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1巻

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 下校時刻になると、ぼくらは美術室を後にした。駅前のゲーセンに格ゲーの新台が入ったというので様子見に行こうと誘われ、駅までの道を談笑だんしょうしながら歩く。

「俺思うんだけどさ。最近アニメキャラの中にまでギャルの存在が浸透しんとうしてきているの、うんざりするんだけど」

 廣瀬が心の叫びとも取れる言葉を口にした。
 まったくもって同意見だ。

「ギャ、ギャルとか学校だけで見飽きてる。ま、街を歩いたって、う、うんざりするくらいいっぱい居るし」

 中西の言う通り、特に駅に近づくにつれてその様相ようそう顕著けんちょに見えてくる。
 県内でも有数の栄えた駅として有名なこの土地は、特に若者向けのファッションやアクセサリー、小物などを取り扱う店舗が多く存在している。そのため、放課後ともなれば周辺地域の学生、その中でもギャルやチャラ男が下品に笑い合いながら駅界隈かいわい闊歩かっぽする姿が見られるのだ。オタクにとっては居心地の悪さが半端じゃない。

「どうしてあんな場所に、周辺で一番デカいゲーセンを建てるかな」

 これも心の叫びだった。
 駅と併設されるように建つ五階建てのビルは丸ごとゲームセンターになっており、一階がクレーンゲーム、二階が体感ゲーム、三階がメダルゲーム、四階が筐体きょうたいゲームとバリエーションに富んでいた。最新のゲームが揃っているあの場所は、ぼくらにとって理想的なゲーセンなのだが、いかんせん場所が場所だけにチャラ男やギャルの姿が気になってあまり近づこうとは思わない。今日みたいに新台でも出なければ、寄り付かない場所だ。
 ゲーセンへと向かう道中、線路を越えるためのガード下が見えてくる。そこに何やら、派手な見た目のヤンキー風な男が立っているのが見えた。

「な、なあ、どうする?」
「どうするったって中西、あそこ通らないとゲーセン行けないじゃんかよ」

 よほど新しく入ったゲームがやりたいのか、いつになく強気な廣瀬。だが、声は震えていた。
 二人は単純にヤンキーを恐れているのだろう。
 だが、ぼくは違った恐怖を抱いていた。
 ガード下にいる男は、あそこでいったいなにをしているのだろうか。そこは紛れもなく、昨夜、ぼくが壁に絵を描いた場所なのである。
 不良の背後をなるべく早足で、でも相手に意識させない程度に自然な速度で歩く。あと少しで出口だ、と安心しかけたところで、「おいお前っ」と声が飛び、思わずびくっと体が跳ねる。恐る恐る振り返りそこに立っていた人物を見て、ぼくは思わずハッとして息をのんだ。
 御堂数。
 昨夜、ぼくを追い回していた不良の一人だ。

「見つけたぜクソガキ。散々探し回ったっていうのに、最後はお前の方からやってくるとはな。犯人は犯行現場に戻るってマジなんだな」

 御堂の視線は真っすぐにぼくに向いていた。
 廣瀬と中西は、「知り合い?」とうかがうようにぼくに聞いてくる。
 まさか、知り合いなものか。
 ぼくはこの男に襲われかけたんだ。
 だが、そんなことを言って二人を怖がらせる訳にもいかない。「ちょっとね」と、ぼくは答えた。
 それから、ぼくは急用が出来たと言い、二人を行かせ、御堂と二人きりになる。
 御堂の口ぶりからして、ぼくを探していたのは明らかだ。間違いなく、昨夜の出来事に関わることだろう。それに二人を巻き込む訳にはいかなかった。

「それで、ぼくを探していたのはなぜです? 復讐とかだったら勘弁かんべんしてくださいよ。アカサビさんに、ぼくには手を出さないって約束してたじゃないですか」
「そう。それでお前を探していたんだ。アカサビ、あいつの居場所を知らないか?」

 ぼくはかぶりを振った。そんなの知るはずない。

「チクショウ、マジかよ」

 本気で焦っている様子の御堂。少し、気になった。

「あの、なにかあったんですか?」
「なにかあったかじゃねえよ。お前のせいでな、こっちは千葉連に殺されそうなんだ」
「え、どういうことですか?」
「あぁ? お前、学生なんだろう? なんで見てないんだよ」
「す、すみません。それで、見てないってなんのことです?」
「これだよ、これ!」

 スマホを手渡され、画面に映し出されているサイトのトップ画面には『ストリートジャーナル』と書かれていた。確か、今朝クラスで加須浦さんが言っていたサイトの名前だったはずだ。
 いったいぼくとどう関係しているのか、手渡されたスマホをスクロールさせた。



《 オンライン版 ストリートジャーナル 》
 若者文化の現在いまを斬り取るWEBマガジン!
    
