。


「無月いいいいいッ! いったいナニをやってるんだああああああァ!」


 茫然自失としていた隆二だが、すぐに我を取り戻して無月に激しく詰め寄る。しかし彼女は暢気な声で「大丈夫だいじょうぶ」と繰り返すだけ。唐突に起きた惨劇に隆二の理解が追いつかない。


「あっ、でもこれだけじゃ日本刀と同等かどうかなんてハッキリわかんないわね」


 無月は隆二に背を向けると指を切断された手を押さえて呻く店員に向き直る。
 鈍い光を放った血塗れの包丁を高々と掲げ、


「飛天御剣流でござる」


 ふたたび降り降ろされた凶刃は、異常に気付き顔をあげた店員の顔面を深々とえぐった。
 厚みのある出刃包丁が肉を裂き骨を砕き眼球を圧し潰す。
 同時に血飛沫が舞い散り隆二の顔を真紅に染めあげた。


「どうやら口上に嘘はなかったみたい。やっぱり刀なんて時代遅れなのかしら?」


 血塗れの包丁を舌で舐めながら薄笑みを浮かべる無月の狂気に満ちた顔を見て、かつてのトラウマが閃光のように蘇る。


「大丈夫よ隆二。十月は神様のいない月。誰にも私を裁けはしないわ」


 その言葉を最後に、隆二の意識は混沌の闇へと沈んでいった。
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