 〔CONTENTS〕
【 マッドシティに現れるダークヒーロー、その名はアカサビ 】
【 関東最大の暴走族スカルライダーズ内部分裂 高次凜矢たかつぎりんやVS如水丈二いくみじょうじ 】
【 女性ヒップホップ集団KAGEKI(華撃)とは 】
【 今若者に絶大な人気を誇るシルバーブランド KTケイティ 】
【 元暴走族が属する自警団による行き過ぎた世直し 街クリーン企画 】
【 編集部が振り返る、夜の街、度重なる抗争の歴史 】
【 芸術? 景観破壊? CAGA丸氏が語るグラフィティとは 】

 new!
【 独占 謎のライターがスカイラーズを壊滅。その正体は? 】

 過去の記事でも少し紹介したが、街の壁などにスプレーインクによって絵や文字を描く行為をグラフィティと言う。
 当サイトでも以前特集した『CAGA丸氏』が街では先駆せんく的グラフィティライターとして有名であるが、氏は土地の所有者から許可を得て行為に及ぶプロのライターである。
 だが、多くのグラフィティライターは無許可で公共の壁や私有地でのライティング行為に及んでいる。これは刑法における器物損壊等の罪に問われる重大な犯罪行為であることを初めに理解しておいてもらいたい。
 さて、昨夜、駅周辺で勢力を伸ばしていたスカイラーズというチームが一夜にして壊滅するという事態が起きた。記者Tが取材したところ、彼らは自分たちの縄張りにタギング〈※自らの名などを刻む行為〉しているライターを発見し、その人物を襲撃したところ、逆に返り討ちに遭い全滅させられたのだという。
 一昔前まで、不良グループがチームを表す手段として用いていたものはカラーだった。メンバーがチームのシンボルとも言える色をファッションに取り入れることで、仲間意識を強め、同時にチームの縄張り主張にも利用されていた。
 しかし、近年ではファッション性を重視する若者カルチャーの変遷へんせんにより、いわゆるカラーギャングと呼ばれる集団は過去の遺物として消えていった。
 スカイラーズを壊滅させた新進気鋭のグラフィティライターは、これからの不良グループのかたを示すように、タギングを宣戦布告の道具として利用した。相手の縄張りに自らのタグを張り付ける行為はまさしく、陣取りゲームそのもの。
 再三の警告となるが、グラフィティは許可なく行うと器物損壊等の罪に問われる行為であり、筆者は決してこの行為を美化する立場にない。しかしながら、今後、不良たちの抗争の在り方を変えるであろう、この名もなきグラフィティライターは街で最も注目される人物になると言えるだろう。
 彼の属するチームとは果たしてどこなのか、今後も引き続きこのグラフィティライターを追っていきたいと思う。

(一〇月一〇日 記者Tによる寄稿)



 ぼくは開いた口が塞がらなかった。
 新しい不良の在り方?
 スカイラーズの壊滅?
 新進気鋭のグラフィティライター?
 なにそれ美味しいの? って言ってる場合じゃない。
 意味わかんないよ、ホント、意味わかんない。
 焦るぼくの手からスマホを奪い取ると、御堂はため息をいた。

「わかっただろう? お前はいまや一躍有名人だ。なんのつもりでスカイラーズの縄張りにタギングなんてしたのか知らないが、グラフィティライターとしては成功みたいだな」

 ぼくは大慌てで首を横に振った。

「あの、ぼくそんなんじゃありません」
「は?」
「だから、グラフィティライターなんかじゃないんです、一般人です。そもそもグラフィティとかタギングとか聞いたこともありませんけど」
「嘘つけ! スプレーインクで壁に落書きって、思い切りライターの手口じゃねえかよ。いまさら誤魔化ごまかそうったって通じねえぞ!」
「本当ですよ」
「じゃあなんでスプレーインクなんて持ってんだよ」
「あれはプラモデル用の塗料とりょうです」
「は、はあ? じゃあなんであんな夜中遅くに一般人が出歩いてたんだよ」
「深夜アニメ見てたんです。『ドドメキ』っていうラノベ原作のやつ。作者はコウヅキユキ先生っていって、前作の『ハチコマ~八月末まで困ったちゃん~』と世界観を同一にするファン心をくすぐる仕様で」
「んなこと聞いてねえよ! 熱く語んなよ! それどころじゃねえんだよっ!」

 肩で息をしながらご丁寧にも三段階のツッコミを入れてくる御堂。その目は尋常じんじょうでないくらい血走っていた。
 不良ってホント怖い。

「だったらお前、そもそもなんで壁に落書きなんてしてたんだよ!」
「いや、その、さっき言ったドドメキってアニメで主人公が異世界にワープするんですけど、その扉が出現する場所がこのガード下にすごい似てまして、ファンとしては居てもたってもいられなくなりアニメの放送終了と同時に家を飛び出し、気が付いたらアニメと同じ魔法陣を壁に描いていた次第です、はい」
「一息で説明してくれてありがとよ! でも全然意味わからねえよ! 納得出来ねえよっ!」

 やっぱり怖い、この人。

「おい待て。整理するぞ」

 こめかみあたりを押さえながら、御堂は言った。

「お前はグラフィティライターじゃなく、不良ですらないと?」
「はい」
「それどころか、まったく正反対のオタクだと?」
「いや、そんな言うほどオタクって訳でも」
「ここで照れんじゃねえよ! 今さら誤魔化せるか!」

 やっぱり駄目か。
 はあー、と深いため息を吐いた御堂は、心底困った様子を見せた。
 だが、そんなに大変な事態だという実感が持てず、ぼくは首をひねりながら言った。

「そんな悩むことないじゃないですか。実際ぼくはオタクで、御堂さんが居た不良グループを潰したのもアカサビさんだった。このウェブサイトに書いてあることは全部デタラメですよ」
「そんなこと言われなくたってわかってんだよ。でもな、ストリートジャーナルって雑誌はとにかく若年層に強い影響力を持っているんだ。特にウェブ版はスマホの普及で若い世代に爆発的な支持を集めていて、信者がいっぱい居る。そこで書かれた内容は、だいたいの若者が真実として受け入れちまう」

 なにそれ、まるで情報操作のようだとぼくは思った。
 若い世代は自らの経験則で物事を測れないため、雑誌やネットなどの情報ツールをそのまま信じてしまう傾向が強いと聞いたことがある。
 特に今回、ストリートジャーナルで語られている内容の大筋の部分が事実であることが厄介なのだ。
 ぼくが壁に絵を描いていたのは事実だし、それが原因でスカイラーズが壊滅のを見たのも事実。ただ、問題なのはその間に発生した多くの要因が抜け落ちているということ。それによって、ウェブサイトに書かれている内容が真実から大きくかけ離れているにもかかわらず、結果だけは一緒だという事態に陥っているのだ。

「とにかく、いまはこの状況を乗り切る方法を考えねえと」

 なにやら話を進めようとしている御堂だったが、ぼくにはまだ状況がいまいちみ込めてなかった。

「なにをそんなに焦っているんですか?」
「ああ? この記事見たらわかんだろ。スカイラーズってのは関東でも大規模組織である千葉連合に属していたチームだ。そこが潰された上に、相手が今後、街を代表する存在になるみたいな書き方されちゃあ、千葉連の幹部連中が黙っている訳ない。スカイラーズを売った俺は殺されるかもしれないな、マジで」
「あらら、大変なことになってるんですね」
「なに他人事ひとごとみたいな面してやがんだ。テメエも立場は一緒だろ」

 へ? と思わず呆けた顔を見せたぼくに、御堂は苛立たしげに渋面じゅうめんをつくり、言った。

「言っただろう。お前を探していたって。千葉連が懸賞金けんしょうきんをかけているんだよ。スカイラーズを潰したグラフィティライターに」
「え、それって……」
「ああ。俺たちは県内最大勢力の千葉連合に目をつけられちまった訳だ」

 あまりのことに言葉を失うぼくに対して、御堂はたたみかけるように言う。

「俺とお前は一蓮托生いちれんたくしょうってことだ」



   3


 電話が鳴った。
 相手は廣瀬だった。
 ぼくが電話に出るなり、廣瀬のかなり真面目な口調が耳に入ってくる。

「マクベス? 良かった。大丈夫だったか」

 どうやら廣瀬と中西は、さっきガード下で別れてからぼくのことを心配してくれていたようだ。二人を安心させるためにも、ぼくは電話に向かって、明るい調子で言った。

「大丈夫だよ。さっきの人は知り合いだから」
「そっか。てっきりヤンキーになんか弱みでも握られて、厄介事にでも巻き込まれてるのかと思ったよ」

 鋭い。ぼくは悟られないよう気を付けながら口を開く。

「まさか、そんなことある訳ないじゃん。ぼくがビビリなの知ってるでしょ? ヤンキーになんて近づこうとも思わないさ」
「だよな。お互い不良とは無縁の人生送っているし、心配いらないよな」
「わかってくれたなら良かった。それでごめん、まだ用事が済んでないからそろそろ電話切らないと。わざわざありがとね」

 そうしてぼくは電話を切った。
 心配してくれた友達に嘘をく罪悪感に耐えられなかったのと、そろそろ着くぞ、という御堂の言葉に促された結果だった。
 ぼくは制服の上着を脱ぎ、持ってきていたパーカーを上から羽織はおる。今日は週末ということで、廣瀬たちと寄り道することを考えて着替えを用意していたのだが、こんな形で役に立つとは思いもしなかった。

「そろそろ着くぞ。お前、いい加減キョドってんじゃねえよ。目が泳ぎまくってんぞ」

 仕方ないだろう、これは生まれつきなんだから。
 そうしてやって来た場所は、使われなくなって廃墟はいきょと化したホテル。人通りもなく、地元民の間では不良たちのたまり場として有名で、ぼくなんか絶対に近づこうとは思わない場所だ。それが、なんの因果か、いまその場所に立っている。

「おう御堂! 落とし前つけに来たのか。殊勝しゅしょうじゃねえかよ、ああ? ぶっ殺される覚悟は出来てんだろうな!」

 ぼくらを取り囲むようにして何十人もの不良たちが罵声ばせいを飛ばしていた。不良たちを見るとケガを負っている連中もいて、彼らがスカイラーズの残党であることがうかがえた。御堂への罵声が飛んでいるのはそのためだろう。
 ぼくは上着のフードを深くかぶり、御堂から渡されたバンダナで口元を覆い素顔を隠している。千葉連の集会に乗り込むと言ったくせに、気遣きづかいとして用意していた品がバンダナだけっていうのはおかしいと思う。
 全方位から飛んでくる罵声の数々。やがてそれも落ち着いてくると、ようやく集団の中から動きが見られた。
 罵詈雑言ばりぞうごんの飛び交う中で、比較的落ち着いた雰囲気の男が現れる。御堂がさりげなく耳打ちしてきた。

「あれが千葉連幹部の一人。チーム〝マサムネ〟のリーダー、鍛島多喜親かじまたきちかだ」


 鍛島という男を言葉で表現するなら、異様なまでに強者然としたオーラをたたえた屈強くっきょうな体躯の持ち主。端的に言うとデブだ。頭の両サイドを刈り上げ、そこにみが入っている姿は、ぼくのチキンハートを激しく動揺させた。見るからに怖く、そして屈強なその男からは、まさに名はたいを表すというように鍛え抜かれた刀のような鋭い印象を受けた。
 あまりにも迫力があり過ぎて気圧けおされていると、鍛島の側近らしい男が威嚇いかくするように言ってきた。

「お前ら、鍛島君を目の前にして挨拶あいさつなしか!」
「まあまあいいじゃねえの」
「でも鍛島君」
「客人は歓迎してやらねえといけねえよ」

 その含みのある言い方は、額面通り受け取るには無理があった。
 鍛島は、融通無碍ゆうずうむげな態度でぼくのことを指さすと口を開く。

「そこの覆面ふくめんの兄ちゃんが噂のグラフィティライターか? ストリートジャーナル読んだぜ。本当に覆面ライターなんだな」
「おいテメエ、鍛島君の前でなにつら隠してやがんだ! 失礼だろうが、さっさと取らんかいタコ!」
「あーあー、いいよ別に。カッコいいじゃないのそういうの。謎は謎のままの方が面白いこともあるって」
「そうですか? 鍛島君がそう言うなら」

 そう言った側近の男は、くるっと身をひるがえすと、ぼくを睨み付けた。

「テメエ、鍛島君に感謝しろ!」
「ところで御堂よ」

 鍛島は気をとり直すようにそう言うと、ぼくの脇を通り過ぎ、その太い腕を振り上げ、思い切り御堂の顔面を殴り付けた。
 勢いよく倒れこむ御堂。
 あまりに急な出来事に、御堂はおろかぼくも身動きひとつ取れなかった。
 鍛島は、殴りつけた手を二回振ると、言った。

「テメエはそこの、えっと、なんつったか」
「スカイラーズですか?」

 側近がすぐに答える。

「そう。そのスカイラーズを裏切ったらしいじゃねえか。そりゃよくねえな。自分の所属するチームは大切にしろや。だいたい、あんななんの役にも立たないような弱小チームでも、一応は千葉連の加盟チームだ。そこを売り渡したってことは、つまり千葉連を、ひいてはこの俺を敵に回したのと同じことだ」

 わかるよな? というドスのいた鍛島の声がぼくの気持ちをさらに萎縮いしゅくさせた。御堂は地面にへたり込んだまま、立ち上がらない。
 そんな御堂から目を逸らすと、鍛島はぼくの方を見た。
 もう駄目だ。怖い。やっぱり来るべきではなかったと心底思った。
 御堂が一蓮托生だとか、ぼくが行かないと殺されるだとか言うから仕方なくやってきたが、これではぼくがいたところで結果は変わらないだろう。死体の数が一つ増えるだけだ。

「しかしあんた、大した男だな。こうして俺が御堂を殴り飛ばしても声ひとつあげやしない」

 違う。あまりの恐怖で声も出ないだけだ。

「それに、さっきから微動びどうだにしない」

 違う。腰が引けて動けないのだ。

「さすが、チームを一つ潰すだけの力はあるみたいだな」

 違う。やったのはぼくじゃない、アカサビさんだ。
 だが、状況が状況だけに下手なことは言えない。いまのぼくには、相手の出方をうかがうこと以外に取りうる手段がなく、鍛島の言葉を待ってしまったのは仕方のないことだった。

「そこで、あんたを男と見込んで頼みてえことがあるんだが、やってくれるな」

 ぼくが答えずにいると、側近が「シカトこいてんじゃねえぞ!」と喚く。
 鍛島も眼光鋭く、「まさか断ったりしねえよな?」と威圧的な目を向けてくる。

「俺らマサムネは別に構わねえんだ、こんなちんけなチームのことはどうだってよぉ。ただ、他の幹部連中とそのチームが黙っているかな。あんたと御堂がやったことは千葉連全体をバカにする行為なんだわ」

 千葉連三〇〇人以上。御堂から聞いていたその数が、今後ぼくらを狙って襲ってくることになる。考えただけでゾッとした。
 鍛島はそんな心情をぼくの瞳から読み取ったのか、嫌らしく笑って言った。

「まあ、そっちの出方次第では俺から他の幹部連中に口添えしてやってもいいんだぜ。なんたって俺も幹部の一人なんだからな」

 恐怖と混乱で答えられずにいると、先ほど殴り飛ばされて倒れていた御堂が、ゆっくりと立ち上がり言い放った。

「やります」

 と。

「よし、そうこなくっちゃな」

 鍛島は含みを込めた笑みを浮かべていた。
 これは誘導尋問ゆうどうじんもん、というか脅迫きょうはくに近いものではないだろうか。
 これだけ多くの不良に囲まれては、断りたくても断れまい。
 だから、鍛島の策にはまってしまうこと自体は仕方ないのだが、ぼくは一つ、肝心なことが気になっていた。
 いったい、ぼくらはなにをやらされるのか、ということだ。

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